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実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第65回)

「言い切る覚悟」が求められる!(L'évo)

「言い切る覚悟」が求められる!(L'évo)

ちょっと理屈めいた話から始めるのをお許しください。すぐに終わります。その後は、抜群においしい料理を味わえるオーベルジュのことをお伝えしますから。

私、ここ数年、地域産品のブランディング事業にいくつも携わっています。経済産業省や特許庁が結成するチームのひとりとして参加するケースが多いのですが、そこでつくづく感じることがあります。

そもそも最初の時点で2つの間違いがあるのではないか。そう考えるようになりました。まず1つめ。「知名度を上げたい」と、地域産品の当事者がよく口にされます。でも、それって、例えばデビュー前の芸能人の卵が「有名人になりたい」というのと同じです。「有名人」という職業はありません。トーク術を磨くのか、歌で勝負するのか、演技力を高めるのか。考えるべきところはまずそこですよね。地域産品のブランディング戦術も似たような話です。

2つめの間違いは、「差別化こそが必要」という強迫観念に囚われているところではないか、と私は思います。これがまた厄介なんですね。一見すると、差別化に向けた戦術って正解なように感じられますから……。ただ、ちょっと考えるとわかりますが、いまや差別化なんてそうそうできるものではない。例えば日本酒がおいしい都道府県なんて、もうほぼすべてと言っていいですし、魚の旨い地域はと聞かれれば、これもまたたくさんあるわけです。「よそよりも味がいいか、どんな差があるか」と議論しても仕方ないんです。

地域産品のブランディングを進めるにあたって、だから私は、いまや「よそとどう差別化できるか」という話はある意味で無意味であるとすら思うわけです。まず間違いなく袋小路にはまってしまいます。

だったらどうするのか。「歯を食いしばってでも、『これが唯一無二』と言い切る覚悟」こそが、いま求められているのではないかと、私は確信しています。よそとの差を探すのではないし、そもそもよそと比べるものではない。
「うちはこれでいきます。これをとことん訴求します」と決めるのには、相応の覚悟が必要です。もしかすると差別化の議論より大変かもしれません。でも、それこそがブランディングの成否を分ける部分ではないか、と。

つまり、それぞれの地域産品の「何がすごいのかを無理して探す作業」ではなく、「何がすごいかと言い切る姿勢」が問われる。

そうしたことを考えていたタイミングで、今回の取材機会を得ました。

山奥の、そのまた奥に移転

「言い切る覚悟」が求められる!(L'évo)

昨年(2020年)末、北陸・富山県に「L'évo」(レヴォ)というオーベルジュが開業しました。オーベルジュというのは、宿泊施設を兼ね備えたレストランのことですね。

「L'évo」は、もともとは富山市内で「前衛的地方料理」をテーマに掲げ、絶大な人気を呼んだ名店でした。地方に根づく食材や食文化を追い求め、それらをみずからの料理のなかに込め続けた谷口英司シェフは、2015年にNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」でも取り上げられました。2017年には「ゴ・エ・ミヨ東京・北陸2017」で最高賞となる「今年のシェフ賞」に選ばれてもいます。食に聡い人たちの間では、もうすでに確固たる評価を得ているシェフと表現していい。

その彼が、店の移転を決断しました。どこに? 同じ富山県内なのですが、山奥のそのまたずっと奥です。秘境と言っても差し支えない利賀村という地でした。富山駅からクルマで1時間30分。訪れてみたら、「L'évo」のほかにはもう、山と木々と川と空しかない。

いや、「山と木々と…しかない」といま綴りましたけれど、もうひとつ大事なものがこの奥地にはありました。豊かな食材です。

一般客としてまずは宿泊してみたのですが、その夜の料理をちょっとお伝えしますね。深海魚であるゲンゲ、甘鯛とエゴマ、大吟醸の酒に漬け込んだ後に燻したアンコウの肝、春のツキノワグマに山菜のあしらい、地元農家が育んだ合鴨、季節の訪れを告げるホタルイカ、地元の素麺に山羊のチーズとフキノトウのオイル……。

そして、この店のスペシャリティである「L'évo鶏」(ページ冒頭の画像がそれです)。シンプル極まりないように思えますが、「ソースを含めると、鶏のすべてが入っています」と教わりました。これは両手でつかんで、かぶりつくのがいい。

まだ続きます。赤カブを腐葉土にくるんで焼いた一皿(それがこの上の画像です)。ああ、赤カブって料理の主役になりえるんだと実感しました。さらに、マダラ、このオーベルジュの熟成庫で60日ほど寝かせた鹿肉。

