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実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第54回) 

実は著名人頼みではない!(小杉織物株式会社)

実は著名人頼みではない!(小杉織物株式会社)

前回の「世界初のクラフトコーラ」に引き続き、このコロナ禍でも消費者が振り向いている商品事例をお伝えしましょう。

商品は何か。上の画像にあるようにマスクです。「いや、こういう状況下なのだからどんなマスクだって、一定数以上は売れているだろう」と思われるかもしれませんね。でも、このマスクはちょっと特別なものと言っていい。

まず、主たる素材は絹です。不織布のマスクだと肌荒れを気にする人もいらっしゃるようで、その意味でも、肌ざわりが穏やかなこの絹のマスクに注目が集まっているのでしょうね。

さらに言うと、この絹のマスク、今年(2020年)の4月に第一号商品を発売しています。この時期、マスクを製造するための原材料が払底していて、普通ならまず新商品など出せるようなタイミングではなかったんです。なのに発売できている。しかも作っているのは、それまでマスクとは無関係だった小さな町工場です。これ、どういうことか。

どれくらいの規模でヒットしているのかも気になりますね。4月の発売当初は、頑張っても1日50枚の生産が限度でした。しかし人気が急上昇したために、すぐさま1日500枚の生産体制に増強。さらに現在では1日8000枚を生産し、しかもそれらが全部ちゃんと捌けているといいます。

このマスク、値段は1枚2000円前後です。素材が絹だから、やっぱり高い。それにもかかわらず、これだけの数が出ているのだから、もう立派なヒット商品でしょう。

先に種明かしを少ししますと、このマスク、皆さんも一度は耳にしたことがあるかもしれません。7月なかば、将棋の藤井聡太さんが大事なタイトル戦に臨む際に着用していたのが、この絹のマスクでした。すると、ネットで「あのマスク、いったいどこの商品なの?」と話題を呼び、そしてこの町工場製のものだとわかった。まさにネットでバズった(大きな反響をもって情報拡散した)格好で、そこからこのマスクはさらに爆発的な売れ行きをみせています。

ただし……私、この段階で推察したのですが、この絹のマスクって、藤井聡太さん効果でさらに売れたのは事実でしょうけれど、ヒットの源泉はもっとそれ以前にあるのではないか。そう思いました。で、この町工場まで足を運んで、実際に話を聞くことにしました。すると、やはり予想通りと言いますか、ネットでバズる前の経緯にこそ、このマスクのヒット要因があるとみるのが適切と確信しました。

ここが大事なんですけれど、この町工場が藤井聡太さんに働きかけて、このマスクを着けてもらったわけでは決してないし、「あれ、うちのマスクですよ」と声高に叫んだわけでもなかったようなのです。

順番にお話ししていきますね。

浴衣帯のトップシェアだったが

実は著名人頼みではない!(小杉織物株式会社)

この町工場、小杉織物といいます。福井県坂井市にある企業で、主力商品はもともと浴衣用の帯でした。浴衣帯の国内シェアは9割を誇ると聞きます。

浴衣帯の市場でトップシェアを獲れたのは2000年前後だったそうです。先代の社長だったころはさほど注力していなかったのを、現在の社長が先代から跡を継いだ時点で、浴衣帯へのシフトを決心したらしい。それはなぜ?

「低落傾向にある和装商品のなかで、少しでも可能性のある領域を攻めたかったんです」

どういうことか。1980年前後、和装業界全体の市場は年間2兆円もの規模があったそうです。しかし、現社長の目には、この先は衰退する業界と映った。実際、同市場は現在では2000億円規模と10分の1に縮小しています(さらに言うと、2020年はコロナ禍の影響で600億円規模に留まりそう、とも)。

ならば、その和装関連にあって、どこに望みを託すか。現社長は浴衣帯に工場の将来を託したというわけです。確かに浴衣は若い人も着ますからね。そして、安価な浴衣帯を供給する中国企業に対抗するために、数億円をつぎ込んでわざわざ専用の機械まで他社と共同開発しています。

その判断は正解だったようで、社長が跡を継いだ時点で従業員は7〜8人だったのが、現在では110人を数えるほどに成長を遂げました。2005年度には年間6億円の売上高にのぼっており、その後も業績は伸長。昨年(2019年度)は12億5000億円となっていました。

