実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第39回)
逆風の時代に、どう立ち向かうか!(株式会社トーダン)
最初に、今回の本題とはちょっと違う商品領域の話をしますね。
みなさん、スケジュール管理に何を使っていますか。Googleカレンダーのようなアプリでしょうか、あるいは他のデジタル系ツールでしょうか。21世紀に入って、そうしたものを使う人は間違いなく増えていますね。
でも、その一方で、紙の手帳が復活していることもまた知られています。今では、国内で年間1億冊市場といわれているほどですから、デジタル全盛時代にこれは特筆すべき現象ですね。
その理由は2つあると思います。1つは、紙の手帳の価値を見直す気運が生まれたこと。単なるスケジュール管理にとどまらず、1年の目標を書いたり、思いついたことを綴ったり、旅の思い出(チケットなど)を貼り付けたりといった具合に使うには、紙のほうが都合はいいのですね。
でもそれだけではありません。2000年代に入って、手帳業界が、売り先の再検討を図ったというところは見逃せません。紙の手帳といえば、年の瀬に企業が社員に配ったり、挨拶めぐりで取引先に贈ったりするものといったイメージが、かつては強かったものですが、2000年以降、手帳メーカーは、個人需要の掘り起こしに舵を切りました。自分好みのものを自分で選びましょう、という話です。
その結果、デジタルネイティブ世代であるはずの20代からも、紙の手帳は注目されることとなり、先に触れたとおり、その存在感は完全復活したわけです。
さあ、ここからが今回のテーマです。
紙の手帳が復活したのとはちょっと状況が異なって、市場がだんだんと縮小していった商品分野があります。商品の性格は手帳と少し似ているのですけれど。
それは、紙のカレンダーです。業界関係者によると、カレンダーの国内市場は1990年代前半がピークで、それからは年々2〜3%ずつ減っているそうです。そして現在では、全盛期から見ると30%ほど縮小している、とも……。かなり深刻な状況に、業界は見舞われているんです。
考えてみればわかりますね。年末の挨拶まわりでカレンダーを配る企業って少なくなっている印象があります。カレンダーを送ってくれるところも減っています。経費節減という背景もあるでしょうし、カレンダーそのものへの需要が下がっているともいえるかもしれません。多くの人は、スマートフォンで常にカレンダーを携えているような時代ですから。
そうした局面で、手を打つことはできないのでしょうか。
動いた企業がありました。東京都に本社があり、茨城県に生産工場を持つトーダンです。同社は1903年の創業で、長らくカレンダーの企画制作を主軸にしてきた、いわば専門メーカーです。カレンダー市場の縮小は、社の存亡に関わります。
個人向けへのシフトを決断
トーダンも、同業他社と同じく、法人向けのカレンダーが長年の主力商品でした。でも、そのままではジリ貧状態から抜け出せません。ただし、ひとつの救いはあったそうです。社長はいいます。
「幸か不幸か、うちは中小のクライアントが多かった。そういった企業は大きな金額ではないにせよ、続けて注文をしてくれます。そのため、うちの売り上げは急激に下がるところまではいかなかった」
ただし、それに甘えることはなかった。ここが大きなポイントだと、まず思います。
「その強みがある間に、個人向けのカレンダーの企画制作にしっかりとシフトすることが急務と考えたんです」
そして、まず、自社の商品のアドバンテージはどこにあるかを見直したそうです。大手雑貨店から「トーダンの(個人向け)カレンダーが売れている」と聞き、それはどうしてかと改めて考えた。
「暦の情報がきちんと載っている、数字が見やすい、そしてメモを書き込める。この3つが売れている理由だと分析しました」
ぱっと見のデザイン優先ではなくて、実は質実剛健なカレンダーがちゃんと評価されていたのですね。
だったら、そうした実用的なカレンダーを作りさえすれば、法人向けから個人向けにうまくシフトできるのか。いや、話はそんなに単純なものではないでしょう。社長はここからどうしたのか。
「そもそも紙のカレンダーとはどうあるべきか、を考えました」
カレンダー専門メーカーだけに、そんなことは百も承知なのでは?とも思いますが、そうではなくて、原点に立ち戻ったんですね。
そして気づいたことがありました。
ユーザーは意外と保守的
「まず、カレンダーとは意外なまでに保守的な商品であると、改めて感じました」
どういうことか。人は「いつものカレンダーを、いつもの場所に」と考えがちです。
「そういう思考のユーザーが多いなかで、新しいカレンダーのために“場所を譲らせる”というのはすごく大変なことなんです」
確かに……。それって手帳と似たような話ではありますね。毎年、慣れた手帳を使いたいと人は思いますから。では、どうやって、トーダンのカレンダーが、そこに割って入るのか。
「暦の情報が多い、数字が見やすい、メモが書ける……これだけではダメでしょう。デジタル系のカレンダーにも勝てません」
そうですね、いわゆる敵は、他社の紙のカレンダーだけではなく、デジタル系のカレンダーでもあるわけですからね。
では、どうするのか。社長は、紙ならではの強みを打ち出すことにしました。それも「暦の情報が多い、数字が見やすい、メモが書ける」を確保したうえで、別の要素を加えたのでした。
紙の強みとは? 買う動機とは?
