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実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第89回)

「1%」から始める、次の一手!(別府鋳工株式会社)

「1%」から始める、次の一手!(別府鋳工株式会社)

苦境に立つ町工場は少なくないと思います。しかし、ここから次の一手を見出そうと奮闘するところもまた多い。今回はそういう話です。

東京・墨田区といえば、ものづくりの街として名高いところですね。この連載で以前に綴った第3回の久米繊維工業や、57回のフットマークは、この墨田区に本拠を構えています。今回取り上げる事例も、同じ墨田区の町工場です。

別府鋳工という会社名から想像がつくように、鋳物をつくっている中小企業。1948年の創業で、最初のころは米国向けに馬具金具を製造していたと聞きます。高度経済成長期に入ってからは、国内市場に向け、カバン用のバックル製造が主軸になってきたそうです。墨田区の近隣にはカバンを製造・販売する事業者が当時たくさんあったので、そのような変遷をたどったのでしょうね。

そのような立地環境もあって、墨田区には、往時は100軒もの鋳物工場が立ち並んでいたといいます。しかし現在では10社ほどに激減。

「若い世代がいる工場は踏ん張って残っています」

別府鋳工の社長はそう話します。

「ただ単に残っているだけでなくて、それぞれの工場が創意工夫をこらしている印象もある」

では、墨田区に残っている10社のひとつである別府鋳工はどうか。営業担当である社長のご子息が奮闘しています。

自社ブランド立ち上げを決意

「1%」から始める、次の一手!(別府鋳工株式会社)

同社は創業以来ずっと、製造した金具などの製品をほかの企業に納入するという形態をとってきました。経営環境が厳しさを増すなか、ここからどう攻めるか。

2019年、別府鋳工は、「鋳向屋(いなたや)」という一般消費者向けのブランドを社内で立ち上げます。そして、少しずつではあるけれども、金具などの部品ではなくて最終製品を世に送り出そうと動き始めます。

その代表作が、2020年に発売した「繋げる小物ハンガー」です。このページのいちばん上の画像、そしてすぐ上の画像がそれです。

ひとつのフックが792円〜。ユーザーは最大7つのフックまで、好きに繋げて使うことができます。カラーバリエーションは17にものぼり、それぞれを手にしてみると、渋い金色あり、鮮やかな赤あり、といった感じで、これは面白い。

それぞれのフックに帽子をかけたり、ネクタイやマフラーを吊るしたり、カバンをぶら下げておいたりと、使いでがあります。8kgまでの荷重に耐えられる設計といいますから、ちょっと重めのアイテムでもかけられそうですね。

鋳物が生活の中から消えて…

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ここからは、「鋳向屋」ブランドを立ち上げたご子息に聞いていきましょう。なぜ、自社ブランドを? そして、部品ではなく最終製品を?

若い世代の消費者が鋳物を手に取ってくれない現状を、なんとかしたかったんです

ああ、確かに……。昔は、鋳物があしらわれている家具が多かったですし、子どもが遊ぶベーゴマも鋳物でしたね。でも今は、日常生活の中で鋳物に触れる機会というのはそうありません。

「鋳物をもう一度広めることはできないのか」

それが、「鋳向屋」ブランドを立ち上げ、育てようと判断した理由でした。

亜鉛合金でつくって色をつけたものが鋳物です。製法はいくつもあるそうですが、多品種少量生産に向くやり方もあるといいますから、ハンガーなどの生活小物をつくることもできるのですね。

ただし……ここでひとつの疑問が湧くわけです。ハンガーをわざわざ鋳物にする意味はあるのでしょうか。

同社にしてみれば、鋳物をつくり続けてきた町工場ですから、鋳物以外でこしらえるという選択肢はないのでしょうけれど、買って使う側にすると、別に樹脂製でも構わないと感じるかもしれません。値段は樹脂製のほうがぐっと安くなるはずで、フック1点にわざわざ800円近い出費を覚悟する必要はない、と考えても不思議ではありません。

ここが実に難しい話なんですね。私、これまでも、各地域の町工場がつくった商品を数々この目で見てきました。繊維、漆塗り、そして金属加工の技術を誇る事業者が、なんとかしてその資産を現代でも生かそうと、たとえばスマホケースを開発したり、テーブルウエアに挑んだりしているケースは多々あります。見本市などを訪れると、そういった商品がずらりと並んでいます。

とはいえ、それらの商品が消費者に広く受け入れられているかといえば、必ずしもそうとはいえない状況ですね。伝統的な素材と技法を用いる必然性があるかどうか、なのでしょう。それを感じとれない商品は、残念ではありますが、消費者の心に刺さらないままで終わってしまいます。

鋳物であることの必然性は?

