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実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第62回)

地元中小企業の意地と矜持を!
(陸前高田 発酵パークCAMOCY)

地元中小企業の意地と矜持を!(陸前高田 発酵パークCAMOCY)

2011年3月の東日本大震災から、もう少しで10年です。

今回は、岩手県の陸前高田に昨年(2020年)12月にオープンした「CAMOCY(カモシー)」という商業施設の話を綴ります。津波に襲われるなかで流されず倒れなかった「奇跡の一本松」からほど近いところに開業しました。
CAMOCY」ってどういう意味かというと、「醸し」からきているのですね。震災に遭うまで、この地区には醤油や味噌などの醸造業が根付いていたと聞きます。社屋などが津波で流されてしまい、各事業者は存続の危機に瀕しましたが、それでも復活を期して力を尽くしてきました。

この「CAMOCY」は、地元の事業者たちが出資したまちづくり会社である株式会社醸が、開業準備から運営までを担っています。建物は、蔵をイメージした木造平屋です。その面積は700㎡強と、そんなに大きな商業施設ではないのですが、発酵をテーマにしたテナントが隣り合うように並んでいて、それぞれが魅力を湛えています。

醤油や味噌を用いた和食を提供する食堂、発酵をテーマに据えた惣菜店、オーガニックカカオを練り上げたチョコレート店(この施設内で製造しています)、クラフトビールの店(これもまた醸造設備を店内にしつらえています、3月にビール第一号が完成予定)、さらに、すでに地元の客が列をなしているベーカリー、季節ごとに限定販売イベントをなせるスペース(取材時は地元のイチゴが瞬く間に売り切れとなっていました)、そして地元の発酵食品などを購入できるコーナー……
小さいながら、かなり充実している陣容です。ぐるりと回遊するだけでも十二分に楽しめます。驚いたのは、地元民がたくさんここを訪れていたこと。すでに陸前高田の新名所となっている印象を抱きました。

今回は震災からの復興を遂げた地場企業の話?
いや、もちろんそうした内容も含みますけれども、取材を進めて実感したのは、この「CAMOCY」から学べるヒントは、震災復興という側面を抜きにしても大きいという点にありました。「地域に根付く中小企業は、その地のためにどう動くべきか」という大事なところを学べたからです。

「俺たちこそが悪いんだ」と…

地元中小企業の意地と矜持を!(陸前高田 発酵パークCAMOCY)

今回、この「CAMOCY」について話をしてくれたのは、1807年創業という八木澤商店の9代目社長でした。醤油などを醸す老舗の一軒です。震災で本社も工場も自宅も流出しながら、周辺の企業経営者とともに、すぐに支援物資センターを立ち上げ、支援物資の配送を担った人です。そして、株式会社醸の立ち上げでも経営者仲間と連携し、今回の「CAMOCY」オープンにこぎつけています。
まず尋ねたい。この「CAMOCY」はやはり、陸前高田の産業再生に取り組むための、ひとつの形だったのですか。

「いえ、実は震災の前から、地元の衰退に対して手を打とうという動きがあったんです」

どういうことでしょうか。

震災前から経営者仲間と話していたのは、
『俺たち中小企業こそが諸悪の根源なんじゃないか』という反省です

諸悪の根源とは、かなり厳しい言葉ですが……

「地元の人たちが『ここで働きたい』と思えるような仕事をつくってこなかった俺たちの責任、ということです」

2008年にリーマンショックが日本にも波及したころ、地元の経営者が集まったそうです。そして、経営者仲間で2つのことを申し合わせたといいます。「この陸前高田で1社もつぶすな」「1人も解雇するな」。

震災ですべてが流されたけれども

地元中小企業の意地と矜持を!(陸前高田 発酵パークCAMOCY)

