実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第107回)
継続するという意味!(RISE & WIN Brewing Co.)
いまから4年前(2018年)に、RISE&WINの話を綴りました。
徳島県の上勝町は、人口わずか1500人弱、山あいに位置する集落です。この町は21世紀を迎えようとする時期から、深刻な課題を抱えていました。ひとつは過疎問題であり、もうひとつは環境問題です。この町内で廃棄物を燃やす人々が出てきて、自然豊かな集落の空気も土壌も脅かされる事態を招いていました。
町は2003年、日本国内の自治体で初めて、「ゼロ・ウェイスト宣言」を発表します。ごみゼロを目指し、住民みずからがごみステーションで分別を日常的に実行し、リサイクルを進めるというものでした。
そんな上勝町のひとつのシンボルとして、2015年に立ち上げられたのが、クラフトビールのブルワリー(醸造所)であるRISE&WINでした。町の協力を得ながら、株式会社スペックという徳島市の企業が企画立案し、ブルワリーを稼働させたのです。設立以来、その運営を同社が手がけています。
このRISE&WINは、米国のポートランドのマイクロブルワリーに大事なことを学んだ醸造所です。ビールは量り売りにも対応するなど、細部にまで「ゼロ・ウェイスト」の精神を行き渡らせている印象です。上勝町を本拠として営む必然性が、まさにそこにあるのですね。そして、このブルワリーをひと目みようと、県内外から平日でもたくさんのお客が、わざわざ上勝町まで足を伸ばすようにまでなりました。
これだけではありません。RISE&WINのクラフトビールは、年を追うごとに国内外での評価を高めていきます。その味が良かったのです。県外のクラフトビールの醸造責任者が以前、「ここのIPA(インディア・ペールエール)は雑味がなく、相当に優れている」と表現していたのを、私も耳にしたことがあります。
このあたりまでが4年前のお話です。ではなぜ、再びこのコラムでRISE&WINのことを綴ろうと考えたのか。今年(2022年)の秋、このブルワリーが新たな取り組みを発表したからです。同社の代表によると「国内だけではなく、海外のブルワリーを含めて、初めてのことと確信している」という取り組みなんです。それは…。
完全循環型のビールを…
ページ冒頭の画像をご覧ください。これが新たな取り組みのもとで今年(2022年)10月に発売となったビールです。その名を「reRise beer(リライズビール)」といいます。
なにが特徴か。このビール、完全循環型の一本だというのですね。どういうことか。ビールを生産する過程で出てくるモルトかすと排水を、RISE&WINが導入したプラントを使って液体肥料に変えます。その液体肥料を用いて、上勝町内の畑で麦を同社のスタッフみずからが育て、収穫した麦でビールを醸します。そして、その際に生じるモルトかすなどを再びプラントで液体肥料にして…。まさに完全循環型を実現する取り組みですね。
このreRiseのためにRISE&WINが手がける麦畑は、現在のところ0.5反(およそ500㎡)であり、まだそう広くはありません。それでも私は、ブルワリーが自身で麦を育て、そこから完全循環型のビールをつくりあげようと決断したことそのものを評価したい。地元産の原材料を使うクラフトビールのブルワリーは各地で増えていますけれど、みずからが原料となる作物を栽培し、それだけでなくて循環型を志向するというのには、行動に移すまでに困難も多々あっただろうと想像するからです。そもそもRISE&WINのスタッフはビール醸造のプロフェッショナルではありますが、麦を育てるプロではなかったわけですしね。
初年度に完成をみたreRise beerの第一号は3840本。立派な本数だと思います。価格は770円と安くはありませんけれど、10月の発売以来、とても順調に売れていると聞きました。おそらくまもなく完売でしょう。
農家たちが駆けつけた
ここからはRISE&WINの代表に話を聞いていきます。まず、この取り組みはいつごろから温めていたものなのですか。
「2015年の設立時から、ずっと考えていました。いつかは解決したい課題だったからです」
モルトかすをどうにか生かしたい。それは確かに、ゼロ・エミッションを目標に掲げる上勝町にあるブルワリーなだけに、切実な宿題として横たわっていたのですね。
「実際に着手できたのは2021年の秋でした」
なにがネックだったのですか。畑の手配?麦の上手な育て方?
