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実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第55回)

猛反発を受けてこそ、だ!(SORANO HOTEL)

猛反発を受けてこそ、だ!(SORANO HOTEL)

2020年のコロナ禍にあって、1軒の新規開業ホテルが話題をさらっています。

どんなホテルなのか。まずは、ざっと伝えますね。このホテルのある場所は、東京・立川です。JR中央線の駅から歩いて10分弱。こう言っては失礼にあたるかもしれませんが、立川というのはビジネスの中心地でも観光地でも全くありません。新宿駅から西に30分ちょっと電車に乗ると着くという街で、その先は八王子です。

立川駅の北側にある街区を再開発するにあたって、そのシンボルのような存在としてホテルを据えたわけですが、どういうカテゴリーのホテルかというと、これがリゾートホテルなんです。ごく普通の街に、リゾートホテルですよ。

で、冒頭の画像をご覧いただくとわかる通り、このホテル、最上階にインフィニティプールを擁しています。インフィニティプールとは柵や手すりがなく、遠景とプールがひと続きになっているように見えるものを指します。海外のホテルでよく出会う、あれです。最近は国内ホテルでも少しずつ増えていますが、まだまだ少数でしょう。

ここからがさらに異例な話なんですけれど、ここの宿泊料金は、スタンダードな部屋でも15万円以上します。それって都心の一線級外資系ブランドのホテルとほぼ同等です。ここは立川なのに……。

どこがこんなホテルを立ち上げたのか。地元・立川の不動産開発企業である立飛ホールディングスです。つまり、大手どころによる開業ではない。完全な独立系ホテルであり、有名ブランドの名も冠していません。にもかかわらず、週末は満室となることが多く、平日を含めても客室稼働率は50%を超えているといいます。

えっ、50%台の稼働率なんてたいした話じゃない?
いえいえ、今はコロナ禍の社会です。しかもこの数字、政府によるGoToトラベルから東京都が除外されていた時期のもの。よその既存ホテルに比べても、この稼働率は大健闘と言っていいですし、スタートダッシュを充分に果たしていると表現して差し支えないでしょう。なにしろ、1室料金が5万円超、それも立川という地味な立地で、この数字ですから。 

このホテルの名は「SORANO HOTEL(ソラノホテル)」といいます。

「オンリーワン」の再定義から

猛反発を受けてこそ、だ!(SORANO HOTEL)

コンセプトも、そして開業直後からの実績も、本当に異例といえるホテルです。なぜ、こうした1軒が誕生しえたのか、強い興味をそそられました。
今回、話を聞いたのは、企画そのものがまっさらだった4年前から一貫してここの立ち上げに携わった、同ホテルのプロジェクトマネージャーです。

なにより最初に尋ねたい。よくこの地にリゾートホテルをつくるという発想を出せましたね。

「オーナーの意志が明快でした。『東京の西側を活性化したい』『立川の都市格を上げたい』というのが、目指すところだったのです」

それにしても……。再開発する街区の中心にホテルを据えるというのは、まあごく自然な判断でしょうけれど、ここまで突き抜けた性格のホテルをよく完成できたものと思います。
プロジェクトはどのようにしてスタートさせたのでしょうか。

「再開発にあたって、ホテルがここに必要という話は当初すでに挙がってました。ただ、地元行政(立川市)からは『オンリーワンをつくりあげてほしい』という注文があったんです。でも、オンリーワンとは何か、これは難しいテーマでしたね」

それはそうです。言葉にするのはたやすいですが、何をもってオンリーワンとするか。そこを定めるには、口では言い表せないほどに大変な仕事だっただろうと想像できます。

「そうです。そもそもオンリーワンとは?その定義づけから始めました」

外部からは厳しい声も届いたそうです。立川という街ではビジネスホテルしか成り立たないでしょ、というふうに。

「でも、私たちは、すでにここに存在しているビジネスホテルとの競合は避けたいと考えました。地元との共生こそが、この街区の再開発に求められる要素と判断していたからです」

