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実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第114回)

「マーケティング三悪」はこれだ!【総集編】

「マーケティング三悪」はこれだ!【総集編】

読者の皆さんに、まずなによりお礼を伝えます。この連載、2018年から100回を超えて続けることができたこと、本当にありがとうございます。北海道から沖縄まで各地をめぐって原稿を綴ることができました(ときには海外も)。

今回が最終回です。100回以上の連載のために取材を重ねてきますと、だんだんとくっきり見えてくるものがありました。それは…。

マーケティングを進めるうえで「当たり前」のように思われている事柄のなかに、実は間違いがあるのではないか、という思いを強く抱くようになったのです。疑いようのない話であるかのように捉えられているけれども、さまざまな実際の事例に照らし合わせると、そこにどうやっても矛盾が生じる気がしてきたのです。

具体的にお話ししましょう。私が「あれっ、おかしい」と感じたのは、3つの事柄です。

「消費者のニーズを聞け」「差別化をまず狙え」「商品づくりの背景にある物語を紡いで伝えよ」。
この3つ。

皆さんはどう思いますか。この3つはどれも、現代のマーケティングで当然のこと、必須のことであるように語られることが多いですね。でも、本当に正しいのでしょうか。

実は間違っている(少なくとも全面的な肯定はできない)のではないか、と私は考えるに至りました。それはどうしてか。連載の最終回では、これまでの取材事例を引きながら、皆さんにお伝えしていきます。

「消費者のニーズを聞け」

「マーケティング三悪」はこれだ!【総集編】

まず1つめ。「消費者のニーズを聞け」です。これのどこに疑う余地があるのか、と思われるかもしれませんが、私は「消費者のニーズを確認するのは最後の最後でいい」と確信しています。

ちょっと考えてみてください。消費者に対して「次になにが欲しいですか」と尋ねて、そこから得た答えの通りに開発すればヒット商品となる、というのなら、私たち全員がひとり残らずヒットメーカーになっていないとおかしいですよね。ただ単に聞けばいいだけですから。

でも実際にはそうなっていません。これは「消費者自身が『次に欲しいもの』を意識できていないから」にほかならないから、とみるべきです。消費者の「真の欲求」というのは、自身すら意識できていない心の奥底にあって、言語化することはできていないためです。

こうした「意識できていない真の欲求」のことをインサイトといいます。で、ここからが大事なのですが、もし仮に、消費者のそんなインサイトを商品開発の担当者が見事に掘り起こすことができたなら、商品はヒットする確率は間違いなく高くなりますね。でもそれが難しい。

インサイトを見つけ出し、消費者を揺り動かすにはどうすればいいか。すでにお話ししたように、消費者を集めて「次になにが欲しい?」と聞いてもだめです。消費者は「なにが欲しいか」に気づいていないからでしたね。

ここでの正解は、「商品開発の担当者がみずから仮説を立てること」、これに尽きます。ふとした違和感を大切にしながら、「消費者のインサイトはここにあるのではないか」と推察するわけです。

ふとした違和感、といわれても難しいかもしれませんね。表現を少し換えてみましょう。違和感のとっかかりとして考えられるのは、たとえば「消費者がハナから諦めている部分がどこかにないか」「不便を不便と言い表せていないまま商品を使っていないか」というようなところに意識を向けることです。そうすると、インサイトを掴むためのきっかけが得られることがあります。

そこから商品開発を進めていき、最後の最後、商品の名称ですとか商品のカラーバリエーションを詰めていく段階で、初めて消費者の声に耳を傾ければいい。私はそう思います。

具体的な事例をみていきましょう。第93回の「レトルト亭」は、コンロも電子レンジも使わずにカレーなどのレトルト商品を温められるキッチン家電としてヒットしました。開発担当者に聞いたら「商品化に向けた答えは100%、自分のなかにあった」そうです。「レトルト食品には本当に『不便』はないのか」と疑い、「実は温めるのって意外に面倒なのではないか」との結論に達したそうです。

第51回「スポッとる」は、まさに消費者が諦めていたところに斬り込んだ意欲作です。衣類のシミをちゃんと取り去るのは不可能と誰もが思っていたのに、「なにか方法はあるはず」と信じ、何年間も試行錯誤を重ねたすえ、開発に成功しました。粘り腰でつくり上げたのはクリーニング店のお嬢さんです。衣類を持ち込むお客の暗い表情を何度も目の当たりにして、「どうにか解決策を見いだしたい」との一念で、「衣類を傷つけず、安全性にも配慮できていて、しかもシミを抜ける方法」を編み出しました。

