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実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第103回)

続・「共創」とは、つまりこれだ!
(紋別タッチを盛り上げる人々)

続・「共創」とは、つまりこれだ!(紋別タッチを盛り上げる人々)

この連載の第44回で、私は「共創」の意味と価値について綴りました。共創というビジネス用語って、ここ数年さまざまな場面で語られていますけれど、改めてちゃんと考えてみませんか、という話でした。

その第44回の事例は、「さきめし」という飲食店を応援するアプリでしたね。2020年の春、コロナ禍で苦境に立たされた飲食業界をどうすれば支えられるか。ひとりの音楽家が立ち上がり、仲間と一緒に料金先払いできるアプリを制作。そのニュースを多くの消費者が情報拡散したことで、アプリの利用者も、支えを求めて登録する飲食店も飛躍的に伸びました。さらにいうと、第44回の原稿を綴った1カ月後には、大手企業であるサントリーが、この「さきめし」のサポートにも乗り出しています。

つまり、「共創」というのは、企業の専門分野や、その規模の大小も関係ないかたちで手を携えるだけにとどまらず、消費者ともしっかり連携する格好で、これまでになかった新しい価値を市場に創りあげる活動を指す言葉、と理解できます。

もうひとつ、以前に取り上げた事例のことをおさらいしましょう。第60回で綴った、愛媛県のハモの取り組みです。こちらは、ひとりの料理人が会得していたハモを調理する技法を、惜しげもなくほかの料理人に伝授しようと決めたところから、特産のハモに光が当たった、という話でした。そして、この輪は料理人を超えて大きくなり、地域全体で地元のハモを盛り上げるというところまで育っています。これもまた「共創」の一形態でしょうね。

この2つの事例から、共通したヒントが得られます。それは「ひとりから始められることがある」と同時に、「ひとりではできないこともある」という両方の側面があるというところです。最初は、ひとりの音楽家、ひとりの料理人が決断し、動き始めています。でも、それをきっかけに多くの人(ときには消費者)をも輪に巻き込むようにして、大きなプロジェクトに育っていった。

さあ、ここからが本題です。今回もまた「共創」の話であり、また、コロナ禍で厳しい局面となった地方の話でもある。で、問題解決に向けて希望を見いだせる状況を創りあげるまでの最初の一歩は、まさにたったひとりの行動でした。

とんぼ返りで飛行機往復!?

続・「共創」とは、つまりこれだ!(紋別タッチを盛り上げる人々)

「紋別タッチ」という言葉、お聞きになったことはありますか。今回はこれがテーマです。

東京の羽田空港から北海道のオホーツク紋別空港までのANA便に搭乗して1時間45分のフライト。そして、紋別から40分後に折り返す便にすぐさま再び乗って羽田に帰るという、慌ただしいにもほどがあるというか、何のための旅なんだろうというか、そんな行動のことを、人呼んで「紋別タッチ」といいます。紋別にタッチしてすぐに踵を返すから、こういう名がついたのですね。
羽田―紋別のANA便は、普通運賃ですと往復で9万円ほどもします。数十日前にあらかじめ購入する大幅な割引料金を使っても往復3万円ほど。いったい誰がわざわざ「紋別タッチ」するのか。

おわかりの人も多いかと思います。航空会社が用意する搭乗ポイントを稼ごうとする航空マニアが「紋別タッチ」に挑んでいるんです。最上級のメンバーになると、空港ラウンジの利用だったり、搭乗時の優先サービスだったりと、さまざまな特典を得られるため、マニアたちは懸命にポイントを貯めようとしています。このポイントは年単位での集計ですから、もう毎年、ポイント稼ぎのために航空機に搭乗しようと考えるわけです。

でも、勘のいい読者であれば、あれっ?と思われるでしょうね。たとえば東京在住の航空マニアであれば、航空会社の搭乗ポイントをもっと効率的に稼ぐ手立てはあるんです。羽田―紋別便よりも、羽田―那覇便などの沖縄路線で飛ぶほうがポイント数は多いですからね。
なのにどうしてまた、「紋別タッチ」がとりわけ注目されているのか。もちろんそこには理由がありました。

地元ホテルの常務が動いた

続・「共創」とは、つまりこれだ!(紋別タッチを盛り上げる人々)

