実践的な直接貿易契約の進め方

自社製品を海外販売代理店に販売する。海外の優れた製品/ユニット/部材を購入し自社製品として販売する。これらは企業の持続的な成長形態の1つです。
海外企業とのBtoB取引では、商社を介した取引と直接貿易による取引の2パターンがあり、前者では商社に支払う手数料により自社には利益が残らない、後者では考えられるビジネスリスクに対してどのような契約を結べばよいかわからない、といった問題があります。
海外企業との協調で、直接貿易のリスクを軽減する契約が締結できれば、得られた利益を次の投資に活用でき、持続的な成長を図ることができます。
直接貿易契約の考え方と事前準備
国内取引との違いを理解していれば、海外企業と直接貿易の交渉を行い、契約書を締結することは決して難しいことではありません。事前準備をしっかり行い、スピード感のある提携契約交渉で、大幅な収益の改善を目指しませんか。
・交渉担当チームの立ち上げ
取引する製品特性に合わせて交渉担当チームを立ちあげます。以下のようなチーム構成が考えられます。
- 販売代理店向けに製品として販売:交渉責任者、マーケット担当、財務担当
- 製造業者向けにユニット/部材として販売:交渉責任者、技術担当、財務担当
- 販売代理店として製品を購入:交渉責任者、営業担当、財務担当
- 自社製品のユニット/部材として購入:交渉責任者、技術担当、営業担当、財務担当
契約交渉時には相互が提示する取引条件が刻々と変わり、その変化が自社の利益計画にどのように影響するかを交渉の場で判断し、議論ができるようにするため、財務担当を交渉チームに加えることをおすすめします。
・契約相手先企業の絞り込み
常にアンテナを高くし、取引候補企業に関する情報を収集することが重要です。例えば、日本貿易振興機構(JETRO)や取引候補企業の所在国の在日大使館から発信される情報を活用しましょう。 JETROは世界の見本市・展示会情報の発信、展示会への出店の募集、ビジネスマッチングなどを行っています。また、在日各国大使館もビジネスマッチングを目的に商談会を主催している場合があります。
・交渉責任者への権限と責任の委譲
日本企業は意思決定が遅いと指摘されることがあります。交渉責任者への権限委譲の不足が一因として考えられます。これでは意思決定の速い海外企業との交渉が頓挫する可能性があります。合意できる最低条件を明確化しておき、その条件に達しない時は交渉の仕切り直しを行い、より良い条件を獲得したときは即決しましょう。
・フォワーダー(物流会社)との事前相談
特に大型製品や多量の部材などを扱う場合には物流コストや輸送期間中の在庫コストが大きくなる傾向にあります。取引製品や想定取引先企業の特徴を踏まえ、物流ルートや引渡し条件(INCOTERM)を物流会社と事前検討します。
・弁護士との事前相談
あくまでも交渉するのは自社であり、弁護士は契約書文言の作成や契約上に重大な欠陥がないかの確認作業が主体となると割りきってください。これを前提に弁護士とは事前協議してください。この際、自社で検討している直接貿易契約のリスクとリスク軽減策を提示することをおすすめします。
直接貿易契約のリスクとその軽減策

事前準備が完了したら、いよいよ相手企業との直接交渉です。契約書の作成は弁護士の仕事と割りきり、Term&Conditions(取引条件)の協議に集中しましょう。先方企業と良好な関係性を構築しつつ、Term&Conditionsの協議でビジネスリスクの軽減を図ります。
・ビジネス機会増加とリスク軽減につながる契約書体系
契約当事者双方にとって、安定した良好な提携関係を維持しつつビジネスを拡大していくことが重要です。ビジネス拡大に向け安心して互いが取り組むためには、安心感が持てる契約が必要となります。BtoB取引でのおすすめは、売買基本契約と売買基本契約下での製品単位やロット単位の個別売買契約の2本立てとすることです。売買基本契約にて中長期的な提携関係が構築できれば、販売側は製品やユニット品の改良、購入側は市場開拓に専念できます。以下のリスク対応策を参考にして基本的な取引条件を売買基本契約書に記載し、取引ごとに変化する納期や価格は個別売買契約書に記載します。

・海外企業との係争リスク
海外企業との取引で問題が発生した場合、重要になってくるのが準拠法と係争地です。準拠法と係争地を「日本」とできることがベストですが、相手先企業が日本企業の現地法人などの特殊要因がない限りは「日本」にはできないと認識してください。したがって、それを前提に第3国を提案して交渉することになります。第3国としてはシンガポールがよいとされています。その理由は、①英国法を参考とした法体系となっている②公用語が英語である③政治が安定しているなどの点があります。
ただし、国際取引の場合でも遵守が必要となる日本の法令が存在します。該当する日本の法令は必ずTerm&Conditionsの1条件とし、契約書に盛り込みます。
・定義漏れによる誤解リスク
国内契約であれば日本の法令が適用されるため、大雑把な契約でも問題化するリスクは少ないかと思いますが、日本の法令を準拠法としない国際取引では日本での常識は通用しません。
例えば、国内取引であれば契約当事者間の資本金により「下請代金支払遅延等防止法」(下請法)が適用され、より小規模な事業者が保護されますが、国際取引では下請法は適用されませんので、支払い条件を詳細に定義する必要があります。このように取引に関連するTerm(用語)は必ず詳細に定義するよう心がけましょう。
・為替リスク
為替予約や通貨オプションが為替リスク対策として一般的ですが、為替リスク対策にかかるコストが難点です。このため、契約によりコストを発生させずにある程度為替リスクを軽減することを目指します。国際取引では一方が為替差益を得れば他方は為替差損を被る傾向にありますので、双方の為替メリットとデメリットを共有する契約を締結することが有効となります。
米国企業と1ドル=100円を前提に契約締結する場合に、為替の±5%以上の変動分の半分を調整する考え方を例示します。
- ~95円:(95―実レート)/2を為替調整します。
- 95円~105円:為替調整しません。
- 105円~:(実レート-105)/2を為替調整します。
円ドルレートが85円/ドルから115円/ドルまで変化した時のドル建て価格は下図のように変化します。

