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実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第81回)

真の危機はいつ訪れる!?
(南砺市観光協会と地元観光業界)

真の危機はいつ訪れる!?(南砺市観光協会と地元観光業界)

今回は私自身が携わっている案件を綴ること、お許しください。地方の官民連携プロジェクトの話なのですが、いま皆さんにその意味をお伝えすることが大事と思ったのです。

北陸・富山県に南砺市という地域があります。世界遺産の合掌集落がある里山で、新型コロナウイルスの感染拡大以前は、国内外からたくさんの観光客が訪れていました。でも、昨年(2020年)からは、言うまでもありませんけれど、客足はかなり途絶えています。

南砺市と南砺市観光協会は、この状況をもちろん深刻に受け止めていました。そして今年度(2021年度)、「南砺の宿ブラッシュアップ事業」を立ち上げることを決断します。

今年度に入ってまもない時期に、私のもとに観光協会から連絡が届きました。この事業のエグゼクティブ・プロデューサーに就いてほしいという依頼でした。大層な呼称ですが、要するに、南砺の観光業界(ホテルや宿、飲食店、お土産物店など)の生き残りに向けて、なんらかの知恵を出し、さらにはアイデアを形にするための実践に向けて走って汗をかけ、という話ですね。

私、最初はちょっと躊躇しました。これまで地方の官民連携プロジェクトに数々参画してきましたが、途中で迷走しそうになったり、最悪ではプロジェクトが瓦解してしまったりというケースに、たびたび出逢っていたからです。私なりの分析による、それらの理由は、後ほどお伝えしましょう。

危機は、いまじゃないんだ!

真の危機はいつ訪れる!?(南砺市観光協会と地元観光業界)

でも私は、この「南砺の宿ブラッシュアップ事業」のプロデューサー役を引き受けることを決めました。なぜか。観光協会の専務理事が真っ先に語った言葉に、深くうなずけたからです。

「本当の危機は、いまでは決してないんですよ」

専務理事はそう言います。えっ?コロナ禍で逆風をもろに浴び続けている現在こそが危機ではないのか、と私などは考えていたわけですが……。

「確かに現在、全国各地の観光業界は苦しんでいます。だけれども、地元自治体が割引クーポンを発行するなどして、地域内の消費者がなんとか観光業界を支えている状況にはあります。でも、ですよ……」

でも。なんなのでしょうか。

「この先、コロナ禍は必ず収まるでしょう。するとどうなるか。大半の消費者は、ご自身の暮らす地域の外に目を向けるはずです」

ああ、確かにそうですね。国内の人気観光地にこぞって向かうばかりでなく、ずっと我慢していた海外旅行にもきっといくでしょうね。

「しかも、コロナ禍が収束すれば、政府や自治体による割引施策は当然なくなります。すると、見た目のうえで宿泊料金や食事代金は高くなる。ここまで逆境に耐えてきた観光業界にしてみれば、それぞれの事業者の自助努力で値下げするなんて無理です。そうなれば、事業が存続できなくなります」

そういうことなんですね。つまり、観光業界にとって、これまでの状況すら超えるような真の危機に、アフターコロナの段階で見舞われる、と……。

だからこそ、いまこの段階で、地域の宿や飲食店が体質の強靭化を図らないと、もう間に合わないんです

観光協会の専務理事の力説に、私はとても共感しました。それで、今回の案件を引き受けたんです。

一過性のイベントでは効果薄だ

真の危機はいつ訪れる!?(南砺市観光協会と地元観光業界)

「南砺の宿ブラッシュアップ事業」を先導するにあたって、観光協会と私は3つの指針を定めました。まず1つめ。

「一過性のイベントを組んだり、インフルエンサーと呼ばれる情報拡散力の強い人物に頼ったりするのはやめよう」

どうしてか。今回のプロジェクトは、5年先、10年先を見据えたものでないといけないからです。だとすれば、瞬間風速的な効果の大きさというのは、あまり関係ないのですね。地域に根づく観光関連の事業者が、ずっと長く戦える態勢を築くことこそが求められていると言っていいでしょう。

具体的にはどう考えたか。

「特定の宿や飲食店だけが潤うようなプロジェクトにはしない」

ここ南砺には、ミシュランガイドで星のついたオーベルジュから、ちいさな古民家を生かした民宿まで、数十軒の宿泊施設があります。それらすべてが、ちゃんとこのプロジェクトの意義を理解してくれ、、なおかつ効果を感じてもらえるようにしないといけません。

温度差をしっかりと埋めつつ…

真の危機はいつ訪れる!?(南砺市観光協会と地元観光業界)

