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実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第102回)

続・その業界に「未来」はあるか!?
(WHILL株式会社)

続・その業界に「未来」はあるか!?(WHILL株式会社)

この連載では、一度取り上げた企業のことを、別の回で再び大きく取り上げて綴ったことはなかったのですが、今回は例外とさせてください。
2019年の1月に「その業界に『未来』はあるか!?と題して、新しい電動車椅子を開発したWHILLの話をお伝えしていました。今は2022年ですから、3年半ほど前のことになります。まず、少しだけおさらいさせてください。

2010年ごろの話です。長い距離を歩くのに困難を感じている人はシニア層を中心に多く、国内に1000万人はいるとみられているのに、電動車椅子の国内市場は当時わずか2万台規模でした。WHILLを立ち上げる前、自主的な勉強会を続けていたメンバーたちはそこに違和感を覚えました。そして仮説を立てた。

電動車椅子がそれほど普及していないのには、「2つのバリア」があるからではないか……。

まず「物理的バリア」です。道路には意外なまでに小さな段差があって、既存の電動車椅子では乗り越えられないことも多かった。だから近所のコンビニまで行こうにも難儀するわけです。もうひとつは「心理的バリア」。電動車椅子に乗って動いていると、周囲の目が気になるという話です。

ならばどうするか。道の段差をたやすく乗り越えられ、しかも、きわめてスタイリッシュなデザインの電動車椅子を完成させれば、こうした「2つのバリア」を突破できるはず。そう考えたメンバーたちは、WHILLを設立して、実際に商品をつくって販売にまでこぎつけました。そして、その電動車椅子は、たちまち国内外で熱い注目を浴びることになります。

さらに2019年の年初には、米国のラスベガスで開催中のCES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)で、同社の電動車椅子を使った自動運転システムを発表。CESではAccessibilityカテゴリーの最優秀賞を獲得しました。世界各国の自動車メーカは当時からEV(電気自動車)の開発と、自動運転システムの構築で競争を重ねていましたが、日本のベンチャー企業であるWHILLは、いってみれば「最もちいさなEV(=電動車椅子)に自動運転システムを組み込んでしまった」と表現できるほどのトピックだったわけです。

ここまでが前回の話でしたね。この経緯のどこに私は意義を感じたか。「いま目に見えている市場がきわめてちいさいものなら、そこにわざわざ商品を投入するのは愚策だ」という、まあ当たり前のように考えられていた部分に、WHILLは斬り込みました。なにせ国内市場は年2万台規模にすぎなかったのですからね。同社は「市場性はない」と決めてしまうのではなくて、「市場性がないように映るのはなぜか」と考え、動くことを決めた。

ときにこうした決断がヒットにつながることがあるんです。WHILLと業界は全く違いますが、98回の丹羽久の電子レンジ用クリーナーもそうでした。「そんなちいさな市場のために新商品をつくるのか」とまで周囲にいわれながらも担当者は開発を続け、その商品を見事に売ってみせました。それまでありそうでなかった商品をものにしようとする際には、過去の指標はそれほど参考にならないという教訓でしょう。

さあ、ここからが今回の本題です。私がWHILLの続編を綴ろうと思ったのは、このページ冒頭に載せた新商品が、この(2022年)9月に発表になったからでした。いったいこれはなにか。
キャッチコピーは「歩道を走れるスクーター」。バッテリーを搭載する電動モビリティであり、最高時速は6kmです。自動車免許を返納したシニアの方でも問題なく乗れる一台。キャッチコピーが示すように、歩道も走行できます。その商品名を「WHILL Model S」といいます。

シニアカーとなにが違う?

続・その業界に「未来」はあるか!?(WHILL株式会社)

ちいさな四輪が備わった電動の超小型モビリティといえば、いわゆるシニアカーがありますね。車両本体に椅子がちょこんと乗ったような形状で、年配の方が移動手段として使っている姿をみかけます。自動車免許を返納した後でも運転できるという点が大きいわけです。

私、「Model S」の前情報に触れたとき、こうしたシニアカーとどこが違うんだろうかと思いましたが、実際にみてみると、同じようでかなり違う商品ではないかと感じました。大きくは2つの点においてです。