もう少しだけ、航空マニアが「紋別タッチ」するうえでのデメリットを先にお伝えさせてください。1回の搭乗で得られるポイント数が、羽田からの沖縄路線に乗るよりも少ないために、効率を考えれば紋別便を選ぶことは得策ではないのは、たったいま綴りましたね。実はデメリットはまだあります。

オホーツク紋別空港に就航している航空便というのは、ANAによる羽田紋別便ただひとつであり、それも11往復だけなんです。ほかの路線は紋別にはありません。これが那覇便であれば、たとえ羽田から日帰りでポイント稼ぎするにしても、早朝便で飛んで、少しは那覇市内で時間をすごして午後や夕刻の便で帰京することはできますね。1日に何便も離着陸しているから。

でも、紋別行きで日帰りしようとすると、羽田から乗ったその機材の折り返し便に乗るしかない。1230分に紋別着で、折り返しが1310分。わずか40分間の滞在です。いや、復路便の保安検査場通過の締め切りは搭乗の20分前ですから、ゲートの外に出られる時間は、実質20分間しかない。そんな不自由を強いられてまで紋別を選ぶのか。

実は、航空マニア、それもANAファンにとって、羽田紋別便をわざわざ選んで搭乗ポイントを稼ぐという手は、以前から選択肢のひとつとしては挙げられていたそうです。ボーディングブリッジではなくタラップから降りて空港に向かう導線の希少さや、こぢんまりとした空港の構造が楽しい、という理由からでした。とはいえ、まだ「紋別タッチ」という言葉も浸透していませんでしたし、あくまでひとつのチョイス、という範囲での話。現在のように「紋別タッチ」が大手メディアで数々取り上げられるような状況では全くありませんでした。
それなのに、昨年(2021年)の夏ごろから「紋別タッチ」は盛り上がりをみせ始めます。搭乗率の推移を確認してみましょう。

2019年度、羽田紋別便の搭乗率は60.9%でした。それがコロナ禍に襲われた2020年度には30.5%と半減します。こうなりますと、路線存亡の危機です。では2021年度はどうか。コロナ禍が深刻であり続けた状況下でも37.3%に回復しています。地元では、この数値上昇はほかならぬ「紋別タッチ」効果によると分析しているようです。
では、なぜ急に、この「紋別タッチ」が脚光を浴びたのか。地元・紋別にあるホテルの常務が一個人として動いたのが、その発端となったようです。

SNSで、思わず手を挙げたら

続・「共創」とは、つまりこれだ!(紋別タッチを盛り上げる人々)

ここから、常務に聞いた話をお伝えしていきましょう。まず、どう動いたというのでしょうか。

2021年のはじめごろ、ほんの偶然ですが。Clubhouseにアクセスして、ANAのファンが集まるルームに入室しました

Clubhouseとは、音声型のSNSですね。いっとき話題を呼び、その後はブームが沈静化したようにも思えますが、現在でも人気のルームは存在しますね。ANAファンが集うこのルームなど、その一例です。

「初めての入室でしたし、トークを聴くだけの立場で参加していたんですが、突然、紋別便の話になって、地元に暮らす者として思わず挙手サインを出して、発言を求めたんです」

なにを話そうと思ったんですか。

「冬の時季でしたから、『紋別への着陸寸前、窓から流氷の様子が見下ろせますよ』と絶対に伝えないと、という一心でした」

すると、このルームの中心人物であるマンボミュージシャンのパラダイス山元さん(航空機にまつわる著書があるほどの航空マニアです)が、優しく呼応してくれたそうです。「知ってますよー」と。

「パラダイス山元さんは、すでに何度も紋別へのフライトを体験してくれていたと知りました。で、その場でこうも語りかけてくれたんです。『地元のホテルの方なんですね。でも紋別には泊まりませんよー』と」

つまり、いまでいう「紋別タッチ」をパラダイス山元さんはすでに実践していたわけですね。ここから常務は、Clubhouseのこのルームに繰り返し入室するようになります。

「『カニありますか?』『流氷まだ見られますか?』といった質問があれば、すぐに答えるようにしていましたね」

それだけではありませんでした。紋別ならではの事情について、折に触れて常務はClubhouseのルームで伝え始めました。1989年に鉄道路線が廃止になり、それ以来、公共交通機関の乏しさに苦労し続けている街であること。わずかに残されているANAの羽田紋別便はまさに生命線となっていること。それは、この紋別便が地域の病院で従事する医師を運んでくれる貴重な路線となっているためであること……