ところが、このコロナ禍です。

休業を宣言した翌日に…

実は著名人頼みではない!(小杉織物株式会社)

「注文がほぼゼロという状況に陥ってしまいました」

小杉織物の浴衣帯事業は、社業の8割ほどを占めていたそうですが、その注文がぱたりと止んだ。残り2割は振袖の帯でしたが、こちらもほぼない。

「織るべきものが、もうないんです」

社長は3月30日、従業員を集めて、こう伝えました。

「休業せざるをえない。申し訳ない」

従業員のなかには、生活のためにアルバイトをしてもいいかと尋ねてくる人もいたそうです。社長としては、それを認めざるをえなかった。本当に苦渋の判断だったのですね。

ここまで社長は、浴衣帯の製造に着手し、専用の機械の開発までに携わり、そして従業員を10倍以上に増員してきました。成功の連続と言ってもいい。それが、コロナウイルスの感染拡大という外的要因によるものとはいえ、休業を呼びなくされたのですから、その場面での気持ち、察するに余りあります。

3月30日の休業宣言の後、同社はどうなったのでしょう。

その翌日には、私、すぐに動きました

どう動いたのか。マスクづくりを思い立ち、翌3月31日に社長は即座に試作品を拵えようとしたというのです。

なぜ、いきなりマスクなのか。この時期にマスクが求められていたことはもちろん覚えてはいますけれど……。

「うちの工場のなかにある素材で、マスクを作れないか、と閃いたんですよ」

浴衣帯を長年作ってきたのに、いきなりマスクなんですか。ちょっと突飛にも思えるのですが、どうしてまた?

「いや、考えてみれば、理にかなっているんです」

なぜか……。まず、注文が途絶えたために工場に眠っている絹の生地があるじゃないか。そして、マスク本体の上部に挿入しないといけないワイヤーも、浴衣帯に使うものが工場にあり余っているじゃないか、と。

「しかも、ある偶然にまで気づきました」

浴衣帯の幅は、およそ17センチ。これってマスクの幅と実はおんなじなんです。この上の画像、「いったい何なの」と思われながらご覧になった人、少なくないかもしれませんが、ほら、こうやって合わせてみると同サイズなんです。ということは、浴衣帯用だった生地をそのまま切っていけば、ちょうどマスクの寸法にはまる、ということですね。

あとは、耳にかけるヒモですね。この時期は、社会的なマスク不足のために耳掛けヒモの素材ひとつ、他社からの購入もままならなかったと思いますが……。

へこ帯があるじゃないか

実は著名人頼みではない!(小杉織物株式会社)

すぐ上の画像を見てください。

「工場の機械で作っちゃいましたよ」

社長はそう笑います。材料はどうしたのかといえば、子ども用のへこ帯を作るための横糸を転用したそうです。で、幅わずか5ミリほどのヒモを、帯を作るための機械を稼働させて製造してしまった。

「機械をわざわざ使って、5ミリ幅のヒモを作っているこの景色、先代の社長がもしも目にしたら『何やってんだ!』とびっくりしたと思いますよ」

私が驚いたのは何より、社長がこうしてマスクの試作を完成させるまで、わずか6時間だったというところです。つまり、休業をせざるをえなくなり、従業員に伝えた翌日に、試作品とはいえ、ゼロの状態から半日ほどでマスクをこしらえてしまったという話です。

「何ひとつ、新しい材料を買わずに、6時間で試作品を作り上げました」

そこがすごいですね。私、よく「足許の宝物を大事にすることが、ヒット商品づくりの基本です」とお伝えしていますが、小杉織物の社長は、まさにそれを地で行ってしまった。それも比喩ではなくて、語義通りのものとして。

できあがった、たった1枚の試作マスクを手に、4月3日、社長は京都の問屋に向かいます。

でも、反応はさほどでもなかったらしい。

「『ええやん、これ』とは言われました。でも『コロナ禍は、もう終わりや』とも返された」

当時はそういう意識がまだ社会のなかにあったのですね。京都の問屋は試作マスクをいちおう、スマホで写真に収めましたが、そこから話は進まなかった。

意気消沈して、社長は京都から福井にクルマを走らせます。ところが……。

高速道を走り、帰っている途中で、スマホが鳴ったんです

サービスエリアにクルマを寄せて、社長がスマホを確認すると……。「すぐ戻ってこい」との連絡でした。京都の問屋が撮ったマスクの画像を業者に何気なく見せたところ、すぐさま「これは欲しい」との反応だったそうです。

