実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第84回)
「伝えきる」とはどういう仕事か!?
(株式会社鶴屋百貨店)
今回取り上げるのは、中小企業ではなくて、ある百貨店の取り組みです。「この連載のタイトルにたがうのでは?」と思われるかもしれませんが、どうかお許しください。なぜわざわざ、そんな話を綴るのか。もちろん理由があります。この百貨店がなしていることは、流通・小売企業に限らず、多くの中小事業者にとって、いくつものヒントを得られる事例に違いないと考えたのです。
この事例を通して皆さんにお伝えしたい内容を、最初に申し上げてしまいますね。まず、「消費者に情報を伝えきるには、どうすればいいか」。次に、「ライバル企業が多く、しかも成熟した領域で販売促進をなすには、どんな姿勢が求められるか」。この2つです。
大都市圏にある最大手クラスの百貨店の話なのか。いえ、違うんです。九州・熊本の老舗である鶴屋百貨店が今回のテーマです。
百貨店業界は、ただでさえ時代の変化に直面して厳しい状況だったのが、このコロナ禍で、さらに逆風にさらされています。とりわけ地方都市では百貨店の閉店が相次いでいるほど。そうしたなかで、鶴屋百貨店は踏ん張っています。
百貨店の企業別売り上げランキングを見ますと、東名阪の企業が上位にずらりとランクインするなかで、鶴屋百貨店は20位に割って入っている。確かに熊本を代表する百貨店ではありますが、周りには巨大ショッピングセンターがいくつもできている。それでも大健闘しているということ。しかも、昨年度(2020年度)、多くの百貨店が前期比で30%から40%程度売り上げを落としたなかで、21%ほどの減収に留まっています。
さらに……。いわゆる「リベンジ消費」(コロナ禍で制約を受けていた消費者が、感染者減少を受けていよいよ購買行動に走り始めた現象)をめぐって、鶴屋百貨店から興味深い話を聞きました。今年(2021年)秋以降、大都市圏の百貨店ではリベンジ消費の動きが売り上げ増をもたらしていますね。ただし、地方の百貨店はそこまでではない、ともいわれています。では、熊本の鶴屋百貨店はどうだったか。
「実は昨年(2020年)の秋時点でもう、リベンジ消費を肌で感じていたんです」
宝飾品や腕時計といった高額商品がすでに動き始めていただけでなく、「大道産子市」と銘打った北海道物産展は、昨年秋に開催した回が、なんと過去最高の売り上げだったそうです。そして今年の「大道産子市」は、その昨年を超えて最高更新だったといいます。
もちろん、コロナの感染状況をはじめとした、この地域ならではの要因もあるでしょう。でもそれだけでは説明がつかない。私の見立ては、そもそも平時から鶴屋百貨店はなにかを仕掛けていたのではないか、というものでした。で、尋ねてみると、やはりそうでした。ではなにを? それが今回のテーマなんです。
冒頭の画像をご覧ください。これ、鶴屋百貨店が毎週、およそ3万5000人の会員向けに配信しているメルマガなんです。「Yakkoの『鶴屋で発見!』」というタイトルで、毎回、鶴屋百貨店で売られている意外な実力派商品を紹介するというもの。
いやいや、メルマガなんていまどき、どこの百貨店でもやっている話でしょう。そう思うかもしれませんね。でも、この「Yakkoの『鶴屋で発見!』」のことを知れば知るほど、私はうなるばかりでした。順番に説明していきます。
老舗百貨店なのに「安いもの」を
今度は、すぐ上の画像を見ていただけますでしょうか。一線級の高級ブランドを扱っている老舗百貨店のメルマガでいきなり、「ワイドパンツのトイレ問題。」と大きく謳っています。なんだか身も蓋もない。でも実は、ワイドパンツを着用する女性にとっては、これ、切実な問題らしい。トイレで用を足そうとするとワイドパンツの裾が床についてしまうからですね。
で、このインパクトある画像から「続きはこちら」をタップすると、このページに飛びます。ペチパンツの紹介だったのですね。これを着用すれば、トイレで簡単にワイドパンツごと裾をアップできるという話です。このペチパンツ、メルマガで紹介された直後の1週間で50着が売れたといいますから、かなりの効果ではないでしょうか。
この「Yakkoの『鶴屋で発見!』」なのですが、メルマガの表現にインパクトといいますかリアリティが感じられるばかりではない。毎回紹介されている商品が、ひとつの例外もなく、ことごとく安いんです。上記のペチパンツは2200円ですし、また、ページ冒頭でお見せした画像でいえば、ナイフは1210円(これは紹介した後、1週間で42本売れたらしい)ですし、スリッパとグラスはそれぞれ3000円ちょっとです。上の画像、すみません、小さくてちょっと読みづらいですね。よろしければ、こちらのページにアクセスしてみてください。
ナイフを紹介するメルマガのテキストなど、とても巧いなあと私は感じました。「切っても切ってもパンくずがでにくい! ちょっと試し切りをするはずが、買ったフランスパン1本全部切ってしまいました!」という描写に思わず笑いがこぼれます。
でも「安い」とは一切書かず
なんだ、百貨店業界の売り上げが芳しくないから、低価格の商品をアピールするという窮余の策に出たのか?