消費者が諦めていた部分に…という意味では、この連載の第1回で取り上げた「和チーズナイフ」など、好事例の筆頭格といっていいでしょうね(このページ冒頭の画像です)。開発の当初から「どんなに硬いチーズも、どんなに軟らかいチーズも、それ一本で切れてしまう、そんなチーズナイフをつくりたい」、岐阜県関市の刃物メーカーの社長はそう考えました。もちろん過去にそんなナイフは事実上なかったといいますし、消費者の側だって、最初からそんなナイフなどあるはずないと割り切っていたことでしょう。でも、社長は完成させてしまいました。

消費者に答えを求めず、みずから考えた商品を世に問う姿勢を貫くと、新たな市場を創出できる可能性もそこに生まれます。

第2回の「デアルケ200%トマトジュース」は、「誰がなんといおうと、トマトジュースに大事なのは甘さだ」という旗を掲げ、7時間以上もトマト果汁を煮詰めるジュースをつくり上げました。その結果、超高級トマトジュースの市場が拓けました。いっときは注文をかけても1年待ちとなったほどです。

第26回の「いちゃゆん」は、2004年以降ずっと下落状態にあった泡盛市場に一石を投じた商品です。沖縄県内に存在する全46の蔵の泡盛をブレンドしてしまう、という画期的な発想によって生まれました。これ、仮に消費者に質問したところで「そんな泡盛をつくるんだったら買ってみたい」という回答はまず得られませんよね。みずからやったからこそ、驚きとともに反響を呼び、完売となっています。

衰退一途だった業界で「そんなことをしても失敗する」といわれながら、市場開拓に果敢なまでに挑んだのは、第75回の「エニシング」でした。近い将来には消えてなくなるだろうと業界内でも思われていた前掛けを「ギフト需要」に的を絞り、ヒットに導いています。現在では同社直営の工場まで新設しているほどと聞きます。

こうした事例に共通するのは、「消費者にニーズを聞くことから始めているわけでは決してない」という点です。そこに答えはないという判断があったからだろうと、私は感じています。

「差別化をまず狙え」

「マーケティング三悪」はこれだ!【総集編】

ここ数年、私は、中央省庁や大手企業などに招かれて、商品開発ですとかブランディングに関連する会議に出席することが多いのですが、少なからぬ場面で「差別化できていますかね」という発言を耳にします。

差別化そのものを私は否定しません。これまでにあった、よその商品との違いが際立てば、消費者が振り向く可能性は確かに高まります。でも…。
商品開発の最初から「差別化を目指さないと売れない」と信じて、既存商品との違いをひねり出すための議論を進めようとすると、まず確実に袋小路にはまってしまいます。

よその商品を気にしすぎると、みずからの持ち味を忘れてしまうからなんですね。
既存商品の存在に振り回されてしまう、と表現してもいいでしょう。

このことを私が強く自覚したのは、第87回の「秋田由利牛」のブランディング会議に参加したときのことでした。現在、日本全国に銘柄牛と呼ばれるものはいくつあるかご存じでしょうか。50? 違います。100? いやもっと多い。300を超えるんです。そんな状況下で、「よその牛との差別化を図らないと売れない」というところから議論を始めると、もう全員が浮き足立ってしまって、なにも解決しないんです。

だったらどうするか。私はこのブランディング会議で全メンバーを前に話しました。「差別化なんて、もともとできっこないんです」。それはそうです。300もの銘柄牛を向こうに回して、そんなこと目指せるはずがないと考えるほうが本来自然な話でしょう。そうではなくて、「よその牛はどうあれ、当の秋田由利牛にはどんな強みがあるのか、なにを唯一無二といえるのか、そこから考えていくほうが、よほど建設的な議論になる」と私は伝えました。で、そう覚悟を決めてから、この秋田由利牛のブランディングはよい進展をみせたのでした。

成熟領域の商品分野(競合商品がひしめき、技術競争もすでに一段落という分野)が多い現代では、差別化狙いのマーケティングにもまして、覚悟のマーケティングこそが肝要なのではないか、と私は考えるに至っています。

覚悟のマーケティングとは、「みずからの強みはここであり、よそがどうであっても、自分たちはそれを唯一無二と信じて消費者に問う」という覚悟をもったマーケティング手法を指します。

そうした覚悟のマーケティングを実行するには2つのポイントがあります。まず、みずからの持ち味をとことん見つめ直す作業をおこたらないこと。さらに、その持ち味を生かすためにやれることはすべてやることです。

