実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第83回)
自律開発力で攻め入ろう!(株式会社ケープランニング)
ちょっと前の話になりますが、香川の高松丸亀町商店街を取材したことがあります。郊外型ショッピングセンターの台頭によって全国各地の商店街が逆風に苦しむなか、この高松丸亀町商店街は見事に再生を果たしたことで知られています。
どのように再生を遂げたのかは今回省きますが、商店街の常務理事が語ったある言葉がいまも印象に残っているので、それをここでお伝えしたいんです。
「商店街に並ぶ店舗の2割でいいんです。2割の店に『商品を自律開発できる力』があれば、この商店街は元気を取り戻せる」
いや、その2割の店舗を確保することこそ難しいのでは?
「そんなことありません。コロッケが熱々の精肉店、おかずの盛り付けが大胆な食堂……そうしたケースだって、十二分に『自律開発力のある店』と言えるんですよ」
ああ確かにそうですね。さらに言うと、なにも自分で商品を作っている店に限ったことではなくて、たとえば酒販店が独自の目利きで隠れた銘酒を発掘して販売するというのだって、これまた自律開発力のなせる業です。実際、そうやって人気を得ている個人経営の酒販店は存在しますしね。
つまり、すべてのありとあらゆる業種で、とまでは言いませんけれど、商品を仕入れて売ったり、あるいは受注待ちが常であったりする事業者でも、やり方によっては商品の自律開発力を獲得することは可能かもしれない、という話です。
で、ここからが今回のテーマなのですが、紙のカレンダーです。このコラムの第39回でもカレンダーを取り上げていましたね。カレンダーの国内市場は1990年代前半がピークで、それからは年々2〜3%ずつ減っている。そして現在では、全盛期から見ると30%ほど縮小している。そう綴りました。ひとつにはデジタル化の影響、またひとつには法人需要(年末の挨拶で取引先に配布するような)の減少が要因でしょう。
そうしたなか、大健闘している商品があります。ページ冒頭の画像をご覧ください。これがそのカレンダーなのですが、いくつもの仕掛けがあるんです。
まさに「こうきたか!」の発想
まずは商品の説明をしてしまいますね。このカレンダー、その名を「himekuri」といいます。でも、見ていただいておわかりの通り、既存の日めくりカレンダーとはちょっと違います。横長の本体に日付が書かれた小さな紙が横に7つ並んでいますね。1週間分を一覧できるようになっている。
で、毎日めくっていくところは普通の日めくりカレンダーと一緒なのですが、この「himekuri」の場合、週ごとに異なる色合いになっているので、7日分の紙が並んでいても今日が何日かをひと目で認識できます。すぐ上の画像のような感じです(この画像でいいますと、「今日」は2月3日木曜ということ)。
そしてここからが大事な部分です。日付を示すこの小さな紙なんですが、その日が来たら剥がして捨てて終わり、ではない。1枚1枚が付箋になっているんです。紙の上部にノリが付いている。だから、剥がした付箋をなにかに使えるんです。なにに? たとえば、手持ちのノートに貼り付けて日記帳のようにして、今日あったできごとを綴るですとか、食材のパッケージにくっつけて購入日を忘れないようにするですとか……。
ああ、この手があったか!と感じ入りました。
年間3万個がさばけるほどに…
この「himekuri」を開発・販売するのは、東京・文京区にあるケープランニングという中小企業です。同社は紙の卸業であり、代表はこのほかに印刷業も営んでいます。
絵柄の異なる7種類の「himekuri」シリーズの販売価格は2090円からと、決して安くはありません。それでも年間3万個がさばけていると聞きます。2017年に第1号商品を出した当初は2000個もいかない程度だったといいますから、かなりの急伸長をみせていることになります。しかも、すでに海外にも輸出していて、2021年は13の国と地域に打って出たそうです。代表はいいます。
「最初から海外市場は狙っていました。だから『himekuri』という商品表記にしたんです」
それにしても、どのような経緯でこのような商品を世に送り出した?
「紙卸と印刷の両方に携わってきましたから、なにかを『つくる』ことはできるんです。ないのは『アイデア』だけでした」
代表は2015年にデザインコンペを催します。50ほどの応募があり、そのなかの1人のデザイナーが出してくれたのが、「himekuri」の発想でした。
でも……実際に商品化することへの不安はなかったのでしょうか。
「市場は縮小しているわけですから、不安はもちろんありました。でも、このかたちの日めくりカレンダーは存在していなかった。だからこそ挑みたかった」
人気ブランドとのコラボに挑む
この「himekuri」、年間3万個が売れるようになるまでに、ケープランニングは矢継ぎ早に手を打っています。紙卸であり印刷業も手がけている代表がみずから商品を編み出して販売し続けるためには、やみくもに製造するだけではいけないという話ですね。
まず2016年、展示会に出展しました。いい反響を得たのですが、来場者からは「せっかく365枚もの付箋を使うのだからモノクロ印刷ではもったいない」との指摘を受けます。
「印刷業に携わっているので、カラー化すること自体はたやすいことです。でも、売れなかったらどうしようとの思いもあった」
もともと値段は安くないですし、さらにカラー印刷となればコストはもっと増えます。そこで代表は2017年、クラウドファンディングに臨むことを決めます。一般の消費者の反応をまずは見定めようということですね。すると……。
「目標額を50万円に据えたのですが、公開から21時間で突破しました。最終的には約151万円、466人からの支援を得られたんです。この466人の存在が、開発を後押ししてくれました」
そして……。「himekuri」のラインナップをここから強化していきます。人気を支えているのは、シリーズのなかでも「文房具」と「スイーツ」だそう。
「文房具」は、大手どころのメーカーやブランド40社ほどの協力を得て、人気の文具を1枚1枚イラストに描いています。
「コンセプトは『文房具業界を盛り上げる』ことに置きました。それを各社に説明したら、1社残らず無料で協力してくれたんです」
「スイーツ」は、都内近郊のカフェや全国の取り寄せスイーツを扱うショップ、20店舗ほどの人気商品をイラスト化したもの。こちらもすべて無料での協力を取り付けたそうです。
