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実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第64回)

「この指とまれ」でいこう!
(株式会社中川政七商店)

「この指とまれ」でいこう!(株式会社中川政七商店)

私自身の話から始めてしまい、恐縮なのですが……。

いま私は、同時に5案件ほどの地域おこしプロジェクトを手がけています。そのどれもが地域に根づく商品を軸にした事業なのですが、いや、やはり展開は難しい。地域おこしではステークホルダー(利害関係者)がどうしても多くなります。そして、えてしてステークホルダーの間で「温度差」が生じてしまうのですね。地域一丸というのがなかなか果たせないのです。もちろん、私だけが熱くなってしまうのではダメです。温度差を合わせるためには、提案と実践を担う私自身も、地域の皆さんのことを考えて、適正な温度を意識しないといけません。

そういう仕事を続けるなかで、今回取材してきた事例がとても参考になりました。キーワードは、上のタイトルに掲げた「この指とまれ」の姿勢にあるのかも、と思ったんです。どういう意味か。原稿後半でお伝えしますから、そこまでちょっとの間、お付き合いくださいね。

今回の事例は、中川政七商店が初めて立ち上げる複合商業施設の話です。

中川政七商店といえば、全国に60店舗を構え、洒脱な生活雑貨を取り扱う企業としてよく知られていますね。でも、同社自身が複合商業施設をつくるのは初めてというのはちょっと意外でした。

どこにつくるのか。東京? 大阪? どちらも違います。中川政七商店は創業300年を超える老舗企業ですが、その本拠は奈良市です。もともとは江戸時代中期に、奈良の地場産業である麻織物の商いを始めたという歴史を有するそう。

では、奈良市のどこに? 「ならまち」という古い町並みの一角です(上の画像のあたりです)。すでに中川政七商店が店舗を構えている場所に隣り合うようにして、3階建ての建築物を新たにつくり、今年(2021年)4月にオープンする予定と聞きました。

先日、建築中の現場を見てきましたが、古い町並みに寄り添うように、瓦屋根とする建物であり、ガラス窓を多用した端正な意匠もまた興味深いものでした。

既存の蔵も生かしつつ…

「この指とまれ」でいこう!(株式会社中川政七商店)

複合商業施設の名は「鹿猿狐(しかさるきつね)ビルヂング」といいます。

中川政七商店といえば、その主力商品は、麻を使ったシャツやパンツなどの衣料品、バッグや財布などの小物ですね。また、木の素材感を生かした食器など、さまざまな商品を取り扱っています。

今回の「鹿猿狐ビルヂング」には大きく4つの機能があるそうです。1つ目は、奈良をはじめとする職人が作った工芸品や食品を扱うゾーン。この施設だけで販売する限定商品も用意するといいます。2つ目は複数の飲食店。そして3つ目の機能としては、昔の機織り機に触れながら織物体験ができるような趣向も用意するといいます。この新しい建物に隣接するところに、昔からの同社の蔵があり、その中に残っている古い織り機を用いてクラフト体験してもらうという話だそうです。

なるほど、と思える施設構成ですね。きっと楽しい空間になるのだろうと想像できます。ただ、私が注目したのは4つ目の機能にこそあるんです。

それは何かというと、この「鹿猿狐ビルヂング」の3階部分。このフロアは、ものを売ったり、飲食を提供したりする空間ではないといいます。では何に使うのか。地元の人などが活用できるコワーキングスペースにするというのです。コワーキングスペースとは、仕事のために複数の人達が自由に使える空間ですね。

手っ取り早い事業性だけを考えれば、面積あたりの売上高を計算するのが常道ですから、複合商業施設(それも、今回のケースはそんなに大きな規模というわけでもない)ではどれだけ効率的に利益を生むかがカギになりそうなところですが、あえてひとつのフロアをコワーキングスペースにするという話。

ここにはいったい、どんな狙いがあるのか。同社への取材で順番に尋ねていきました。

いい街とは、そもそも

「この指とまれ」でいこう!(株式会社中川政七商店)

同社の社長の言葉をまず伝えますね。

「いい街とは、職場と自宅以外に、どれだけ魅力的な場所があるかどうか、です」

これはわかりやすいといいますか、説得力のある言葉です。「鹿猿狐ビルヂング」が、いい街を形づくる一助になればという思いは理解できます。ただ、そのうえで聞きたいのは、なぜまたコワーキングスペースなのか。

