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実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第99回)

「伝える」ためになすべき行動!
(渡邉製本株式会社)

「伝える」ためになすべき行動!(渡邉製本株式会社)

時代の変化によって、業界そのものが厳しい状況にさらされるケースは少なくありません。でも、ただ手をこまねいているだけでは、事態は変わらない。だからこそ、なにかをなさないといけません。

この連載でいいますと、たとえば第52回の高岡伝統産業青年会第94回の有高扇山堂第95回の中橋莫大小などが好事例ですね。いずれも、次の一手を見いだすべく勝負をかけ、答えを出しています。
高岡伝統産業青年会はまず職人の意識を変えました。有高扇山堂はあっと驚く細工を凝らした商品をものにしています。中橋莫大小は自社の強みを新しい領域の商品開発に生かしました。

私は思うのですが、これら3つの事例はともに、おそらく最初の段階では、その決断が成功につながるかどうか、絶対的な確信があったとまではいえなかったのではないでしょうか。それでも勝負に臨んだことが大きかった。動かないと始まらない、という話だから。

で、今回のテーマです。戦後まもない1946年創業という東京・荒川区の町工場である渡邉製本を取材してきました。21世紀に入って出版業界を取り巻く環境は厳しさを増しています。ネットに押されているからですね。ということは、出版物をつくる締めくくりの工程を担う製本の世界もまた、当然ですが大変なはずです。
そうした状況のなかで、同社はどう戦っているのか。それが今回お伝えしたい話なんです。

冒頭とこの下に掲載した画像は、渡邉製本みずからが開発した「えぽっけ」という商品です。絵や折り紙などを自在にしまえるポケットフレーム。それを最大18枚までゴムバンドで括れます。で、絵を単にしまっておくだけではなくて、フレームごと1枚ずつ飾れもします。値段は4730円から。
お子さんがいるご家庭でしたら、この商品の持ち味にすぐピンとくるでしょうね。お子さんが描いた絵って、うっかりすると失くしてしまいがちです。あとから気づいて後悔する場面がけっこうあります。「えぽっけ」はそれを防いでくれる商品というわけです。

この「えぽっけ」が世に出たときの話は、すみません、少しお待ちください。まずは渡邉製本がオリジナル商品をつくりあげようと決断する、それまでの経緯を順にご説明させてください。

技術力に自信はあったが…

「伝える」ためになすべき行動!(渡邉製本株式会社)

渡邉製本は、特に辞典や写真集といった、つくりのしっかりした刊行物の製本を得意としてきました。
しかも、ここが面白いところなのですが、機械だけに頼らない仕事を重視してきたそうです。

「職人の手で仕上げていく製本の技術をずっと大事にしてきました。時間があれば、それを社員に伝承するよう、心かげてきたんです」

ただし、紙媒体の市場縮小という状況には危機感を覚えざるを得ませんでした。こればかりは、いくら技術力に自負があっても、一軒の町工場の力だけでどうすることもできないようにも感じられますね。でも、同社はちょっと違いました。

「これまで通り、出版社などから受注して加工する仕事だけに頼っていたら、うちはダメになる」

ならばどうするか。同社は2010年、ウェブサイトを立ち上げました。まあこういう時代ですから小規模な企業でもサイトを立ち上げておくことは大事かもしれませんが、渡邉製本の場合、そこにもっと必死な思いがあったようです。

「できることをやるしかない。見よう見まねのような感じで、無我夢中で取り組みました」

すると、社業に変化が現れました。ウェブサイトを公開したあと、製本見積りの依頼がそれまでの20倍にも増えたといいます。それも全国から。

「以前は、取引のあった出版社や、なんらかのつながりのあった会社からの依頼が8割を占めていましたから、これは大変化でした」

ニーズがそこにあるならば

「伝える」ためになすべき行動!(渡邉製本株式会社)

