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実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第58回) 

いい波をつかまえるには...!?(湯谷温泉)

いい波をつかまえるには...!?(湯谷温泉)

新型コロナウイルスの感染拡大という社会状況下で、地方の小さな温泉街が厳しいという話をよく聞きます。政府による観光業支援策であるGoToトラベルによってひと息つけたところもあるようですが、それでも「GoToトラベルが終了した後も、ちゃんとお客は来てくれるのか」という不安は大きいという声も耳にしました。
そうしたなか、大健闘している温泉地も、実はあるといいます。私が先日訪れたのは、愛知県の奥三河地方にある湯谷(ゆや)温泉でした。緑の深い山と、澄んだ水が流れる川を背景にした、7つの宿で構成される、それこそ小さな温泉地です。

今回、私が取材したのは、この湯谷温泉で3軒、そしてすぐ近くにもう1軒、合わせて4つの宿を営んでいる若主人でした。宿の名を「はづ」といいます。4つの宿には、13万円以上する高級なところから、1万円そこそこの手頃なところまであるので、この社会状況で宿の経営状況はどうなっているのかを尋ねるには好適と考えました。
まずは、宿の客室稼働率がコロナ禍でどのように推移しているのか、そこから聞きました。

「4つの宿を合わせると、4月は売り上げ・宿泊客の数ともに例年の8割減でした」

やはり、緊急事態宣言が出た月は、極めて厳しい状況にあったのですね。ところが……。

「でも、5月は4割減にとどまり、6月からは例年並みかそれ以上の稼働率を続けています」

えっ、どうして? 
コロナ禍にさいなまれ、しかもGoToトラベルが開始となる前の段階であるにもかかわらず、「例年以上」というのはどういうことなのでしょうか。

そこには理由があった

いい波をつかまえるには...!?(湯谷温泉)

「健闘している温泉地や宿には、一定の共通項があるように思えます」

「はづ」の若主人は、こう指摘します。その共通項とは……。
まず、山間の宿は比較的、打撃が軽く済んでいる。人が密になっていないはずという消費者のイメージが作用しているのでは、とのことでした。次に、小さな宿が比較的検討しているともいいます。以前から、インバウンド(海外からの渡航客)や旅行代理店に依存していなかった宿ということです。

そしてもうひとつ、大都市圏からアクセスしやすい、もっと言えば同じ県内に人口の多い都市がある温泉地は有利だった。これは言わずもがなかもしれませんね。湯谷温泉も名古屋からの客が多く訪れているそう。

ちなみに、7月にGoToトラベルが始まって以来、この若主人の4つの宿でいうと、そのうち、1室3万円台と2万円台という2つの宿はほぼずっと満室。残りの1万円台の2つの宿は、そこまでの予約状況ではないそうです。う〜ん、やっぱり、GoToトラベルを利用する客は割引効果の大きい、高い料金の宿から狙うということでしょうか。

3年前に動いていた効果が

いい波をつかまえるには...!?(湯谷温泉)

ただですね、山間の宿だからですとか、小さな宿だからですとか、それだけでコロナ禍を跳ね飛ばして客室稼働率が単純に跳ね上がるとは、私には思えないんです。いや、名古屋圏からクルマで1時間強という地の利はあったにせよ……。
で、若主人に尋ねました。どうしてこの温泉地は持ちこたえたのでしょうか。何か別の要素がほかにもあったのでは?

「それが本当にわからないんです」

若主人の答えは、なんというか、あまりに率直なものでした。でも、重ねて話を聞いてゆくうちに、私には、ここ湯谷温泉が大健闘している理由が少しずつ理解できました。この湯谷温泉は、先ほどお伝えしたように、ごくごく小さな温泉地ですけれど、その中心部に、もう閉じてしまった古い宿を改装して、雰囲気のいいカフェを新たにつくっています。今回取材した「はづ」の若主人の手になる一軒です。それが2017年、いまから3年前のことでした。
4つの宿を営んでいるのに、またわざわざカフェを?

「宿の中で過ごすのとはまた違った時間、また違った食の楽しさを堪能してもらえれば、と」

さらに若主人はこうもいいます。

「自分が『はづ』の若主人であることは、カフェのお客には基本的に伝えていません。ここはあくまで湯谷温泉に来てくれたお客全員のためにつくった拠点ですから、『どこかいい宿は?』『どこか面白いところは?』とお客から尋ねられた折も、自分の宿の名前を出すのは、もう本当に最後です」

つまり、「はづ」の若主人は、自分の宿の客だけではなく湯谷温泉を訪れる人を招き入れる姿勢で、このカフェを開設したのですね。
店内の雰囲気はとても洒脱です。カウンターとテーブル席があり、美しい川を見下ろすようにテラス席もしつらえています。ただおしゃれなのではなくて、温泉地ののどかな雰囲気になじむ白壁の内装なのもいい。
このページ冒頭に掲載した若主人の画像から、すぐ上の画像までの3点が、このカフェで写したものです。3枚目の画像は……。

「隣村から栃餅(とちもち)を毎年分けてもらっているんです。おこした炭を入れた火鉢とともに提供して、お客に焼いていただきます」

ここのカフェはメニューひとつ、目を惹くものが多いんです。隣村から仕入れた栃餅の他にも、近所から分けてもらった柚子を仕込んだドリンク、キノコ狩りしてきてつくったスープ。木の芽のシャーベットなど。この地にある足許の宝物を惜しげもなく出しているといった感じです。さらには奥三河の貴重な地酒も用意されています。
私個人の印象ですが、湯谷温泉の宿だけでなく、このカフェが目的地になるというほどの存在感であると思います。こういう努力がじわじわと実を結んだという側面があるのではないでしょうか。