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そこで尋ねてみました。「繋げる小物ハンガー」が、安価な樹脂製でなくて鋳物である意味はあるのですか。別府鋳工が鋳物の町工場であるから、という話ではなくて。このハンガーそのものが鋳物であるべき確固たる理由、です。

「この形のハンガーを作ろうと思ったら、鋳造が最も理にかなった製造法だと断言できますね」

即答でした。では、さらに問いたい。どこが「最も理にかなっている」部分なのか。

「安定性です。それは安全性にも直結しますね」

こうした連結タイプの類似商品というと、樹脂製のS字ハンガーが思い浮かびます。安定性、安全性はやはり異なるのでしょうか。

「樹脂で、このような形状の連結をしようとすると、つなぎ目の強度を保つのが極めて大変です。鋳物ならば、間違いありません」

そういうことなのですね。こうした生活雑貨を日常使ううえで、わずかでも使い勝手が悪いと、次第にストレスが重なっていくものです。なにかをちょっとかけたらフックが外れるとか、重さに耐えきれずに落ちてしまうとか。鋳物であれば、そういうストレスから逃れられる、と……。

「もうひとつは、いうまでもありませんが、見た目の質感ではないでしょうか」

それは間違いないですね。私自身、今回の取材で、改めて鋳物の面白みに気づかされましたが、樹脂製とは明らかに違う素材感は、得がたい持ち味であると思います。

たとえ万人向けでなくても…

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鋳物であることと樹脂製であることの差というのは、ぱっと見にはわずかな違いと思われる消費者もいるかもしれません。しかしながら、そのわずかな差こそが実は大事という話は、この連載で何度も綴ってきました。

もっといいますと、これは中小企業の手になる商品であり、なにも年間数百万個というメガヒットレベルに到達させないといけないという話ではない。万人が振り向かなくても、「これはいい」と感じてもらえるユーザーを数百人、数千人の水準で獲得できれば、もう成功の部類と表現していいわけです。

その数百人を振り向かせるために大事なのはなにか。「過剰品質」であると私は常々思っています。「そこまでやるか」の開発精神ですね。これは先に触れた久米繊維工業の事例からも学ぶことができるかと思います。

大手企業が規模の力で安価な商品を世に送り出せるのに対して、中小企業ではそうもいきません。ならば……数を追わない代わりに、品質の過剰なほどの良さで攻める。これが有効な手立てではないでしょうか。いいかえれば、賛否両論があってもいいという覚悟のもとで商品設計するという考えです。そういった話は81回の南砺市観光協会の原稿でも触れました。「10人のうち半分程度が深い印象を心に刻んでくれればいい」という姿勢が大事、という地元事業者の指摘があったという件です。

いや、それどころではないかもしれません。17回の根津松本のご主人は「10人のうちの5人ですらない。1万人のうち1人に好かれる商いを目指さないと、生き残れない」と語っていましたね。

別府鋳工の話に戻しましょう。「繋げる小物ハンガー」をはじめとした「鋳向屋」ブランドの商品は、価格面からしても万人向けとは決していえないかもしれません。でも、その商品群にはいずれも「鋳物であることの必然性を感じられる特性がある」と表現できます。そこを大切にして商品開発に臨んだからこそ、業界内外からの注目を浴びているのでしょう。

主力事業への波及効果も

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現在のところ、別府鋳工の売り上げに占める「鋳向屋」ブランド部門の比率はわずか1%といいます。

「数字のうえでは、まだまだこれからなんです」

それでも、すでに好影響を体感しているとも聞きました。

「『鋳向屋』ブランドの商品を見た企業から問い合わせが入り、そこから実際に数社との取引が始まっています」

ああ、主力であるBtoBの分野にも、もう波及効果をもたらしているのですね。自社ブランドを立ち上げ、
BtoC領域に挑むという姿勢があってこその話であると感じさせます。

鋳物といわれてもピンとこない世代もいます。でも、手にとってもらうための挑戦を諦めてはいけない

いまは売り上げの1%ではありますが、こうした歩みを続けなければ、将来になにも生めませんからね。この言葉に、私は共感しました。

北村 森

北村 森

商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)

PROFILE

富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。

月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分
析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっ
ている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」
(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。

中日新聞/東京新聞「北村森のモノめぐり」、NTT東日本「経営力向上ラボ」、
家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地
方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」な
ど、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。

ANA国内線「北村森のふか堀り」監修

経済産業省 北海道経済産業局 地域ブランド創出支援事業 チームリーダー
特許庁 地域団体商標広報企画 ワーキンググループ委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)

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