1. TOP
  2. Alibaba JAPAN PRESS
  3. 譲れない一線を見定める!(真壁のひなまつり)

実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第61回)

譲れない一線を見定める!(真壁のひなまつり)

譲れない一線を見定める!(真壁のひなまつり)

「今こそ地方にとって好機だ」と、私に語ったのは、地域産品を盛り上げる仕事に携わっている、ある実力派コンサルタントでした。

新型コロナウイルスの感染拡大で、11都府県に再び緊急事態宣言が発令されている状況なのに?いや、このコンサルタントが力説しているのは、短期的な話ではなくて、こういう状況下だからこそ、地域の足許にある宝物をしっかりと再認識して、アフターコロナの時代に備えるべきだし、まずは地域の人が自分たちの住む街の財産に気づけるように意識を変えよう、ということだと思います。

前回、60回で綴った、とびきりのハモの話など、まさにそうですね。1人の料理人の奮闘から始まって、地域全体を動かすまでの動きを見せています。

さて、今回なのですが……。やはり地域の話をお伝えしましょう。2003年から毎年続いている、ある催しについて綴ります。ただ、今年(2021年)はコロナ禍のため、開催中止がすでに決定しました。それでも、この催しの話から私たちが今読み取れるヒントは多々ある、と感じています。ですので、あえて今回お伝えしていきたいのです。

その催しとは……「真壁のひなまつり」といいます。茨城県桜川市の真壁地区で2003年に始まりました。毎年2初旬から3月3日まで開かれています。
どんな催しか。真壁地区は小さな街ですが、そこに立ち並ぶ店々、そして個人宅がひな人形を飾り、訪れる人を迎え入れるというものです。現在では参加する店や家は約160軒。かなりの数ですね。

それぞれの店や家が所有するひな人形を飾るという催しは、今では全国各地で見られます。ただ、この「真壁のひなまつり」はそのなかでも早い時期に始まっています。そして、コロナ禍の今年は中止ではあるものの、昨年まで18年続けて開催されてきました。この開催期間中に訪れる客は毎年10万人を数えるといいます。

この10万人という数は多いのか、さほどではないのか。私は凄まじく多いと思いますね。というのは、真壁という街は、いわば陸の孤島のような場所に位置するんです。公共交通機関に恵まれない、茨城県の内陸部にある。ここにたどり着くのまで大変な行程を強いられます。しかも冬から春先はとても寒いんです。山からの風が容赦なく吹き付ける。それなのに約1カ月で10万人というのは大変な実績でしょう。

結論を先に言いますと、今回私が「真壁のひなまつり」の話をお伝えするのは、全国数多のひなまつりイベントとは一線を画すポイントがそこにあると感じたからです。例えば、行政からの助成金は一切得ていない。また、参加(ひな人形を飾る)はあくまで自主的なもの。さらに感服したのは、催すにあたっての「譲れない一線」が明快に策定されている点にあります。どういうことか、順番にお伝えしていきますね。今回は6つのポイントを挙げてみたいと考えています。

地域おこしでは決してない?

譲れない一線を見定める!(真壁のひなまつり)

先ほど「ひな人形を飾る店や家が160軒」と綴りましたが、2003年当初は、わずか20軒に過ぎず、来訪した客も1000人に満たないくらいだったそうです。
そもそも、「真壁のひなまつり」を催すきっかけは何だったのでしょうか。実行委員長を長年務める、地元商店街の書店経営者に聞きました。

寒い時期にこの真壁に来てしまった人をがっかりさせないため、それだけなんです

真壁には古い蔵が多く、「伝統的建造物保存地区」に指定されています。とはいえ、観光地とは決して言えないようなごくごく小さな街です。街並みは美しいのですが、先ほどお話ししたように、交通の便はあまりに悪く、また、飲食店も少ない。蔵の街ということで、街歩きを楽しもうと訪れてくれるのは嬉しいが、それが春先の時期だったりすると、寒さにこごえ、落胆したまま帰ってしまうのではないか。そう考えたというのですね。

