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実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第60回) 

1人の決断から、すべてが始まる!
(出汁茶漬け 網元茶屋)

1人の決断から、すべてが始まる!(出汁茶漬け 網元茶屋)

「当たり前であることを疑う」って、本当に大事ですね。何の話か。

上の画像をご覧ください。何の刺身だと思いますか。これ、ハモなんです。
いやそんなはずはないだろう?
そうですよね。ハモといえば、細かな骨を取り去るのが実に難しい魚ですから、料理人さんは数ミリ単位で身肉に包丁を入れる「骨切り」をしてから調理します。それはまさに、ハモの常識と言っていいでしょう。そして、骨切りしたハモは、湯引きしたり、付け焼きにしたりするのが普通ですよね。

ところがです。骨切りを全くせずに、骨をスパッとすべて取り去って調理する手法も実は存在するんです。正確に言うと、その手法は、現在でこそほぼ廃れていますが、大昔にはちゃんとあったらしい。

骨切りせずに、骨を全部取ってしまうと、何がいいか。身に入る包丁の数が少ないですから、味が逃げませんね。そうなると、食べた印象は当然凄まじく違ってきます。
骨のない刺身は、甘みを感じさせ、冴え渡っています。何より、肉厚だから口あたりが異なる。オコゼの刺身に似ている感じといえば、想像していただけますでしょうか。そして焼きハモは、言葉がすぐ出ないほどに身がふっくらしていた。

「繊細な身ですから、包丁を多く入れないほうがいいんです」というのは、愛媛県松山市の繁華街にある「出汁茶漬け 網元茶屋」のご主人、塩沢研さんです。
確かにそうだ。ハモの身肉の旨みは、明らかにこちらのほうが実感できる。身を刻んでいないからこその食味です。

この店、ご馳走のお茶漬けがひとつの売りですし、その一杯にたどり着くまでの料理の一皿一皿も楽しい。愛媛だけでなく、全国に贔屓を持つ存在です。今回はそんな料理店の奮闘記? いえ、そうではない。このご主人、塩沢さんのある決断がやがて地域全体に大きな影響をもたらし、地域産品の価値を改めて見直すプロジェクトまで立ち上がった、という話なんです。
しかもそれは、新型コロナウイルス感染拡大下で進んでいったこと。つまり、飲食店にとっては逆風もいいところという状況にありながら、塩沢さんは動き、最後には大きなプロジェクトが展開するまでになった。

どういうことか。順番にお伝えしていきますね。

この地だからこそ、技術が生きた

1人の決断から、すべてが始まる!(出汁茶漬け 網元茶屋)

塩沢さんが、骨切りせずに骨を抜く技術を会得したのは、いつだったのか。
実はおよそ30年前、彼が20歳のころだったといいます。岐阜県の料理店で修行していたとき、親方から教わったそうです。

塩沢さんによると、こういう話らしい。今から100年ほど前、京都でハモの骨切りの技術が発明された。当時、日本料理の修業先といえば京都であり、全国から集まっていた料理人は、その技術を各地へと持ち帰り、またたく間に広まった。それによって、ハモといえば骨切り、というのが当たり前になった。そして、骨切りせずに、骨を抜くというハモの仕込み手法は廃れていった……

「今ではもう、誰もが忘れている手法なんです」

でも塩沢さんは幸運にも20歳でその技法を身につけていたのですね。でも、ですよ。その塩沢さん本人も、骨を抜く形でハモを調理するのを続けていたわけではないですよね。

「久しぶりにハモの骨を抜いたのは、34年前、愛媛で独立して、この店を立ち上げた時の話です」

えっ、どうして?現代では珍しい技術をせっかく身につけていたのに?

「ここが愛媛だから、です。この地では、骨を抜く手法を生かすのにちょうどいいといえる、大きな魚体のハモが手に入りやすいから」

もう少し詳しく聞いてみました。これまで(そして今もほぼ、ですが)、市場に出回るハモというのは、現在では当たり前である「骨切りがしやすいハモ」がほとんどなのだそうです。重さでいうと600800gくらい。料理店からの需要がそこに集中しているわけですね。

「でも、そうなると、1kgクラスのハモは流通に乗らなくなりますよね。誰も買ってくれないからです。で、漁師さんも、そうした大きなハモは、網にかかっても海に逃がしてしまう。だから、なおのこと入手できなくなります」

ハモは、多くの魚種とは逆なんですね。大きなものを獲って小さなものを海に逃がすのではなく、その反対だった。
でもそれって、実は小さなハモのほうが美味しいからでは?

