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実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第69回)

ここまで、あえて来てもらう意義!(亀屋革具店)

ここまで、あえて来てもらう意義!(亀屋革具店)

自慢めいた話から始めること、お許しください。上の画像、私の持ち物です。本革のビジネスバッグ。注文してから手許に届くまで、1年半近くも待ちました。サイズやマチ(幅)はもちろん、その色合いも相談したうえで製作してもらったバッグです。

ノートパソコンや周辺機器を入れてもまだたっぷり余裕があって、使い勝手が良好なのもありがたいのですが、何をおいても人に語りたくなるのは、そのデザインと風合いです。蓋のところの曲面づかいを見てください。美しいカーブを描いています。厚さ3ミリの本革を使っているからこそ、こういう表現が可能になるらしい。そして、このバッグ、ほぼ手縫いで仕上げられています。ミシンで縫うのは蓋のところだけで、あとは手縫い。職人さんからは「人にたくさん、ぜひ自慢してくださいね」と微笑まれました。

手縫いだと、メンテナンスの面で優れているのだそうです。仮にステッチが1カ所ほつれても、修繕が実にたやすいとのこと。また、繰り返しになりますけど3ミリ厚の本革だけに形がしっかりしています。「うちのバッグは壊れにくい。次の世代に引き継げますよ」と職人さんに言われました。私、このバッグを使い始めて3年目ですが、将来、息子にあげるのを楽しみにしています。それまでの間、革の風合いが少しずつ馴染んでいくのを大いに堪能したいとも思っています。

どこでつくってもらったカバンか。青森・弘前にある亀屋革具店です。大正4年(1915年)の創業で、現在は2人の兄弟が跡を継いでいます。財布や名刺入れ、トートバッグなども揃えていますが、ビジネスバッグに関しては注文から通常1年半待ちです。コロナ禍で注文が大幅に減っているであろういまでも、半年ほどはかかるそう。

で、ここからが大事なんですが、この亀屋革具店のビジネスバッグを入手するには、弘前まで行くしかないんです。支店なし、ネット通販なし(と言いますか、ウェブサイト自体なし)、百貨店などの催事への出展もなし。だからもう、美しい桜で知られる弘前城からほど近い場所にある亀屋革具店まで足を運ぶほかありません。
それでもバックオーダーを抱えているほどなのは、ここのビジネスバッグが支持を受け続けていること、それと、手作業のため、月に7個くらいしかつくれない体制であることによるのでしょう。

実に想定外の値段だった

ここまで、あえて来てもらう意義!(亀屋革具店)

もったいぶった商売をしているのか、といえば決してそんな印象は受けませんでした。職人さんの津軽弁はどこまでも明るく優しい。敷居の高さを覚悟して最初に訪れたのですが、実際は真逆でした。
ちなみにですが、この亀屋革具店、巷では「東北のエルメス」とも称されています。職人さんたちはその呼び名に不満だそうですが(「私らはスカーフをつくっていないし、そもそも『東北の亀屋』と思っていますから」と……)、堅牢な馬具の生産から洒脱なバッグづくりに移っていったところが共通しているので、そう言われているのでしょう。

さあ、冒頭の画像にある、オーダーメイドで1年半待ち、次の代まで引き継げるとまで断言された私のビジネスバッグ、いくらだったと思いますか。

20万円? 30万円?
私はそれくらいの出費を強いられるかと思っていたのです。
正解は……購入時、職人さんからは申し訳なさそうな声で告げられました。「ええっと、税込み79900円です」。私は驚きましたね。ハンドメイドのビジネスバッグがこの値段なのかと。

私のオーダーしたもの以外で言っても、ビジネスバッグの価格帯は6万円台からせいぜい8万円台半ばなのだそうです。語弊を恐れずに表現すれば、こういう商品こそ、本当の意味でコスパがいいと言えるのではないでしょうか。
私の買い物自慢はこのあたりで止めておきます。失礼しました。ここからは、亀屋革具店のものづくりと売り方について、先日改めて取材してきた結果をご報告いたします。

街の馬具屋から始まって…

ここまで、あえて来てもらう意義!(亀屋革具店)