ならばどうするか。ビジネスホテル以外の業態でいくしかないわけです。とはいうものの……立川にある既存ホテルの平均単価は1万円を切っていました。そんな立地で、もっと高単価なホテルづくりに舵を切ることは可能なのか。

周囲からは『ちょっとおかしいんじゃないか』とまで言われましたね

しかし、プロジェクトマネージャーには、明快に見えていたものがありました。

「地元の人に向けた、日常のリゾート……。これしかない、ここを目指さないとホテルは成立しない、と考えました」

キーワードは「地元愛」。ここもすぐに見定めた部分だったといいます。
ここが最後までぶれなかった大事な要素となっていたのですね。周囲からは反対の声もさらに上がったそうですが……。

宿泊料金設定の妙を…

猛反発を受けてこそ、だ!(SORANO HOTEL)

ただ、宿泊料金を単純に高単価にするには、やはり問題が残りますね。立川の駅のそばに建つホテルに、人は果たして大事なお金を投じるのかという根本的な話です。

「そこで、1室あたりの宿泊可能人数を増やそうと判断しました」

どういうことか。客室の料金が高くても、1人あたまで割れば意外と値ごろ感が出るじゃないか、と感じてもらえるようにしようということです。つまり、客室面積を広めに取り、ツイン使用が通常のタイプの部屋でも、追加料金なしで3人あるいは4人と泊まれるようにすれば、家族利用やグループ利用を見込める。それを狙うという話。

「でも、ここまでまた反対が巻き起こりました」

そんな旅館のような客室が受け入れられるのか、という反発だったそうです。でも、この立川というマーケットを考えると、この道しかない、と押し通した(そして実際、この戦術は当たりました。開業からここまでの実績を見ると、1室あたり2.42.8人という高い数字をあげていますから)。

さあ、ここからです。小さな独立系のホテルを立ち上げるうえで、何をアイコン(象徴的な存在)にするか。短期の利潤を上げるのが目的ではなく、あくまで地元への浸透が大目標ですし、なにより独立系のホテルとして、特化したなんらかのものを表現できる要素は必須です。

「最初は、名の通った外資系ブランドと提携する手も視野に入れていました。でも、それは必ずしも得策ではない」

当然、細かなオペレーションまで縛られますし、ブランド力のあるところでないと効果薄でもありますからね。
ではどうするか。考えて、考えて、また考えて……そこでようやくたどり着いたのが、インフィニティプールでした。

「思いがそこに到達したのは、着工の半年前。本当にぎりぎりの段階でした」

インフィニティプールを最上階にしつらえる。この案がまとまった瞬間に、プロジェクトマネージャーは、このホテルの成功を確信できたそうです。

「プールのランニングコストを考えると、普通ならありえない話ではあるんです。このホテルは81室と小規模ですからなおさらです。おそらく300室規模のホテルであっても、採算だけで判断すれば判断を躊躇するところでしょう」

それでも、どうしてプールを?

マーケットのないところにマーケットを築くには、これしかないという思いです

さらなる反対意見が続出も

猛反発を受けてこそ、だ!(SORANO HOTEL)

しかし、プロジェクトマネージャーは、ここで再び猛反発に遭います。それも外部からではなく内部からも……。
それはそうでしょう。コストが膨大にかさむアイデアであり、しかもそれが本当に功を奏するかどうかは、ふたを開けてみないとわかりませんからね。繰り返し言いますが、ここはごく普通の街、立川です。

ただし、ひとつだけ好材料がありました。ホテルに隣り合うように、緑が美しく広がる昭和記念公園があります。ここを見渡すようにインフィニティプールをしつらえれば、ホテルのアイコンとして間違いなくプラスになる。
プロジェクトマネージャーはまた、こうも考えたそうです。

