部下の「指導」を行う際に「パワハラ」

「パワハラと指摘されるリスクがあるので部下を指導できない」、最近ある企業の管理職の方からこのような意見を聞くことがありました。
パワーハラスメントは法律上「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって,業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されること」(労働施策総合推進法第30条の2第1項)と定義されています。

しかし、この法律上の定義はかなり抽象的であるうえ、パワハラの認定について具体的な考えを明確に示した裁判例もまだまだ少ないことから、具体的に何をもってパワハラというのかについては、明確になっているとはいいがたい状況にあります。

このため、上司が指導を行うと、意図せずにパワハラを行ったとして責任を問われうるリスクがあるため、指導そのものを控えてしまうということもありえます。しかし、業務遂行の意欲や能力に疑問がある従業員が一切いない企業はないでしょう。また、新規採用者の人材育成において、業務遂行の意欲や能力を高めていくためには指導は不可欠であるといえます。
すなわち、本当に指導が必要な部下に対して何らの指導もしないということは、部下本人や上司はもちろんのこと、ひいては企業にとって大きな損失となりかねません。

そこで、今回は、パワハラと指摘されるリスクを少なくしつつ、職務遂行の意欲や能力に疑問がある従業員に対し、適切な指導を行うために留意をすべき事項について解説します。

従業員に対する客観的な指導の必要性を検討する

〇 「新入社員以下だ、もう任せられない」、「なんでわからない。お前は馬鹿」(サントリーホールディングズ事件・東京地判平成26年7月31日、労判1107号55頁)

〇「うそを平気でつく。そんな奴会社にいるか」、「会社辞めた方が皆のためになるんじゃないか。やめてもどうせ再就職できないだろう」(暁産業事件・福井地判平成26年11月28日労判1110号34頁)

〇「やる気がないなら会社を辞めるべきだと思います。…会社にとっても損失そのものです」、「あなたの給料で業務職が何人雇えると思いますか。あなたの仕事なら業務職でも数倍の実績を挙げますよ…これ以上…迷惑をかけないでください」(三井住友海上事件・東京高判平成17年4月20日労判914号82頁)

上記は、いずれも上司の言動が違法であると判断された裁判例です。これらの裁判例で指摘されている言動は、いずれも具体的な内容についての指導ではなく、抽象的・感情的な内容となっているといえます。これは、上司が部下に対して何のために指導をするのかを理解しておらず、漠然と「こいつは仕事ができないやつだ」と思っていることが原因です。

当然のことではありますが、従業員を指導する際は、指導の必要性があるはずです。したがって、指導をする際には、当該従業員のどのような点について指導をするのか『客観的な』必要性を明確にしておくことで、パワハラと指摘されるリスクを減らすことができるといえます。

指導を行う客観的な必要性を検討する際には、①事実、②事実から導出できる問題点、③問題点を踏まえた具体的な指導の方向性をそれぞれ検討していきます。

【指導の必要性の検討の例】

1 事 実:取引先に提出する企画書が期限に間に合わなかった

2 問題点:仕事の優先順位が判断できていない

3 指導の方向性:処理すべき仕事の内容及び優先順位を把握してもらう

どのような方法による指導が部下の育成につながるかを考える

先ほど述べた裁判例のように、パワハラと認定されている事案はいずれも「この指導は部下の育成につがなるのか」といった視点が欠けているといえます。すなわち、そもそも指導は部下の育成のために行われるものであるはずが、これらの裁判例の事案では、単に上司が部下に対するマイナスの感情やストレスをぶつけるための手段となっているのです。

例えば、部下がほかの業務であわただしくしているときに指導を行ったり、他の従業員が聞こえるようなところで大きな声でまくしたてるように指導を行ったりするのは、部下の育成のための指導という観点からすれば、大きな効果が得られることはないでしょう。もちろん、このような指導であれば、パワハラであるとの指摘を受けるリスクも高いといえます。

部下が指導をきちんと受け止め、改善に向けた行動が始まるようにするためには、指導を部下が落ちついて話を聞くことができるタイミングに行うことや、他の従業員に聞こえないようなところで行うなどの配慮をしていたかどうかが裁判例でも違法性の判断要素となっています(前田道路事件・高松高判平成21年4月23日労判990号134頁)。

また、指導をする際は、感情的な言い方を避け、既に述べた客観的な指導の必要性を端的に指摘するということも非常に重要です。とはいえ、上司としてもどうしても部下の指導をしているうちに怒りがこみあげてきて感情的になってしまうこともありえます。そのような場合は、まずしばらく何も話さず待って怒りを静めることや、ペン先等いったん目の前の一点に視線を集中させたりすることで、ある程度怒りを抑えて理性的になることができます。

一方的な指導ではなく部下に考える機会を持ってもらう

指導の際は、一方的に上司が話をするだけではなく、どうすれば改善をすることができるのか具体的なアクションプランを示してもらったり、指導した内容を復唱してもらったりするなど、部下に話をしてもらう機会を持ってもらうことも重要です。

具体的な改善のためのアクションプランを部下が考えるということ自体、改善の第一歩といえます。そして、たとえ不十分であっても部下が改善策を検討した内容をよく聞き、さらに良くするための助言を行い部下が考えを深めてくというプロセスを踏むことで、上司と部下との間のコミュニケーションが十分になされ、いわれなくパワハラと指摘されるリスクも少なくなります。

さらに、指導した内容を復唱してもらうことで、部下が内容をきちんと理解できているか確認できますし、理解が不足しているところがあれば補足をすることもできるでしょう。
そして、指導をした内容やこれに対する部下の反応等を書面にしておくことで、今後の指導に活かすことができるだけでなく、指導が相当であったことの証拠にもなります。

業務の支障となりかねない部下の萎縮

ところで、部下の自分に対する「報連相(報告・連絡・相談)」が不足していることが問題であると考えた方がいるかもしれません。部下の上司への報告が不足すれば、上司が十分な情報を得ることができず、組織として適切な判断ができない以上、部下に対する指導は不可欠であるとも思えます。

では、そもそもなぜ部下は上司に対する報連相をしないのでしょうか。そもそも自分が業務を行ううえで発生した事実を上司に伝えること自体、必ずしも高度な能力が必要とされるものではないでしょう。

報連相が不足するのは、上司に対する萎縮が原因であることが少なくありません。「不都合な事実の報告をすれば怒鳴られるのではないか」、「イライラしている上司に相談をすれば怒鳴られるのではないか」、部下がそのように考えるようになれば、メールや上司が席を外したときや帰宅したのちに報告書を上司の机に置くといった即時に上司が怒鳴りつけにくい方法で当り障りのない最小限の内容を報告するといった形になりがちです。そのような報告では、業務に支障が出るおそれは多分にあるでしょう。
部下と十分なコミュニケーションが取れているかどうか、今一度振り返ってみることも重要なのではないでしょうか。

著者名

武田 宗久