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実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第74回)

「開発費」だと踏まえる勇気!(SHOKURO)

「開発費」だと踏まえる勇気!(SHOKURO)

中小事業者の事業承継の大変さについて、私などが軽々しいことは言えません。そこにはさまざまな困難が伴うと推察するばかりです。
ただ、ハードルを乗り越えながら事業承継を進めることのできた一事例を、皆さんにご紹介するのは可能かと思います。今回の話の舞台は農業です。新潟でイチゴ栽培と稲作に携わる一軒の農家に話を聞いてきました。

なぜ、その農家を?
いまも現役である父親が作付面積を広げつつ、栽培法の研究を余念なく続けて、ひときわ高い評判を得るほどの農作物を世に送り出していた。息子は学校卒業後、家業を手伝ってはいたものの、このまま農業を継いでいいのかと10年以上悩んでいた。しかしその後、息子は農業経営に本腰を入れ、ここ23年で年間売上高を15%も伸長させた。そういう話の経緯をお伝えしたかったのです。

もともとは山倉ファームという名前だったのですが、息子は屋号をSHOKURO(ショークロ)に変えました。そして、育てた農作物の販路を見直し、マーケティングを実践し、六次産品の開発にも着手しています。その結果の「売上高15%増」であるわけですね。

山倉ファームがSHOKUROと屋号を改めるまで、どのような道のりを経てきたのか、整理していきましょう。SHOKUROの代表を現在務める息子へのインタビューを通して、親子間での事業承継のありようの一端をお伝えできればと思います。

父の偉業を意識しつつも…

「開発費」だと踏まえる勇気!(SHOKURO)

SHOKUROの代表は、農業高校から農業大学校に進み、家業に入りました。そこまでは本人も当たり前のことと踏まえていたそうです。エスカレーターに乗っているような感覚だった、と代表自身は振り返ります。

「とはいっても、就農した後も単に父の手伝いを続けているような意識で、みずから栽培のことを学ぼうという気持ちには欠けていました」

代表が話すには、当時の父が高圧的な姿勢に感じられ、「こんなこともできないのか」と叱責を受けるのがきつかったといいます。自分の失敗を父が手直しするのを眺めるたびに、モチベーションが下がっていったそうです。

父親は、イチゴを「土耕栽培」で育てる名人として知られる存在でした。まず、ハウスの中に畝(うね)をたてる。簡単にいいますと、土を盛るということですね。そして、そこに直接、イチゴを植える。それが土耕栽培です。通常の栽培法と違うのは、盛り上げた地面で直に育てるところ。想像していただくとすぐにおわかりになると思うのですが、こうした土耕栽培ですと、すべての作業が大変になります。イチゴの位置が低いので、作業時に身体をかがませないといけません。育てる段階でも、収穫の場面でも、です。
あえて面倒な手法をとる父親のつくるイチゴは甘みが抜群で、新潟県内で評判を呼んでいました。そのことは代表も理解していた。ただし、その栽培法を真剣に継ごうという決意までには、なかなか至らなかったといいます。

代表が23歳のころ、彼はヒップホップの世界に出逢い、そして魅せられます。仕事の合間を縫ってダンスを学んでいったのですが、それを通して大事なヒントを得られたそうです。彼によると、ヒップホップというのは、ダンスがただ上手なだけでは、周囲から認められないらしい。

「自分はなにが好きか、なにを表現したいか。これらが伝わらないと評価されないんですね」

そのためには、自分をまず知ることだった、と代表は振り返ります。自分を知れば、自分のスタイルが見えてくるから、と考えたそうです。そして28歳の時分になると、彼は新潟県内のダンスシーンで注目されるようになりました。そうしたタイミングで、彼はふと、大事なことに気づいた。

「農業でも、スタイルが問われるのではないか」

家業をただただ手伝うだけに終始していた彼が、ここでようやく農業という仕事に少しずつではあるけれども目覚め始めたというのですね。
30歳を間近に控えた彼は、趣味の世界であったヒップホップから得られたものを、農業に置き換えて考えを巡らせました。ダンスにはベーシックといわれる一連の動作があります。いわゆる基礎ですね。この基礎があってはじめて、先ほどお話ししたスタイル(=なにを表現したいか)が確立できるわけです。

農業でも同じだと、やっと意識することができました。農業の基礎部分に『自分が好きだと思える部分』を足せばいいんだと確信しました

このことで、彼はずいぶんと気持ちに整理がついたといいます。

「好き」をどう足していくのか

「開発費」だと踏まえる勇気!(SHOKURO)

でも、実際の話、なにを足していくかというのは難しいですよね。彼はどう考えたのか。

「いたってシンプルな話です。農業にダンスを足す」

えっ、どうやって?と私自身、不思議な答えに感じられましたが、話は簡単でした。彼は、ダンスイベントでイチゴを売る、あるいは、インスタグラムに投稿するダンス動画を畑で撮影する、といった具合に、できることから動いたのです。いま、SHOKUROのウェブサイトでは、そのトップページに「農業にエンターテインメントを。」とメッセージを掲げていますが、その取っかかりは、ごくごく手近な行動からだったのですね。
そして代表は同時に、もうひとつ行動を起こしました。