いや、違うと思います。
このメルマガでは、「安い」とか「お得」とかいった表現は、まず見当たらないんです。低価格であることで消費者の目を惹こうという感じでは全くないことに気づかされます。安い商品をもっぱら取り上げているのは事実なのですけれど、「楽しい」「面白い」という点が全面的に訴求されている。そこがとても興味深いところです。
その結果、「老舗の百貨店に、こんなものもあるの?」という驚きがもたらされ、来店頻度を高める効果を創出している。そういう話だと思います。
このメルマガ、「Yakkoの『鶴屋で発見!』」がスタートしたのは2016年といいますから、もう5年以上続けているわけですね。ここまで300回を超える配信数で、しかも商品の重複は原則としてないそう。300アイテム以上の商品を紹介し続けていることになる。
先に触れたように、メルマガの配信効果は目に見えてあるようです。例に挙げたペチパンツもナイフも、情報発信後に明らかに売れています。ちなみにメルマガの開封率はおよそ13%だそうです。この手のメルマガとしては高い比率といっていいでしょう。
そう聞くと、気になることがあります。毎週毎週、どんなスタッフ体制でこのメルマガを制作しているのか。外部ライターとカメラマンなのか。各フロアの売り場のスタッフが持ち回りで担当しているのか。そもそもYakkoって誰なのか。メルマガのための架空キャラクターで、実際には“中の人”が複数いるのか……。
「Yakkoさん」は実在していた
私は外部スタッフの仕事だと想像していました。そしてYakkoはあくまでキャラクターで、毎回の商品選択には複数の人物が携わっているのではないかと推測しました。メルマガでの原稿描写や画像、それにキャッチコピーがとても巧みであるから、これはプロの技だろうと思いましたし、毎週やってくる締め切りに対応するにはチーム体制の確立が必須に違いない、とも感じられたからです。
ただ、それにしては腑に落ちないところもあるんです。毎回のメルマガの雰囲気には統一感があり、商品の選び方にも筋が通っている印象。どういうことなのか。
取材してわかりました。Yakkoは実在しました。しかも、たった1人の女性社員。チーム体制ではなくて、販売促進部門に長く在籍しているYakkoさん(泰子さん)が毎週のメルマガ制作を担っているのでした。商品を決めるのに全フロアをくまなくめぐり、取材をして、撮影もして、キャッチコピーの制作から原稿作成まで、すべてを1人で進めているそうです。
ああ、だからこその統一感なのかと感じ入りました。そして、ここが実はすごく重要なところなのだとも思いました。メルマガにせよ、SNSでの配信にせよ、担当者の息遣いを感じられる内容であることが大切だからです。この連載の第23回で「道の駅 みそぎの郷 きこない」を取り上げていました。過疎の町でありながら、開業直後からスタートダッシュを見せた商業施設です。ここのFacebookページへの投稿は当時、初代のコンシェルジュが1人で担当していました。だからこそ、表現に統一感があったし、反応もかなりのものだったと聞いています。
見事だった「素人の戦法」
ここからはYakkoさんに話を聞きましょう。まずは、メルマガの制作で大事にしているところはどこですか。
「メールで送るコンテンツでの『最初のインパクト』ですね」
ああ、確かに……。配信を受けた消費者にそこからページにアクセスしてもらわないといけませんから、それは当然ですね。
「でも、素人ですから、なかなか難しい」
専業のライターやカメラマンでないという意味では素人なのでしょうけれど、それにしては、毎回強い印象を残すコンテンツだと思います。なにを意識しているのでしょうか。
「臨場感です。例えば画像でいえば、あえて人の手を入れ込んだりして、『どこかから提供を受けた写真ではない』と示すようにしています」
こういうところ、大事であると私も感じます。綺麗な画像である必要はむしろ全くないんです。リアリティこそが求められる。撮影にはもっぱらスマートフォンを使っているとのこと。では、キャッチコピーや原稿は?
