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実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第88回)

もしも、「真の差別化」を目指すなら!
(株式会社マテリアルスポーツ)

もしも、「真の差別化」を目指すなら!(株式会社マテリアルスポーツ)

北京五輪が閉幕しましたね。開催中に大きな話題をさらった、ある注目商品のことをじっくりとお話ししたいのですが、その前に少しだけ、まわり道させてください。すぐに終わります。

私、この連載の前回、商品開発のプロセスで差別化を志向しすぎることこそ厄介だ、と綴りました。とりわけ成熟した商品領域で差別化を目指すのは困難ですし、やり方によっては迷いが生じる恐れもある。そもそも、他社の商品を気に留めすぎる以前になすべきことがあるのではないか、というのが趣旨でした。
ただ……そうはいっても、他社に対する優位性が示されない限り、モノは売れませんね。だったらどうするのか。なんらかのヒントをご提示しないと、この連載を読んでくださっているみなさんに失礼だと、私自身、考え直しました。

結果として優位性が生まれたという事例は、この連載でずっと前にお伝えしていましたね。第2回の「デアルケ200%トマトジュース」がそうです。三重県でトマトを育てていた農園主は、よそのトマトジュースとの差別化をむりやり導こうとしたわけではありませんでした。いっときは1年待ちとなるほどの人気を誇り、いまも売れ続けているこのトマトジュースを開発するきっかけは、農園主の思いのなかにありました。それは「消費者がなんとおっしゃろうが、業界関係者がなんと反論しようが、僕にはトマトジュースとはすなわち糖度だ、との確信があった」というものでした。

この「誰がなんと言おうが」というところが肝心なのでしょう。よその商品がこう打って出てきたからウチはそれに対抗する、というのではなくて、「そもそも、その商品とはどうあるべきか」というプロダクトアウト型の志向を完遂したすえに、真の差別化がそこに生まれる。そう捉えるほうが賢明と私は感じています。

まず、そこに変な無理が生じない。他社商品のあり方に意味なく引っ張られないですみます。次に、みずからの会社の強みを活かせる可能性が高まる。そして、当然ですが、顧客に対する訴求点がおのずと明快になる。これがまた大きいわけです。

ここで疑問を覚える方もいらっしゃるかもしれませんね。ここまでお話ししたプロセスをたどって「差別化を意識しすぎないけれど、結果として差別化できた商品を世に送り出せた」としても、果たして、その価値はどれくらいのものなのか。言い換えれば、よその商品にとらわれずに商品開発を進めたところで、本当に意味のある差別化は図れるのか……。

お待たせしました。ここからが今回の本題です「いったいどれほどの違いを形にできたときに、その商品は成功したといえるのか」、そこを含めて、みなさんと一緒に考えていきたいと思います。

五輪モーグル表彰台を独占

もしも、「真の差別化」を目指すなら!(株式会社マテリアルスポーツ)

ページ冒頭の画像で、もう想像がついていらっしゃると思います。今回の話はスキー板。北京五輪のフリースタイルスキー・モーグルで、男女ともに表彰台に上ったメダリスト全員が使ってました。表彰台をまさに独占していたスキー板なんです。

ID one(アイディ ワン)」というブランドなのですが、これ欧州メーカー製でも、北米メーカー製でもありません。日本の大阪にあるわずか4人の会社、マテリアルスポーツのスキー板です。しかも、スキー板を開発して第一号の製品を出したのは2000年のことといいますから、小さな新興勢力が、海外の老舗スキーメーカーを向こうに回して大きな成果を遂げたという話でもあります。

もともとはゴーグルやグローブの販売に携わっていた会社ですけれど、気になることがありますね。まず、どうして、ある意味で異分野であるスキー板作りに着手したのか。もうひとつは、後発のスキーブランドなのに、なぜ世界のトッププレイヤーがこぞってこのスキー板を使っているのかです。北京五輪に出場したモーグル出場選手の8割がはいていたとも聞くだけに……。

スキー板を開発するきっかけは、1999年に当時現役だった上村愛子選手の一言だったそうです。かねてから親交のあった社長が上村選手に調子を尋ねたら「そうですねえ」と言葉を濁したそう。社長はその場で言ったそうです。

「だったら、スキーを僕がつくったろか?」

えっ……それまでスキーを開発した経験はあったのですか。

「いえ、ないですね」

スキー板製造の経験はゼロ

もしも、「真の差別化」を目指すなら!(株式会社マテリアルスポーツ)

かなり思い切ったひと言ですね。ただし、社長自身も競技経験があって、この世界にずっと寄り添ってもきた。ゴーグルやグローブの提供を通して、トップ選手との親交はあったそうです。さらには、上村選手と話したのとほぼ同じ時期に、フィンランドのヤンネ・ラハテラ選手からも、スキー板の相談を受けていたといいます。
社長にすれば、有名な海外のスキーメーカーならば、こうした選手の声に耳を傾けているはずと思っていたそうです。それだけに、2人が考える「いいスキーがない」という話に驚いた。

「スキー板の構造や製法をゼロから勉強しました」

なぜ、そこまで?

