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実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第68回)

「なに、それ?」を創出しよう!
(株式会社エピキュリアン)

「なに、それ?」を創出しよう!(株式会社エピキュリアン)

前回、野川染織工業の話を綴りました。藍染めという伝統工芸の世界で奮闘する若き5代目の話でしたね。
この5代目の頑張りを知ったのには、ひとつのきっかけがありました。「手仕事には、本当に価値があるのか?」をテーマに据えた鼎談がそうです。
今回は、この鼎談にも登場するベンチャー企業の話をお伝えしましょう。エピキュリアンといいます。2017年の設立で、登録した会員に対してさまざまなプログラムを提供しています。

プログラムの事例をまずいくつか挙げると……。「知られてない!探してもない!“レア”すぎるシャンパーニュ」「想いを込めたオーダーメイドの美しい線香花火」といったふうに個別商品を購入できるプログラムもあれば、「美濃焼を伝承する理想的な工房で大物をいきなり作陶してしまおう」「お稽古場貸し切りであっという間に着物の着方を会得」というような体験型プログラムもある、という具合です。会員には週ごとに新しい2つのプログラムを紹介する仕組みになっています。

すでに数百人の会員登録があるといい、代表会員には高島郁夫さん(Francfranc代表取締役社長)や冨山和彦さん(経営共創基盤 代表取締役CEO)などが名を連ねています。
こう聞くと、「なんだ、富裕層向けのプログラムサービスなのか」と感じられるかもしれませんけれど、実際は全くそうではないらしい。会員登録には所得などの制限はなく、20代から70代まで、会社員を含めて多様な会員がいると聞きます。

今回、この話を取り上げたいと思ったのは、同社の代表が掲げる消費行動への提案に、商品開発や販売促進をめぐるいくつものヒントが眠っているかも、と感じたからです。例えば……。代表はこういいます。

「人生を楽しむ幅が広がるきっかけとなるものは1000万円の時計ではなく、1本のみかんジュースだった、ということも大いにありえますよね」

そして同社のプログラムには、ああ確かにこれは飲んでみたいと思わせるみかんジュースを買えるものも揃えてある。
私にはとても理解できます。豊かさとは必ずしも商品の値段の高さによってもたらされるとは限らず、数百円、数千円でもずっと大事にしたくなるものがありますから(余談ですが、次回記事の予告をしますと、私の心を揺さぶったビジネスバッグをつくる職人の話を綴る予定です。それなど購入前に予想していたのとは全く違って、私にも十分に手が出せる値段でした)。

自分の尺度でモノ選びを…

「なに、それ?」を創出しよう!(株式会社エピキュリアン)

同社の代表はもともと出版社でライフスタイル誌の編集に従事し、その後に独立した女性です。出版社で仕事するなかで何人もの経営者などと交流を深め、その過程で気づいたことがあったそうです。

「私が出会った人たちは、よく知られている商品や、ブランドとしてすでに確立した商品にばかり振り向くわけではなかった。『自分でモノを選ぶ』人が数多かったんです」

代表は考えました。知名度や権威性にとらわれずにモノやコトを選ぶ人がもっと増えれば日本の文化は変わるかもしれないし、それによって、選択される商品の幅が広がるに違いない……。

皆が持っているモノしか売れないという風潮を変えたかったんです。いろんな人がいろんなモノを好きになっていいじゃないか、と

私はこの考えに同意します。いや、もうすでにそういう時代に入っていると反論する人もいらっしゃるかもしれませんね。確かにそれは否定できません。
例えば、この連載で以前取り上げた商品では、第2回のデアルケ200%トマトジュースや、第31回のTakano Farmのエアリーフルーツがヒットしたのは、宣伝や広告がもたらした結果ではなく、消費者が自分の視座で購入を決めていたからだと分析することもできそうです。無名でも売れたわけですからね。ただ、昨今でいうと、SNSを舞台で活躍するインフルエンサーが紹介する情報に、少なからぬ人が影響を受けているという事実もあります。

エピキュリアンの代表が話すのは、「そうしたところに揺るがされず、誰がなんと言おうが自分はこれなんだという軸を持つ消費者が多くなるのが大事」、「それが回りまわって、ややもすれば埋もれがちな実力派商品に光が当たる可能性が高まる」という指摘なのだと私は思います。しかも、全国各地にある隠れた実力派商品って、別に爆発的なメガヒットが必須なわけではないんですね。一定の顧客がファンとしてついてくれれば商売は成立します。エピキュリアンのプログラムはその意味で、消費者と作り手(売り手)双方に好循環を生むことを狙っているようにも感じられます。

「確かに、『数のビジネス』を目指したモデルではないですね」

同社がプログラムを毎週2つずつ提供するなかで、会員はそのどれかを「まず試してみよう」と動き、その試行錯誤のなかで、自分の間尺に合ったモノやコトを見出してくれればいい、という姿勢だといいます。
私がとりわけ興味深く感じたのは、和歌山の老舗がこしらえたという「鯖のなれずし」の購入プログラムの事例です。ここは昨年(2020年)に惜しまれながら店を閉じてしまっていて、現在はエピキュリアンのプログラムから姿を消していますが、代表はこう話します。

