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実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第85回) 

続・自律開発力で攻め入ろう!(株式会社研恒社)

続・自律開発力で攻め入ろう!(株式会社研恒社)

この連載の第83回で、印刷業に携わる中小企業が「himekuri」と名づけた画期的なカレンダーを開発・販売している事例を取り上げていましたね。
街の印刷会社が厳しい環境にさらされるなか、「だったら、みずからの能力を生かしたオリジナルの商品をつくり、新たなビジネスを立ち上げよう」というのが、「himekuri」開発の出発点でした。そして見事に答えを出した。現在では海外にも販路を築いているほどです。

業界を見渡すと、同じような思いで新商品開発に活路を見出そうとしている印刷会社がまだまだありました。今回は、東京・千代田区の研恒社の話です。創業は1970年といいますから、50周年を超えています。同社は印刷に留まらず、出版や校正といった業務にも幅を広げてきたそうです。
とはいえ、やはり印刷業を取り巻く状況は明るくありません。同社の2代目は2011年に社長に就き、自社ブランドの商品づくりに乗り出します。

今回お伝えする「SlideNote(スライドノート)」はその一例であり、202012月に発売となった商品です。謳い文句は「文具業界初の金属クリップ使用のスライド式リングレスノート」というもの。A4A5の2サイズがあって、値段は1760円〜です。
もう少し説明しますと、「SlideNote」という商品自体は樹脂製のバインダーです。中に収める用紙は別売となっている。いくつものパターンの用紙を同社のECサイトで購入できますが、それを買わなくても普通のコピー紙を挟み込んでも構いませんし、サイズさえ合えばどんな紙でもファイリングできる格好です。

皆さんもきっと一度は使ったことがあるだろうルーズリーフを思い出してください。ファイリングする用紙には左端に小さな穴がいくつもついていて、それを使ってバインダーに固定しますね。一方、この「SlideNote」は、穴あきの用紙である必要がない。だから、紙であればなんだって挟めるわけです。

仕事のシーンで「ピンとくる」

続・自律開発力で攻め入ろう!(株式会社研恒社)

すぐ上の画像をご覧ください。使うのは簡単で、用紙をファイリングするには、背表紙の部分を手で左側に引き出します。さほどの力は要りません。すると、バインダー部分がフリーの状態になりますから、中に紙を挟めます。そのあと、背表紙をまた右側に押し込んでやれば、中の用紙はすぐに固定できるという仕組み。

それがどうした?と思われるかもしれませんね。でも私にはピンときました。ああ、私のための商品かもしれないとも感じました。
取材や企画会議の多い私にとって、ノートは欠かせない存在です。ただ、悩みどころは、ノートのどの部分になにを書き留めたか、あとでわかりづらくなることです。同時並行でいくつもの案件を一冊のノートのなかに綴っていますからね。かといって、1日に複数の案件があるからと何冊ものノートを携えるのも、かなりの面倒です。

SlideNote」を使うと、とりあえずは取材や会議ごとのメモを書き留めて、あとから用紙の順番を入れ替えたり、あるいは複数の「SlideNote」を購入しておけば案件ごとに別のノート仕立てにまとめることができたりします。また、会議の資料もよほど分厚くない限り、一緒に挟み込んでしまうこともできる。穴あきの用紙であるのが必須である既存のルーブリーフだとできないことです。

あともうひとつ。既存のルーズリーフファイルって、生徒や学生が使うイメージがあって、私のようなおじさんがビジネスシーンで携えるにはちょっと抵抗があります。その意味でも、シンプルながら洒脱なデザインである「SlideNote」には好感が持てます。

息子の勉強ノートに原点が…

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研恒社の2代目は、なぜこうした商品を発想したのか。聞けば、その原点はご子息が勉強に使っていたノートを見た場面だったといいます。

「学年が変わるたびに、罫線の種類が違うノートを指定されます。そのたびにノートが無駄になるんですね。紙の仕事に携わっている私としては、これをなんとかしたかった」

ああ、そういうことですか。私も理解できます。生徒や学生ではない私だって、ページを余した状態のままで終えるノートがたくさん溜まっています。もったいないと感じつつも、半端なページを使いきれていないんです。