「ヤンネの言葉が大きかった。『いいスキーがあれば、もっとうまくなって結果も出せる』と……。ならば自分がつくってしまおうと考えた」

ただし、社員4人の会社であり、しかも製造経験はないわけですから、すべてを独力で進めることは無理です。社長は国内の実力派製造工場に赴き、協力を依頼します。社長の思いを聞き、先方はすぐに力を貸すことを約束してくれました。相談の場で社長は、個別の選手名こそ出しませんでしたが「トップ選手のために」と伝えたそうです。

最初に、テーマを掲げた

もしも、「真の差別化」を目指すなら!(株式会社マテリアルスポーツ)

1号の試作品をつくるまでに1年半。でも、おおよそのところはわずか3カ月で形にしたと聞きました。あとはテストの繰り返しに充てたそう。普通は最低2年ほどかかるものだそうですが、製造工場のラインが埋まっている時期が多いのと、なにより、新しいスキー板を選手に早く手渡したいということ、この2つの理由から「ダッシュで開発を進めた」らしい。

社長の話を聞いていて私が感じたのは、この早さで試作版を完成させられたのには、製造工場の尽力のほかに、もうひとつ見逃せない点があるということです。最初の段階で、社長がしっかりとコンセプトを固めて、それを製造工場の職人に言い切っていたんです。

「ぴたりとバランス良く雪面に着いて、ねじれのないスキーをつくる」

商品開発では、こうした「旗=テーマ」を簡潔な言葉で明示することが極めて大事ですね。で、そういう「旗」とはえてして、よその既存商品にとらわれすぎていては見いだせないものでもある。前述したデアルケの場合、「とにもかくにも糖度の高さ」でしたね。マテリアルスポーツでは、それは「バランスの良さ」だったということです。

そこから、テーマを実現するにはどうすればいいか、製造工場のスキー職人さんたちと検討を重ねに重ねていきました。結論はすぐに出ます。当時、当たり前だったポリウレタンを使わず、国産の木を採用して5つの層を重ねるようにしてつくることを決めました。しなりが良く、しかも強いから。一度形を決めたら調整できないので、作るのは大変とも聞きました。それでも木製なのだと判断したのですね。

そしてできあがったのが、2つ上の画像にある、まっさらの白いスキー板でした。ヤンネ選手に、試作した最初のスキーを手渡したら、「本当に作ったの?」と驚き、そして喜んだそうです。

「トップ選手なら、はいた瞬間にそのスキーがいいかどうか判断できるものです」

ヤンネ選手も、そして上村選手も、完成したスキーを使うことを決断。2002年のソルトレークシティーでのオリンピックでは、ヤンネ選手は金メダル、上村選手は6位入賞を果たしました。

他のトップ選手たちに波及

もしも、「真の差別化」を目指すなら!(株式会社マテリアルスポーツ)

しなりの強い国産材を用いたこと、また、エッジにも驚くほどしなる素材を採用したこと(すぐ上の画像です。これも国産で、「ID one」だけがスキー板に使っているらしい)が、まさに功を奏していたのですね。
スキーのトップ選手ともなると、既存メーカーとの契約があります。すぐさま他メーカーの板にはき替えるとはいきません。それでも、ヤンネ選手や上村選手の活躍を目の当たりにして、徐々に何人もの選手が「ID one」を選択していきました。そして現在ではトップ選手層の8割が使うというところまできたわけです。

「実績をひとつひとつ重ねていって、それが徐々に浸透した感じでしたね」

でもここで思うわけです。日本の新興勢力であるマテリアルスポーツがここまでの成果を上げたのなら、欧米の既存大手ブランドだって対抗策を打ち出して巻き返しを図ってもいいはずでは?

