実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第101回)
コストをかけない道はある!(石道鋼板株式会社)
よそにはなかった新商品を世に送り出すには、それ相応のコストをかけることが必須か。これはもう「場合による」というほかないでしょうね。コストをかけるべきとも、コストはかけるなとも、簡単に断言できるものではありません。
ただ、今回お伝えしたいのは、新規のコストを投入することなく、また、人員を増やすことなく、力強い商品をものにした事例なんです。すべての業界や企業にそこから得られるヒントが当てはまらないにしても、ちょっと気になりますよね。
どんな商品か。上の画像をご覧ください。肉を焼くための鉄板です。鉄板なんて、すでにたくさんの企業が手がけている領域じゃないか、と思われるかもしれません。でも、この鉄板、これまでの商品とは違う部分があります。150×240mmとB5サイズのノートよりもちいさな鉄板ですが、その厚みは19mmもあります。料理店の厨房に固定する鉄板ならいざ知らず、個人がアウトドアで使うような鉄板は6mm程度が一般的ですから、ずいぶんと厚い。
ここまで極厚だと、どうなるか。蓄熱性能がケタ違いになります。その結果、肉も野菜もとてもおいしく焼ける。手に入れて実際に使ってみると、やはりてきめんでした。安い輸入肉が大化けしたと表現して差し支えないほどです。
この鉄板を開発し、販売するのは、東京・江戸川区の石道鋼板というちいさな鉄工所です。1966年の創業といいますから、半世紀以上の歴史を有する工場ですね。しかしながら、自社ブランドの商品を出すのは全くの初めてのことでした。
商品名を「肉専用 超極厚鉄板MAJIN」といいます。値段は1万1000円。安くはありません。2021年の発売で、広告宣伝はせず、見本市に出展したくらいだったそうですが、バイヤーからは「見たことないね」とまでいわれ、高く評価されたらしい。直販サイトで販売するほか、見本市をきっかけにOEM供給の話もまとまったと聞きました。
19mmなのは「笑えるから」
先ほど、この「MAJIN」という鉄板は、ごくちいさな縦横サイズながら厚さが19mmもあるとお伝えしましたね。では重さは?
5kgもあります。持つとかなりずしりとくる感じです。ここでふと思うわけです。どうして厚さ19mmとしたのでしょうか。18mmでも20mmでもなく……。
「鉄板を商品化するというだけであれば、20mm以上にすることも、もちろんできます。でもそれはやめました」
なぜなのでしょう。
人が両手で持つには、このサイズですと厚さ19mmが限界です。『重てえ!』と笑って運べるぎりぎりの線ですね。これを超えると笑えなくなります
なるほど。そこに明快な意味があったのですか。同社によると、一般消費者向けとしてここまで分厚い鉄板は、調べた限り、よそには存在していなかったそうです。それはなぜなのか、ここも気になります。
「これは僕の仮説ですが、9mmを超える厚板の場合、レーザーで切りにくいからではないでしょうか。それに加えてやはり、重すぎて使いづらいという判断もそこにあったのかもしれません」
では、石道鋼板はそのあたりのハードルをどうクリアしたのか。
「『MAJIN』の加工には、レーザーではなくてガス溶断の技術を用いています」
ガス溶断は、職人にとって手間のかかる作業ではあるらしい。火力調整が難しいし、切った後のバリ(断面に残る出っ張りやギザギザ)の処理も要るからです。それでも、厚さのある鉄板を発売するのを優先したのですね。同社ではガス溶断の技術が長年培われていたことが大きかったともいえます。「MAJIN」を開発するために急いで技術習得したわけではなくて、もともと備わっていたノウハウを使ったというわけですから。
もうひとつ。重すぎて使いにくいという部分は、どう捉えたのでしょうか。確かに「笑って持てる限界の重さ」に留めたとはいえ、それでも5kgというのはけっこうな数値ですよね。
重くて、取り回しは確かに大変だと思います。でも、それだけに愛着も沸くのでは、と判断しました。肉がおいしく焼けるのですから、この重みは決してマイナスにはならないと踏みました
確かに……。重い(=厚い)からこその蓄熱性能なわけですから、その重量をマイナス要素と片づけてしまって商品化をやめるのはもったいない話ですね。ややもすれば、企業はこうした負の部分を気に留めすぎて商品開発を滞らせるケースもありますけれど、中庸な商品を出したところで、既存商品の多い領域では市場で埋もれてしまいがちです。ならば「MAJIN」のように、マイナス面を承知のうえでも思い切る姿勢が、ときに問われているのだと感じさせます。
荒々しい質感にも理由が…
この「MAJIN」、まだ特徴があります。見た目がかなり荒々しいんです。それを無骨だと敬遠する人もいるかもしれませんが、一方で、だからこそ魅力的に映ると感じる人もまたいるはずですね。これも狙ってのことなのでしょうか。
「もちろん狙っての話です。表面処理をかけず、黒皮と呼ばれる酸化皮膜を残しています」
鉄板というと、よく見かけるのはシルバー状に鈍く光っているものです。それらは出荷前に研磨したり薬品で処理したりしているそうです。それに対して「MAJIN」は、製鉄された状態のまま、酸化皮膜を残した状態にしています。
「酸化皮膜のあるほうが錆びづらいんです。つまり、ここにも意味があるんですよ」
荒々しい風合いをアピールする、というだけではなかったのですね。
「お客さまによっては、美しくないなあ、と感じるかもしれませんけれど、僕は錆びにくいということのほうが大事だと考えました」
つまりは、その厚さを19mmとした判断にも、酸化皮膜を残したままの仕上がりとした判断にも、それぞれ意味があったということなのですね。
そもそも、なぜ鉄板を?