そうした思いを共有する地元経営者は徐々に増え、事業者の間でも連携も実際に生まれ、新しい仕事づくりも目に見えて生まれていったそうです。ところが……

311の津波ですべてが流されてしまいました」

ただし、経営者たちの熱意は、津波に飲み込まれたわけではなかった。被災直後、小高い山の上にあって被害を免れた自動車教習所を基地として、地元の経営者たちが自発的に力を尽くしました。物資配送も人的支援も、ここをベースとして機能させたといいます。市役所の職員の3分の1が亡くなったという事情もあって、ここは民間の力も結集せねばと考えたわけです。八木澤商店も、動ける社員を集め、協力を惜しまなかった。
八木澤商店の9代目によると、陸前高田の9割の企業の社屋が震災で流失したそうです。そんな状況下で、また経営者が集まりました。

ここでもまた、以前と同じ合言葉を口々に発しました。
『1社もつぶすな』『1人も解雇するな』です

そこには言葉以上の意味が込められていた、といいます。

「家がなくなり、コミュニティも壊滅しました。そうしたなかで、せめて会社があれば、人は社会的なつながりをそこで持てます。だからこそ『この手を離すな』と経営者仲間で励まし合いました」

「人数無制限」の求人票まで

地元中小企業の意地と矜持を!(陸前高田 発酵パークCAMOCY)

すでに雇用している社員の話にとどまりませんでした。地元経営者たちは、陸前高田の高校教諭たちに伝えたそうです。「秋までには求人票を持っていくから」。震災直後の苦境のなかで、この街から新規採用する重要性も忘れていなかった。

「前を向かなきゃダメなんだ、という想いだけでした」

この局面でも経営者仲間が集まり、「うちは2人採用するぞ」といったふうに情報交換を密にとったそうです。

「何人かの経営者は、高校に渡す求人票に『求人数無制限』と記入しました」

それほどまでに「地元の人の手を離さない」という強い意志を抱いていたということですね。しかし、それぞれの経営者には、事業を存続させるという使命もあります。そこは大丈夫だったのでしょうか。

「うち(八木澤商店)は醸造業です。原料を購入してから商品化できるまで2年間はかかります。常識的には再起できない。でも、周りが支えてくれました」

県内の同業者が「なんでもしましょう」と声をかけてくれ、そうした同業者に醤油などの委託製造を担ってもらったそうです。それで事業を再開できた。

新しい受け皿が必要だから

地元中小企業の意地と矜持を!(陸前高田 発酵パークCAMOCY)

とはいえ、地元経営者たちがこれだけ身を粉にして動いても、どうしても事業者の数は減ってしまっています。その現実を直視した経営者たちは、こう考えました。

「新しい受け皿が必要になってくる」

震災からわずか半年という20119月に、地元経営者が集まる形で、「ここ陸前高田に50社の新しい会社をつくり、500人の雇用を生もう」というプロジェクトを立ち上げました。この計画は実を結び、実際にすでに50社は設立されたそうです。
経営者たちがそれと並行して進めたのが、壊滅状態にあった街を再生し、元気にするかという話でした。そのなかで浮かんできたのが、今回の「CAMOCY」の原型です。

「この商業施設を建てた地区は、もともと醸造文化のあったところなんです」

震災の前は、毎日どこかから、米を炊く気配が伝わり、機械の音が漏れてきたという地区です。

「海に近いこの地区の復興が遅れていても、季節の祭りを守るためにわざわざここに戻ってきてくれる人もいます。いったんはここを離れた人は少なくないけれど、そういう人たちが戻ってきた場面で、もともとここにあった雰囲気を再び感じてもらいたい。だからこその『発酵パーク』なんです」

そうなのですね。つまりは、新しい商業施設をここにつくる意味も、また、その商業施設のテーマが発酵である意味も、極めて大きいという話だったのですね。

「はい。自分の街の施設だ、という意識を持ってもらえることが大事なんです」

CAMOCY」のオープンまでには、震災から10年近い期間を要しました。そこに、復興の大変さを改めて感じさせます。それぞれの経営者は事業を守り、雇用を守り、同時に街の再生も忘れなかった。
2019年、この商業施設をつくりあげるために、株式会社醸が設立されました。出資したのは、のちに「CAMOCY」に入ることになる全テナントを運営する事業者たちでした。