「『なれずしって美味しいの?』と尋ねられても、私たちはグルメセレクションのサイトではないから、断言はできません」

だったらどうして、この「なれずし」をプログラムに加えたのか。

「昔の日本人が食べていた『なれずし』がどんな味かと想像して食べる経験を提供したかったんです」

つまりは、万人に受けないかもしれないけれど、「どんな味なんだろう」と胸躍らせるプロセスをもたらしたい、と代表は考えたわけですね。そして、そのプロセスは、自分自身でモノやコトを選ぼうとする消費者だからこそ得られるものであると、私は感じました。

もうひとつ別の話を付け加えるなら、消費者に「なに、それ?」と思わせるところから、商品ヒットの芽はしばしば生まれます。そう考えると、エピキュリアンは「なに、それ?」と消費者が感じて購買行動に向かう第一歩をつくるビジネスと表現することもできます。

当たり前を疑ってサイト構築

「なに、それ?」を創出しよう!(株式会社エピキュリアン)

先ほどお伝えしたように、同社の代表は元・雑誌編集者です。エピキュリアンのプログラムは同社のウェブサイトで紹介されていますが、そのページがちょっと変わった構成内容です。それぞれのプログラムが自動スクロールしていき、アクセスした会員はそのなかから目を惹いたものを選ぶというつくり。上の画像は、ページの一部をキャプチャしたものです。

どういうことか。
例えば「食」であるとか「健康」であるとか、カテゴリー別に検索できるわけでもないし、あらかじめ自分の興味に沿う分野を設定できるわけでもないんです。ウェブサイトのページ構成としては、とても異例な感じ。
一見すると会員に不便な仕組みにも思えますが、こういうつくりにしたのには理由があるといいます。

会員ご自身の好きなジャンルばかりが目に触れるのではいけないと考えたんです

ああ、なるほど……。食べることが好きな会員は、ややもすると食の領域のプログラムだけを見つけようとしがちですね。でも、それでは同社の目的にたがう、という話なわけです。

「食に聡い会員でも、全く異なる領域のプログラムに触れてもらいたい。それが狙いです」

これは説得力あるところです。消費者は「意識上で期待している商品」が入手できれば満足できるか、といえば、実はそうとは限りません。「意識しているなかでは、欲しいと思っていなかった商品に出逢ったときに、人は真の驚きと満足を得られる」わけですね。これはマーケティングにおける「インサイト(消費者の真の欲求)」の理論説明としてよくいわれていることですが、同社のプログラム提示手法はそこを志向しているということなのだと思います。

「でも、周囲からは『ITの世界では、こんなつくりなど常識に外れている』と驚かれたようです。『ありえない』とも……

それはそうでしょう。検索性をあえて無視したページの構成ですからね。でも、代表は、IT業界の常識よりも、会員のインサイトを掘り起こすことを優先した。商品の伝え方をめぐるひとつの考えとして、これは参考になると思います。要するに、何が大事かを本当に吟味しましょうという話です。

思わぬ好循環も生まれ始める

「なに、それ?」を創出しよう!(株式会社エピキュリアン)

それにしても……。毎週2つの新しいプログラムをつくり続けるというのは、相当に大変な仕事にも思えます。そのあたりを代表に尋ねてみました。

「実は、会員の提案から始まったプログラムもあるんです」

例えば、京都・上七軒の芸妓さんを東京に招いて、その世界の深奥に触れてもらおうと組んだプログラムなどが、その一例といいます。

「こうして会員の皆さんから提案の数々がもたらされるとは、全くの想定外でした」

人は誰も、暮らしていくなかで得られた「切り札」を持っていますね。この領域には自信がある、というような……。エピキュリアンの会員がみずから、そうした切り札をプログラム提案という形で提供するのは、面白いところだと感じさせます。会員の誰かが切り札を出し、それが他の会員のインサイトを刺激するという好循環ですね。

最後の質問です。次の一手は何でしょうか。

「会員の数を追う段階ではないと、いまも考えています。それよりも、やはり原点である『文化の成熟』を目標に置きながら、さらにいろいろな企業などとの連携を深めていきたい」

同社の代表は、「まずは自分で試してみる」を旗に掲げながらプログラム開拓を続けていくそうです。そうですね、まずは自分でというのは当たり前の話と捉えられがちですけれど、そこをないがしろにしている他事例を私自身しばしば目にします。まず開発者みずからが実地でモノやコトを体験するのは大事。ここもまた、ヒット商品創出に欠かせない基本姿勢であると思います。

北村 森

北村 森

商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)

PROFILE

富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。

月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分
析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっ
ている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」
(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。

中日新聞/東京新聞「北村森のモノめぐり」、NTT東日本「経営力向上ラボ」、
家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地
方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」な
ど、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。

ANA国内線「北村森のふか堀り」監修

経済産業省 北海道経済産業局 地域ブランド創出支援事業 チームリーダー
特許庁 地域団体商標広報企画 ワーキンググループ委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)

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