「おそらく、利益の問題でしょう」

社長にいわせると、まず、一般のスキー人口が減少しているのに加え、とりわけモーグルのスキー板の場合、新たな開発に力を注いでも利益を確保できないという計算が働いたのではないかとのことです。現在、五輪でモーグルの選手が使っているスキー板は5社ありますが、市場性を考えると各社ともそこまでのコストはかけられないとの判断が働いているようです。

「ひと言で表現するなら『儲からん』という話でしょうね。実際、モーグルのスキーの生産をやめたブランドもあるくらいですから」

だったらどうして社長は、モーグルのスキー板の開発に参入したのか。

「大きく儲けようというより、『やっていければいい』という意識で始めたんです」

実際、同社のスキー板の開発・販売部門は、ここ1〜2年こそコロナ禍の影響で少し落ち込んではいるものの、それまでは利益の出る状況へと、順調に育てられています。大手メーカーが必要とする利益幅まで求めなければ、ビジネスベースに十分乗っている状況を、ちゃんと導き出せているわけです。社長は「開発のコーディネイトを直接担いながら、コスト管理も当然続けています。会社もこの事業もつぶれないようにするのが仕事ですから」といいます。

「それに……」

社長は言葉を続けます。

わずか4人の会社であることの強みだってあるんですよ

4人の会社だからこそ…

もしも、「真の差別化」を目指すなら!(株式会社マテリアルスポーツ)

中小企業には中小企業の強みがあるという話ですね。モーグルのスキー板において、それはなんだったのでしょうか。

「海外の大手ブランドですと、意思決定に時間を要します。選手からの要望を受けても、動くまでに何人ものスタッフの決裁が必要になる。でも、ウチならすぐ対応できます」

人手が足りない、とはならないのですか。

4人いれば、実は十分なサポートができるんですよ」

スキー板は代理店などを通さずに選手へ直接届け、サポートは社長がみずから動く体制をとっているそうです。
もうひとつ、マテリアルスポーツのスキー板には特徴があるといいます。それは「トップ選手のためのスキー板から、ジュニア向けのスキー板まで、基本的な品質や性能は一緒」という点です。有名選手のためだけに特別な板をつくっているわけではないのですね。はなから、トップクラスの選手が十二分に使えるレベルの商品で揃えているというのです。

「子どもだからこそ、スキーが上手になるために、この板をはいてほしい。はけば上達する、という実感を得てもらいたいからです」

すでに、ジュニア時代から「ID one」を使い続け、メダリストにまでなった選手も出てきているそうです。

他メーカーとの差は、なんと!

もしも、「真の差別化」を目指すなら!(株式会社マテリアルスポーツ)

今回、みなさんに最もお伝えしたいのは、実はここからなんです。
完全な後発勢力であり、しかもゼロから開発に着手した「ID one」ですが、ここまでの成果を遂げていますね。繰り返し述べますと、よそのブランドとの差別化をことさら志向してスタートした事業というよりも、「自分が考えるスキーをつくろう」という思いから始まったプロジェクトです。でも、結果として、差別化できていたからトップ選手がこぞって手に取ったのは間違いないところともいえます。

となると、既存の欧米ブランドのスキー板に比べて、かなりの差別化ができたのだろうと思うじゃないですか。
実際、社長もそこは気になっていたといいます。で、あるとき、海外のコーチに、こんな質問を投げかけた。

「僕たちが作ったスキーは、他のメーカーのスキーに比べて、体感的に表現するとどれくらい性能が違うのですか」

社長は「20%以上は違う」という答えを期待していたそうです。ところが、そのコーチから返ってきた返事は……

「びっくりしました。そのコーチは『5%』だというのですね。そんなに大差はなかった」

社長にすれば、がっかりの返答だったかもしれません。でも、ちょっと考えればわかりますが、そうそうたる選手たちがそろって「ID one」を選び取った(それもわざわざ既存の大手ブランドから乗り換えて)ということは、その5%は、決して看過できない5%だったという話ですよね。

そうなんです。私たちはその5%の差を生むために、ここまで開発を続けてきたということだったのですね

この言葉には、とても重要な示唆があると思いました。

微細な差こそが、決定打に

もしも、「真の差別化」を目指すなら!(株式会社マテリアルスポーツ)

わずか「5%の差」を生み出すために、お金も時間もエネルギーもちゃんとかけられるか。そこは本当に大きいのだと、私は感じ入りました。
これは、トップ選手がしのぎを削るスキー競技で使う板に限らない話ですよね。家電だってクルマだって文具だって、まさに同じです。わずかな差こそが、商品を実使用するうえで決して見逃せない違いを生む。この連載の第19回でも綴りましたね。「差がない」というのと「ほとんど差がない」というのは全くの別物です。

「ほとんど差がない」というのは、いい換えれば「差は存在する」ということです。では、その差をつくり上げるための源となるのはなにか。私はこう思います。よその商品のカタログ数値をつぶさにチェックする作業から見いだすものではなく、しつこいようですが、開発者みずからのなかから掲げるに至った「旗」こそが重要なのではないか。

最後に社長はこう語りました。

「設計思想も、素材も、製造工程も、他社には『ID one』の真似はできないという確信があります。同じものはつくれないでしょうね」

答えをよそから求めず、自身の手で導いた。だから、日本のちいさな会社のスキー板が北京五輪のモーグルの表彰台を独占したのだと思います。

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