「だから、この羽田―紋別便は路線廃止をどうしても避けたいんです」

そんな思いが、Clubhouseに参加する航空マニアの心を揺さぶりました。

キーワードは「毎日やる」

続・「共創」とは、つまりこれだ!(紋別タッチを盛り上げる人々)

乗務がClubhouseのルームに入室してから半年近く経過した、2021年の6月のことでした。ANAが紋別便で運用していたボーイング737700が最終フライトとなるというニュースがありました。

「すると、紋別への最終フライトで、70人ほどが『紋別タッチ』してくれたんです」

常務は、それだけの人数が紋別とんぼ返りのためにお金と時間をかけてくれると事前に聞いて、紋別市長と空港職員に報告します。すると、市長はこの最終フライトの当日、空港まで駆けつけてくれたそうです。常務はその場で、紋別にタッチしに来てくれたパラダイス山元さんと市長を引き合わせます。

ここから「紋別タッチ」をめぐる動きが急となりました。パラダイス山元さん、ANAファンのメンバー3万人を誇るFacebookグループの運営者、そして紋別観光振興公社の副社長、この三者が打ち合わせを重ねます。どうやれば航空マニアが喜び、「紋別タッチ」にもっと興味を抱いてくれるか、議論を進めていきました。そして、2021年の夏には「紋別タッチ」がいまあるようなかたちで、ひとつの完成をみます。

具体的に説明すると……。「紋別タッチ」に挑んだ搭乗客には、紋別空港でのわずか20分間のうちに、カウンターでスタンプカードにハンコを押してもらえます。同時に、月替わりのステッカーが手渡されます。「紋別タッチ」初回の搭乗客の場合、その手順がわからない人もいるからでしょう、空港で「カウンターにお越しください」というアナウンスまでして、丁寧に促してくれます。私が実際に体験した折、まさにそうでした。さらに、カウンターの壁面には、タッチ回数と名前を示すボードまで貼られています。目を凝らすと「50タッチ」を重ねた人も少なくなくて、最も上部に掲げられていた人は「110タッチ」でした。

また、記念となるタッチ回数を迎えた搭乗客には、こんな短時間の滞在ながらお祝いもあるそう。私が取材に訪れた日には、ちょうど50タッチ記念の人がいました。かわいいくす玉までが用意されていたのが、とても心憎い限りです(このページの3番目の画像がそのシーン)。

で、ここからなんです。こうした仕組みができあがった直後、2021年の夏から、ホテルの常務は毎日、羽田からの便が到着する前に空港に向かい、航空機を2階のデッキで出迎え、「紋別タッチ」で訪れた人に声をかけ(カウンターに出向くので、どなたが該当客かすぐ判別できます)、そして羽田に戻る便をデッキから再び見送っているといいます。紋別を離れる出張の日を除けば、雨の日も雪の日も、欠かすことなく続けていると聞きました。この原稿を綴っているのは2022年の10月ですから、もう13カ月間ほどの話になります。

「タッチ」する客数は驚きの…

続・「共創」とは、つまりこれだ!(紋別タッチを盛り上げる人々)

なぜ、そこまでやるのか。ホテルの常務ともなれば毎日の時間はとても貴重なはずです。それに、空港デッキに立つのは業務ではなく、完全なボランティアですね。

「私が行けばいいわけですから」

どういうことか。

SNSを通して、「あの人が今日、紋別に来る」と知ったときだけ出迎えに行ったとしたら、どうなるか。もしほかの人がタッチに訪れた日に「なんだ、空港デッキでの歓迎があると聞いていたけれど、そんなものなんてないじゃないか」となってしまいます。だったら、毎日行くと決めてしまえばいいよね、と

えっ? その日に「紋別タッチ」でやってくる搭乗客がいるのかどうかを、空港関係者などからそっと聞いてから空港に向かっているのではないのですか。

「ええ。毎日『今日は何人来てくれるかなあ』と、期待と不安半ばで、デッキから手を振っています」

いったい、どれくらいの頻度で、「紋別タッチ」の搭乗客が来てくれているのでしょうか。3日に1度くらい? 5日に1度くらい?