「いや、むしろ違いますね。ハモも大きなほうが旨いと、私は思いますよ」

あまり知られていませんが、愛媛はハモの一大産地です。2年連続で漁獲高が全国一を記録した漁港もあったと聞きます。だからこそ、愛媛では例外的に、大きなハモもある程度は揚がっていた。塩沢さんはそこを見逃さず、みずからがかつて会得していた、骨切りせずに骨を抜く技法を、久々に使ったのですね。
すると、店を訪れた客の反響はすさまじかった。

「本当に、お客さんが腰を抜かす感じだったんですよ」

噂を聞きつけて訪れた客が、こうも漏らしたそうです。「ツチノコっていたんだね」。
出会うことを果たせていない幻の生き物になぞらえて、その驚きを口にしたという話ですね。

惜しげもなく、他の料理人に…

1人の決断から、すべてが始まる!(出汁茶漬け 網元茶屋)

そんな「網元茶屋」ですが、2020年のコロナ禍で苦境に立たされます。そこは数多の飲食店と全く同じでした。春の大型連休の前から休業を余儀なくされます。
ここで塩沢さんはどうしたか。

愛媛県内の料理人に、ハモの骨抜きの技術をマンツーマンで教えることを決めました

えっ?現在では塩沢さんくらいしか会得していないかもしれない、まさに幻とも表現できそうな技を、他の料理人に教えてしまうということですか。

「ためらいは全くありませんでした」

なぜ、また?

「ウチの店だけではなく、『愛媛に行ったら、骨を抜いた肉厚のハモを口にできた』となれば、コロナ禍が収まった後、愛媛の店々にたくさんの人が来てくれるかもしれないじゃないですか」

街が賑わっていないと、塩沢さんの店にも客は来ない。では、街が賑わうにはどうすべきか、と考えたというのですね。

「このコロナ禍で営業自粛している間に、この技を覚えてもらう。私ひとりでは、愛媛に人をいざなうことは不可能でも、料理人みんなが動けば、それは可能になるかもしれない」

決断した理由は他にもあったといいます。

「愛媛の料理人がこぞって、骨を抜くのに適している大きなハモを使い始めたら、愛媛の漁師がもっとたくさん大きなハモを獲ることになりますね。これまでは海に逃がすこともあったハモを、です。そうなると、漁師も潤うし、料理人にとっても、安定供給が望めます。いい循環が生まれるんです」

材料費込みで5000円という安い講習料で、塩沢さんはマンツーマンでの技の伝承を始めます。それが大型連休前のころ。

「最初は、店での1枚の張り紙からです。『この暇な時期を使ってスキルアップしませんか、コロナが収まったら、お互い稼ぎましょうよ』という思いで……」

最初はぼちぼちの反応だったそうです。1週間に1人くるくらい。それでも、クチコミで少しずつ広がり、鮨屋の親方などが「本当に教えてくれるの?」と半信半疑でやってきたそうです。
風向きが変わったのは、5月の大型連休のある日。地元の新聞が、塩沢さんの取り組みを記事にしました。噂を聞いて、記者が取材に訪れたのがきっかけでした。そこからの1カ月で30人ほどの料理人が続々と塩沢さんのもとにきたそうです。