「だったらせめて、ひな人形を飾ろう。そうしたら少しは和んでもらえるかもしれない」

つまり、この催しで一発当てたいとか、地域活性化のモデルとして成功したいとか、そうした思いは全くなかったというわけです。

「ささやかなもてなしができれば、という気持ちでしたね」

これが「真壁のひなまつり」が成功した第1のポイントでしょう。動機が明快であった。そして、商店街の有志によって小さく生み出した。いきなり大々的なイベントにしようとは考えていなかったんですね。

「そうです。訪れた人に、ひな人形を眺めながら温かいお茶でも一杯飲んで行きませんか、という話です」

最初はわずか20軒だったが…

譲れない一線を見定める!(真壁のひなまつり)

そして、第2のポイントは、訪れる人をもてなす手段として、ひな人形を活用しようと判断したところでしょう。真壁は古くから続く蔵の街だけあって、ひな人形を持っている店や家が多い。まさに、そこにあるものを活かした格好です。

ただし、最初は苦労もしたようです。実行委員長たちが動いて、40軒ほどに声をかけたものの、それに呼応してひな人形を飾ってくれたのは、わずか20軒でした。

「『そんなのやったって意味がない』『わざわざ店の一角を片付けて飾れというのか』といったふうな反発も受けましたね」

要するに、店の得にならないという反応も少なくなかったそうです。では、どう説得して参加軒数を増やしていったのか。

「いえ、説得したわけではないんです。ひな人形を飾っている店に人が訪れるようになったのを目の当たりにして、続々と参加店が増えていった」

ここが第3のポイントですね。「真壁のひなまつり」はあくまで、店々や家の自主参加なんです。無理強いは全くしていない。参加方法は実にシンプルで、店や家にひな人形を飾るだけ。それを実行委員会に伝えればいい。

実行委員会の側から、飾り付けなどに関して指示出しをしたりはしないんですか。

「飾り方の指定は全然ありません。それぞれが考えて独自の演出を凝らしている感じですね」

その結果、店々や家は毎年趣向を変えて飾るようになり、「真壁のひなまつり」の来訪客の4割はリピーターとなっているそうです。毎年、飾り付けに変化が見られるので、飽きることなく繰り返し訪れたくなるというわけですね。そして10万人の来訪を記録するまでになりました。ちなみに、ここ真壁に1カ月で10万人もの集客を得るような出来事は、「真壁のひなまつり」以前にはなかったことといいます。

商売には変化なし、それでも

譲れない一線を見定める!(真壁のひなまつり)

こうして「真壁のひなまつり」は成功への道をたどっていったわけですが、地元商店街の商売にも、やはり好影響をもたらしたのでしょうか。

「いえ、格段の変化はありません」

えっ、そうなんですか。10万人もの人出があっても、商店街が潤ったわけではなかったのでしょうか。

はい。それに、この催しは商売に直結しなくていいんです

考えてみればそうですね。ひな人形を見に訪れた人が家電販売店で商品を買うとも、洋品店で服を買うとも思えませんし……。ということは、2003年当初に「こんなことやって何の得になる」とは発した店々は、現在に至るまでひな人形は飾っていないのでしょうか。

「飾っていますよ」

どういうことなのでしょう。商売につながらないなら、飾っても意味はないと反発し続けてもいいような話なのに……。

「確かに、商店の売り上げに直結する話ではないんです。でも、この催しを始めて確実に変化したことがありました」

それは、地域の団結だったといいます。たとえ店の儲けを見込めなくても、人をもてなすという意識を共有できた。そのことが大きかったという話なのですね。自分の街にこれだけの人が訪れてくれる。その人たちに喜んでもらおうという気持ちが醸成できていったことで、商店街の雰囲気が変わったという話。

「真壁のひなまつり」が成功し、存続している第4のポイントは、ここにありそうです。真壁に来てしまった人を少しでももてなそう、という原点を一切ぶらさなかったところが重要と、私は感じました。途中で商売っ気に走ったなら、ここまで続かなかったかもしれません。
「真壁のひなまつり」が地元商店街に大きな利益を運んでこないとしても、こうして注目を受け続けることで何かが生まれるのは間違いない。地域おこしに近道はない、と改めて思わせてくれる話ではないでしょうか。

