実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第94回)
この商品を世に出す意味は!?(株式会社有高扇山堂)

地方の伝統産業の多くはいま、厳しい状況にありますね。どこに打開策を見いだせるかを探るのもまた、この連載でのテーマのひとつです。
これまで取り上げた事例でいいますと、第52回の高岡伝統産業青年会や、第64回の中川政七商店などの取り組みからヒントを得ることができます。
また、第67回の野川染織工業にも参考となる部分がありました。武州の藍染めを生かしたイージーパンツの開発を通して「その産業の意味を伝える」と、5代目は力説していました。
この言葉の背景を、いまいちど考えてみたいんです。野川染織工業のイージーパンツは現代の生活シーンのなかにすんなりと溶け込む存在です。伝統産業の持ち味を無理やり現代ふうにアレンジした商品では決してない。だからこそ、そのはき心地や質感を通して「ああ、藍染めっていいなあ」と、イージーパンツを身につけた消費者は自然と感じ入ることができます。藍染めという伝統産業のもつ意味をかみしめられもする。
無理やりではない、という部分が大事なのですね。生活雑貨などの展示会や見本市ではしばしば、各地に根づく伝統産業の技術を生かそうとした商品を目にします。ただ、こう言っては申し訳ないのですが、正直、そこに必然性を感じられないものもたまに見かけます。少し生意気な表現をするのをお許しいただければ、時代に合わせるというのと、時代に媚びるというのは大違いです。
だったら野川染織工業のイージーパンツ以外にも良い事例を挙げてみろ、と読者の皆さんはお考えになるかもしれません。今回取り上げる商品は、まさにそれです。
「語れる贈り物」になる存在

ページ冒頭と、すぐ上の画像が、今回お話ししたい商品です。
愛媛県の有高扇山堂が生み出した「ゆ・わ・い」。その値段は3850円で、色は6つ用意されています。「紅椿(こうちん)」「浅葱(あさぎ)」「稲穂(いなほ)」というふうに、それぞれ和の色を示す名がついている。
これ、ご祝儀袋などに掛ける飾り紐である水引で作られたボトルサックです。
「ゆ・わ・い」にワインや日本酒のボトルを収めると、ボトル全体に水引を大胆に巻きつけたような姿かたちになります。要所要所に、あわじ結びと呼ばれる装飾(いつまでも解けることのない結びです)も施されていて、これがまたとても見栄えがするんです。
で、ボトルの上に突き出るようにある円形の結び目のところを手で掴んで、贈る相手にすっと渡す。絵になる所作ですよね。
私自身、個人的に何度か、この「ゆ・わ・い」を購入したことがあります。水泳の五輪代表だった後輩に、鮮やかな青をした「浅葱」をワインボトルに巻いて、結婚祝いに贈りました。彼は「プールに飛び込む瞬間、目に飛び込んでくる色のようです」と感激していました。また、会社員時代の先輩が還暦を迎えた折には、まぶしい赤の「紅椿」を使って、スパークリングワインをプレゼントしました。還暦なので赤です。
最近は値段がさほどしないワインでも美味しいものがありますから、選び方によっては、ワインより、この「ゆ・わ・い」のほうが高くつきかねません。本体を包むものに4000円近くをかけるのかと感じる向きもあるでしょう。でも、そこに面白さがあると思います。縁起物の水引で包んでみました、と贈る相手に語れますし、演出力は十二分でしょう。「ゆ・わ・い」を知ってから、プレゼントで悩む場面が少なくなったのはありがたかった。
その意味で、このボトルサックは、伝統産業を生かした存在でありつつ、現代の生活シーンにうまくはまっている商品であると、私は考えています。なにより、そこにちゃんと水引である必然性が備わっているのがいい。水引のあわじ結びには「気持ちをそこに封じ込めて、先様にお届けする」という意味もあるそうですしね。
このままでは先がないから…

なぜ、有高扇山堂は「ゆ・わ・い」をつくったのか。3代目である社長ご夫妻に話を聞いてきました。
同社は1930(昭和5)年の創業で、伊予水引の製作を長年続けています。ただし、以前の取引先は問屋さんがもっぱらだったと聞きます。自社ブランド商品として「ゆ・わ・い」を開発し、発売したのは2011年のことでした。
「それまでは会社の名前がおもてに出ることはなかった。このままでは先はないという危機感が募ったんです」
当時は会社のウェブサイトすら開設していない状況でした。さあ、どうするか。
「ウェブサイトを立ち上げても、それまでつくっていた水引をそこに掲載するのは取引先に申し訳ない。取引先が販売する商品ですから」
ならば、オリジナルの商品をみずからの手でつくり、ウェブサイトに掲載しながら売るしかない。それも自分たちのデザインの力を生かして…。社長はそう判断します。そして、祝儀袋や髪飾り、コースターと、水引を使った製品の試作を続けました。そのなかのひとつ、確信をもって製作したのが「ゆ・わ・い」だったといいます。
「その目的は『私たちはこんなこともできますよ』と形に表して、社外の人たちに広く見てもらうことにありました」
それにしても、どうしてボトルサックだったのでしょうか。
「水引は日本伝統のものですね。それを生かした何かを海外にも伝えられないか、と考えたからです」
海外市場のことを最初から視野に入れていたのですか。
「このボトルサックがひとつの答えと判断しました。欧州の文化のなかに水引を溶け込ませられるかもしれない、と…」
そこに不安はなかったということだったのですね。
「製作してみたら、綺麗ですし、面白いと感じました。ワインを収めてみたら、とてもサマになりましたし」
これで商品化が決まったといいます。
大量生産はできないけれど