イチゴのデザートの後が、干し柿の一種である「あんぽ柿」。マスカルポーネとリコッタをまとい、柚子が散らしてあります。

もう食材のほぼすべてが富山県のものでした。で、ソムリエが合わせてくれたグラスの数々もまた、そのすべてが富山のもの。ワイン、日本酒、クラフトビール、ウイスキーのカクテル……。ソムリエが笑いながらこう話していました。「フランスのワインを使う選択肢もあるにはありますが、ここは富山です。ボルドーでプルゴーニュは飲みませんね、逆もそうです。それと同じ」。

締めくくりのあんぽ柿には、合掌造りの山里で醸した地酒のグラスが添えられました。口にして「これは大変な話だなあ」と感じましたね。その趣向も、また実際の味わいも、とても心憎かった。

この夜の料理を通して感じたこと。繊細さと、みなぎる力強さというのは、一皿の上で両立するのだなあという話でした。

街なかとは感覚が違う

「言い切る覚悟」が求められる!(L'évo)

上の画像は、翌朝のものです。しみじみとおいしい山の朝ごはんでした。洒脱なプレゼンテーションに見えますけれど、一品一品を舌に乗せると、そのどれもが純朴な利賀村の味なんです。

冒頭の話にちょっと戻しますね。富山の食材がよその地域より群を抜いて秀逸かどうか、それは私にはわかりません。でも「L'évo」の谷口シェフは、この地の食材に賭けた。間違いなく「これを唯一無二と言い切る覚悟」が伝わってきました。こうした覚悟こそが人の心を揺さぶるという話です。数多の地域産品の活性化にあたっても、これは不可欠な姿勢のはず。そう思いました。

宿泊後、谷口シェフに話を聞きました。成功していた富山市内の店を閉じて、おそらく億単位のコストを調達してまで、またなぜ、こんな奥地にオーベルジュを開業したのか。

「山の中で料理することを追求したかったんです」

この地で料理と向き合うと、いろんな知恵を得られる。谷口シェフはそういいます。街なかとは全く違う感覚だそうです。この食材を気持ちいい山風に当てて干したらおいしいだろうな、といった着想が次から次に湧いてくるそう。水もまた格別です。このオーベルジュの建つ場所には水道は届いていません。澄んだ山水を引いて、ろ過などを経て使っているとのことです。水が違えば、もちろん料理も違ってきますね。谷口シェフは「山水はもう別物ですね」とまで語ります。ブイヨンを引いても、きわめて優しい味わいに仕上がるらしい。そして環境。「調理するのに薪をくべていますが、街なかでやったらきっと周囲からクレームがきますよね」。

気づきもあったそうです。夜のうちに採った山菜は、驚くほどの瑞々しさを湛えているそうです。それをすぐ料理に生かせるほどに、ここは食材との距離が究極的に近いということ。

谷口シェフは料理のためにここに移転した。そして私たち客も料理のためにこの奥地まで足を延ばす。そういう話ですね。

これは地方創生なのか、いや…

「言い切る覚悟」が求められる!(L'évo)

谷口シェフに、こうも尋ねてみました。人里離れた山奥への移転は、谷口さん自身のため? 訪れる客のため? それとも地方活性化のため?

「もちろん僕のためでもありますし、お客さんのためでもあります」

ただし、地方創生を狙っての移転では決してない、ともいいます。

「よく言われるんです、地方を元気にするためか、と……。でもそれは狙ってできることではないでしょう。そういうものです」

ああ、確かに……。地方が元気になるかどうか、それはあとあとついてくる話であって、最初から掲げるものではないのかもしれません。それはデビュー前の芸能人の卵が「有名になりたい」というのと一緒で、どこか上滑りしたもののようにも思えますしね。

「ただし、です」と谷口シェフは言葉を続けます。

「ここにオーベルジュがあることで、地域の生産者や、器などを作る作家・職人などとの仕事が生まれます。お金がちゃんと動きますね。しかもそれは東京のコンサルタントなどに支払われるお金ではない。地元で動きます。地方創生ってそういうことでしょう」

客は本当に訪れるのか

「言い切る覚悟」が求められる!(L'évo)

それにしても……。富山県内に暮らす人が訪れるにも難儀なほどの奥地です。そこへの不安はなかったのでしょうか。

「周囲からは疑問視されはしましたね。『そんな山奥にお客さんは来ない』と」

それでも躊躇はなかったということですか。

「もしお客さんが来ないとすれば、それは立地のせいではない。料理です」

谷口シェフに言わせると、海外でも同じような傾向があるそうです。たとえどのような立地であっても、料理に魅力があれば人はやってくる。料理こそが問われる、というのですね。私も同意します。だって、例えば東京などの大都市圏から「L'évo」を訪れると考えたなら、富山市内にあるのと利賀村にあるのとでは、実は感覚的なものとしてはそう大差ないんです。私など、ひともりの蕎麦だけを目当てに田舎まで長時間かけてでも行くこともありますし……。