「反対を多く受けるようなアイデアだからこそ成功への道が拓けるのだ、と確信しながら、プールの設置を実現できるよう進めていきました」

その意味、とてもよく理解できます。大半の人が簡単に賛成するような企画というのは、角が取れた凡庸なものである可能性が高い。でもそれでは成功はおぼつきません。反発を受けるような発想だからこそ、実現すれば成功するのだという考え……これって、連載の第44回「さきめし」の話にも通じますね。

飲食店などへの代金先払いアプリである「さきめし」の場合、利用手数料を店側から取るのが業界の常識だったところを、店からは1円たりとも受け取らず、ユーザーが負担するという仕組みを貫きました。投資家などから相当な反対が挙がったそうですが、それを実現させたことで賛同者がむしろ増え、ついには飲料大手のサントリーまでもがその方針に共鳴し、事業の連携にまで至っています。

話を戻しましょう。インフィニティプールは見事に完成を見ることができ、そしてこのプールの鮮烈なインパクトがあったからこそ、SORANO HOTELはスタートダッシュをものにできています。
6月の開業前には、その存在をほどんど知られていませんでしたが、このプールの存在がネットで拡散され、「立川に、なんだかすごいホテルができたらしい」との反響を呼んだわけです。

さらには、ホテルのダイニングも評判を呼びました。日本料理を基調としたクロスオーバーというべき分野のダイニングです。夕食時はアラカルトメニューのみという、これもまた異例なスタイルなのですが、献立を組み立てる楽しさがそこにあります。

「おまかせのコースを中心に据えていると、つまらないダイニングになると判断しました。ホテルのレストランの人気が廃れた一因はそこにあると思います」

確かに……。私は、その分析に納得しますね。

“非常識”なチャレンジ

猛反発を受けてこそ、だ!(SORANO HOTEL)

実はこのホテルには、もうひとつ挑戦している部分があります。
現在、国内の宿泊施設の大半が、オンラインのエージェントと連携していますね。集客の手段としては理にかなっていると考えられてるからです。
ところが、このホテルはエージェント依存がほぼない。宿泊客の実に90%以上が直接予約だというのです。

直接予約の率を高く持っていく戦術には、長短の両面があります。まずメリットは、エージェントへの手数料支出を減らせるというところ。デメリットは直接予約だと集客がままならない恐れがあるところです。
その長短の両方を考えたうえで、このホテルは直接予約重視でいくことを決断しています。もちろん、小さな規模のホテルだから踏み切れたという側面はあるでしょう。でも、それにしても大胆な考えにも思われます。

エージェントに手数料を支払うのなら、その分を宿泊客への還元に回したいと判断したんです

このホテルのポイントプログラムがまさにそれで、ざっくり言いますと、6回泊まれば、1回分が無料になる計算です。これはかなりの還元率。そして地元客が繰り返し訪れる動機づけになりますね。

こうして見ていくと、このSORANO HOTELは業界の常識に照らすと賛否両論の1軒であることが理解できると思います。でも、賛否両論だからこそ、そこに斬新な魅力が生み出される、これもまた事実でしょう。

このホテルのスタートダッシュは、ホテル業界、観光業界に限らず、少なからぬ人に勇気をもたらすものではないかと、私は思っています。
異例の立地、異例のコンセプトワーク、そして異例のプロモーション。それを小さな独立系の新規開業ホテルで成し遂げたという話ですからね。

最後になりましたが、付記すると、立飛ホールディングスがホテルを手掛けるのは、これが初めてだそうです。にもかかわらず、ここまで思い切ったホテルを立ち上げられたということです。
いや、初めてだからこそ突き抜けられたのかもしれません。

北村 森

北村 森

商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)

PROFILE

富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。

月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。

中日新聞/東京新聞「北村森のモノめぐり」、婦人公論「女の気になるキーワード」、家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」など、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。

日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)
MM総研大賞 審査委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
特許庁 地域団体商標広報企画 ワーキンググループ委員

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