「この『SlideNote』は、ノートを『冊』の単位から『ページ』の単位に変えたい、という考えなんです」

ただ、ここでいくつか聞いてみたくなることがあります。まず、この「SlideNote」という商品は、ファイル(バインダー)なんですか、それともやはりノートなんですか。

「私は、ノートとして使っていただきたい、という希望を抱いています」

そうですよね。発想の原点はそこですからね。

「ただ、大手雑貨店の担当者からも『これはファイル売り場に置くべきか、ノート売り場に置くべきか』と問われました」

この言葉を聞いて、私は「SlideNote」が既存の商品にはないコンセプトを具現化できた存在である、と改めて感じました。真に新しい商品では、しばしばこんなことが起きるのですね。「これって、どの売り場がいいんですか」と百戦錬磨の小売店すら迷うケースがある。

これこそが、その商品が過去になかったことの証と言ってもいいでしょう。ただし、それだけに売り方や訴求の仕方に悩むところでもある。2代目は、別売で14種類の用紙(罫線だったり方眼だったりといったパターンを刻んだ)を用意することで、「SlideNote」の商品特性をより明快にしたそうです。これがあれば、「SlideNote」自体が「何を挟み込んでもいいバインダーである」という性格が伝わりやすくなりますね。

でも、まだ気になることがあります。ファイリングするための道具ではなく、そのままノートとして使える存在として、物理的にどう成立させたのかです。

ただの「リングレス」ではない

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この原稿の冒頭で、この「SlideNote」は「文具業界初の金属クリップ使用のスライド式リングレスノート」であると紹介しました。ノートとしてちゃんと機能するというのは、この謳い文句にカギがあるそうです。
SlideNote」では、穴あき用紙をリングで括りつけるのではなくて、金属クリップで抑え込む手法がとられています。2代目に確認すると、金属であるというのがミソらしい。

「プラスチックの反発力だけで用紙を抑える商品はすでに存在します。でも、そうした商品では、中をひらくと紙がばらけてしまうケースが多いんです」

紙をとりあえず挟み込むにはいいでしょうけれど、ノートとして使えませんね。

「ノートとしてきちんと機能させるには、紙をしっかりとホールドする必要があります」

しかも、この商品の発想を生かすには、ファイルをひらいても紙がしっかり固定されている(=ノートとして使える)だけではなくて、簡単に紙を外せる(=バインダーとして使える)ことも必須となります。
それを両立させられたのは、開発にあたって協業した、2つのものづくり企業の技術だったといいます。東京金属工業がクリップ部分を担い、愛和モールド工業がフレーム部分を担った。

「その結果、文具業界で『実現するのは至難の業』といわれていた、リングレスの金属製ルーズリーフバインダーを完成できました」

そして商品デザインは、プロダクトデザインの世界で実績を有するkenmaが担当しています。帯状にオレンジの挿し色を配しているところなど、絶妙に感じられますね。
つまり、この「SlideNote」は、いくつもの事業者の協業によって完成している。それぞれが自社の強みを持ち寄ったすえに世に出た商品であるわけですね。

ちなみに……。背表紙のスライド部分をいかに気持ちよく動かせ、しかも、用紙の脱着双方を確実なものとするために、東京金属工業は「可能性として考えられる素材の組み合わせ(クリップの質、表紙カバーの厚さや質、スライド部分の形状と質)をすべてつぶしていくようにテストして、結論を導いたと聞きました。それって、この連載の第10回の「バーミキュラ」に通じる話だなあ、と私は感じ入りました。

経営危機に陥っていた町工場が、初めての自社ブランドを立ち上げるために、鋳物にホーロー掛けする技術を会得しようと懸命に試作を繰り返しました。考えられるすべての組み合わせに挑み続けたんです。その結果、国内の大手どころのメーカーでさえ諦めていたほどの技術を獲得できた。そして「バーミキュラ」は記録的なヒット商品となり、この町工場、愛知ドビーは倒産寸前の状況から大躍進を遂げました。