渡邉製本にとって、自社の強みを再認識できるできごとでした。だったら……。

「そうやって評価されたほどの技術なのですから、いまこそオリジナル商品をつくって本業の足しにしよう、と動き始めようと考えたわけです」

先に触れた通り、同社はしっかりしたつくりの製本でこそ真価を発揮する製本会社です。ということは、いわゆる並製本(比較的に安価で簡易な製本)を担っている企業にはできないことをしないといけません。
幸い、機械だけでは果たせないような製本加工の技は、社員が会得できています。そこだけはしっかりと守ってきていました。これも先ほどお話ししていましたね。

ひまな時期になったら、機械でできるような工程でも、社員にあえて手作業で進める方法を教え続けていました。それによって、技術力を培うことができるからです

では、そうした技術を生かして、どんな商品をつくればいいのか。そのヒントもまた、海外からもたらされたそうです。2012年のことでした。いきなりカリフォルニアの企業からメールが届きました。

「『日本の紙を使って、オリジナルのノートをつくりたい』。そんな依頼でした」

同社にとって、海外からの受注は初めてのことでした。ウェブサイトを立ち上げる前には想像もつかなかった話、ともいいます。

「躊躇はありませんでした。もちろんその仕事を受けました」

その受注案件は、売上にしたら、さほどのものではありませんでした。500部程度の話だったといいますから……。でも同社は真摯に取り組みました。当時の翻訳アプリはいまほど精度が高くありませんでしたから、英和辞書などをめくりながら懸命にメールのやりとりを続けたそうです。ちなみに、このカリフォルニアの企業とはいまも取引は続いていて、年間1万部規模までになっているそうです。

「ここが大きな転換点でしたね」

なぜか。このノートの制作を通して、同社がオリジナル商品としてなにをつくるべきかが見えた、というんです。それは高品質で、しかも機能面にも長けたノート。カリフォルニアの企業に納めていたノートの仕様を、さらにブラッシュアップしようと動きました。

開発には数年を要しましたが、2016年、渡邉製本はオリジナル第一号の商品として「BOOK NOTE」を世に送り出します。それが上の画像のものです。持ち前の製本技術を生かして、中面を水平にしっかりと折り返せるつくりにしました。
仕事先でノートを使うことの多い人なら、このつくりがとても役に立つこと、おわかりになるかと思います。机のないような場所で立ったままノートになにかを書き留めるときなど、これ、すごく便利です。しかも製本が丁寧だから、こうしてタフに扱っても、綴じしろはまず崩れません。

当時、こうした高品質なノートが各地の町工場から相次いで発売されていた時期でした。渡邉製本もまた、自社の足許にある技術を用いて、高級ノートのトレンドを見事に形づくる一社となったわけです。

最初は売れなかったが…

「伝える」ためになすべき行動!(渡邉製本株式会社)

この「BOOK NOTE」、2016年の発売直後からヒットしたのでしょうか。

「いえ、最初は本当に売れませんでした。1週間に1冊の注文が入れば、喜んでいたくらいです」

それがいまでは確実に毎日オーダーが届くまでに育ちました。同社のサイトから注文が入るそうです。サイト構築に取り組んでいた努力が、やはりここでも生きた格好なのですね。
BOOK NOTE」の真骨頂は、「表紙くるみ」にあると聞きました。ノートの中面を表紙の紙でくるむ製法のことです。

「これは機械ではできない手法なんですよ」

ああ、手作業で製本する技術を絶やしてしまわないように奮闘していたことが、ここで力を発揮したという話でもあるのですね。

こう見ていくと、渡邉製本の取り組みが少しずつ理解できてきますね。製本業界が逆風にさらされるなかでも前を向き、まず必死でウェブサイトを構築しました。そのことで海外を含め、思わぬ企業からの問い合わせが急増した。さらに海外からの受注内容にヒントを見いだし、オリジナル商品の開発に着手。その際には、長年大事にしてきた手作業での製本技術を注ぎ込み、さらにはウェブサイトを活用して販路を広げた。
つまり、すべてがつながっている、という話なのだと思います。

製本からあえて離れたら

「伝える」ためになすべき行動!(渡邉製本株式会社)