コロナ禍の前から素早く

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いや、このカフェの存在だけでは、湯谷温泉が踏ん張っている理由はまだ弱いと感じる方もいらっしゃるかもしれませんね。正直、私自身もそうでした。
ほかにもなにかの要素があるのでは、と考え、さらに若主人に尋ねると……。

「ああ、もうひとつあるかもしれません」

それはなんでしょうか。

このカフェの階下に、コワーキングスペースをつくっています

このコロナ禍では、ワーケーションという言葉が注目されていますね。リモートワーク主体での仕事となる場合、働く場所はさして問われません。だったら、リゾート地に滞在しながら仕事に臨む手もあるじゃないか、という話です。
ということは、若主人は、このコロナ禍にいち早く対応して、カフェの階下にコワーキングのための空間を急きょ設けたのですね。

「いや、そうではなくて、2017年にここを開く前、古い宿をリノベーションする時点でコワーキングスペースの設置を決めて、着工しました」

3年前にもうつくっていたのですか。それは時代を先取りした結果となりましたね。若主人によると、名古屋にある大学の教員からコワーキングスペースの意義を教わり、それを忠実に聞き入れて実行に移したそう。
このコワーキングスペース、月〜金曜の平日に関しては、愛知県と連携するかたちで全面的に貸し出しているとのことです。つまり家賃収入がここで生まれます。これまでの使用例としては、大学教員と学生がベンチャービジネスの議論を深める場としたり、あるいは地元政治家がプライベートな勉強会を催す場としたり、といった具合と聞きました。

「この家賃収入は、ここを運営するうえで大きなものになっていますね」

若主人はそういいます。どういう点で、でしょうか。

「安定収入があるからこそ、このカフェで、よその地にもある、いかにもといったチーズケーキやプリンなどを提供しなくても踏ん張れているんです」

冗談めかして若主人は話しますが、これ、大事なことですね。どこにでもある定番のものであっては、わざわざここを訪れる意味は薄れます。栃餅があり、柚子のドリンクがあり、キノコのスープがあるからこそ、ここに来る動機が高まる。
若主人によると、2017年以来、ここには4つの機能をもたせているそうで、まずカフェ、次にコワーキングスペースの貸し出し、さらにゲストハウス(1室5500円からの提供です)、最後に観光案内。

湯谷温泉にきてくれたお客が、ここで足を止めて『なに、これ?』と感じてくれたらありがたい

ああ、「なに、これ?」と消費者を振り向かせるというのは、ヒット商品づくりに欠かせない要素ですね。若主人の言葉に、私も同意します。

情報に聡い人の意識に訴えた

いい波をつかまえるには...!?(湯谷温泉)

サーフィンの世界でよくいわれる話だそうですが、「いい波をつかまえるには、準備こそが必要」らしい。これ、重い言葉ですね。いい波は前触れもなく突然やってきます。それは幸運がもたらすものかもしれません。でも、それを確実につかまえるには、やはり準備こそが大事。

前半の話にちょっと戻りましょう。人が密にならないイメージのある山間の温泉地、しかも小さな温泉宿、さらには大都市圏からそう遠くない。語弊を恐れずに申し上げるならば、これらは湯谷温泉にとっての「いい波」と表現できるかもしれません。
でも、突然襲ってきたコロナ禍で、湯谷温泉がお客をつかめたのは、準備があったからと捉えることができますね。

「コワーキングスペースを3年前に設けたことで、情報感度の高い人々に、湯谷温泉の存在を改めて知ってもらえていた、という側面はあったと思います」

若主人もその点を認めていました。ネット上で話題を呼んだり、メディアが情報番組で取り上げたりした結果、コロナ禍に見舞われる以前から、湯谷温泉の名が『新しいなにかに取り組んでいる温泉地』として理解されるようになっていった。これは見逃せない要素だと、私は思いましたね。

観光地はどうあるべき?

いい波をつかまえるには...!?(湯谷温泉)

最後に……。若主人はこう締めくくりました。

僕は、観光地が観光客のためだけに存在し続けるようでは、廃れていくと考えています。長くはもちません

どういうことか。若主人が力説するのは、地元の人たちにも親しみを抱いてもらえるような要素がそこにあれば、観光地は生き延びる、という話でした。
具体的には?

「ここのカフェもそうですし、コワーキングスペースもそう。地元の人が集まる拠点としても活用してもらいたいとの思いが強いんです」

実際、若主人は、カフェ空間で地酒の会をここまで5回催すなど、「地元の人のための観光地」を実践しようと試みています。
ここまで聞いてきて、納得できました。湯谷温泉がしぶとく健闘しているのには、やっぱり理由があったのですね。

北村 森

北村 森

商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)

PROFILE

富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。

月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分
析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっ
ている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」
(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。

中日新聞/東京新聞「北村森のモノめぐり」、NTT東日本「経営力向上ラボ」、
家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地
方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」な
ど、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。

ANA国内線「北村森のふか堀り」監修

経済産業省 北海道経済産業局 地域ブランド創出支援事業 チームリーダー
特許庁 地域団体商標広報企画 ワーキンググループ委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)

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