「いや、そもそも液体肥料をきちんと生み出せるかどうか、でした」
そこだったのですか。モルトかすを液体肥料に変えてくれるプラントは手立てがついた。でも、実際に稼働させると、発酵を安定して保てるかで、かなり苦しんだそうです。モルトかすには繊維質が多いために、沈殿してしまったり本体のなかで詰まったりしてしまったらしい。それを配管の見直しなどを通して、ようやくクリアできた、といいます。
麦を育てるのは、それに比べるとすんなりいったのでしょうか。
「最初の年の収穫量はさほどでもなかった。でも…」
でも、なんですか。
「この上勝という町は、私たちが麦の栽培に挑むうえで、とてもいい環境にあるのだと再認識しました」
土地や空気、気候などが、麦を育てるのに向いているということですね。
「いえ、それにもまして、町の農家さんたちの支えを得られたことです。育て方ひとつ教えてくれたり、道具を貸してくれたり、ときにはユンボを駆って手伝いにきてくれたり…」
ああ、そういうことなのですね。農家さんたちはすでに、わが町でRISE&WINが地元のために奮闘しているのを肌で知っていました。だから、みずから麦を栽培しようという場面で、さまざまに手を差し伸べてくれたということだったのですね。
少ないながらも収穫がかなった麦は、クラフトビールを醸すには十二分な品質であったそうです。
「意味のあるもの」を出す
そうして生まれたのがreRise beerでした。売れ行き好調と聞きましたが、その理由はなぜだと思いますか。やはりRISE&WINのこれまでの実績がものをいった?
人は「意味のあるもの」にお金を支払おうと考えてくれたのだと思います。なぜreRiseなのか、なぜ完全循環型のビールをこの上勝町で醸したのか、関心を寄せてくださった結果でしょう
現時点で、RISE&WINが世に送り出しているクラフトビールのうちで、このreRise beerが占める割合は、生産量ベースで10%に届いていません。正確にいうと2%ちょっとというところです。でも私には、reRiseと名づけたこの取り組みの初年度に生むことのできた「2%ちょっと」という数字は、来年、再来年、10年先には着実に大きくなっていくだろうと期待しますし、なにより、温めていた発想を実行に移して最終商品を登場させた、ということに意義を感じています。簡単な言葉でいうと、やらなきゃなにも始まらないわけですからね。
RISE&WINの代表にとって、10年先の目標はどんなものでしょうか。
この農法と仕組み自体が、全国に広がって、やがてひとつのスタンダードとなることです
つまりは、ここ上勝町やRISE&WINが手がけるプロジェクトというだけでなく、こういった取り組みが各地で普通になること、それ自体が目標ということなんですね。
町の人と「より近くなった」
質問を変えましょう。このreRiseという取り組みを通して、すでに現時点でなにか変化を感じている部分、なにかがもたらされたという部分はありますか。
上勝の町の人たちとの距離感が、ぐっと近くなりましたね。農業という共通言語がそこに生まれましたから
それは大きな話だと、私も思います。自分たちの集落で頑張るブルワリーが、自分たちの仕事領域でも汗をかこうとしている。だからこそ、先に触れたように、農家さんは麦の栽培を手助けしてくれたともいえます。
「モルトかすからつくった液体肥料は、reRiseの麦畑で活用するだけでなく、町内の農家さんにも配っています。いまでは40軒ほどの農家さんが使ってくれています」
ここで改めて、代表に尋ねたい。そもそも上勝町は、どうして2003年の段階でゼロ・ウェイストを思い切って目標に掲げ、そして、決して掛け声だおれに終わることなく、いまもごみゼロへの道を歩み続けられているのでしょうか。また、RISE&WINはなぜ、そうした町の大目標に寄り添うようにしながら、reRiseという新たなプロジェクトを立ち上げられたのでしょうか。
この上勝町には「決断する」勇気があるからです
そこが大事なポイントなのですね。私は、4年前のコラムで、「この町には、時間がないんです」という代表の言葉を綴っていました。過疎が進むなかで、手をこまねいている余裕などないんだという認識が、町にも、またここに暮らす人にも共有できている。だからこそ、決断する勇気が常に問われている、という話ですね。
「そして、その『決断』には、意外性が求められます。そうであればあるほど、人の心に刺さるからです」
そうですね。できる範疇のことをなせばいいかもと、中途半端な姿勢で臨んでは、人は振り向きません。で、こうした考えって、地域のブランディングだけではなく、あらゆる商品の開発時にも不可欠なものではないか、と私は感じます。
RISE&WINはそのことを踏まえて、reRise beerを世に送り出しました。だからこそ初年度から売れ行きは期待以上のものとなり、今後の展開もまた楽しみだと、多くの人が思っているのでしょう。
ところで、その味わいは?
最後になります。クラフトビールの話をご紹介しているのに、ここまで味のことを全く伝えていませんでした。その理念は大事ですけれど、同時に、ビールである以上はおいしい一杯でなくてはなりませんね。
実際にreRise beerを飲んでみました。ああ、これはいい。ビールに麦が使われていると深く実感できるような味わい、とでも表現すればいいでしょうか。
「麦の旨みや甘みをしっかりと飲み手に感じてもらえるように、reRise beerはブリティッシュ・ペールエールという液種にしました」
だから、ホップよりも麦の味わいが強調される一杯となったのですね。さて、このreRise beer第一号、RISE&WINの代表としては、納得できるものとなりましたか。
「大満足ですね」
それは本当になによりです。過疎の集落にあって、町のシンボルとして事業を継続させながら、町を生きながらえさせ、しかも環境を守る、という大目標に挑む姿勢に、勉強となるところが数多くあった取材でした。
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