国内メーカーの今後を憂い、独立

同社の海外展開は前職時代にカーコーティング剤の製品開発に当たっていた日比野氏が、アリババを使った海外事業展開を会社に提案し、それが採用されたことから始まる。

出展後にまず取り組んだのはサイト作り。もともと社内でフライヤー作成もしていた日比野氏は、そのノウハウを生かしてデザインにこだわってページを作成した。時間をかけて作ったサイトの反応は上々で、掲載製品数を増やしていくとバイヤーから問い合わせが入り始め、受注が取れるようになった。しかし、思ったようにリピート受注につながらない。

そこで成約したバイヤーの元を訪れてユーザーにヒアリングをすると、一様に「現地で売られているガラスコーディング剤はすぐに乾いて使いづらい」という不満の声があがった。

さっそく他社製品を持ち帰り、成分を調べると現地の気温と湿度に適していないことが判明。すぐに現地に合わせたサンプル開発に取り掛かり、現地ユーザーに使用してもらってはフィードバックを受ける、ということを繰り返してようやく納得の製品が誕生した。現地の規制や気候条件にも合わせた製品は現地ユーザーの評判を集め、バイヤーから正式に代理店として契約したいという申し出が届くようになった。手応えをつかみ始めた日比野氏はさらに販売網を広げるべく事業を推進しようとするも、「リソースを割いての海外展開は時期尚早」という経営判断との間にギャップが生じる。海外に大きな可能性を感じていた同氏は、独立して自ら事業を興すことを選択する。そこには日本メーカーに対する危機感があったという。

「今後縮小していく日本市場を考えると、今のうちからメーカーが海外に出ることは義務だと思います。ですが、コストに対するリターンが読めずに『海外はやらない』という判断をする会社が多い。それなら自分が始めれば良いと思って独立しました。」

独立後、自社ブランド「CAMUI」のブランディングと販売網拡大に力を注ぎ、ヨーロッパ、東南〜東アジアを中心に販売拠点を設立していくようになる。

売れるヒントは現場にあり

販売網を築いていく上で意識しているのは、バイヤーに現地製品の情報や要望を素直に聞き、それに応えること。

「香港に行くと、自分の感覚からするとびっくりするような髪型が流行っていたりする。国ごとによってトレンドが異なり、それは日本にいる自分達で考えても分からないので現地の人に聞くことを徹底しています。そのため弊社では社内製品開発ミーティングはしません。全て現地の代理店に聞いて、彼らと一緒に製品を作り上げています。」と日比野氏は胸を張る。

前述の「現地で販売されているガラスコーティング剤は使いづらい」という声をヒントに製品開発した事例が正にそれにあたる。

そもそもガラスコーティングというのは、コーティング剤に含まれるケイ素化合物が空気中の水分と化学反応を起こしガラスの膜を張ることが原理のため、気温と湿度に大きく左右される。環境の整ったラボ内で開発された製品は、使用される場所の温度や湿度を前提としたものではなかった。それに気付いた日比野氏は現地に出向いて温度や湿度のデータを計測、そのデータをもとに製品開発に着手した。サンプルをユーザーにテストしてもらっては配合を調整するという試行錯誤を繰り返して、海外仕様のオリジナル製品は完成したのである。

やることを見極めて差別化

バイヤーの声に応え続けていた日比野氏の元には、別製品を作ってほしい、ポスターなどの販促物が欲しいなど、バイヤーから様々な要望が届くようになった。当初はなんでも引き受けていたというが、他社と差別化するには、自社だからできることに注力することが重要と考え、やることを絞っていった。

「例えばカーシャンプーは大企業の安くて良い製品がたくさんあり、気候などの影響もあまり受けないので差別化が難しいです。最初は取り扱っていましたが現在は扱っていません。逆に、商品のラベルデザインなどはブランディングにもなる為、オリジナルのものを自社で作成しています。通常は輸入者責任で現地語の表記をすることになっていますが、法律化はされていないので輸出者側もラベルにまで手間をかけません。簡易的なラベルをペタッと貼る程度です。ラベルを工夫すれば他社との差別化になると考え、素材やフォント、デザインにこだわって、自社で作成しています。」

差別化が上手くいかなかったことも

これまでを振り返るとあてが外れ、失敗もあったという。

何度かガラスコーティング剤の注文を受けていたヨーロッパのバイヤーから、今度は下地処理に使う研磨剤の注文が舞い込んだ。それまで研磨剤は製造してこなかったが、検討のために現地に赴き研磨剤を調べてみると、高価格帯のラインナップが少ないことに気づいたという。玄人好みの高品質な研磨剤がほとんどなかったのだ。これは商機があると捉えた日比野氏は例によってすぐに製品開発に取り掛かり、ヨーロッパで人気の“禅”と、“研磨”を掛けたオリジナル研磨剤「ZENMA」を開発したのだが、これが全く売れなかったという。

売れなかった理由は、製品による差が見えにくい事が大きいと振り返る。

「フィニッシュで使うガラスコーティングは製品が違うと、仕上がり後の車の印象が大きく変わるのですが、下地処理の違いではそういったものを感じる事があまりできないので、質の良い研磨剤を買おうとはならないようですね。その差を感じる人もいましたが少ないようでした。」

そう回顧する同氏だがそこには全く悲壮感はない。そうした失敗が血肉となり、新製品を開発するときに活かされているからだ。失敗も含めて楽しいと続ける。

「海外事業はそういうことも含めて楽しいです。 海外の文化や日本との違いを知ってそれに合わせて対応していくのが楽しくて仕方ない。最近は海外に商機があるからやるというより、むしろ楽しくてやっているかもしれない(笑)」

質の良い製品を求める動きが加速

海外バイヤーと商談をしていると市場に対してさらに良い製品が欲しいという要望が、特に東南アジアを中心に多いという。彼らが求める製品とは具体的にどういうものなのか?

「相場より少し高い製品です。相場より少し高い製品を求めるマーケットが年々大きくなっていることを実感します。そして彼らが求めているのは対価に見合った分の違いを体感できる、質の良いガラスコーティング剤です。それは中身だけでなく、パッケージデザインやラベル含めて。現地代理店と協力してより質の良い製品を開発していきたいですね。」

経済成長著しい東南アジアマーケットを中心に、高付加価値製品を投入して商機を見出す株式会社なのは。バイヤーからの要望に応え、製品のクオリティを高めていくと、代理店からの信頼が厚くなる。その対価として売上が上がる。

「何を頼むかより、誰に頼むか」。それには理屈以上の定石があり、海外も日本も変わりはない。「顧客の声に耳を傾け、要望に応え続ける」ということが本質なのだろう。(文:岡島 梓)