ここで確認しておきたいことがあります。ちいさな鉄工所である石道鋼板が、どうしてまたわざわざ「MAJIN」を世に送り出したのですか。
「鉄の厚板の価値を高めたい。いや、まず厚板を知ってほしい、その一念でした」
ああ、きわめてシンプルなところからのスタートだったのですか。私、ここにも大きな意味があると感じました。昨今はアウトドアブームだからそれに乗っかろうという話ではない(もちろん、そんな動機が全くのゼロだったとはいいませんけれど)。それにもまして、自社の足許にある宝物を世に伝えたい。そこに軸足があったから、強い商品をものにできたのだと思います。
それでも……。初めての自社ブランド商品化に際して、不安やためらいはなかったのでしょうか。
「ありませんでした。なぜかというと、リスクがそこになかったからです」
どういうことか。
僕らの本業と違う領域に臨んだわけでは全くないわけです。この「MAJIN」を開発するにあたっては、すでにいてくれる人材や、すでにそこにある設備を、そのまま生かせばいいだけでした
同社の職人さんはガス溶断の技術をものにしているわけですし、既存の設備を使えば「MAJIN」はおのずとできあがるという話ですね。あとは、既存商品からみれば常識はずれにも思える極厚仕様の肉焼専用鉄板を出すかどうかだけの決断であったわけです。
「それに、『MAJIN』は受注生産ですから、その点でもリスクは少ない」
注文がきたら、鉄工所の中にある鉄の板を切って仕上げればいいので、確かにリスクは低いですね。
「もう1日で作れてしまいますよ。1枚だけの注文なら、最短2時間ほどで発送できます。そもそも、日々そうやって仕事してきたんですから」
このちいさな鉄工所の強みをすべて生かした商品だった、と捉えることもできそうですね。
思わぬ評価に、驚いた
「MAJIN」を世に送り出したことで、同社はそれまで意識していなかった部分にも気づけた、といいます。
先ほど、「酸化皮膜をあえて残したままの鉄板だから、人によっては美しくないと感じるかもしれない」という話をしましたが、プロ筋からは逆に「美しい」という評価を得たそうです。
「見本市を訪れた人に声をかけられました。『きれいですね』と……」
断面の処理などをみて、その道のバイヤーが告げてくれたそうです。
「いままで、ほかの工場と技術力を比べる機会など、まずありませんでした。それだけに『うちには技術力があったんだなあ』と改めて気づかされました」
新たな商品領域でものづくりに挑むとは、すなわち、こうした思わぬ効果をも生むものなのですね。
「MAJIN」の発売から1年ちょっと経過していますが、売れ行きはどうなのでしょうか。
「100枚ほど売れたら面白いなあ、と思っていたら、すでに1000枚出ています。これは想定外でした」
当初予測の10倍であるということですね。ただ、この1000枚という数字が多いか少ないか……。
「うちの売上高全体からみれば3%程度です。でも『MAJIN』単体で大きな売り上げを立てようとは、はなから考えていません」
この商品を販売することで社業全体に勢いをつけ、厚板のガス溶断の仕事につなげる。それが最初からの目標であった、といいます。
「その意味では、もうすでに効果は出ているとも思っています」
鉄工業界はいま、ほかの製造業と同じく、総じて厳しい状況にあるそうです。それでも、同社についていえば、2021年度の売上高はコロナ禍以前の水準を超えるレベルにあったらしい。順風満帆とまではいえないまでも、大健闘しているということですね。
「見たことない」を創る要素
ここまでの話をまとめましょう。石道鋼板はどうして「MAJIN」を出せたのか。
まず、同社の原点であり主軸である厚板の価値に光を当てることを根底に据えた。次に、いますでにそこにある資産やノウハウを生かせば、よそにまずなかった商品を世に送り出せるという事実に気づいた。最後に忘れはならないのは、商品特性でマイナスと思われている部分が必ずしも致命的なマイナスではないと踏んだ。
その結果、予想を超える注文が舞い込み、OEMの商談もまとまり、さらにはそれまでの本業にもいい効果をもたらせた、ということです。
コストはかけていない。でも、既存商品にはなかった持ち味をそこにしっかり付与する決断をし、完遂できた。その意味でも実に痛快な商品である、と私は思いました。
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