ただし、取引毎にドル建ての取引額が変化してしまうと双方の事務手続きが大幅に増加する可能性があります。製品の特徴に応じて前月末日の特定時刻の為替レート(売買の平均値)で当月のドル建ての取引額を決める方法など、一工夫加えるとよいかもしれません。
・代金回収リスク(海外企業への販売時)
代金回収リスク軽減策としては銀行L/C(信用状)を使って決済することが一般的ですが、製品輸送期間での代金回収リスク軽減策に過ぎません。一般的に製品や製品のユニットを提携先に販売する場合、契約書で定めたLT(リードタイム)を守るためには、あい路部品や原材料の在庫が必要となるケースが多いと思います。売買基本契約は締結しているが、個別ロット契約などの個別売買契約は未締結の状態で、それらの部材を手配・在庫することが必要となります。そこで売買基本契約交渉時にどの時点でコストが発生するのかを明確にし、そのコストをどのように負担するかを契約に明記することで代金回収リスクの軽減を図ります。
・在庫増リスク(海外企業からの購入時)
製品の販売が当初の販売計画に達しないこともあります。売買基本契約に記した製品や製品のユニット全数を1度に購入してしまうと在庫が大幅に増加し、資金繰りが急速に悪化し経営が成り立たなくなるリスクがあります。発注数量増により取引価格は抑えたいが在庫増のリスクは回避したいときの方法としては製品特性に応じた以下の対応方法が考えられます。
- 売れ行きに応じて売買基本契約の下で繰り返される個別売買契約を、キャンセル料支払いによりキャンセルできるようにします。
- 個別売買契約にて発注した製品の引渡し時期を、ペナルティ料を加算して遅らせます。
・競合他社による買収リスク
企業買収が盛んな昨今では提携会社が競合他社に買収されるリスクが常にあります。提携先と良好な関係を構築していても、競合会社が経営権を握ると良好な関係の維持が継続できなくなり、さらには、契約が一方的に打ち切られ自社のビジネス継続が困難となるケースもあります。ビジネスを再構築するまでの期間を確保することや、契約継続または解除の権利や、同一内容での契約継続権利が重要となります。自社が購入者/販売者となる各ケースにおいて、相手先に経営権の変更があることを想定しておくことをおすすめします。提携先企業が他社から買収提案を受けてしまうと対応することが困難となりますので、良好な関係を構築できている間に以下のような条項を入れ込むようにしましょう。
- 購入者の場合:経営権変更前の購入価格にて○年間必要とする数量を購入する権利、および、契約解除権を有する。当該製品のビジネス特性により購入可能期間を事前に設定しておきます。
- 販売者の場合:経営権変更前の契約数量・価格での買取義務を負わせる、および契約解除権も有する。経営権非変更側が有利と思う方を選べるようにしておきます。
競合他社による企業買収目的が競合他社排除の場合、買収実施前のデューデリジェンス(被買収企業の経営状況の確認、保有契約書チェックも含まれる)で、買収リスクを回避する条項が存在していることが分かれば競合他社は企業買収自体を取りやめる可能性もあります。
・PL(製造物責任)事案・リコール事案に関わるリスク
ビジネスを継続しているとPL事案やリコール事案に巻き込まれる可能性は多々あります。製品安全問題への対応で、自社や海外提携先の事情を優先し、消費者や使用者の安全をないがしろにした結果、企業価値が大幅に毀損し、倒産や廃業に追い込まれる企業が後を絶ちません。各国のPL法における損害賠償責任は、日本では輸入業者、米国では製造業者が負うなど、統一がなされていません。事案発生時の原因究明・対応策策定・対応策実施・発生コスト処理・マスコミ対応などの責任分担をあらかじめ明確に定めておかないと、対応が遅れ大問題に発展しかねません。PL事案では解決までのスピード感が必要です。
・その他取り決めが必要な事項
上記に取り上げた事項以外にも事前に取り決めておくべき事項があります。
- 品質保証の内容と期間
- 製造中止までのプロセス
- 保守部品の供給可能期間
- 取引品の変更管理
- 守秘義務
契約交渉における注意事項
今回解説した直接貿易契約のリスク回避策は、契約当事者である双方が平等に同じ権利と義務を保有することが前提となります。提案前に双方が義務を負うことが可能かご確認をお願いします。これらのビジネスリスクとその軽減・回避策を参考にし、直接貿易契約に踏みだしていただければ幸いです。

羽原 淳
ライター、コンサルタント
岡山県出身。東北大学卒業後、医療機器企業に入社。画像診断機器の開発・製造・事業企画/管理などの職務に従事する。事業企画/管理業務では、米国、欧州、中国の企業との業務提携交渉に携わる。
2020年中小企業診断士登録、栃木県中小企業診断士会所属。
お問い合わせ先
株式会社プロデューサー・ハウス
Web:http://producer-house.co.jp/
Mail:info@producer-house.co.jp
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