「父に、イチゴ栽培への思いを尋ねたんです」

彼は農業大学校を出たのちの10年近く、父親にそうした話を真正面から聞こうとしてこなかった。それが30歳を迎えるころ、真剣に尋ねてみたくなったというのですね。

「そもそも、どうしてわざわざ土耕栽培を続けているのか、気になって仕方なかったのは事実です」

果たして、父親の答えはどこにあったのか。

「『いまさら、味を変えられないだろう』と、父はつぶやきましたね」

どういうことか。この当時、父親は収穫したイチゴの大部分をJAに納入していたそうですが、なかには直接買いにくる消費者もいたそうです。そんな消費者たちが口を揃えていたのが「こんなイチゴ、よそで食べたことがない」だったらしい。父親が話したのは、「そういう言葉をかけてくれるお客さんに応えるためには、イチゴの味は変えてはいけない。だから土耕栽培を続ける」という決意だったわけです。
息子である代表からしても、「糖度、コク、香りとも、確かに父の育てたイチゴはすごい出来映えで、友人にあげたりした折には『濃いイチゴだね』と驚かれることが多かった」といいます。

父親には事前に相談せずに…

「開発費」だと踏まえる勇気!(SHOKURO)

父親がなぜわざわざ土耕栽培を続けているのか、その理由がようやくわかりました。でも……ここで別の疑問が、息子のなかで頭をもたげてきた。

「そこまでこだわるなら、どうしてJAに出しているのか」

農作物をJAに納入する際には、イチゴに限らず、形がよくて、しかも一定の品質水準を保ち続けることが求められます。息子にしてみれば、「一定の品質水準」というところにとどまらず、自分の父親はべらぼうな品質を追っているわけですから、JAへの納入はそぐわないのではないか、と感じたんです。つまりは直販への道を探れないのか、という話ですね。

「そう感じたことを父には決して言いませんでした。何を話しても反対されるに決まっている、と想像したからです」

これが、いまから5年前(2016年)の話です。30歳となった息子は、父親に相談しないまま、父がそだてたイチゴを直販できないか、探り始めます。

「もうダンスばかりやっていられません。まず臨んだのは、ブログを始めて、土耕栽培の意味と、土耕栽培のイチゴの美味しさについて、ひたすら投稿することでした」

次に動いたのは、県が主催する農業経営塾への参加でした。これが32歳のときだったそうです。目的は2つ。

「父が持ちえていない部分の知識を得たい。それと、経営を学びたい。この2つでした」

具体的には、とりわけ経理のスキルを獲得したかった。ところが、ここで思いもよらなかった質問が、農業経営塾の講師から投げかけられた。

「開塾直後、真っ先に問われたのは『あなたに経営理念はあるの?』でした。これには衝撃を受けました」

つまり、経理のことを学ぶ以前に、どんな農業をしたいのか、方向を決めましょう、という大きなテーマを突きつけられたわけですね。

「半年間、悩みました」

一緒に受講していた若手農家が「◯◯に貢献する」「◯◯という感動をもたらす」といったテーマを提出するなか、彼は考えに考え抜き、そして講師に伝えたのは……。

「それが『農業にエンターテインメントを。』だったんです」

ああ、この段階で彼が生み出したキャッチコピーであったのですね。

「自分のなかで、すべてがつながった気持ちになりました。父を継ぐことへの葛藤、ヒップホップを通して得られた学び、また、農業にダンスを足そうとした行動……。これこそが自分のスタイル、と決断できた場面でした」

代表はこうもいいます。

「父自身、『お客に喜んでもらうのが一番』と繰り返していた。ヒップホップを続けてきた自分もそうです。ならば農業もまたエンターテインメントだろう、と」

そして代表は、事業計画づくりに着手します。最初に臨んだのは、イチゴを直販するためのオリジナルパッケージ制作でした。

「自分が売りたい相手に売るためのパッケージとはどうあるべきか、を考えました。具体的には、ちょっといいものを食べたい人に『手に届く範囲のいいものを』と伝える力のあるパッケージにしたかった」

そうして完成したのが、この上の画像にある、シンプルで可愛いパッケージだったんです。

値段はあえて高めに設定

「開発費」だと踏まえる勇気!(SHOKURO)

パッケージをつくり上げた次はEC、つまり、ネット通販体制の構築です。イチゴの販売価格はあえて少し高めに設定したといいますが、それはどうして?

