実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第112回)
スタートアップ育成の要諦は!?
(秋田の大学生たち)
近年、スタートアップ育成の必要性がしばしば説かれていますね。政府は昨年(2022年)をスタートアップ創出元年と位置づけたほどですし…。
ただ、スタートアップとはそもそもなにか、と問われると、ちょっと返事に窮するかもしれません。従来の起業とは、いったいどう違うのでしょうか。実は私自身もそんな思いを抱いていたのですが、名古屋市でベンチャーキャピタルの代表を務める藤田豪さんが明快な答えを示してくれました。
藤田さんはその長年の経験から、スタートアップをこう定義づけています。
「自分たちの力で世の中を変える覚悟を持ち、共感する仲間を集め、外部資金の調達を行い、課題解決に挑戦し、急成長を目指す起業家およびチーム、会社のこと」
どうして私が、この藤田さんによる定義にうなずけたのか。この説明のなかには「新しい発想」ですとか「これまでになかった技術」といった表現はひとつも出てきていませんね。スタートアップというと、発想や技術がそこにあってこそ、と考えられがちですけれど、実はそうとも限らないというところが重要です。
その代わり必要なのは「覚悟」であり、その結果の「共感」であるわけです。で、それはなんのための覚悟かといえば、「世の中を(たとえ、ちいさなところからでも)変える」という意識に根ざすものである、と理解できます。
こうした点を鑑みると、藤田さんの定義はとてもわかりやすく、スタートアップが単なる起業とは異なるという点にも納得できるのではないでしょうか。
今回は、私自身も参加したあるプログラムの話を通して、スタートアップ育成に問われる一要素を考えてみたいと思います。私たちがいま、なにをなすべきか、拙稿の後半でその部分に触れますので、恐縮ですが最後までぜひお付き合いください。
学生のためのプログラムを
先に挙げた藤田さんの言葉に触れたのは、昨年(2022年)11月に秋田市で催された「秋田スタートアップガレージ」というプログラムでのことでした。その冒頭の講義で藤田さんが話したのが、スタートアップとはそもそもなにか、であったのです。この「秋田スタートアップガレージ」は、秋田県内にある大学や自治体が協力し、県内の大学生に呼びかけ、11月の週末を使ってスタートアップに必要な事柄を学んでもらうことを目的に開催されました。
藤田さんの講義のあと、参加した20人ほどの学生が5つのグループに分かれ、丸2日をかけてスタートアップのビジネスプラン作成に臨みました。グループごとの最終発表(「ピッチ」と呼ばれる短時間でのプレゼンテーション)も課題としています。
学生たちの5つのグループそれぞれの議論の活発化を促し、ときにテープルの一角に加わってヒントを与える役目を果たす講師役を務めたのは…。まず、前述の藤田さん。社会起業家として東京に本拠を置きつつ、出身の秋田でも活躍する照井翔登さん。弁理士であり、地域ブランディング事業における知財管理のプロフェッショナルとして活動を続ける酒井俊之さん。そして私、この4人でした。全体のプログラム運営は秋田大学の伊藤慎一准教授が担っています。
このすぐ上に掲載した画像と、下に載せる画像、この2点は、11月の「秋田スタートアップガレージ」でのひとこまです。各グループともに議論が白熱していました。
秋田だからこそ必要だった
こうしたプログラム、実はこのところ全国各地でみられる試みです。いやむしろ、すでに海外ではさかんに催されているというべきかもしれません。メンター(助言役)や審査員がボランティアで参画して、週末に開催する事例は以前から多いらしい。
そうした背景から秋田でもこのようなプログラムを実施するのかと単純に考えていたら、話はそんな単純なものではないようでした。
ここ秋田県は、47都道府県のなかでもスタートアップ件数が最下位に近いという各種調査の結果があるというのですね。先日、地元でキャリア教育に携わる専門家に尋ねたところ、「地道なところが県民性として誇れる一方で、失敗を許さない雰囲気があり、それがスタートアップ育成を阻害している」と分析していました。
念押ししますが、スタートアップがすべてという気は私にもありません。しかしながら、職業の選択肢のひとつとしてあってもいい、と当然思います。もし、その気があっても現実的に選択しづらい環境が壁として存在しているならば、それはあまりにもったいないと考えます。
「秋田スタートアップガレージ」は、スタートアップ後進地域である状況をどうにか打破したいという狙いがそこにあったのだと、講師として参画しながら深く理解することができました。選択肢を広げること、まずはそこを目指すためのプログラムであったのですね。
審査終了の場で突然に…