すべてのテナントが「挑戦」

地元中小企業の意地と矜持を!(陸前高田 発酵パークCAMOCY)

この「CAMOCY」のテナントを改めて見ていきましょう。

まず、八木澤商店は、和食店を運営するのは初めてのことです。チョコレートを店内でつくって販売する一軒は、もともとは薬局と訪問リハビリが主業務の企業です。クラフトビールを醸す店の実家はリンゴ農家。すでに常連客が列をなすベーカリーは、自動車教習所が母体です。先ほど、震災直後に支援基地となることを買って出たと綴った、あの自動車教習所。パンづくりは初めてだったそう。
つまり、それぞれのテナントが新たな領域に挑戦しているわけですね。共通しているのは、そこに「醸す(素材を発酵させる)」という作業が入っているところ。

こうしたテナントが並び合う建物そのものも味わい深いしつらいです。聞くと、地元の材木を使って、地元の製材所、鐵工所、家具店たちがひと肌脱いだそうです、間伐材をふんだんに活用しているそうで、こうした取り組みもまた、新たな事業として訴求していきたいといいます。
CAMOCY」は、開業1カ月で約6000人の来客があり、これは計画通りの推移だそうです。このコロナ禍で、当初の狙いにたがわない来店数というのは大変なことのように思えますが……

「街の外から人が来られないなら、まずは徹底した地元密着でいこう、と判断して、予定通りの開業日としたんです」

その狙いは当たったように、私には感じられました。地元客と思われる客、それもカップルから家族連れ、1人の客までが、昼どきからひっきりなしに訪れていましたからね。小さな商業施設ながら1日平均で百数十台のクルマがやってくるという状況といいますから、間違いなく勢いがある。

小さくても持続可能であること

地元中小企業の意地と矜持を!(陸前高田 発酵パークCAMOCY)

八木澤商店の9代目はいいます。

「小さくてもいいから、持続可能なものを、ここにつくりたいという思いもありましたね」

その背景にある思いを改めて尋ねてみると……

「震災での被害が甚大だった陸前高田は、『かわいそうな街』というイメージで捉えられがちです。それを変えたかったんです。『俺たちの街は活力がある』というふうに……

かわいそうな街を行きたくなる街に変える、というのが、地元経営者たちの強い決意だったのですね。

「そうです。ここを訪れた人が『面白い街だね、また行きたいね』と思ってくれれば、ここに住んでいる人がちょっと誇らしく感じられる。そこが大事です」

今回皆さんにお伝えしたかったことは、これでほぼすべて綴りました。でも、あともうひとつだけお話しさせてください。
この「CAMOCY」、取り扱う商品はどれも結構値段がするんです。チョコレートなど、ひとつが1000円以上ですからね。

「チョコレートに限らず、オーガニックのものばかりなので、単価が高いものが多い。でも、それを地元の人が普通に繰り返し買っていくんです」

富裕層がたくさんいる大都市圏ならいざ知らず、ごく小さな街で高単価なものを中心に取り揃えるなんてマーケティングの常道に反する、という声も外部からは漏れ聞こえてきたらしい。ところが、フタを開けてみたら、ちゃんと地元客がついてきている。

いいものを欲しい人は、どこにでもいるんです。
今までそういう店がここに存在していなかっただけ

こうした部分ひとつも勉強になりました。皆さん、どうでしょうか。地元中小企業がなすべき責務から、商業施設づくりのコンセプト策定、そして商品ラインナップの戦術まで……。冒頭でお伝えしたように、「CAMOCY」のスタートダッシュから学べる要素は、震災復興・再発展への歩みというところ以外にもたくさんあると思いませんか。

北村 森

北村 森

商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)

PROFILE

富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。

月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分
析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっ
ている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」
(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。

中日新聞/東京新聞「北村森のモノめぐり」、NTT東日本「経営力向上ラボ」、
家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地
方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」な
ど、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。

ANA国内線「北村森のふか堀り」監修

経済産業省 北海道経済産業局 地域ブランド創出支援事業 チームリーダー
特許庁 地域団体商標広報企画 ワーキンググループ委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)

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