ただし、実際に商品にするとなると、そこに問題も生じたそうです。
「1人で『ゆ・わ・い』をつくるとなると、1日で2つしかできないんです。もう採算的にはかなり厳しい」
おおよその形をつくること自体はさほど難しくはないのですが、ボトルサックとして仕上げるには、結び目を均等に配置する必要が出てきます。結び目と結び目をつなぐ部分の長さをどうとるかの按配が、実に気を遣うところだと聞きました。
そのため、大量生産はできません。過去には数百単位でのオーダーが入ったのに、泣く泣く断った場面もあったそうです。この11年間、主に同社のECサイトで販売を続けていますが、実際に売れた数は?
「トータルで1000個ちょっとでしょうか」
ということは、1年あたり100個いくかどうかという計算になりますね。「ゆ・わ・い」は失敗作だったのでしょうか。
「いえ、逆です。ある意味では大成功だと感じています」
それはどうして?
この『ゆ・わ・い』は、うちの技術に関心を抱いていただくための、いわばきっかけとなってほしいと考えて製作している商品です。その狙いは当たりました
実際、欧州から日本に訪れた人が東京のホテルで偶然に「ゆ・わ・い」を目にして、まとめ買いしてくれたケースがあったほか、ウェブサイトを通して「ゆ・わ・い」を知った企業が「これをつくれるほどの会社ならば」と評価してくれ、水引商品の新たな取引に結びついてもいるそうです。
直近の話では、米国のある化粧品メーカーから「新商品に水引をつけたい」との依頼を受けています。これも「ゆ・わ・い」の効果あってこそと、社長は感じているとのこと。国内でいえば、大手セレクトショップからも声がかかって、すでに水引を使ったオブジェを納入しているとも聞きました。
「『ゆ・わ・い』単体で利益を上げるつもりは、もとからありませんでした。この商品を通して有高扇山堂の存在を知ってもらうことに意義がある、という位置づけです」
社長はまた、こうもいいます。
「この『ゆ・わ・い』を開発・販売することで、業務への意識を変えられました」
これまでは、いかに安くつくって問屋さんに収めるかをずっと考えていた。そうした思いが社長自身に染みついていたそうです。それを打ち破れた、と…。
「たとえ採算上は厳しくでも、社業に必要不可欠であり、プラスになると判断したなら、開発・販売するべきです。『ゆ・わ・い』の製作を通して、そのことに気づけました」
つまり、この商品を世に送り出したことそのものに、未来に向けた大きな意味があったということなのですね。「ゆ・わ・い」そのものの海外市場への本格的な攻勢はこれからとはいえ、関心を示して購入してくれたり、水引商品の取引につながったりという動きはすでに見られるわけですし。
追ってくる他社はいなかった

ここでちょっと確認しておきたいことがあります。「ゆ・わ・い」の存在に刺激を受けて、追随してくる他社はいないのでしょうか。
「意匠を登録しようかという話もあったんです。でも…」
実際にはしなかった。どうして?
「真似られるなら真似てみてください、と思ったからでです。技術的にもコスト的にも、おそらく他社にはできないはずだし、実際、後追いする企業は現時点ではいませんね」
もうひとつ尋ねてもいいでしょうか。水引を使った商品が存在感を放つ結納の市場が縮小するなか、業界全体のニーズは減少しています。そうした状況でなにを新たにつくるべきか。その答えが今回の「ゆ・わ・い」だったということでしょうが、なんでもつくればいいというわけではありませんね。それこそ、原稿の冒頭で触れたように「時代に媚びる商品」では、人は振り向いてくれないでしょうから。
「本当にそう思います。『水引である必要や意味』がそこにないものを製作してもダメだと考えています。たとえつくっても『よう頑張ったね』で終わってしまう商品では、消費者に受け入れてもらえません」
ボトルサックである「ゆ・わ・い」には、水引でつくる必然性がある、と社長は繰り返し語ります。
「以前から、欧州や米国の人に水引をお見せすると『ビューティフル!』と言ってくれていました。でも、それだけだったんです」
美しい、と言われても、欧米の消費者が水引を使ってくれるところまではたどり着けませんでした。
「『ゆ・わ・い』は、そこに踏み込む最初の商品だと思っています」
その可能性はすでに証明された、とも社長はいいます。ここからがさらなる勝負どころとなりますね。
伝統産業といわれたくない

社長は最後に、意外な言葉を口にしました。
語弊を恐れずにいいますと、私の仕事を『伝統産業』と呼ばれたくないんです
えっ、それはどういう意味ですか。お父さまである先代は水引製作の分野で初めて「現代の名工」に選ばれたほどの達人であったとも聞きますし、伝統産業と称されることにどうしてそこまでの抵抗を覚えるのでしょうか。
「伝統産業といわれて、そのことをただ受け入れているだけでは、もうその業界は『終わりの始まり』なのではないでしょうか」
そういう理由だったのですね。理解できました。
「現代受けを狙うだけではいけない。無理に合わせようとしてもヒットは飛ばせません。生活に潤いをもたらす提案を常に続けていかなければダメなんです」
そういう意識で商品づくりに臨んでいれば、確かに、伝統産業ではなく現代に根づく産業としても、ちゃんと認知されるともいえますね。伝統産業に携わる誇りがそこにあるからこその言葉でもあると、私には感じられました。

北村 森
商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)
PROFILE
富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。
月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分
析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっ
ている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」
(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。
中日新聞/東京新聞「北村森のモノめぐり」、NTT東日本「経営力向上ラボ」、
家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地
方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」な
ど、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。
ANA国内線「北村森のふか堀り」監修
経済産業省 北海道経済産業局 地域ブランド創出支援事業 チームリーダー
特許庁 地域団体商標広報企画 ワーキンググループ委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)
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