で、ここからなんです。このプログラムは先ほどお伝えしたように、週末の2日間をかけてスタートアップのシミュレーション、つまりビジネスプランの作成と発表までをなすことが、学生たちに提示した課題でした。まずはそこまで試しにやってみましょう、そこから学べることはたくさんありますよね、という話です。
5つのグループが発表を終えたところで、私は「ああ、これで2日間の役目をしっかり果たせたな」と安心したのですが、講師のひとり、社会起業家の照井さんが、突然こう語り始めました。
「かまくらサウナ」のプラン、実際にできますよ
1つのグループが発表したプランに対して、そう持ちかけたのでした。
そのグループのプランはこんな内容でした。まず、秋田をめぐる違和感を整理して「秋田の人は寒い冬に外に出たがらない」という点を課題として抽出しました。ならばどうすればいいか。2日間の議論を続けるなかで、このグループは、「だったら『寒い冬』に『暖かな環境』を提供すればいいじゃないか」と考えた。そして議論の過程で浮かんだのが、「横手の雪まつりでは、かまくらが名物だけれど、このかまくらの中にサウナを持ち込んだら、秋田の人は厳寒の季節でも外に出ようと思ってくれるのではないか」というプランでした。
ここで大事なのは、いまサウナが流行だからやりましょう、という発想では決してなかったというところだと私は感じました。トレンドに乗るのではなく、雪を固めてつくったかまくら(寒さの象徴)と、サウナ(熱さの象徴)を掛け合わせるという明快な狙いがそこにあるわけです。
照井さんの言葉に、学生たちは驚いたと思いますよ。あくまでビジネスプランのシミュレーションを立てて完結するプログラムだったはずが、本当に実現する可能性があるなんて、と…。
すぐに動けば実現できる
照井さんに私はその後、問いたくなりました。どうしてまた、そんな声をかけたのか。
「僕がすぐに支えることができそうだからです」
照井さんは他ならぬ横手の出身です。だから、地元の誰に話を通して、どのように進めれば、「かまくらサウナ」が実現できるか、筋道を立てることができそうと判断したというのですね。でも、それにしても大変な話には違いありません。横手の雪まつりは450年もの歴史を刻む催しですし、かまくらは神事でもあると聞きますから。
「それでも、学生たちの手で『かまくらサウナ』を実行することは大事と判断しました」
そこにはいくつかの思いがあったといいます。まず、由緒あるまつりに新たな息吹をもたらせ、時代を変える可能性があること。次に、純粋に話題性を呼べると直感的に思える内容であったこと。
「そして、学生だからこそ、という部分はありますね」
横手に限らず、地域でなにかをなそうとすると、どうしてもしがらみなどが気になって動けないという場面が出てきます。私自身、そんな場面に何度も遭遇しています。でも、若い学生ならば、そこを突破できるかもしれません。
照井さんは学生を引き連れて、横手の雪まつりの主催者の会合に赴きました。あくまで趣旨説明するのは学生です。照井さんはそのお膳立てまで、でした。さらにもうひとつ、照井さんには学生への期待があったそうです。「かまくらサウナ」を実現する過程で、必ずや学びが生まれるだろうという思いでした。
実行グループを構成する学生ひとりひとりに『できること』『できないこと』が当然あって、それが途中で露わになりますね。その場面で、グループ内のほかの学生がなにをどう補うか。そこを学んでほしかったんです。
そして今年(2023年)2月15日と16日、「かまくらサウナ」が横手の雪まつりの会場にお目見えしました。
当日、学生は反省の言葉を
その場所は、お城のある横手公園の一角でした。メイン会場ともいえるこのエリアで「かまくらサウナ」を実現できるまでには、かなりの交渉が必要だったのではないかと想像させます。
かまくらの中にサウナを持ち込むというのは今回断念したそうです。職人さんがつくってくれたかまくらのすぐ脇にテントサウナを設営。サウナで暖をとって、そのあとにかまくらの中に移動して整えてもらいましょう、という趣向にしています。照井さんによると「天井部分を切り取った形状のかまくらであればサウナを入れることも可能でしたが、そうしたかまくらの製作には経費がかさむため、今回はこのような形態にした」とのことでした。理想と現実の間で最善を尽くすことは大事ですから、今回このような折り合いをつけたことには、私も納得です。
初日のオープンの時刻となった場面で、リーダー役の学生に質問しました。
今日を迎えるまでの3カ月間は順調に準備を進められましたか。
「グループ内で意見の戦いは激しかったけれども、原点にあった『寒いなかに暖かいものを』というところを実現したいという思いは変わりませんでした。『冬の時期も秋田の人にもっと外出してほしい』という問題打破の意識はずっとありました。」
主催者の皆さんへの説明は大変だったのでは?
