実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第106回)
「覚悟の旗振り」をする! その2
(京都芸術大学と真珠業界関係者)
前回に続いて、この秋から私自身が関わっているプロジェクトの話を綴らせてください。前回は京都府の京丹波町の名産である栗の話でしたね。今回は愛媛県の宇和島市で生産されている真珠をテーマに、ちいさくとも可能性を秘めたプロジェクトをお伝えしましょう。
少しだけおさらいします。前回の京丹波と宇和島、2つの産品に共通しているのはこれです。
- 生産量が激減している
- 新たな価値を見いだすことが急務
- 地域の団体戦で攻めようと意識がある
さらに今回の宇和島の案件は、以前この連載で綴った第60回のハモに通じる部分もあります。1人で始められることがあり、その一方で1人ではできないこともあるという話です。まずは1人が動き、それに周囲が呼応して、少しずつうねりが生まれ、ただ1人だけでは決してなしえないところまでプロジェクトが育っていく…。
学生20人の授業ではあるが…
今回の真珠の話を、順を追ってご説明しますね。最初の一歩を踏み出したのは京都芸術大学の准教授です。20人の学生が履修する「リアルワークプロジェクト」という、産学連携の実際の姿を学ぶ演習科目を担当している教員。
この准教授が着目したのは真珠でした。学生たちに真珠業界のことをまず調べてもらい、生産している現地も訪れ、そしてアクセサリーとしての商品を開発して販売もしてしまおうというプロジェクトを、この科目で進めようと考えた。
どうしてなのか。真珠業界はいま、苦境に立たされているからだといいます。准教授の考えはこうでした。
コロナ禍で、真珠をつける機会が激減してしまったうえに、稚貝の大量死も発生して。販売量が著しく落ち込んだ。こういうときだからこそ、学生が新しいアクセサリーを開発することで活路を見出せるのではないか
こうした授業、ややもすれば商品開発のシミュレーション止まりで終わるケースが少なくないのですけれど、准教授はそれではだめだと考えました。実際に販売してこそ、真珠の生産者や販売者に力をもたらせるはずと判断したわけです。学生の側にしても、商品をただ考案するだけなのと、実際に販売するのとでは、真剣度が明らかに違ってくるでしょう。
で、准教授はここからどう行動したか。今回のタイトルは「覚悟の旗振り」としましたが、私はまさに文字通りの覚悟がそこにあったと感じています。
学生20人の授業に、本気の人たちを集めた。声をかけて協力を得ようとしただけでなく、今年(2022年)の
11月初旬に、授業の現場にその全員が顔をそろえて、学生の前に立つように依頼しています。京都芸術大学の教室に並んだのは、どんな人たちだったのか。
愛媛県の宇和島で真珠を生産する漁協の組合長。
同じく宇和島で真珠を販売する組合の組合長。
宇和島市役所でシティーセールスを担当する主査。
つまり、逆風にさらされている真珠の生産地で生産や販売に携わる関係者に来てもらったわけです。さらに…。
日本真珠振興会の参与。
真珠業界の生き字引といって差し支えない存在であり、国内のみならず海外からも招かれて、真珠の生産や販売にアドバイスを送り続ける人物です。
まだいます。
地元・京都で真珠商品の製造・販売・ブランディングを続ける企業社員。
関西の老舗百貨店で婦人雑貨を担当する部長。
そして、私。
学生が知恵を絞ったアイデアの商品化を担当するのが京都の真珠関連企業であり、その商品に販売する価値があるとなれば、老舗百貨店と私(日本経済新聞社のクラウドファンディングサイトで特集ページの監修役を担っています)が動こう、というわけです。
京都芸術大学の准教授は、ひとつの科目を運営するにあたって、こうした7人に声をかけ、授業に加わってもらおうとしました。私の経験から申し上げますと、この陣容は、相当に大掛かりなイベント(中央官庁などが開催するスタートアップコンテストなど)でも、なかなかないものと感じました。私自身、「よくここまでの人が集まったなあ」と驚きました。
コロナで売り上げ4割減に
11月初旬の授業に臨む前の時間、私は漁協の組合長に尋ねました。真珠を取り巻く状況って、どこまで厳しいものなのですか。
「コロナ禍に見舞われた1年目(2020年)に、販売量は4割減となりました。今年(2022年)に少し持ち直しましたが、それでもまだ苦しい」
先に触れましたが、そこに追い討ちをかけるように、ウイルス発生によって稚貝が大量死する事態も起きています。育てていた稚貝の6割が死んでしまったそうです。
漁協組合長は、なぜ今回の授業に参加しようと思ったのでしょうか。
「これはチャンスだ、と確信したからです。京都芸術大学の学生の力で、埋もれている真珠に光が当たるかもしれませんから」
そして漁協組合長は、「羽(はね)パール」と呼ばれる真珠の提供を決断します。ここにも覚悟が見て取れますね。ところで羽パールってなんなのですか。
「球形の真珠に、羽のような形の出っぱりがついているものを指します」
このページ冒頭の画像をご覧いただけますでしょうか。これが羽パールです。貝を育てている海の状況変化などによって、偶然のようにできあがる真珠だそう。ただし、この羽パール、普通の真珠に比べると単価はかなり安いとも聞きました。わずか1割ほどの値段にとどまるそうです。
「学生の皆さんによって、そんな羽パールにも価値があるのだと伝えてもらうことができたなら、生産者はみんな助かるんです」