まず、なにをおいても、そのデザインです。「Model S」はかなりスタイリッシュに仕上がっています。もうひとつは操作体系です。ステアリング周りが既存のシニアカーに比べるとけっこうシンプルなだけでなく、操る面白さを感じさせるつくりです(このすぐ下に、ステアリング周りの画像を載せますね。右のレバーを握ると前進、左のレバーを握ると後退します。レバーは左右がシーソー状に連動するので誤操作を防ぐし、とても直感的に操れます)。

このデザイン、そして操作体系こそが「Model S」の生命線なのだろうと、私には思えました。これらが、既存のシニアカーとこのモデルを明快に分ける重要な部分であるわけです。どうしてそこまで大事なのか。ここからはWHILLの代表に聞いた言葉を交えて綴っていきましょう。

それは「自分の乗り物」か

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代表はまずこういいます。

「シニアの方にとって、それが『自分のためのモノ』と感じられるかどうか、ここが大事なんです」

どういうことか。国内では自動車免許の返納数は年60万件にのぼっています。ではそのあと、なにを移動手段とするか。

「ふつうに考えれば、シニア向けの電動アシスト自転車か、既存のシニアカーになりますね」

ところが、両者を合わせても、国内の流通は16万台弱。シニアカーに至っては年わずか1万5000台規模にとどまっているそうです。WHILLの代表はここで考えた。

電動アシスト自転車はふらつきが心配。そしてシニアカーは、昔ながらのかたちのために、多くのシニア層は『自分のためのモノ』と捉えられない。ここにネックがあると考えました

ああ、そういうことなのですね。いまから10年以上前、WHILLを立ち上げるメンバーたちは「2つのバリア」が電動車椅子の普及を阻害していると分析した。それに似ていますね。

「その通りです。シニアカーにも、かつての電動車椅子にあった『2つのバリア』に近しい要素が存在していると考えました」

だからこそ、スタイリッシュなデザインであることこそが肝要なのでしょう。ちなみに同社のプロダクトマネージャーは、「Model S」の操作体系を「テンションが上がるインターフェイス」と表現していました。ここもまた大事ですね。これらが「心理的バリア」を破るわけです。物理的バリアに関していうと、この「Model S」はスペック上、7.5cmの段差までは乗り越えられます。現在、同社の主力である電動車椅子では5cmといいますから、この点でもユーザーの不安をより拭えるように設計したのですね。

あとひとつ付け加えるなら、「価格上のバリア」も同社は意識したらしい。既存のシニアカーの価格は30万円台半ばほどします。一方、WHILLの「Model S」は21万8000円からとしています。

また、「Model S」は、この時代の商品らしいといいますか、興味深いサービスも提供するそうです。スマホアプリと連携するかたちで、離れたところにいる家族が「Model S」の位置情報を確認できるほか、万が一転倒した場合の検知、外出や帰宅の通知もしてくれます。

ここまでみていくと、このモデルが既存のシニアかーと全く異なる立ち位置にあることがわかるかと思います。同社のチーフデザイナーにも話を聞いたのですが、「『これってシニアカーですよね』で終わってしまわないように、メッセージをいかに伝えるかを強く心がけた」そうです。

カタログスペックだけを読むと、確かにシニアカーに近い。「でも、必要に迫られて致し方なく買うのではなく、嗜好品を求めるような気持ちで『欲しい、これ!』といかに感じてもらえるか、そこの勝負です」。

そうですね。作り手の伝え方が問われる一台である、とも私は思いました。ここを同社自身、よく踏まえているそうで、チーフデザイナーは「Model S」そのものをデザインするだけにとどまらず、スマホアプリの設計から発表会の空間構成、プロモーションツールのアートディレクションまで一気通貫に手がけていると聞きました。確かにそれは重要ですね。

自動運転はすでに実用化

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「Model S」の発表は2022年の9月ですが、ここから少し時間をさかのぼった話をさせてください。この原稿の前半で、電動車椅子に自動運転システムを組み込むと発表したのが2019年の1月だったとお伝えしていました。米国のCESでAccessibilityカテゴリーの最優秀賞を獲ったのち、同社はどう動いていたか。

国内外の商業施設などで、実証実験を繰り返していました。とりわけ空港のターミナルビル内での実験に同社は力を入れてきたようです。その理由はちょっと想像するとわかりますね。保安検査場の先から搭乗口まで、大きな空港ではかなり歩かされます。電動車椅子を普段使わないシニア層でも、あの距離はちょっとしんどいと感じる方は多いでしょう。