すべての可能性ひとつひとつを実際に試し、つぶしていくというのは、そう簡単な話ではありませんけれど、商品開発の過程において、やはり重要なのですね。見逃せないのは、「SlideNote」にしても「バーミキュラ」にしても、逆風下の中小企業がそれに挑んだというところであると思います。

第一号商品の存在が支えに…

続・自律開発力で攻め入ろう!(株式会社研恒社)

同社の自社ブランド商品は、2020年発売の「SlideNote」だけではありません。第一号商品は、2016年に登場させた「kaku(カク)」です。
そのキャッチコピーを伝えるのがわかりやすいかもしれません。「あなただけのノートを1冊からつくれます」。

このウェブサイトで、体裁(判型)、用紙、罫線、表紙、綴じ方を指定していくと、自分好みのノートを文字通り1冊から注文できるというものです。価格は500円〜(カスタマイズの使用によって追加料金もあり)といいますから、オーダーメイド型のノートとしては破格だと私は思います。「kaku」のカスタマイズの組み合わせは何兆通りにも及ぶそうですし。
しかし、どうしてまた、そんな面倒な商品を?

「これこそが、私たちの仕事のフレキシビリティの見せどころだ、と考えました」

もともと同社は、印刷に関わることならなんでも、というのが社是だったそうで、少部数に対応できる印刷機もかねてから備えていました。

私のテーマは『狭い意味での印刷業からの脱却』にあります。だったら、振り切ることを大事にしないと

振り切る、という意味では、もうひとつ感じ入ったことがあります。同社は2021年の秋、東京都内の百貨店に、ショールームを兼ねた文房具専門店をオープンさせました(上に掲載した2つの画像がそれです)。
ここでは「SlideNote」を購入することがもちろんできますし、同社の印刷事業のなかで出た「あまり紙(余剰の半端な紙)」の量り売りも展開しています。さらに店舗内には製本機を設置してあって、来店客が選んだ「あまり紙」をその場で製本する「あまり紙の製本サービス」も提供しているといいます。印刷に携わるちいさな会社がこうして直営ショップまで立ち上げるというのは、痛快な話ですよね。

「『kaku』がなければ、ここまでの展開はなかったでしょうね。自社のフレキシビリティを形にして見せるための重要な存在となり、それが『SlideNote』の開発や、直営店オープンにもつながった」

「めざせ、半分」との意気込みで

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研恒社の社業全体のなかで、自社ブランド展開する商品である「kaku」と「SlideNote」の売り上げ比率は現在、10%弱であるそうです。2代目はいいます。

「ここからさらに両者合わせて50%まで持っていきたい。合言葉は『めざせ、半分』です」

すでに「kaku」に関しては、発売した2016年当初からみると、年間売上額は5倍にまで伸びてきているそうです。「SlideNote」についても、2021年度グッドデザイン賞を獲得しましたから、この先、販売に弾みがつくことが期待できます。

『SlideNote』は海外展開も視野に入れています。国内でのブレイクをただ待つのではなく、さらなる攻めの姿勢でいきたい

そうですね、資源の無駄使いを避けようという動きが世界的に定着しているなか、紙を大事にできるこの商品は、海外でも訴求力があるはずです。

成熟商品の領域でも変化を遂げることができる。そして、厳しい環境にある業界でも反攻の一手を見出せる。今回もまた、それらを実感できた話でしたね。

北村 森

北村 森

商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)

PROFILE

富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。

月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分
析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっ
ている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」
(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。

中日新聞/東京新聞「北村森のモノめぐり」、NTT東日本「経営力向上ラボ」、
家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地
方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」な
ど、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。

ANA国内線「北村森のふか堀り」監修

経済産業省 北海道経済産業局 地域ブランド創出支援事業 チームリーダー
特許庁 地域団体商標広報企画 ワーキンググループ委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)

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