そして約20年前に制作した商品が、「金運カレンダー」でした。現在は税別で1700円。さらに2020年シーズンに登場させたのが、このページの冒頭に画像を載せた「幸だるまさんカレンダー」。こちらは税別1300円です。
これって、どういうことなのか。
「紙のカレンダーの美点はいくつもありますね。月の全体像をとらえやすいですとか、俯瞰的に眺められて、スケジュールを立てやすいですとか。でもそれだけではないと考えたんです」
それが「縁起」というキーワードでした。
「カレンダーって、考えてみると、スケジュール管理のための存在だけではない。吉日を知るですとか、季節の節目を知るですとか、それもまた大事なわけです。暦なのですから」
なるほど。いわゆる「ゲン担ぎ」の要素を盛り込んだのですね。
「そうです。日本におけるカレンダーは、縁起とセットになった存在と言っていい。そこに改めて気付きました」
これは面白い視点であると感じましたね。年末に翌年のカレンダーを入手して壁に貼り付けるときも、確かに「来年はいい年になるように」と、ちょっとどこかで願ったりするものです。しかもそうした気持ちって、デジタル系のカレンダーではあまり湧き上がってきません。
カレンダーの原点に立ち戻って考えに考えたからこそ行き着いたところだったのでしょう。そして、「金運カレンダー」は累計100万部超のロングセラー商品となり、2020年シーズンに登場させた「幸だるまさんカレンダー」も上々の滑り出しを見せているそうです。
「正しく」の先をいく
社長はこう強調します。
「紙のカレンダーが全くなくなるということはありえないでしょう。でも、存在し続けるに努力が必要です」
では、どんな努力をなし、どんな行動に出ているのか。
「『幸だるまさんカレンダー』を開発している段階で気づいたのですが……」
社長は、カレンダーはやはり単なるモノとはちょっと違う、と認識したといいます。
「品質、納期、スピードこそが大事と長らく考えてきましたが、そうして“正しいモノ”を作り上げればいいというだけで終わってはいけない」
カレンダーを手にする消費者にすれば、前述のように、その購買行動などを通して、なんらかの願いをかけるかもしれないから、そこが大事なのですね。
「つまり“正しいモノを作れば”という認識だけでは、消費者に必ずしも響かない時代に入ったのだと思います。消費者の購入時の思いをきちんと想像して、商品に何かを込めないといけない」
それって、カレンダー以外の商品領域にも通じる考え方ともいえそうです。
社長が最後に教えてくれた話が、とても興味深く感じられました。
「先日、うちの社員を伊勢神宮と石上神宮に研修に派遣しました」
それは、作り手としてのゲン担ぎだったのですか。
「いえ、『縁起物とは何なのか』『お守りなどが参拝に訪れる方の手に渡るまで、神宮の方々はどのように心を砕いているのか』を、体感してほしかったからです」
生き残るための努力とは、そうしたところにまで考えが届くように思いを巡らせて行動に移すことだと感じ入りましたね。

北村 森
商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)
PROFILE
富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。
月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分
析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっ
ている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」
(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。
中日新聞/東京新聞「北村森のモノめぐり」、NTT東日本「経営力向上ラボ」、
家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地
方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」な
ど、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。
ANA国内線「北村森のふか堀り」監修
経済産業省 北海道経済産業局 地域ブランド創出支援事業 チームリーダー
特許庁 地域団体商標広報企画 ワーキンググループ委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)
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