「私、文章を読むのが大嫌いで……」
それは意外です。僭越な話ですけれど、記事を綴るのを仕事にしている私が読んで、すごくうまいなあと感じるほどなのですが。
だからこそ、『読まない人』がどうすれば読んでくれるか、そこを毎回考えています
具体的には、短いテキストで印象を残すように心がけているそうです。
「高校のとき、ノートにマーカーで文字に色をつけたりしていましたよね。あの感覚でコンテンツを作っています」
Yakkoさんによると、この「Yakkoの『鶴屋で発見!』」は、現在の会長(2016年当時は社長)の肝いりで始まったメルマガだそうです。始める際にYakkoさんが直々に任命され、言われたことは2つだけ。まず、「安い商品でいこう」ということ。これは先にお伝えした通り、百貨店にもこんな面白くて低価格の商品があるんだ、という驚きをもたらすためだったといいます。社長みずから、そうした発想を実行に移そうと動いたところが面白いと、私は感じました。ややもすれば、売り上げに大きく寄与しそうな高額商品を紹介したいと考えても不思議ではないですからね。もう1つは、「メルマガの記事や画像は、誰にも見せなくていいよ」という話だったそうです。
ああ、そこにもカギがあったのですね。通常であれば、こうした販促コンテンツは、多くの社員の眼を通してから発信されます。老舗百貨店ともなればなおのことでしょう。でも、先ほど綴ったように、メルマガは担当者の息遣いこそが肝心です。たくさんの社員の査閲(コンテンツの確認)を経てしまうと、そうした息遣いが削がれてしまいがちなんです。Yakkoさんはいいます。
「内容は偏っているかもしれません。Yakkoの眼で選んだものを伝えているのですから……。実際、私が購入して使っているものや、これ買いたいなあと感じたものを取り上げているんです」
ここも極めて重要ですね。各フロアの誰かからの推薦で選ぶのではなく、Yakkoさん個人が実際にお金を投じて手にした商品をメルマガで取り上げている。だからこそのリアリティだと思います。
「私がきちんと表現できるかどうか、も商品選択の基準にしています」
なるほど……。Yakkoさん自身の息遣いを伝えきれるかどうかを考えれば、そこは譲れない一線になりますね。各フロアから売り込みがあったとしても、なんでも受け入れていては、メルマガの統一感が崩れかねませんから。
確信があることが極めて大事
先ほどの「ワイドパンツのトイレ問題。」
「これ、実は売り場の男性社員からは『ついにメルマガで紹介する商品がなくなったのか』と笑われたんです」
あまりにニッチな商品だからでしょうかね。でもYakkoさんには確信があったそうです。
「女性には切実な問題なんです。メルマガで取り上げる商品が底をついたからでは決してなかった」
で、インパクトをもたらすために「ワイドパンツのトイレ問題。」と目立つように文字を配し、さらには先ほどの画像内にある、女性トイレを示すアイコンにワイドパンツを穿かせたマークを自分で作成したそうです。そこまでやったのですね。だからこそ、情報発信の直後に50着も売れたという話なのだと思います。コンテンツ作成では、こうした細部の作り込みへの意識は必ずや効果をもたらすというお手本のような事例とも感じさせますね。
原稿で気をつけていることはありますか。
「テキスト本文では、値段を入れないようにしています(画像内だけに表記)。楽しい、面白いということを伝えるのが優先ですから」