2つめの指針は……。

「地域にある観光関連の事業者の間にも、市や観光協会の間にも、絶対に温度差を生まない」

この温度差というのが、地域おこしプロジェクトでは本当にやっかいなんです。とりわけ今回のような官民連携の案件では、ステークホルダー(直接の利害関係者)がどうしても多くなるため、掛け声をかけても、そっぽを向かれるばかりか、反発を受けるケースもしばしば起こります。そして、ステークホルダー間に、埋めがたい温度差が生じて、プロジェクトが迷走し始め、最後にはゴールにたどり着く前についえてしまう。そういう事業が少なくないんです。

では、温度差を埋めるにはどうするべきか。これには特効薬のような効きめのある方策というのはまずなくて、とことん地道にステークホルダーと顔を突き合わせて説明を重ねるしかないというのが、私の考えです。さらに言うなら、「順番と道義を間違えない」ことでしょうか。古くからの文化・風土が根づいている地域には。キーパーソン(地域の顔役という人物)が必ず存在しますから、誰になにをいつ伝えるか、その見極めを誤らないことです。

もう少しだけ、大事と思うことを加えるとすると……。

ときには、プロジェクトリーダーが温度を下げることも必要かと思います。今回で言えば私がその立場にあるわけですが、理想だけを掲げ続けるのではなくて、状況によって私が温度を下げる、つまり、この地域でできることとできないことをきちんと峻別して、「理想と現実のはざまで、ぎりぎりの答えを見いだす」作業が大事になってきます。そうしないと、地域の人がついてこられなくなる。

あと一点、私自身が肝に銘じたことがありました。

それは、誰かにしわ寄せがいかないこと、です。こうした地域おこしプロジェクトには、少々の無理はつきものではあります。無理を覚悟しないプロジェクトにはまず、人がおっと振り向くような面白みも驚きも伴わないからですね。しかしながら、その面白みや驚きを創出することを目指すあまり、特定の事業者、行政、あるいは私に、耐え難いような無理が覆いかぶさってはいけないんです。なぜかというと答えは明快です。誰かに無理を強いるようなプロジェクトは長続きしないから。しかも、私はいつかこの地域からいなくなるわけです(契約は今年度いっぱい)。旗振り役である私が抜けた後も、プロジェクトは続かないと意味がない。そのためには、どこかにしわ寄せがあってはならない、というのが、こうした事業での重要なポイントと思います。

みんながちょっとずつ、あくまで可能な範疇で無理を引き受け、そして持続させる

これが肝要という話です。

いま、ここにあるものを使う

真の危機はいつ訪れる!?(南砺市観光協会と地元観光業界)

最後、3つめの指針はなにと定めたのか。

「『厚化粧、急ごしらえ、必然性なし』の企画には決してせず、すでにここにある素材を生かしきろう」

これ、20年近く前のご当地B級グルメブームのころから、気になって仕方なかった問題なんです。B級グルメの妙味というのは、ごく自然な経緯から地域に根づき、歳月を経て固有のものになったからこそ生まれるものだと私は思います。富士宮やきそばも、八戸のせんべい汁もそうでしょう。ところが、ブームに乗っかろうとして、各地でB級グルメを「つくりだす」という流れができてしまった。で、そうした「つくリだしたB級グルメ」がその後どうなったかといえば、もうほとんどが廃れているという事実があるように、私の目には映っています。

今回の「南砺の宿ブラッシュアップ事業」で私が担う大きなミッションは、「瞬間風速的にいっときの話題をさらって終わるのではない、何年間も長く持続する宿泊プランの策定」でした。

個別の宿や飲食店それぞれに具体的なアドバイスをおくるという役目を果たしつつ、観光協会が長きにわたって販売する宿泊プランを企画立案するのが、私に課せられた仕事です。

では、私は、ここまでの3つの指針を踏まえたうえで、どんな宿泊プランを提案したのか。

2連泊で酒に浸りまくる企画を

真の危機はいつ訪れる!?(南砺市観光協会と地元観光業界)

「南砺で2泊してもらって、夜だけではなくて、朝も昼も酒に浸れるというプランにしましょう」

私はそう提案しました。

最初は、南砺の人たちから、相当に驚かれました。この地域には豊かな自然も、歴史ある文化もあります。先に触れたように、世界遺産に登録されている合掌集落が存在しますし、熊や猪といったジビエや山菜など、山の幸にも事欠きません。また、寺社仏閣にも見応えがあります。そういった素材があるのに、どうしてまた酒なのか、と……。

いや、それらはすべて魅力をたたえたものであると、私も感じています。けれど、「豊かな自然、歴史ある文化、美味しい山の幸」という話で、全国各地の消費者に対してどこまで訴求力をもちえるか、私は確信を得られませんでした。だって、そんな話、全国津々浦々、どこでもアピールしている要素ですからね。