興味深いのは、各社がよく承認したなあというところです。文房具にしてもスイーツにしても、協力しているそれぞれのメーカーやブランドにすれば、たくさんのライバル商品と一緒にひとつのカレンダーに収まる格好になるわけだから……。それでもすべてのメーカーやブランドから快諾を得たというのは、前回の保存食セットの話にも通じますね。ハナから「そんなこと、きっと無理だろう」と諦めないのが大事ということかもしれません。
カレンダー要素にプラスαを
この「文房具」「スイーツ」にはそれぞれ、ブックレットが付属しています。付箋を毎日剥がしたあと、このブックレットに1枚ずつ貼っていくと、最後にはコレクションが完成するという仕組みです。これが大当たりした格好。ブックレットは、付箋を貼るスペースがただあるだけでなくて、それぞれの商品の説明なども書かれており、あとからページをめくる面白さもそこに付加されています。
つまり、めくったら終わりではなく、また、日付の刻まれた付箋を活用するというだけでもなく、コレクションする楽しさをそこにもたらしたわけですね。見事な発想であると、私には感じられました。もともと文房具にもスイーツにも根強いファンがついています。そこをちゃんと意識できたからこそ、こうした独自性ある日めくりカレンダーを生み出せたのですね。その結果……。
「リピート購入してくれる人が50%を優に超えたのは驚きでした」
リピーターが多くついてくれていることで、先が読めます。どれくらいの製造体制を次にとるべきかを判断しやすい。そこもまた大きなポイントかと思います。
つくるのは実に難しいが…
この「himekuri」、代表に言わせると、製造する手間は結構なものなのだそうです。ちょっと考えてみればわかりますね。365枚すべての絵柄が異なる付箋を、曜日ごとにきっちりと重ねていき、それを本体に固定しなければなりません。そこが普通の日めくりカレンダーとは大きく違うところです。ちいさな商品ですけれど、紙の調達から印刷、加工、完成まで、13社ほどが関わっているといい、しかも手作業を余儀なくされる工程もあるらしい。
「輪転機を使って力技でつくれるカレンダーではないんです」
なぜそれでも販売に踏み切ったのか。
「これまで、紙卸としても印刷業としても、商品づくりの上流から下流までのごく一場面にしか、私たちは携われていなかった」
そうなると、どうしても利益を確保することは厳しくなりますね。しかも、紙印刷の需要は先行き不透明という側面もあります。
「だからこそ、私たちのような業種であっても、上流までさかのぼって自律的に商品開発し、みずから値段をつけられるように、仕事の幅を広げないといけない」
ここで「自律」「開発」という言葉が出てきましたね。紙卸や印刷というのはまず相手あっての商いです。そこを大事にしつつも、一方で、自律的に商品をつくり上げ、勝負に挑まないと先はないかもしれない。ケープランニングの決断は、そういう背景があってこそだと思います。コロナ禍で各種イベント需要が落ち込み、当然のことですがその余波は印刷業界にも及んでいます。同社がいち早く商品の自律開発に着手していたことで、その影響は最小限に食い止められたともいえます。
流れのなかで仕事が『来る』のを待つだけではなくて、自分たちで仕事を『つくる』という意識で、『himekuri』を完成させたんです
紙のカレンダーにも可能性はある
重ねて言いますと、商品展開の妙も見逃すことのできない要素ですね。
「himekuri」の発売当初、その中心購買層は女性だったそうです。日記を手書きで綴るときに、この付箋を貼り付けることに楽しみを見出してくれるユーザーは、ほぼ女性層でした。割合にして購入者の95%が女性。
「では、それ以外の人にどう振り向いてもらうか。それを考えて、付箋をコレクションするという『文房具』や『スイーツ』のラインナップ化を急いだんです」
そこにはもうひとつの狙いもありました。こうした「文房具」などのコレクション型の商品が、さらに新しい協業先を発掘するための有力なツールにしたいという話。たとえば、芸能人のファンクラブ向けのカレンダー製作(365枚のパターンをカレンダー化する)など、すでに実際に請け負ったそうです。
こうした事例を聞くと、「himekuri」はカレンダーでありつつも、カレンダー“プラス”というべき要素を取り込めているからヒットしたのだと理解できます。いろいろなジャンル(商品だけでなく人物でも)と連携していけば、ファングッズとして成立しますからね。しかも、このかたちなら、スマホ全盛時代であっても、紙のカレンダーとしての魅力を存分に発揮できる。
第39回で取り上げたトーダンの商品は「そもそもカレンダーとはどうあるべきか」という原点に立ち戻ったことでロングセラーとなりました。一方、今回のケープランニングの「himekuri」は「既存のカレンダーになかった要素とはなにか」を考察するところから開発が始まっているところが面白い。もちろん言うまでもなく、どちらの思考もありですよね。
私たちはちいさな会社です。大手と同じことをしていたら戦えません
やはり、自律開発力の磨き上げというのは、苦しい状況でこそモノを言う大事な要素だなあと感じました。

北村 森
商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)
PROFILE
富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。
月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分
析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっ
ている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」
(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。
中日新聞/東京新聞「北村森のモノめぐり」、NTT東日本「経営力向上ラボ」、
家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地
方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」な
ど、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。
ANA国内線「北村森のふか堀り」監修
経済産業省 北海道経済産業局 地域ブランド創出支援事業 チームリーダー
特許庁 地域団体商標広報企画 ワーキンググループ委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)
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