「だって、土耕栽培で手がかかっているわけです。パッケージにもお金をかけました。だったら、と」

そこに、ためらいや不安はなかったのでしょうか。

いや、むしろスッキリしましたね。父がつくってきた抜群のイチゴを、それ相応の価格をつけてお客に届けられるわけですから

なるほど。直販の意味は確かにそこにあるわけですから、逡巡はなかったということですね。
そして答えは出ました。ECで連携している新潟県内の取り寄せサイトにおいて、SHOKURO2年連続で果物ランキング第1位を獲得しています。イチゴのランキングではなく、果物全体のランキングでトップというところがまた、注目に値します。

さらなる新商品開発の結果は?

「開発費」だと踏まえる勇気!(SHOKURO)

こうした結果を受けて、代表は次の一手に臨みました。冒頭でお伝えしたように、このSHOKUROではイチゴのほかにコメも育てています。イチゴの直販が見事な成果を挙げている状況下で、今度はコメにも消費者の目を向けてもらいたいと考えた。

去年(2020年)、世の中がコロナ禍に見舞われるなかで、代表は「農業にエンターテインメントを。」というテーマを改めて噛み締めたといいます。そして考案したのは「おいなりギフトセット」でした。SHOKUROのコメと、協業を持ちかけた地元店舗の油揚げを同梱した商品です。これを手に入れたら、自宅で簡単にいなり寿司がつくれる。コロナ禍のために外食が制限されている状況下でしたから、おうちごはんを家族で楽しんでほしい、いなり寿司をみんなでつくる時間を大切にしてほしい、という思いをそこに込めた。そのセットが上の画像です。
イチゴに続いての直販事業ですが、こちらの結果はどうだったのでしょうか。

「いや、大ゴケしました」

代表によると、セット価格が送料別で3000円というのはさすがに高かったかもしれないということと、もしかすると商品化のタイミングが早すぎた(ニーズとマッチする段階になかった)ということ、この2点が反省点だったといいます。しかしながら……

「それでも、スッキリしたんです」

この「スッキリ」という言葉を、イチゴの直販価格設定を決断したときの話でも、代表は用いていましたね。

私、思うのですが、マーケティングにおいて、この「スッキリ」という感覚は非常に重要なのかもしれません。マーケティングを完遂するうえで、おぼろげにでも抱く違和感を見逃さないって大事なんですね。その違和感を取り除くための方策を考えることが、マーケティングを進めていくためには欠くことのできない作業ですから。
とはいえ、「おいなりギフトセット」が失敗に終わったのは事実です。そこを代表はどのように踏まえたうえで、あえて「スッキリ」と表現したのでしょうか。

「たとえ失敗したとしても、このセットの商品開発を通して『農業にエンターテインメントを。』とはなんなのかという方向性を見据えることができたことは、自分にとって大きかった」

そう考えると、決して、ただの失敗ではなかった、と代表は強調します。

「僕は、この『おいなりギフトセット』にかけたコストを、『開発費』と捉えています」

さらに彼はこう言葉を続けました。

農業にそもそも『開発費』など存在するかという議論はあると思う。でも、商品開発や販路開拓にコストをかけないと、次に進めません

父も見守ってくれている

「開発費」だと踏まえる勇気!(SHOKURO)

今後、イチゴは直販重視体制を続けたい、と代表はいいます。具体的には、ECの強化はもちろん、リアル店舗を自前で開設することも視野に入れているそう。

「店舗を持てば、その空間でエンターテインメント性をさらに追求できますから」

では、コメのほうは?

「実験をこの先も続けます。コメの場合、大口の取引先がないと、直販に転換するのはなかなか難しい。例えば海外向けにどのようなことを模索できるのか、いま探っている段階にあります」

最後に……。これを聞かないといけませんね。「エンターテインメント」を掲げて家業の代表に就き、「直販に舵を切り続ける」息子の姿に、父親はどう反応しているのでしょうか。事前に相談はほとんどしないまま、代表は行動に出ているのですよね。

「父は直接になにかを言ってはきません。でも、表情を見ると、なんだか喜んでいるのは伝わってくる」

そうなのですね。ここからは私の想像ですが、息子である代表はおそらく、イチゴなどの栽培技術で、名人である父と張り合おうとしてはいませんね。新たな経営者として、なにをどのように誰に伝え、大事な農作物をいかに販売していくかに、まずは神経を集中させた。別の表現をするなら、息子自身が跡を継ぐことを決意した局面からずっと、「自分はなにをもって勝負するのか」を熟考しています。
今回の話は、その点にもヒントがあるのかも、と感じました。

北村 森

北村 森

商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)

PROFILE

富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。

月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分
析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっ
ている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」
(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。

中日新聞/東京新聞「北村森のモノめぐり」、NTT東日本「経営力向上ラボ」、
家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地
方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」な
ど、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。

ANA国内線「北村森のふか堀り」監修

経済産業省 北海道経済産業局 地域ブランド創出支援事業 チームリーダー
特許庁 地域団体商標広報企画 ワーキンググループ委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)

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