それにしても……。考えただけで難しそうな技なのに、1回の講習(1時間30分ほどらしい)で、その手法を身につけられるのですか。

「できます。教えると、みんなびっくりします」

和食の料理人だけでなく、フレンチ、イタリアン、中国料理とあらゆる分野のプロがやってきたそうです。なかには漁師がみずから訪れたことも……。

「その漁師さんは、こう言っていましたね。『自分が骨抜きを教わって、それを近所の鮨屋の職人に教える。そして俺がハモを獲ってきて、その鮨屋に売るんだ』と」

これこそが塩沢さんが望んでいた、いい循環ですね。塩沢さんから教わった人は、今度は教える側に回る。そのことで、骨抜きの技法は広がっていく。

「そもそもこれは、私が編み出した手法ではない。修業先で教えてもらった技です。だから私も誰かに伝えていかねば、との一心でした」

塩沢さんは、料理人たちにこうも言っているそうです。「この技を自分で止めないでね」と。

5月に入り、塩沢さんはもうひとつ動きを見せます。骨抜きのハモを使った「ハモ鍋セット」の配送を始めました。1人前2500円(2人前から)。こちらも常連客の間でクチコミが広がって、5月からの2カ月で200箱が捌けたそうです。注文はほとんどが4人前だったといいますから、およそ800人前が2カ月で売れたわけですね。この時期、「網元茶屋」は営業自粛中でしたから、これは大きな売り上げだったと思います。

「営業を休んでいた時期でも、やったことをもろもろ合わせると、結果的には売り上げが2割減で済みました」

その奮闘に、産地が動いた

1人の決断から、すべてが始まる!(出汁茶漬け 網元茶屋)

そして、9月のことでした。塩沢さんのもとに、八幡浜漁業協同組合と八幡浜商工会議所のメンバーがやってきました。
先ほどお伝えしたハモの漁獲高日本一になった漁港というのは、この八幡浜のことです。塩沢さんの取り組みを知った彼らが、街を元気にするために力を貸してほしい、そう話しに訪れたということです。

10月、「えひめ技あり鱧(ハモ)プロジェクト」が立ち上がりました。八幡浜料飲組合、八幡浜商工会議所、それに地元の愛媛新聞社などが旗振り役となり、実行委員長には八幡浜でホテルを営む社長が就きました。要するに、地元あげてのプロジェクトとなったわけですね。
その狙いは、骨抜きの技法を料理人に身につけてもらって、プロジェクトの加盟店を増やすこと。それにより、ハモの県内消費を拡大させることといいます。

このプロジェクトで、塩沢さんの役割は2つだそうです。まず、加盟を希望する料理人にハモの骨抜きの方法を教えること。次に、技術試験の採点役を担うこと。
考えてみれば、塩沢さんという1人の料理人が、コロナ禍の営業自粛中に始めた取り組みですよね。マンツーマンで惜しげもなく技術を伝え、同時に、県外の消費者に、骨を抜いたハモを送り始めた。それが半年も経たないうちに、地域を動かすほどの流れを創出したわけです。

「ここまでの話になるとは想定外でしたね」

塩沢さんはそう話します。と同時に、こうも語っている。

「このプロジェクトの動き、私は定着すると思います」

既存のもの、既存の腕で…

1人の決断から、すべてが始まる!(出汁茶漬け 網元茶屋)

塩沢さんはいいます。

「このプロジェクトのいいところは『既存のもの』『既存の腕』をもって果たせるということに尽きます」

そうですね。ハモを骨切りせずに骨を抜くというのは、新しい料理法では決してなかった。そして、それに向く魚体の大きなハモはそこに存在した。さらに言うと、さほど流通していない大きなハモをちゃんと生かす話でもある。
しかも、骨を抜くハモというところには、明らかにインパクトがあります。食に聡い人なら……見逃しはしないでしょうね。口にしてみたいと愛媛を訪れるに違いありません。だからこそ、地元の経済団体、飲食店の団体が動いた。新聞社も応援に回っています。

最後にもうひとつ、私自身も恥ずかしながら当たり前と考えていた話をしますね。ハモって、夏が旬だとてっきり思っていたら、必ずしもそうではないらしい。塩沢さんによると、秋から冬に美味しくなるそうです。夏の食材というのは、あくまでイメージすぎない。つまり、ハモのプロジェクトは季節を問わずに遂行できるということでもありますね。
10月以降、「えひめ技あり鱧プロジェクト」の一員となった塩沢さんの言葉を、ここで伝えましょう。

こういう厳しい状況で、技術を身につけようと講習に参加する料理人は、みんな前向きなんです。そういう姿勢の料理人同士がつながれたことが、また嬉しいんです。

ここから、また何かが始まりそうですね。

北村 森

北村 森

商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)

PROFILE

富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。

月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。

中日新聞/東京新聞「北村森のモノめぐり」、婦人公論「女の気になるキーワード」、家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」など、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。

日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)
MM総研大賞 審査委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
特許庁 地域団体商標広報企画 ワーキンググループ委員

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