弘前は、明治期から陸軍の師団が置かれた軍都でした。そのことがあってでしょう、大正4年に馬具を製造する亀屋革具店が創業しています。

「うちはもともと『街の馬具屋』だったんです」

馬具のほかは、せいぜい近場のお客向けにランドセルをつくったり、銀行などの依頼で仕事カバンをこしらえたりする程度だったといいます。

「バッグ製造に本腰を入れ始めたのは25年ほど前で、県内のセレクトショップからオーダーが入ったのがきっかけでした」

そこから亀屋革具店のバッグは、知る人ぞ知る逸品として徐々に知名度を上げていき、弘前の名店としての地位を築きます。でも……。

「ここまでいろんな方が来てくれるのは、なんでなのか、私らもわかんないんです」

ウェブサイトはないし、パンフレットもない。最近、ようやくスタッフの名刺だけはつくったそうです。
いや正確に言うと、10年ほど前にいったんはウェブサイトを開設して、いっときはサイトからのネット注文も受け付けていたらしい。ところが、ほどなくしてウェブサイトは閉鎖し、ネット注文もやめた。そしてこのまま現在に至る、つまりいまでは弘前に行って買うしかない仕組みになった。

ウェブサイト閉鎖の理由は?

ここまで、あえて来てもらう意義!(亀屋革具店)

いったいまた、ネット全盛のこの時代にどうしてウェブサイトを全面的に閉じてしまったのでしょうか。

注文をお待たせしているお客さんがいるのに、同時にネットで注文を受けるのはちょっとな……と思ったんです

オーダー待ちのお客さんに申し訳ない、その気持ちだけでサイト閉鎖したんですか。

「そうです。『これはお客さんに悪いなあ』と」

百貨店の催事などのイベントに招かれても断り続けているのは、やはり同じ理由だそうです。ずいぶんと律儀な考えだと思いますが、それによって商機を逸するという不安はないのでしょうか。

「いえ、月に7個が限界という仕事量からすると、いまがちょうどいいとも思うんです」

この言葉を聞いて、第38回のコナベイハワイのことを思い出しました。ハワイで上質なアロハを製造し続ける同社は「売上高は前年比100%でいい」「人気のアイテムだからといって再販売はしない」と明言していました。そういう考え方もひとつあるんですね。

亀屋革具店の興味深いところは、先にも触れましたが、もったいぶった商売をしているふうには感じられない部分です。ネット通販を全否定しているわけではなくて、ただ単に、いま待ってくれているお客に対してどう対処するか、から対面販売のみに踏み切ったわけです。
これは私の勝手な想像ですが、いつかネット通販を望むリピート客の声が高まれば、ごく自然体でそれに再対応するのではないかと思わせます。その意味で言うと、局面ごとにおいて、何を優先し、何を最善とするかを熟考しているところにこそ、私たちにとってのビジネスのヒントがあるような気がします。単に「弘前に来ないと売りません」「ネット通販はいけません」と表明しているわけでは全くない、と読むべき話でしょうね。

ただ、そのうえであえて申し上げますと、個人的にはやはり亀屋革具店は、そこにたどり着く道のりも、そしてお店で職人さんと対面して相談する時間も、得難いものになっているとは感じます。その過程をひっくるめての買い物、と言いますか……。そういう商売があってもいい、とも感じます。

店の一角に、相当に年季の入ったバッグが飾られています。上に掲載した画像がそれなのですが、戦前に亀屋革具店が陸軍に納入したカバンらしい。ずっとこの店にあったのではなくて、歳月を経て、巡りめぐって、偶然ここに戻ってきたと聞きました。骨董市で手にしたお客が、亀屋革具店の印がバッグに刻まれているのを見て修繕を依頼しに来たそうです。それを譲ってもらったというのが経緯とのこと。そんなバッグの現物を目にしながら、自分の購入するバッグの相談ができるなんて、ちょっと贅沢な話だなあとも思います。

丈夫さを追い求めた結果…

ここまで、あえて来てもらう意義!(亀屋革具店)

現在の亀屋革具店は、先にお話ししたように2人の兄弟です。お兄さん(上の画像の右手)がバッグの製造を担当、弟さん(画像の左手)が財布や名刺入れなどの革製品を担当しています。
店の奥にある、ちいさな工房で、兄弟がひとつの机で向かい合って、毎日の仕事を続けているそうです。
ここで尋ねてみたい。バッグにしても財布にしても革製品ってどうあるべきだと考えていますか。