「うちは2007年に『日本の工芸を元気にする!』というテーマを掲げてから、会社が大きく変わったんです」

中川政七商店は、工芸の世界に製造小売り(SPA)という概念を持ち込んだ会社ですね。さまざまな地場産業の事業者と連携して商品をつくりあげ、それを全国60もの店舗で販売することで、工芸の復活に寄与してきました。と同時に、経営再生コンサルティングにも着手して、これまで十数社を再生したという実績も持っています。

同社によると、日本の工芸はピーク時の5分の1規模に縮小しているそうです。その危機状況をなんとかしたいと考え、織物などの工芸品の卸売り業務から、こうして商品企画からコンサルティングまでに仕事の領域を広げてきたという経緯がある。ここまではわかります。

で、どうしていま、コワーキングスペースか、という話なわけです。

工芸と街づくりの深い関係

「この指とまれ」でいこう!(株式会社中川政七商店)

今度は中川政七商店の会長に尋ねました。彼はこう力説します。

「工芸と街づくりには大事な関係があるんですよ」

工芸の力が現代で蘇り、元気に復活を遂げることができたならば、その産地=街の全体もまた元気になる。そういう話ということですね。

そうです。工芸を復活させるには、それぞれの産地が元気になるしかないんです

今回、「鹿猿狐ビルヂング」の3階にコワーキングスペースを広くしつらえるのは、まさに工芸と街、もっと言えば、そこに人も合わせて連携を取りたい、そういうことなのだと理解しました。

具体的には、このコワーキングスペースで何をするのか。同社の狙いは、ここからスモールビジネスの立ち上げに挑む人を支援したいという話だそうです。スモールビジネスとは、規模が小さくても、独自性があり、力のある事業を展開するという概念を指す言葉です。

この複合商業施設のコワーキングスペースを拠点にしながら、工芸の世界、あるいはそれ以外の産業の世界と、新たなビジネスに臨みたいという人を結びつけよう、そしてそこから街を元気にしよう、さらには奈良で培ったそのモデルを他の地域の人たちにも伝えていこうという狙いまでが、そこにあるらしい。

「こうした空間をつくって、スモールビジネスを支援する仕組みを整えようと決断したのは、創業300年を迎えた2016年がひとつの契機でした」

会長はこうもいいます。

2016年に『工芸の復活』を、これまで以上に明確な指針として掲げたんです。だったら、自分たち自身がまず動くしかありませんから」

びっくり型の靴下の企画から

「この指とまれ」でいこう!(株式会社中川政七商店)

そうだったのですね。同社の狙いはよくわかりました。「鹿猿狐ビルヂング」の位置付けは、「日本の工芸を元気にする!」という中川政七商店の掲げる旗を生かし、その実践を加速させるための場、ということですね。

ここで私が思い出したことがあります。もう10年近く前に同社に取材した話。それは、同社が2011年に商品を登場させた、あるプロジェクトにまつわる取材でした。

靴下なんです。そのシリーズ名を「29」といいます。読みは「にときゅう」。29が奈良の県番号であることから、そう名付けたと聞きます。いまでは中川政七商店の基幹アイテムのひとつとなっている商品ですね。

この「29」の商品ラインナップが面白いんです。「しめつけないくつした」があるかと思えば、「あたたかいくつした」というのもある。デザインはいたってシンプルですが、機能をそれぞれの名で謳っているのが興味深い。と同時に、こうした機能を靴下に込めるというのは、デザインも実際の製造も、実はかなり難しいのではとも感じさせました。シンプルだからこそ、です。

で、なぜこんな靴下シリーズの発想が生まれたのか、が重要です。あまり知られていませんが、奈良という地はもともと靴下の一大産地だったというのですね。100年以上の歴史を有しているらしい。ところが、です。技術力は十二分にあるのに、下請け生産の小さな町工場が多いこともあってか、いまお伝えしたように、せっかくの実力派産地であることがほとんど一般には伝わっていない。そのうえ、21世紀に入ってから、町工場の経営はどこも苦しい状況にあったといいます。

だったら、奈良の靴下生産に携わる業界の団体などが率先して、何らかの手立てを講じればいいのにと思うのですが、私の知る限り、有効な対策は打てていなかった印象です。こう言ってはなんですが、手をこまねいているだけだった。団体戦で挑むというのは、今回の原稿冒頭でお話ししたように、ステークホルダーの温度差やそれぞれの思惑がえてしてネックになるんです。私の想像では、そこに問題があったのではないかと思います(実は単なる想像ではなく、そんな話を実際に耳にしてもいましたが、ここでは本題と外れますから詳しくは綴りません)。