原点をぶらさなかったという点において、ひとつ大事な部分があります。先ほど、参加する店々や家に対して、ひな人形の飾り方を指示などしないと説明しましたけれど、それ以外のところで厳しい約束事があります。それは「路上パフォーマンスはご法度」「何かの署名活動も禁止」「大音量での楽曲を流すのもダメ」というもの。あくまで、ひな人形を楽しんでもらうのが主眼なのですね。また、客引きは禁止ですが、訪れた人に「どこからお越しですか」というふうに声がけをすることはむしろ推奨されています。もてなすことが原点ですからね。実行委員長は「そこが、他の地域のひなまつりとは違うところかもしれません」と語ります。

それは、「真壁のひなまつり」の第5のポイントであると思います。自由参加ではあるけれども、訪れる人をもてなすための約束事はきちんと守ろうという「譲れない一線」を明確にした。地域おこし事業ではえてして、ステークホルダー(利害関係者)が多くなる傾向にあります。そうしたもとで、この「譲れない一線」を明確化することは、実に重要なポイントになります。関係者の間で方針が揺れるのを防いでくれるからです。

以前、19回で綴った、21世紀型屋台村の先駆けである「北の屋台」に通じる話ともいえそうですね。「北の屋台」が成功したのは、開業当初の苦しい時期にあっても「運営主体である協同組合側がそれぞれの屋台をしっかりと統括していく」という大方針をぶらさなかったからです。それが功を奏して、開業4年目に人気が急上昇、現在の活況へとつながりました。「譲れない一線」をしっかりと定め、周知徹底することは、地域のプロジェクトに欠くべからざる要素であると感じさせます。

なぜ、助成金なしで存続?

譲れない一線を見定める!(真壁のひなまつり)

最後に尋ねたいのですが……。「真壁のひなまつり」は本当に行政からの助成金を得ずに成立しているのでしょうか。

「視察に来た人は、まずそこに驚きますね。『そんなはずはない』と」

実行委員長はそう笑います。実際の収支を確認してみました。収入源は、来訪者に配布するマップへの広告(1枠5000円)、開催期間中の駐車場代(1台500円)、それと路上への出店料(市内事業者2万円、市外3万円)。これでおよそ400万円だそうです。で、支出は、マップの印刷代や駐車場の人件費で、これも同じ約400万円。どうにかトントンの収支になっているのですね。

ちなみに、地元自治体は、お金は出さないけれど、人は出すという方針で支えてくれているようです。週末などは市の職員が勤務扱いで交通整理を買って出てくれるそう。
これが「真壁のひなまつり」成功の第6のポイント、と言っていいかもしれません。地域の事業では、ときに自由度の確保が大事になります。行政からの助成金頼りでは、実行委員会の最初の思いがいつしか揺らぐ可能性もありますね。だから自前でコストを賄える仕組みを整えた、ということでしょう。

実行委員長はいいます。

「真壁の人のなかで、2003年以来、大きく変わったところがあります。それは『対話することへの意識』です」

毎年ここを訪れる人と話を交わし、もてなそうとする気持ちは、確実に根づきました。それがこの街の空気を変えたことは間違いないと思います。

来年2022年に再び「真壁のひなまつり」を開催できる社会環境になることを願ってやみません。

北村 森

北村 森

商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)

PROFILE

富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。

月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分
析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっ
ている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」
(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。

中日新聞/東京新聞「北村森のモノめぐり」、NTT東日本「経営力向上ラボ」、
家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地
方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」な
ど、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。

ANA国内線「北村森のふか堀り」監修

経済産業省 北海道経済産業局 地域ブランド創出支援事業 チームリーダー
特許庁 地域団体商標広報企画 ワーキンググループ委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)

SHARE

実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則

連載一覧へ

おすすめ記事

低価格競争からの脱却のために!(ムジンノフクヤ)

2021.06.11

低価格競争からの脱却のために!(ムジンノフクヤ)

行動経済学から考えるマーケティング戦術

2021.06.03

行動経済学から考えるマーケティング戦術

苦しみも成果もシェアする!(若鶴酒造株式会社)

2021.05.31

苦しみも成果もシェアする!(若鶴酒造株式会社)

資料のご請求や
お問い合わせはこちら