4回の「そのままブーケ」など、その好事例でしょう。地元密着型のお花屋さんである徳島県の花由は、低価格の花束をネット通販で売り始めようと決めます。ところが、ネット通販の世界では、もうすでにそうした花束はいくつも存在していました。ならば花由はどうしたか。差別化を無理に狙わず、できることをただただ愚直にやったんです。そしたらいつしか、なんと唯一無二の商品ができ上がっていました。その経緯をめぐる話は現代のマーケティングを考えるうえで重要なところと思いますので、ぜひ改めてご一読いただきたいと願うほどです。

春夏秋冬で別商品にしてしまうという、かなり画期的な第11回の「百姓の塩」など、一見すると、差別化狙いの象徴ともいえる事例に感じられますが、そうではなかったようです。塩をつくり続けていた同社の代表は、あるとき、季節ごとに塩の味わいが異なることに気づきます。汲み上げる海水に違いがあったからでした。でも、最初は季節ごとに商品を変える勇気がありませんでした。そこに販売上のリスクが伴うからです。でも、代表は熟慮の結果、春夏秋冬の別に商品とすることを決断します。それは既存他社との差別化を図るためでは全くありませんでした。

第55回の「SORANO HOTEL」はどうでしょうか。81室という小規模なホテルに、コストのかかるインフィニティプールをしつらえるなんて、これこそ差別化のための施策だったのでは? いや、私はそうは思いません。このホテルの立地環境を突き詰めていった結果から必然的に生まれた結論であったと感じています。そうなんです、ただ単に差別化を狙うというのは、その計画に必然性が生まれない恐れを招きかねません。でも、SORANO HOTELの場合は違いました。インフィニティプールがそこにないといけない理由があったんです。

まだまだ事例はあります。たとえば第65回の「L'évo」です。なぜわざわざ、人里離れた山奥へ移転しようとオーナーシェフは決めたのか。差別化のためか。そうではありませんでした。オーナーシェフは考えました。「たとえ、どこに店を構えても経営のリスクはある」。だったら、使いたい食材のある場所に限りなく近いところに店をつくりたい、という一念だったといいます。話題性を呼ぶためではなかったと、私は感じています。

もうひとつ、第88回の「ID one」の話にも触れておきましょう。2022年の冬季北京五輪で、フリースタイルモーグルの男女表彰台を独占したスキーです。そもそもスキー板開発に携わっていたわけではなかったマテリアルスポーツの社長は、選手たちの表情を読み取って、みずからスキー板づくりに着手します(その経緯は、まさに前述した「ふとした違和感を見逃さない」という話に通じます)。社長は、既存の有名ブランドのスキー板との差別化に走ったというよりも、自身が信じる「こうあるべきスキー板」を完成させることに専念します。すると、みるみるうちに、モーグルのトップ選手たちがこぞって、歴史の浅い同社の板に契約を替えたのでした。

よそをみる前に、まず自身のことをみましょう、また、自身の考えるところを大事にしましょう、というのはつまり、こういうことなのだと思います。

「物語を紡いで伝えよ」

「マーケティング三悪」はこれだ!【総集編】

ここまで、私が考える2つの「マーケティングにおける悪手」をお伝えしてきました。まず、「消費者にニーズを聞け」、そして「差別化をまず狙え」は、ともに間違いではないか、という話でしたね。

実は、最後にここからお話ししたい「3つ目の悪手」こそが、私が最も疑問を抱いている事柄なんです。それは

「物語を紡いで伝えよ」です。

いや、それこそ商品をヒットさせるために不可欠な要素だろうとお考えになっている人は多いかもしれませんね。確かに、商品開発のバックストーリーの痛快さが、製品やサービスのヒットに直結しているケースは少なくありません。ですから私は、物語が世の中に拡散することで得られる効果そのものは否定しません。

ただ、ここできわめて大事なことがあります。「では、商品をめぐる物語を紡いで伝える立場を担うのは、果たして誰なのか」という問いです。

動画投稿を含むSNSがこれだけ定着しているいま、物語を紡ぐべきは、ほかならぬ一般の消費者であるべき、と私は考えます。消費者の皆さんが面白いと感じられる商品を発掘するかたちでSNSに投稿し、それが拡散した結果、反響が広がっていく。自然発生のような流れであってこそ、その物語は有効なものとなります。