Yakkoさんの話をまとめます。まず、あえて安い商品に特化して、老舗百貨店によるメルマガとしての意外性をもって、楽しさをきちんと訴求する。でも、安いとは決して謳わない。お得なのではなくて、あくまで楽しい商品であるというところは絶対に崩さない。そして、コンテンツは「読まない人」を意識して作成する。さらには、商品描写のリアリティを追求するために、みずから買って使う。最後に……細部の作り込みに手間を惜しまない。
ひとつひとつは当たり前のように思えるかもしれませんね。でも、それらすべてを徹底して、しかも毎週続けるところに大きな意味があると、私は感じます。だからこそのメルマガ開封率であり、来店頻度や商品購入への効果をもたらしているのでしょうね。
メルマガとは別の話もしましょう。「すべてをやる」という話でいいますと、この鶴屋百貨店は、この「Yakkoの『鶴屋で発見!』」以外にも、興味深い取り組みを続けています。
「すべてをやる」からこその効果
鶴屋百貨店を訪れて、私が眼にしたものをいくつかここであげますね。
まず、10時の開店前から、来店客をフロア(売り場)の中にまで誘導しています。そこには椅子まで用意されているので、高齢の人など、座って開店時刻を待つことができる。これは、夏の暑さや冬の寒さをお客さんに我慢してもらわないように、との配慮と聞きました。
また、入り口のドアの取っ手には、冬の時期、社員が作ったハンドルカバーが巻き付けられています。寒い時期、取っ手の金属が冷たい、というお客の声に応えたそうです(ひとつ上の画像がそれです)。
紳士服フロアの一角を改装して、高級オーディオを備えた、かなり本格派のリスニングルームも設けています。鶴屋百貨店の会員は有料で貸し切れるそうですし、空いているタイミングでは、一般のお客も無料で入れるようにしています。妻が買い物している間、夫はここでクラシックを聞きながらゆっくりと待てるという話(すぐ上の画像をご覧ください)。
さらには、女性社員がドレスに着替えてイベントごとにコーラスを披露するグループを結成してもいるそうです。
こうした取り組み、個別に見れば、よその百貨店でもやっていそうなことです。でも、鶴屋百貨店は「すべてをやった」。だからこそ、結果として唯一無二といえるだけの独自性をもつことができ、ファンを獲得している。
百貨店というのは歴史のある成熟した世界ですね。それだけに、新たにやれることは限られているかもしれません。買い物をサポートするコンシェルジュも、少なからぬ百貨店が導入していますし……。でもこうして「すべてをやる」という姿勢の積み重ねがモノをいうのだと、改めて感じさせます。この連載でいいますと、第4回の花由の話に通じますね。もはや差別化など無理と思われていた花束の分野で、「すべてをやる」ことによって、独自性を獲得したという好事例でした。
百貨店という存在はそもそも…
Yakkoさんの話に戻しましょう。メルマガ「Yakkoの『鶴屋で発見!』」が目指すところはなんでしょうか。
ここに来たら楽しい。そう感じてほしい。それがYakkoの気持ちです
ああ、だからこそ、メルマガからネット通販ページに誘導するのではなくて、実店舗への来訪を促しているのですね。紹介している商品は基本的に、鶴屋百貨店の実店舗に行って入手できるものです。
製品・サービスの開発やプロモーションに迷ったときに大事なのは、「そもそも、その商品はどうあるべき存在なのか」に立ち戻ることだ、と私はいつも考えています。その意味でいいますと、百貨店とは本来、訪れたら心躍る存在であったはずです。
「そうです。百貨店は三世代で一緒に訪れても楽しいところなんです」
それをいまいちど伝えきるためのメルマガ配信であり、また、そのほか数々の取り組みであるのですね。
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