こうした実証実験を重ねたのち、2020年に羽田空港の第1ターミナルで、このシステムが正式導入されました。人を乗せる自動運転サービスの正式実用化は世界初めてだったといいます。

どんな仕組みかというと、搭乗客は保安検査場の先に待機しているWHILLの電動車椅子を自由に使っていいようになっています。電動車椅子の肘掛けの上に備え付けてある端末のディスプレイを操作して、自身が行きたい搭乗口を指定すると、そこまで自動で連れていってくれます。で、電動車椅子を降りると、無人状態で待機場所まで戻っていきます。

これには2つの意味があるそうです。まずはなにより、長く歩くのがしんどい搭乗客が誰に遠慮しなくても、この自動運転システム搭載の電動車椅子を自由に使っていいこと。いってみれば「心理的バリア」を破ってくれるポイントですよね。空港スタッフに声をかけてサポートを求めなくてすむわけだから。あとひとつ、これは空港ターミナルビル側にも大きなメリットが生まれます。歩くのが困難な搭乗客を支援するためにスタッフを張りつける必要がなくなるからです。

月の利用数は9000回に…

続・その業界に「未来」はあるか!?(WHILL株式会社)

さらに昨年(2021年)夏には、羽田空港の第1ターミナルだけでなく第2ターミナルにも正式導入されています。
羽田をしばしば利用する方であれば、もう見慣れた風景かもしれませんね。搭乗口の近くから保安検査場のあたりまで、誰も乗っていない電動車椅子がゆっくりと戻っていく様子をよくみかけます。

WHILLに尋ねてみたら、利用者数は右肩上がりだそうで、今年(2022年)の7月には2つのターミナルを合わせると9000回ほどの利用があったらしい。それだけ、隠れた(しかも切実な)ニーズが存在していたということの表れだろうと、私は思います。

余談ですが、個人的には別角度からもこの取り組みを評価しています。ちいさな子どもたちが、空港でのこの自動運転システムに興味を示している姿をけっこう目にするんです。日本発のシステムがごく若い世代の関心を惹くこと自体、とても意義ある話ではないでしょうか。

そうした点でも、数多の自動車メーカーが競っている間隙を突くようなかたちで、同社が超パーソナルEVと自動運転システムを融合させ、しかも社会に根づかせつつあることには価値を感じます。

コロナ禍だったからこそ

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羽田空港でWHILLが電動車椅子の自動運転システムを正式に提供し始めたのは、先ほど触れたように2020年のことでした。

私、そのとき、同社の代表にちょっといじわるな質問を投げかけたのを覚えています。「コロナ禍に襲われて、空港利用者数が激減しているいま、こうして自動運転システムの運用を始めることに不安はないのですか」と尋ねました。

代表はこれに即答だったと記憶しています。

「むしろ『コロナ禍のいまだからこそ』です」

確かに2020年当時、羽田発の航空便は多くの欠航を余儀なくされていて、空港を訪れる人はまばらでした。でも、だからこそ意味があるのだと代表は力説していました。

移動できる嬉しさ、移動できる自由の大切さを、私たちはいま痛切に感じているところですね。だから、電動車椅子の自動運転システムが移動を支えるのだと実証する価値もまた、より高まっているのだと確信しています

その言葉に私は納得できました。そして実際、空港での利用数はその後ずいぶんと上がっているわけですしね。

「再定義」することの意味

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話を「Model S」に戻しましょう。

私がこの新商品に触れて改めて強く感じたのは、「再定義」することの大切さでした。これ私の想像ですが、WHILLはシニア層向けの超小型モビリティのあるべき姿を再定義しようと動いただけではなくて、ターゲットである当のシニア層のありようをも再定義しようと試みたのではないか……。

既存のシニアカーと似ているようで違う、そんな「Model S」を完成させるためには、シニア層の嗜好も思考もステレオタイプに当てはめてしまわずにゼロベースから分析していく作業が不可欠であったように思えます。

「その通りですね」

代表はそういいます。

免許返納したシニア層が気軽に移動を楽しむためのソリューションはなんなのか。そもそもシニア層はなにを考えているのか。そこを突き詰めていったら、おのずと、このかたち、この走行性、このサービスにたどり着きました

電動車椅子の市場がWHlLLの手で広がったのと同じように、今回の「Model S」もまた、本来の需要からすれば長らく低調にもみえていたシニア向けモビリティの世界に風穴をあけるのかもしれません。

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