経営のリスクはどこに行ってもついてくるんです

そうですね。繁華街の真ん中に店を構えても、そこに何らかのリスクは伴います。立地が致命的とは一概には言い切れない。

実際、昨年末の移転オープン後、コロナ禍によるキャンセルもあるにはあったものの、3棟を擁する宿泊コテージは連日ほぼ満室と聞きました。見事だと思います。そして特筆すべきは、宿泊しないレストラン利用のお客を含めると、およそ半数は地元・富山の人が占めているという事実です。これはいい話でしょう。地元の人こそが地元の食の実力を知るのは大事ですからね。この「L'évo」の料理は1人あたり税サ別で2万円です。それでもちゃんとお客はついてきている。

料理人としての気づき

「言い切る覚悟」が求められる!(L'évo)

谷口シェフの話で、ひときわ興味深く感じたものがありました。

「僕は、ある時期まで、自分の腕が上がれば料理がおいしくなるとばかり思っていました」

それは正解ではないのですか。当然のことのように思えますけれども……。

「いまはそうは考えていません。自分の腕ではない。富山を知れば知るほど、料理はおいしくなる。そして、店はよくなる」

料理の技術にもまして、地元の食材、風土、食文化、あるいは器などの伝統工芸のことを知っていくことのほうが大事ということなのですか。

「そうです。そして、この視点こそがいまの料理人に圧倒的に欠けているものだとも思います」

谷口シェフは、もし自分が大都市圏にいたら、そこに気づいていなかったとも語りました。これって、それこそ数多ある地域産品を育ててゆくためのプロジェクトで必要な考え方かもしれないと、私は感じましたね。地域産品関連の事業では、ややもすると、産品の伝え方や売り方などが議論の中心になりがちですが、そもそも、それぞれの産品はどう生まれ、どう使われてきたのかを深く見つめなおさない限り、その事業の展開はおぼつかないと思うのです。

地元のスタッフを積極採用

「言い切る覚悟」が求められる!(L'évo)

地元を知ることこそが大事、という話で、もうひとつお伝えさせてください。

今回、「L'évo」に客として宿泊滞在していた折のことです。夕刻を迎える少し前、ひとりの華奢な女性スタッフが、コテージに通じる細い雪の道をスコップひとつで地ならししていました。雪の轍がすごいことになっていて、歩くのに難儀していたのですが、この女性スタッフが雪かきをしたあとの道は、もう驚くほど綺麗に均されていました。氷点下で硬く締まりきった雪をよくここまで平らにできたなあと驚くとともに、客としてとても感謝したのですが……。

あとから会話を交わしてみたら、この女性スタッフは、まさにこの地の出身だったとわかりました。この「L'évo」ができた場所は、かつては家々があったものの、その後は消滅集落(住民のいなくなった集落)となっていたところです。長らくこの地を守って最後に集落を離れた世帯の娘さんが、まさにこの女性スタッフであると聞きました。だから、雪かきが見事なまでに上手だったのですね。ここの雪の性質を知り尽くしているから。

女性スタッフは、かつて親御さんが守ってきた集落に「L'évo」ができると知って応募してきたそうです。そして谷口シェフもまた、そのことを大事に思って採用を決めた。

「サービススタッフは地元の人材をと決めています。富山のこと、利賀村のことを自慢すれば、お客さんは喜んでくれるんですよ、と伝えています」

「巻き込む」ことの大切さ

「言い切る覚悟」が求められる!(L'évo)

この連載の60で、私は愛媛のハモの話を綴りました。「ひとりから始められることがある、でも、ひとりではできないこともまたある」ということを端的に教えてくれた事例でしたね。

今回の「L'évo」もまた、そういう話に思えてきます。谷口シェフの決断があったから、この秘境にオーベルジュが生まれた。同時に、谷口シェフの思いに賛同する人がいたから、ここまでの姿を形づくれている。

そうです。僕は『巻き込む』という言葉をよく用いています。周囲の人と同じ階段を上っていこう、と

融資の判断をした銀行もそうですし、集結したスタッフもそうですね。大事な存在はまだまだいます。食材を送り出す生産者、地域の食文化を教えてくれる日本酒の蔵元やワイナリーの醸造責任者、食事のひとときに欠かせない美しい器や織物を作り上げる作家や職人……。

その誰にも、唯一無二を実現する覚悟があったのだろうなと感じさせた取材でした。

北村 森

北村 森

商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)

PROFILE

富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。

月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分
析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっ
ている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」
(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。

中日新聞/東京新聞「北村森のモノめぐり」、NTT東日本「経営力向上ラボ」、
家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地
方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」な
ど、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。

ANA国内線「北村森のふか堀り」監修

経済産業省 北海道経済産業局 地域ブランド創出支援事業 チームリーダー
特許庁 地域団体商標広報企画 ワーキンググループ委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)

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