いえいえ、去年の夏から今年の10月上旬まで、「紋別タッチ」の人がゼロだった日は、これまで4日しかありませんでした。あとは毎日、必ず誰かがタッチしに訪れています

なんと、昨夏から数えて400日間を超える日数のうち、タッチ客がいなかったのはたったの4日だけだったのですね。そこまでだったとは……。これは搭乗率の上昇に効果があったと分析するのは当然の話だと感じました。

「だからこそ毎日空港に行くべきなんです。実際、『紋別タッチ』のお客さまにこれだけ喜んでもらえているので、苦に思ったことは一度もありません」

ああ、確かに「紋別タッチ」に挑む人からみたら、本当にありがたいですよね。わずか40分間の滞在のうちに、空港スタッフからステッカーをもらえ、スタンプカードにハンコを押してくれ、着いたときも帰るときもデッキから手を振る地元ホテルの常務の姿に触れられる。ポイント稼ぎのためにフライトを重ねても、ここまでの歓待を得られる空港は、よそにはまずないと思います。

1日わずか1便だからこそ、こうして集中してポイント稼ぎに力を注ぐ航空マニアを受け入れられるという側面もあるでしょう。常務だって、これが1日何便もとなると、すべての出迎えは難しいかもしれません。その意味では、「1日たった1便」の空港であるという部分を見事に逆手に取った、と捉えることもできますね。マイナス要素をプラスに変えようと考えた、という点において。

思わぬ効果が現れてもいた

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でも、最後にちょっとだけ思うわけです。「紋別タッチ」の搭乗客って、空港でとんぼ返りするわけですから、地元にお金を落とすわけではないですよね。その意味では少々物足りないのでは?

「そうともいいきれません」

常務はそういいます。「紋別タッチ」を繰り返す人が、「今度は1泊してみよう」と考え、いわば「紋別ステイ」するケースが相次いでいるのだそうです。それはいい兆候ですね。
「それに……」と常務は言葉を続けます。

「空港のお土産物屋さんやカフェの雰囲気が大きく変わりました」

スタッフの接客姿勢が、「紋別タッチ」の盛り上がりを機に、とても温かなものになったというんです。
空港で自由になるわずか20分間で、タッチのお客は売店やカフェに立ち寄ります。航空マニアの間では、この20分間で、まずカフェのカレーを注文して、できあがるまでの時間を使ってお土産を買うのが定着しているそうです。

この短い時間でいかにもてなすか、スタッフたちがそれまで以上に心を砕くようになったそう。これは「紋別タッチ」ではない利用客にとってもいい話であると思います。で、売り上げにも当然好影響をもたらし、お土産物屋さんのスタッフは、地元の名品を積極的に発掘して陳列提案するほどになったらしい。

話をまとめましょう。この原稿の最初にこう綴りましたね。「ひとりから始められることがある」と同時に、「ひとりではできないこともある」。

ホテルの常務は、航空マニアが集うClubhouseのルームに飛び込んで、意を決して手を挙げました。そのちょっとした勇気に、パラダイス山元さんをはじめとするインフルエンサーが呼応しました。そして常務は、彼らと地元関係者の間を取りもって、「紋別タッチ」のかたちを完成させるきっかけを創出しています。

「私はただ、人と人をつなげただけです」

常務はそう謙遜します。

「でも……」

でも……なんでしょうか。

「ひとつだけいえるとするなら、もし私に少しでも下心があったら、こうはなっていなかったかもしれません」

それは確かにそうでしょう。紋別にある自分のホテルに泊まってほしいですとか、知人の飲食店に寄ってほしいですとか、そういう思惑は常務にはなかったといえます。飛んできてまたすぐ飛ぶという「紋別タッチ」に、ホテルや飲食店が絡むチャンスは全然ありませんからね。
地元にとって医師を運んでくれる生命線である羽田―紋別便をなんとかせねばという一念が常務自身を立ち上がらせた。その思いが航空マニアに届き、そして地元の航空関係者、さらには市長も揺り動かした。これはやはり「共創」そのものでしょう。

ただ単に、ステッカーやスタンプカードを用意するというだけでは、盛り上がりはいっときだけのものに終わり、こうした注目は1年以上もたなかったと思います。仕組みづくりは大事ですが、それだけではすぐ冷めます。誰がどのようにして、その仕組みを生かすのかが肝心です。
地域のブランディングに不可欠なのは「続けること」と、私は確信しています。オホーツク紋別空港で、ステッカーやスタンプカードの存在を光らせ続けているのはなにか。常務がデッキに毎日立ち、空港の地上係員が感謝のボードをいつも掲げ、カウンターや売店・カフェのスタッフが暖かく迎えようと心がけている。そうした姿勢をずっと貫いているからこその「紋別タッチ」人気持続でしょうね。

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