そういう状況下で動いたのが、中川政七商店でした。コモディティ化(品質などが平準化して、もはや低価格競争に陥ってしまった段階のことを指します)が著しかった靴下の世界で、独自性あるブランドをみずからつくり上げられるのか。同社の担当者は必死で考えた。そして結論が出た。「見た目ではなく、履き心地での勝負だ」というものでした。余談ですが、この担当者は、靴下が大っ嫌いな女性です。「だったら私が好きになるような靴下をつくればいい」と決断した。痛快な話ですよね。

そうした靴下を企画し、いざ町工場に生産を依頼しようという場面で、中川政七商店がとったのは、「この指とまれ」方式でした。お待たせしました。ようやく最初の話に戻せました。

「この指とまれ」とはどういうことか。同社は、奈良の靴下業界の全体で、この「29」生産をしようと動いたわけではなかった。「こういう靴下を企画しました。一緒につくってくれるという町工場は、ぜひ手を挙げてくださいね」と募ったんです。

こうすれば、ステークホルダー間の温度差は問題になりませんね。その指にとまってくれた町工場とのみ協業に踏み切れば、それでいけるわけです。いや、手を挙げるのは町工場にとって大変だったとは思いますよ。「29」は先ほどお伝えしたように、機能を前面に打ち出した靴下であり、編み方ひとつをとっても大変な技術を要するものだそうです。だからそれ相応の覚悟は求められていたに違いありません。また、もしかすると、「中川政七商店と組むのか」というやっかみも業界内で出たかもしれませんしね。

29」は2011年以降、中川政七商店のロングセラー商品に育っています。下請け中心だった町工場の職人さんは感激したそうです。なぜか。「これまでは、自分たちが懸命につくっていた靴下が、どこで売られ、誰が買っているのか、全くわからなかった。ところが、中川政七商店の店舗に行けば、『あっ、これは自分が生産した一足だ』と発見できますから」。ある職人はそう笑っていました。

なぜわかるのか。中川政七商店の担当者による、粋な計らいがありました。「29」の商品タグには、ほんの小さくですが、干支の絵などをあしらった印が刻まれているんです。これ、その靴下を生産した町工場の印だそう(要するに町工場の社長や職人の干支だったりするんですね)。そのことがまた、町工場のモチベーションを上げたんです。

一歩踏み出す勇気を…

「この指とまれ」でいこう!(株式会社中川政七商店)

話は再び「鹿猿狐ビルヂング」です。コワーキングスペースの設置、そして、その空間の活用によって工芸とスモールビジネスとを結びつけるに取り組みを始める原点を、同社の会長は2016年にあると話していましたけれど、私には2011年にスタートした「29」プロジェクトで果敢に攻めた経緯が、もうひとつのきっかけであったのではないかと思えて仕方ありません。会長に聞いてみると……。

「確かに、そうかもしれませんね。当時はそう意識はしていませんでしたけれど、靴下工場の苦しい状況を目の当たりにして、自分たちが何をなせるか考えた結果の『29』でしたから」

そのうえでこうも語ります。

「今回の取り組みと『29』の共通点は、『本気でやらないといけない』『口だけではダメだ』という部分でしょうね」

そうですね。逆境に立つ地場産業の様子をただ遠巻きに眺めるのではなくて、みずから進んで中に入っていかないといけない。ただし、です。

厳しい言い方になるかもしれませんが、やる気のない人とは一緒に何かはできないんです。思いを同じくする人とでないといけません

だからこその「この指とまれ」なわけですね。今回のコワーキングスペースもまさにそうで、新たなビジネス構築を目指す誰をもひとり残らず引き上げることは無理でしょうからね。それでも……会長はいいます。

「スモールビジネスを始めたい人に『一歩踏み出す勇気』を、この空間でもたらしたい」

どんな人たちが「その指」にとまるのか、見守っていきたいと私は思います。

北村 森

北村 森

商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)

PROFILE

富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。

月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分
析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっ
ている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」
(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。

中日新聞/東京新聞「北村森のモノめぐり」、NTT東日本「経営力向上ラボ」、
家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地
方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」な
ど、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。

ANA国内線「北村森のふか堀り」監修

経済産業省 北海道経済産業局 地域ブランド創出支援事業 チームリーダー
特許庁 地域団体商標広報企画 ワーキンググループ委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)

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