おとなの人たちが本気だった、ということに驚きました。決して軽い気持ちで臨んではいけないんだ、と…
それは大きな学びであったと私は思います。おとなたちは歴史ある横手の雪まつりを主催する姿勢も本気でしょうし、学生たちの思いに応えようとする気持ちもまた本気だった。ならばしっかりと実行に移さねば、ということだったのですね。
ただし…。
それでも、正直舐めていたところがあったと、いま反省しています
本番初日を迎えて、それはなんだったのでしょうか。
「集客です。SNSで発信を続けてきましたけれど、力が足りませんでした。」
学生たちは1組8000円という料金設定でオンライン上に予約ページを立ち上げたのですが、初日になっても思い通りの集客を果たせていませんでした。かまくらの製作費がおよそ10万円(サウナは照井さんの所有物を借りています)といいますから、せめて10万円の売り上げは成就したいと計画していたのですが…。
事前の予約数は振るわず、また、当日昼にオープンさせた直後も、訪れる客はまばらなままでした。
すぐさま戦術を変えたら…
さあ、ここからどうするか。学生たちは初日の昼にすぐ動きました。まず、たとえ無料で利用する客でもいいので、今回は「かまくらサウナ」がこの会場に登場したことを知ってもらおう。具体的には、サウナ好きの人から、この会場を訪れるすべての人へと、ターゲットを変えよう。そう決断した。
初日の午後早い時間帯に、学生たちがなしたことは2つ。1つめは「かまくらサウナ」の位置は少し奥まったところにあったので、「かまくらサウナ」と書いた看板を急いで作成しました。2つめは、人の多いエリアに案内役を担う学生を交代で配置しています。
すると…。初日の午後からは段々と来訪客は増え、2日間の合計で約120人が「かまくらサウナ」を体験してくれました。
「結局、料金をいただいたのは2日目だけにしたので、売り上げは約3万円に留まりました。それでも…」
それでも、なんだったのでしょう。
もし、サウナ好きだけを対象にアピールし続けて、ターゲットを変えていなかったら、売り上げはゼロだったかもしれません
収支の点でいえば課題を残しましたが、私はそれを加味しても、学生が得られたものは大きかったと思います。課題が見つかったらすぐさま対応すべきなのだと体感できたこと。そしてなにより、まず、自分たちの思いに共感して精力的に動いてくれたおとながいるのだと、学生自身が身をもって知ったことです。学生のリーダー役はこういいます。
「横手の方々が僕たちを支えてくれました。だから、そうした情にお応えするためにも、初日最初の段階で、ここからでも集客をなんとかしなければと動くことができました。」
ここで思うわけです。スタートアップにしても、それを含めた地域ブランディングの取り組みにしても、若い世代を育てるのはおとなの役目です。今回の「かまくらサウナ」の事例を通して、私は改めてそう確信しました。最後に再び、その実現に向けて汗をかいた(そして収支マイナス分を補うことになりそうな)照井さんの言葉です。
「やってみたいと学生が表明した。ならばやってみよう。シンプルな話です。」
そんな「シンプルな話」にひと肌ぬげるか。私たちこそがいま問われているのだと思います。スタートアップを今後担うであろう若い世代の当事者だけでなく、それをサポートするべきおとな世代にもまた、この拙稿の冒頭で記した藤田さんのいう「覚悟」そして「共感」が求められる、ということです。
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