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実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第75回) 

商品を「再定義」してみよう!
(有限会社エニシング)

商品を「再定義」してみよう!(有限会社エニシング)

時代の変化にあらがえず、役目を終える商品というのがあります。また、完全に消え去るというほどでなくても、存在感を失っていく商品もあります。
別の新たな商品にほぼ取って代わられるものも、どうしても出てきますね。例えば、1990年代前半までは人気だったポケベルなど、その後、PHS(覚えていますか?当初は簡易型携帯電話と呼ばれたシステムでした)や携帯電話に呑み込まれていきました。こうした盛衰、ある程度は致し方ない側面があります。

でも、すべてがすべて、そうとも限りません。もう時代遅れだと、当の業界内の人たちも諦めているような商品が、なにかの拍子に息を吹き返すこともあるんです。今回はそんな話をお届けしましょう。

前掛けなんです。かつては、酒販店や青果店で立ち働く人たちが当たり前のように着けていた、分厚い布でこしらえた、あれです。

のちほど詳しくお話ししますけれど、日本で唯一残っていた前掛けの生産地の人たちですら、もうこの業界に先はないかもと考えていたらしいのですが、実はいま、意外なところで売れているんですね。
順番にお伝えしていきます。

いったいどこが生産地なのか

商品を「再定義」してみよう!(有限会社エニシング)

東京に本社のあるエニシングは、2000年代のはじめに設立された中小企業です。大手食品メーカーから独立した社長は当初、独自のロゴ入りのTシャツを企画・販売を続けていました。
同社は2004年ごろから、Tシャツと並行して、細々とながら前掛けもネット通販のラインナップに加えていきました。都内の問屋に前掛けの取り扱いがあるのを目にして、これは面白いかもと仕入れたのがきっかけだったといいます。つまり、現在に至るまでのそもそもの発端は、ふとした程度のものだったのですね。ところが……

ネット通販で前掛けが売れる数量こそ微々たるものでしたが、購入したお客からお礼のメールが舞い込むケースが意外にあることに、社長は気づきます。しかも、主力商品のTシャツ販売での反響とは、お礼の熱量が違うように感じられた。

「おそらく当時は、前掛けのネット通販がまず他に存在していなかったからなのでしょうね」

社長はここで考えます。

「それはすなわち、世の中では『前掛けの需要などまったくない』と思われていたということでしょう」

でも実際には、前掛けを探し求めている人は、少数ながらいるんだと社長は確信したわけです。では次になにをしたのか。

「こうなると気になります。前掛けって、そもそも国内のどこで生産されているのか」

エニシングは都内の問屋で前掛けを仕入れていたわけで、製造元と直接つながってはいません。問屋に生産地を尋ねても、あいまいな答えしか返ってこなかった。社長は仕事の傍ら、前掛けの産地っていったいどこなのか、探しに探します。伝手をたどり、1年半ほどの間、いろいろと調べてまわるうち、2006年になってようやくそれが判明します。京都の染物屋さんが「愛知県の豊橋に、前掛けを織っている人がいるよ」と教えてくれました。

「この豊橋が、前掛けの唯一の産地として残っていたんです」

どうして唯一と知ったのでしょうか。

「豊橋に職人がいると聞いて、その週のうちに会いに行ったからです」

職人に話を聞いて、もう豊橋にしか前掛け生産の拠点が残っていないことがわかりました。社長が手に携えていった前掛けを見た職人が「ああ、これも俺が織った前掛けだよ」と語っていたそうです。

職人ですら、将来を諦めていた

商品を「再定義」してみよう!(有限会社エニシング)

豊橋の前掛け職人は、こうも言っていました。「見てのとおり、俺たちはもう高齢化している」「この代で、前掛けづくりは終わりにしたいと思う」。
社長は思わず、職人にこう聞いたそうです。

「そうなったら、前掛けは日本からなくなってしまいますよね」

それに対して職人は「畳、障子、あるいは足袋……。廃れていくものはたくさんある。世の中のそんな流れを考えたら、前掛けも同じだ。仕方ない」。
豊橋から帰京する夜のこと。帰路の新幹線の車内で、社長は、同行していた部下と議論を交わしたといいます。