そうした話を受けて、宇和島市役所の主査はこういいます。
真珠といえば冠婚葬祭で身につけるアクセサリーと思われがちですね。でも、そんな固定概念を乗り越えたい、と私たちは考えた。その可能性を学生たちと一緒に探りたい
11月初旬の授業を迎えるまでに、20人の学生たちは何度も準備を重ねたと聞きました。准教授はこう話していました。
「プロダクト系を専攻する学生は『ちゃんと量産できるデザインかどうか』を意識しながらアイデアを練っていました。ファッション系の学生からは『とにかく自分の欲しいものを実現するんだ』という姿勢が感じられました。それぞれの立場から議論が進んだのは、勉強になったと思っています」
授業が始まりました。教室の最前列に、招かれた私たち7人が座り、学生たちによる商品化のプレゼンテーションを聞きました。
私は、そのプレゼンの滑り出しを高く評価しました。なぜか。商品化の狙いどころを学生たちはしっかりと明確に示していたからです。
真珠に「新しいカテゴリー」を
プレゼンで、学生たちはまず、こう語りかけてくれました。
「市場にはあまり出ていない羽パールを譲り受けて生かすというのは、貝の命を生かすことにもつながります」
そのうえで、2つの目標を掲げました。
「パールに新しいカテゴリーを創出します。そして、真珠といえば宇和島というイメージを強化します」
とてもいいですね。学生たちもひとつの覚悟を抱いたという話ですから。
Z世代である学生たちが新商品を考案する意義は、宇和島市役所の主査がまさに語っていたように、真珠に対する消費者の固定概念を取り払うところにあると思います。真珠業界のなかにいるわけではない学生たちだからこそ、思い切った発想ができるのですし、それが真珠の価値再発見につながる起爆剤となりうるプロジェクトでもあります。老舗百貨店の部長までがこの場にいるのですからね。
学生のプレゼンは続きます。
「漁協の組合長からは『市場に出せないとしても素敵なものだから』と、保管されていた羽パールを譲ってくださいました。私たちはその形を見て気がつきました」
なにに気が付いたのでしょうか。
これ、カワイイ!
ああ、カワイイのですね。乳白色に輝く真珠の玉から羽が生えているような、その姿が…。これは大事な気づきであり、重要な解釈であると、私には強く感じられました。わけあり品のように扱われてきて市場価値がとても低い羽パールを、そうではなくて、カワイイと前向きに捉えた。見事なプレゼンであると思います。こうした新解釈こそが、新商品の開発の原動力になります。よくそこに気づいて言語化できたなあ、と評価したわけです。
本当に「それは新しい」のか?
で、ここからなんです。プレゼンの締めくくりに、複数の具体的な商品デザイン案を、私たち7人は見せてもらいました。
いや…これは正直厳しいかもしれません。学生たちが最初に語ってくれた狙いどころも、羽パールの魅力を再定義しようと試みた姿勢も、とてもよかったんです。ただし、最後の最後、どんな商品を提案してつくりあげるかというところの詰めが甘い印象でした。学生たちが提案してくれたデザインのほとんどは、これまで存在していたような真珠アクセサリーの延長線の上にあるような内容にとどまっていました。
ここで宇和島の販売業組合の組合長がいいました。
「皆さんの思い込みであってもいいんですよ。もっと強いメッセージがあってほしい」
百貨店の部長によるコメントは?
「販売できる水準のデザイン案は、ここにあります。でもこれだったら、既存のブランドの手でつくれてしまう内容です。本当にやりたいことは別にあるのではないでしょうか」
私が伝えたのは次の言葉です。
「新しいカテゴリーを創出するという意思表明はすばらしかった。ならば、消費者に『なに、これ?』とびっくりさせるほどの提案を期待したい」
そして、日本真珠振興会の参与が、学生にこんなひと言をおくりました。
「『拡散と収斂(しゅうれん)』という考え方があります。まずは思い切って発想を広げる。そのうえで現実的なところに落ち着かせる。その流れを実践してはどうでしょうか。もう少し具体的にいうと『連の真珠(真珠の玉を連ねるようにつなぐかたち)』からいったん離れてはどうでしょうか」
私たち、授業に参加した7人も、それぞれに覚悟をもってコメントしたということだと思います。授業の残り回数や期間に配慮して、ほどほどのところで手を打つのではなく、実際に商品を販売して宇和島の羽パールから業界に新風を巻き起こすには、ここが勝負どころと踏まえた。厳しい内容になったとしても遠慮せずに伝えました。
ここから、さらに勝負は続く…
Z世代の学生たちに対して否定的なコメントを連ねると気落ちしてしまうかもしれないと心配もしたのですが、そんなことはありませんでした。私たちに向けて果敢に質問を重ねてくれ、12月までに新たなデザイン案を完成させたいと目を輝かせていました。
授業を終えたあと、京都芸術大学の准教授はこう話しました。
「学生たちにとてもいい経験になっています。関係する人たちの本気を、きちんと受け止めようという姿勢がそこにあったことを評価したい」
この年末に向けて、学生たちが目指すところ=新しいカテゴリーを真珠の世界に創出したい=を果たせるアイデアが生まれたと確信できる内容であったら、私は自分が監修を務めるクラウドファンディング特集ページで、その真珠商品をぜひ取り上げたいと考えています。
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