商品のつくり手や売り手が物語を無理に編み出そうとしてもだめなんです。そうした物語はえてして浅いものとなり、消費者(ネットの利用者)にまず見透かされるからです。

商品開発の担当者が感動の物語を生み出して拡散しようと狙う行為が、いかに悪手か。たとえば私の名刺に「敏腕ジャーナリスト 北村森」ですとか「実力派大学教授 北村森」ですとか印字されていたら、それはおかしいでしょう。敏腕か、あるいは実力派かを決めるのは、私ではなくて仕事相手や一般の皆さんであるべきです。それと同じ話です。物語はあくまで消費者の手で紡がれないと、意味をなしません。

それならば、商品開発やマーケティングの担当者には、できることはないのか。いえ、もちろんあります。

「消費者が物語を紡いで伝えたいと自発的に思えるような、商品にまつわる事実を淡々と(でも、ちゃんと継続的に)発信すること」、これに尽きます。

先に挙げた「そのままブーケ」「百姓の塩」もそうでした。どちらも、商品の面白さをバックストーリーとともに拡散したのは消費者の手によるものだったのです。だからこそ、真実味をもって広がっていきました。

ややもすると我慢しきれずに、商品のつくり手自身が物語を伝えたくなる気持ちは理解できます。でもそこをぐっとこらえて、商品の事実を愚直に伝え続ける。ここが肝心であると私は確信しています。

第10回の「バーミキュラ」は、ここ十数年でいいますと、地域発ヒット商品のトップ格といっていい鋳物ホーロー鍋です。つぶれそうだった町工場が一念発起して、みずからの強みを生かした商品を粘り腰で完成させ、大ヒットに導いています。では、そんな同社はなにを伝え続けてきたか。「誰にでもおいしく調理ができてしまう鍋です」。突き詰めれば、この一点だけなんですね。そして、そのことが噓いつわりないのを示すために、料理のレシピをほぼ自前で考案して伝え続けることに専念しています。そのために料理人を採用したほどでした。決して、同社自身が「町工場が奇跡の復活」「大手メーカーもなし得なかったホーロー掛けの技術を獲得」といったふうに滔々と語ってはいません。

第15回の「ベンチャーウイスキー」といえば、ジャパニーズウイスキー復活の立役者です。「イチローズモルト」は国内だけでなく海外のウイスキーマニア垂涎の一本にまでなっていますね。同社の代表はその草創期、2年間で2000軒のバーを回っています。「資本金を食いつぶすか、なにかをつかむか。どちらが早いかの競争のようなものでした」と代表はいいます。でもそんな逸話は、代表があくまで取材などで聞かれれば答えていた話であって、自分から「伝説の2000軒めぐり」などと発信したわけではありません。

第31回「エアリーフルーツ」の話も、私の記憶に残っています。フリーズドライのフルーツでヒットを飛ばした農園主はこう話していました。

何かをつくりさえすれば売れるわけじゃない。SNSで発信すれば大丈夫というものでもない。それに、いかに優秀なデザイナーを起用して可愛いパッケージにしたところで、中身が伴っていなければ、人は振り向いてくれないんです。

そうですね。最も肝心なのは中身であって、そこに強みがあるなら、あとは誰かが語ってくれやすい状況をつくることに先進するほうがよほどの近道です。この農園主の場合は、各地の展示会などに地道に出展を重ねています。そうした場で「エアリーフルーツ」の新規性に触れた業界のプロたちが、まさに物語を紡ぐ役目を果たしています。

忘れてはならない事例がもうひとつあります。それは第54回の「小杉織物の絹マスク」です。このマスク、コロナ禍に見舞われた2020年の大ヒット商品であり、「将棋の藤井聡太さんがタイトル戦で着用した」という事実をきっかけに売れに売れたという現象を巻き起こしました。なんだ、インフルエンサーマーケティングのお手本のような話かと思われるかもしれませんが、そうではありません。小杉織物は藤井聡太さんがそのマスクを手にするにあたって、なにひとつ動いていませんし、当然ですがお金も動かしていません。ただただ絹のマスクを丁寧につくり、その結果、藤井聡太さんが重要なタイトル戦に臨む場面で着用した。そして、藤井聡太さんの姿を画面越しに閲覧した消費者が、「あのマスク、福井県の小杉織物の商品のようだ」と自発的に探り当てます。だからこそ、その情報は一気に拡散したわけであって、小杉織物がもし作為的に情報拡散しようとしたとしてもこうはなっていなかったはずです。

だから、物語を紡いで拡散するのは消費者の手に委ね、企業は商品づくりと事実の情報提供に集中すべきである、と私は思うのです。

5年間近く続けさせていただいた連載は、これで締めくくりです。すべての皆さんに改めて感謝いたします。また近いうち、どこかでお会いしましょう。

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