「たとえ少ない人数にすぎなくても、前掛けをネット通販で購入してくれるお客がすごく喜んでいる、という実感があったんです。だったら、私たちが、前掛けの業界でなにかをなせば、喜んでくれるお客はもっと増えるのではないか」

ここで社長は決断しました。Tシャツ店の看板を完全におろそうというものでした。

「日本で唯一の前掛け専門店と謳おう、という判断です」

なんとか残っている豊橋の職人と手を携えて、前掛けの文化を残そうと考えたのですね。でも、その決断は豊橋の人たちに強く否定されます。「こんな古いもの、売れるはずがない」「ジャンパーなどならまだわかるが、前掛けなどに人が振り向くはずがない」というふうに……。
社長は、お客が望むオリジナルのロゴをあしらった前掛けを、それも1枚単位で注文受付したいと考えていました。しかも値段は1枚のオーダーであっても6000円程度とする。そこに勝算があると踏んだわけです。

「でも、やっぱり豊橋の職人には理解してもらえませんでしたね。『前掛けなんて、豊橋では1枚1000円ほどだぞ。6000円は高すぎる』『おまえら、ちょっと世間知らずだぞ』とも心配されました」

当の職人たちからそこまで言われてまでも、なぜ「日本で唯一の前掛け専門店」の立ち上げにこだわったのでしょうか。

「確信がありました。必ずや、お客は喜んでくれる、と」

月に10枚しか売れない…

商品を「再定義」してみよう!(有限会社エニシング)

社長は、周囲の反対を押し切って、前掛け専門店をネットで開設する準備を進めます。そしてオープン。さあ、答えはどう出たのか。

「月に10枚程度しか売れませんでしたね。経営としては大赤字です」

確かに、16000円ほどの商品が月にわずか10枚では、早々に立ちいかなくなるのは目に見えています。社長はここから動きます。

「ニューヨークに飛びました」

いきなり海外。それもニューヨークですか……。

「日本食を出しているマンハッタンのレストランなどに、一軒一軒飛び込み営業をかけました。幸い、英語は多少できたので」

結果はどうだったか、前掛けのサンプルを相手に手渡していったのが功を奏したのか、飛び込み営業をかけたうちでわずか1社だけだったとはいえ、6枚の受注にこぎつけられました。
150ドルという値づけだったので、売り上げは300ドル。これを成果と見るか、そこまでの結果ではなかったと見るか……

「これは、のちのちにつながる300ドルだったと思っています」

どういうことか。6枚を購入してくれたのは、レストランではなくて、ニューヨークで日本人向けのフリーペーパーを発行している出版社だったんです。で、この出版社がフリーペーパーをレストランや食材販売店に配布しに行く場面で、エニシングの前掛けをまとってくれたのだそうです。

「そこからの動きは急でしたね。日本食を扱う大手専門商社から声がかかったり、レストランからのオーダーがきたり、展示会への出店依頼が届いたり、という感じでした」

「楽しむもの」に変えたから

商品を「再定義」してみよう!(有限会社エニシング)

肝心の国内ではどうだったのか。

「早い時期から東急ハンズが取り扱ってくれたり、メディアが取り上げてくれたりしたことが重なり、当初こそ大苦戦でしたけれど、着実に売り上げを伸ばしていけました」

月にわずか10枚しか捌けなかった当初に比べると、現在では実に100倍の売り上げにまで育つことができたそうです。売り上げ比率は国内7割、海外3割といいますから、思い切ってニューヨークに向かった行動には意義があったと見るべきでしょうね。
それにしても……。豊橋の職人ですら「もう廃れていくしかない」と考えていた前掛けを、ここまで復活させられたのは、どこに理由があるのでしょうか。

ひとことで言うと、前掛けを『道具』から『楽しむもの』に変えたからです

ああ、そういうことですか。前掛けという商品の再定義を、まさに進めたということですね。そもそもどんな商品かを見直し、そこに潜む可能性を掘り起こし、しかもきちんと伝えきった、という話ですね。
具体的には、まず1枚からのオーダーを可能にしたこと。しかもお客が望むロゴをあしらってくれるようにしたこと。それによって、ギフト商品としてのニーズにはっきり応えられる存在として訴求できたということでしょう。