さあ、さらにここからです。冒頭でお話しした「えぽっけ」と名づけたポケットフレームはどのように生み出されたのか。

「最初は、お子さん向けのお絵描きキットを考えていたんです」

家族でのコミュニケーションに役立つものをつくろうと計画していたというわけでした。それも「知育」というより「純粋に楽しいもの」を開発したかったといいます。
しかし、商品開発を進めていた途中で、ある声を耳にします。

「『ちいさい子って、ページの順番に絵を描くとは限らない』。この指摘にどきりとしました」

確かに……。お絵描き帳でもスケッチブックでも、子どもは好き放題に絵を描くものですよね。とするなら、四角四面な商品では、子どもには窮屈かもしれない。
そこで同社はどう考えを改めたのか。

「『綴じる』ことから離れました」

えっ、どういうことですか。紙を綴じる仕事こそが渡邉製本の真骨頂なのでは?

「いや、ここは製本から離れたほうがいいと考えました」

これは面白い発想ですね。先の「BOOK NOTE」とは真逆で、綴じる技術をあえて使わないということなのでしょうか。

「いや、『綴じないけれど、綴じたい』わけです。バラバラのままでは絵をしっかり保管できませんから」

そうした考えを形にすると、どうなるか。既存商品でも透明ポケットが備わる日記帳などはありますけれど、この「えぽっけ」はもっと特徴面を振り切った。大きくてしっかりしたつくりのシート(片面は透明フィルムなので、入れた絵をちゃんと見られます)を何枚も重ねて、それを表紙に合わせてゴムバンドで括れるようにした。シートは最大18枚までいけるよう、強度を保つ設計にもしました。
1枚1枚のシートに一定の厚みがあるので、「えぽっけ」から外して、シートごと部屋に飾ることもできるというがポイントでもありますね。そしてさらに……

とにかく『保管できる』ことを大事にしました。少し厚みのあるものでもシートに収められるようにしたかった。それなら、折り紙も入れられますから

最大の難所は、綴じ方にあったそうです。スリット部分にいかにゴムバンドを簡単にかけられるか。また、子どもの手でもたやすく綴じられるか。そのつくりの部分だけで10カ月を要したと聞きました。

想定外のお客が飛びつく

「伝える」ためになすべき行動!(渡邉製本株式会社)

「えぽっけ」は昨年(2021年)7月の発売です。それに先駆けて、同年の2月に生活雑貨の国際見本市である「東京インターナショナル・ギフト・ショー」に出展しました。

「でも、この出展での実演時に『ゴムバンドの綴じ方が弱い』と考え直しました。もう一度、やり直しです」

そこまで細部を調整し続けたのですね。そしてようやく発売にこぎつけたところ……。

「想像していなかったニーズがあって驚きました」

たとえば、この「えぽっけ」にワインのエチケット(ラベル)を収めたいというお客。あるいは、旅の記録となるチケットやパンフレットを保存したいというお客など。つまり、子どもだけではなく、おとなの需要も掴めたという話なのですね。

この『えぽっけ』は単なる文具ではないと思います。使い道は多彩ですから。その意味では、ここからどのようにプロモーションをかけていくか、そこが課題ではあります

とはいえ、紙製品を扱う都内のセレクトショップでの取り扱いも始まっているなど、今後の動きには期待がもてそうですね。

売り上げの10%近くを…

「伝える」ためになすべき行動!(渡邉製本株式会社)

最後に……。渡邉製本の売上高推移はどのような状況なのでしょうか。

「コロナ禍の2020年以降はやや下がっているものの、2010年からの10年間は横ばいできています」

出版不況のなかでも、このちいさな町工場の売り上げが横ばいというのは、私にはかなりの健闘ではないかと感じられました。

「ウェブサイトの効果なのでしょう、製本だけではなく印刷から手がけてほしいというようなデザイナーからの注文も入っています」

それはやはり、オリジナル商品の独自性や品質がものをいったと考えられますね。

「売り上げ全体のなかでオリジナル商品が占める割合は10%弱です。よく頑張っているほうではないかと、周囲からもいわれますね」

いま、「えぽっけ」は海外展開も視野に入れているそうです。

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