「道具として丈夫であるべき、ということでしょうね」

えっ、高級感とか、所有欲を満たすとか、そうしたところではないんですか。

「そうです。革製品と言うと、なんだかもったいぶっている感じもあるでしょう。でも、実際は道具なんですよ。傷がついても型が崩れなければ大丈夫、そんな要素が問われると思います」

そうなのですね。だから亀屋革具店のバッグは、手縫いであり、厚い本革であることを重視しているのですね。

「もうひとつ言うなら、修繕しやすいことでしょう。長く使ってもらうにはとても大事です」

デザインよりも丈夫さなんですか。

「私らは先代の考えたデザインを大切にしています。なぜかというと、丈夫で修理しやすいデザインだからなんですね」

冒頭で触れたように、蓋部分の美しい曲面が、この店のバッグの持ち味とも思えるのですけれど……。

「これって、革が分厚いから、そうなるだけなんですね。正直に言いますと」

ああそうか。そして、革が分厚いのは、丈夫さを追い求めた結果なのですね。

「そうです。言われるまで、この蓋の部分が美しいということは気づきませんでしたよ」

先代までのデザインを生かしつつも、細部のリファインには躊躇していないとも聞きました。例えば、このべージのトップに載せた私のビジネスバッグですが、先代のデザインでは蓋にベルトが備わっていたそうです。それを現在では完全に省いた。そのほうがすっきりした見映えで、私などはデザイン的にいまのほうが明らかに洒脱と思いますね。

「いや、仕事で使う人にはベルトがむしろ邪魔だろうと考えて省いたんです」

デザインの綺麗さを考慮してではなかったのですね。あくまで使い勝手を慮った結果だったのですか。

おしゃれかどうかは二の次です。うちは、とにもかくにも丈夫かどうか、ですね

そこを突き詰めていくと、私などの目にきわめておしゃれに映るバッグに仕上がった。そこがとても面白いところと感じます。

馬具製造の技術も生かす

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ところで、亀屋革具店では、もういまは馬具をつくってはいないのですか。

「ええ、馬具以外の革製品へと完全に移っています。でも……」

馬具屋だったころに培われた技術は、現在も生かされているそうです。上の画像は、ビジネスバッグのハンドル部分を手縫いしている場面を撮ったもの。右手にキリと針1本、左手には針1本。革にキリを刺して、次に針を刺す。さらにもうひとつの針を刺して、糸を締め付ける。これを繰り返す。馬具時代から続いている亀屋革具店の手法です。

こう見ていくと、バッグとはどうあるべきかを考え抜いたすえに、いまの亀屋革具店の流儀が形になったとも言えそうですね。第39回のトーダンの話にも通じるところがある、と私は思います。紙のカレンダー市場が縮小していくなかで、同社は「カレンダーとはそもそもどういうものなのか」をとことん深く考察していった。その結果、同社ならではのスタイルを掲げたカレンダーが生まれ、ロングセラーにまで育った。そういう話でした。

手づくりだからいいわけではない

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最後に聞きたいことがあります。亀屋革具店のビジネスバッグでは、私など「手づくりであること」が所有しているうえでの自慢のタネになっています。やはり手づくりには価値があると考えているのでしょうか。

いえ、『手づくりが、うちの当たり前』だからというだけです

手づくりなのを誇っているのではないということ?

「はい。手づくりが断然いいと思ってやっているというより、うちでは手づくりが普通と捉えています。それだけ」

ただし、こうも言葉を続けました。

「もっと楽なつくり方があるなら、誰かから教わりたいくらいです。でも……」

でも? なんでしょう?

「でも、そうしたら、うちにはお客さんがもう来なくなるかもしれません。ミシン縫いのカバンなら、百貨店などにたくさんいいものがありますから」

そうでした。なぜわざわざ私たちが弘前まで行くのか。それは、丈夫さを追い求めた職人さんが手縫いや分厚い革の採用を続け、結果としてなんとも味わいの深いデザインに仕上がっているビジネスバッグを、この手にしたいからでしたね。

北村 森

北村 森

商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)

PROFILE

富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。

月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分
析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっ
ている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」
(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。

中日新聞/東京新聞「北村森のモノめぐり」、NTT東日本「経営力向上ラボ」、
家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地
方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」な
ど、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。

ANA国内線「北村森のふか堀り」監修

経済産業省 北海道経済産業局 地域ブランド創出支援事業 チームリーダー
特許庁 地域団体商標広報企画 ワーキンググループ委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)

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