お客は、贈る相手のことを考えながら、どんなロゴやテキストを前掛けにあしらってもらうか、時間をかけて思いを馳せます。エニシングはそれを受け止めて、2〜3週間でオリジナルの前掛けを完成させ、お客に届けます。

「あるお客からは『どんな高価な万年筆よりも相手に喜んでもらえた』とまで言われました。つまり、うちの前掛けの場合には『贈る人が相手のことを考える時間』もプレゼントの一要素になりえるんです」

ニッチな商品分野でありながら、お客のリピート率がいまでは30%台後半らしい。そして、(プレゼントに心を砕く層が少なくない)女性のお客が目立つともいいます。ギフト商品としての位置づけを確立しつつあるということだと思いますね。

新工場まで建ててしまった

商品を「再定義」してみよう!(有限会社エニシング)

エニシングをめぐる話でさらに興味深いのは、ここからです。2019年、同社は豊橋に前掛けづくりのための新工場をつくってしまいました。ゼロからの立ち上げで、費用は1億円をかけたそうです。

「市役所からは『繊維業で建築確認申請を出してきたのは、豊橋では55年ぶりです』とびっくりされました」

それはそうでしょう。国内の織物工場は厳しい競争下にさらされ続けており、奮闘している一部の事業者を除けば、余力はさほどないでしょうからね。でもまたどうして、わざわざ自前で工場を建てたのか。これまでどおり、他の工場がつくった前掛けの仕入れに徹する手もあったのでは?

「このままでは、若い人が繊維工場に来ないと考えたからです」

だからこその新工場なのですね。このページの3枚目の画像からはどれも豊橋の工場で撮影したカットです。確かに若いスタッフたちが仕事に精を出している姿が印象的です。そして、工場の建屋そのものもまた若々しくて、ちょっと大げさに言えば、この業界の将来性をも感じさせます。
面白いのは、真新しい建屋の中で稼働している織機はすべて年代物なんです。いちばん古いものは1917年製、最も新しいものでも1949年製と聞きました。太い糸をやわらかな風合いに織り上げるには、古い織機のほうが向いているため、豊橋にあった工場などから譲り受けたそうです。

「世界的に見ても、ここまで古い織機が現役で稼動しているのは珍しいそうで、前掛けづくり以外でも、織りの注文が北米などから舞い込んできました」

ああ、そういった波及効果までも、この新工場はつかめているのですね。でも……小さな会社が工場まで所有するのは大変なのではないでしょうか。

「このコロナ禍でも通常稼働です。ここまでまったく休止していません」

前掛けの意義も訴求する

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社長は最後にこうも語ってくれました。

「前掛けというのは元来、骨盤を締めて身体を守るものなんですね。そして同時に、まとう人に心地よさをもたらしてくれるものでもある」

立ち仕事には格好の1枚なのですね。ただ単にノスタルジーを誘う存在ではなくて、機能的な意味合いもちゃんとそこにあるという話。

「そうなんです。そこを海外でも説明し続けています」

エニシングの取り組みから学べるのは、「なかった需要をそこにつくりあげた」経緯にあると、私は思います。前掛けそのものの基本的なつくりには手をつけず(時代に媚びたりしているわけではない)、でも売り方は変えた(1枚単位で、ロゴまであしらってもらえる)。その結果、その商品を買う意味を多くの人が見いだせたわけです。別の表現をするなら、何を変えて何を変えなかったか、その峻別が明確だったとも言えますね。商品の再定義とは、つまりこういう話でしょう。

前掛けを知らなかった人に、この存在を伝え続けたからこそ、いまの状況があると考えています

各地の地場産業にはまだまだ復活の目があるのかもしれない。そう感じさせた取材でした。

北村 森

北村 森

商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)

PROFILE

富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。

月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分
析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっ
ている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」
(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。

中日新聞/東京新聞「北村森のモノめぐり」、NTT東日本「経営力向上ラボ」、
家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地
方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」な
ど、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。

ANA国内線「北村森のふか堀り」監修

経済産業省 北海道経済産業局 地域ブランド創出支援事業 チームリーダー
特許庁 地域団体商標広報企画 ワーキンググループ委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)

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