いや別に、よその地域との差別化を図ろうとしたわけでは全くないんです。そもそも地域おこしや地域産品において、他地域との差別化にこだわると、袋小路にはまるだけと考えているくらいですからね。以前もこのコラムでお話ししたように、よそとの差別化を気にすることなく、「これが、うちの唯一無二だ」と言い切る姿勢こそが肝要なんです。唯一無二と断言する覚悟が大事、と表現してもいい。

醸造酒から蒸留酒までが揃う里山

真の危機はいつ訪れる!?(南砺市観光協会と地元観光業界)

この南砺で、「2連泊で酒に浸り続ける」理由はちゃんとあります。クラフトビールの草分けと言っていいブルワリーは大都市圏にも確固たるファンを築いています。また、日本酒の蔵は3つも歴史を刻んでいる。近年誕生したワイナリーは早くも評価を集めています。さらに、来年(2022年)には、世界初のジャパニーズウイスキー専門のボトラーズも立ち上がる予定です。その話は、連載の70でお伝えしていましたね。

ということは……人がここ南砺を訪れたなら、醸造酒から蒸留酒まで、6つにもわたる作り手のお酒を堪能できるというわけです。こんな楽しい話はない、というのが、私の提案理由でした。

「で、南砺のそうした酒は、よそに比べてどこまで美味しいの?」「よその地域にも醸造酒と蒸留酒をともに楽しめるところはあるんでは?」という疑問は、乱暴な表現をお許しいただければ、もうどうでもいいんです。南砺に来ればこれらがあります、でいい。差別化の意識よりも、言い切る姿勢こそが大事というのはそういうことです。

ありがたいことに、第1回のキックオフ会議には、6つの蔵の代表がすべて集まってくれました。その直後から、私は南砺全域の宿やホテルに顔を出し、直接にプロジェクトの説明を続け、さらに飲食店も巡っています。2泊3日の旅ということは、2日めの昼をどの店で食べるか(飲むか)はとても重要なカギになりますから。また、地元タクシー会社の代表とも話し合い、2日めの移動に高級ワゴンタクシーを用意してくれることにも合意しました。

地域のなかで新たな発見も続く

真の危機はいつ訪れる!?(南砺市観光協会と地元観光業界)

プロジェクトを進めていくなかで、これまでさほど連携が密でなかった宿のご主人と酒蔵との対話も始まっています。

私が興味深かったのは、料理が美味しいことで知られる一軒の宿の話でした。この宿、山の幸に彩られた朝ごはんの評価がもともと高くて、「料理を並べると、お客さんから『こういう献立なのなら、ビールを持ってきて』という声が以前からしばしば聞かれるそうです。

そこで、地元のクラフトビールのブルワーに、私が尋ねてみました。「山の朝ごはんに合うビールってなんでしょう」。すると、このブルワーは即答でした。「黒ビールでしょうね」。私はてっきり、ごくあっさりとしたビールを勧めてくるかと思ったら、そうではなかった。ブルワーはいいます。

「定石通りとでもいうようなあっさりめのビールを、もし南砺の朝ごはんに合わせて提供したら、きっとお客は『うん、美味しいね』と軽くうなずくくらいの話で終わるはずです。でもそれではいけない」

だからこその黒ビールなんですか。

今回のプロジェクトでは『えっ?こうきたの!』とびっくりさせ、10人のうち半分程度の人が深い印象を心に刻んでくれる、というところを狙わないと

ああ、これは今回の「南砺の宿ブラッシュアップ事業」全体にとっても、きわめて大事な指摘だと、私には強く感じられました。まずまずのライン、ではなくて、たとえ万人受けはしなくとも「こうきたのか!」という驚きをもたらすことこそが肝要ということですね。

実際、南砺の朝ごはんと黒ビールって、思わぬほどにぴたりとはまります。野趣あふれる食材を受け止め、楽しさを増幅させるんですね。この一軒の宿では、朝から黒ビールを提供することが決まりました。こうした発見を、南砺の人たちと手を携えながら続けていきたいと考えています。

最後に……。観光協会の専務理事(すぐ上の画像の左側の男性です)はこう力説しました。

「これまで行政の施策には、半信半疑という事業者が少なくなかった。すぐに方針転換するケースもあったからです。でも今回は手応えを感じています。それは、それぞれの事業者と私たちの間で、危機感と本気度をしっかりと共有しつつあるからでしょう」

酒に浸りまくる2連泊のプランは、来年春のリリースを目指しています。

北村 森

北村 森

商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)

PROFILE

富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。

月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分
析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっ
ている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」
(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。

中日新聞/東京新聞「北村森のモノめぐり」、NTT東日本「経営力向上ラボ」、
家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地
方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」な
ど、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。

ANA国内線「北村森のふか堀り」監修

経済産業省 北海道経済産業局 地域ブランド創出支援事業 チームリーダー
特許庁 地域団体商標広報企画 ワーキンググループ委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)

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