「その時点で、いきなり6000枚の注文でした。福井に帰った後はそれが9000枚に増え、週末明けの朝には1万5000枚になっていた」

4月6日、社長は従業員全員に電話をかけます。

「休んでほしいと一度はお願いしたが、戻ってきてはくれないだろうか」

みんなが喜んで会社に戻ってきたそうです。そして4月8日、マスクの生産が本格スタートします。

「縫い方ひとつ、もう試行錯誤しながらでしたね。そうしないと注文に間に合わない」

ヒットから注文減、そして

実は著名人頼みではない!(小杉織物株式会社)

4月、5月と、小杉織物が製造した絹のマスクは、大きな反響を呼びました。肌への触感がすこぶるいい、洗って何度も使えるのがありがたい、何よりこのマスク不足のときにこれを買えるなんて……。先ほど述べましたように、1日あたりの増産体制をすぐに整えましたが、それでも品薄となるほどでした。

ところが、です。6月中旬ごろになると、大手どころからのマスク供給が増え、消費者は量販店などでたやすくマスクを手に入れられるようになってきました。

「それまで好調だった動きが鈍り、ある日、ガクンと注文数が落ちましたね」

7月中旬のことだったといいます。社長は再び従業員に相談しました。

「あと2週間もすれば、マスクの注文は完全に途絶えてしまうだろう。そうしたら、作るものはもう何もない。また休業とせざるをえないかもしれない」

その3日後のことでした。藤井聡太さんがマスクを着けた映像を、多くの人が目にすることになりました。

藤井さん効果は“ご褒美”

実は著名人頼みではない!(小杉織物株式会社)

そして小杉織物のマスクは再び、大ヒットすることとなります。

こう考えると、消費行動に影響力ある著名人に商品を使ってもらうのが、ヒットへの近道という話なのでしょうか。

私はそうは思いませんね。実はよく、全国各地の企業から相談を受けるんです。「インフルエンサーをうまく使って、うちの商品を売れませんかね」と。

それはまず無理です、と私はいつも答えています。インフルエンサーというのは、その人が商品を紹介したり手にしたりすると多くの消費者に影響をもたらすような存在(YouTuberやInstagrammerなどですね)を指す言葉です。彼ら彼女らの持つ力は確かに大きいものがあります。でも、企業の側から「これ、ネットで宣伝してください」と動くのは話が違う、と私には思えてなりません。

インフルエンサーがインフルエンサーたるのは本来、企業の意向とは無関係のところで、本人の意思でその商品を取り上げるからですよね。だからこそ消費者が素直な気持ちで共感し、購買行動を起こす。それを、企業から「これ、よろしく」というのでは、消費者にその下心が透けて見えてしまいます。消費者の賢さを侮ってはいけません。下心が見え隠れした瞬間に、消費者はそっぽを向きますよ。昨今は、インフルエンサー・マーケティングという言葉まで登場していますけれど、私はこうした点から、あまり賛同はしていませんね。

小杉織物の場合、どうだったのか。

「映像を観た従業員みんなが感じたのは、『これでまたマスクが売れるかも』では全くありませんでした」

では、どのように感じていたのでしょう、

「『こんなすごい人が、うちのマスクを真剣勝負の場で着けてくれた』という喜びだけです。私もそうでした」

これでいいと思います。影響力ある人が商品を手に取り、その情報が拡散するのは、いわばご褒美のようなもの。そのように捉えるのが筋ではないでしょうか。

小杉織物の今年度売り上げは、すでに13億円を超えているといいます。つまり、昨年度実績をすでに上回った。このコロナ禍で、主力の浴衣帯の注文が2月以降はぱったりと途絶えているにもかかわらずです。

これ、インフルエンサー効果によるものでしょうか。いや、休業の翌日に、社長みずから即座に動いた、しかも足許にある素材に注目した、だからこその話と捉えるべきではないかと、私などは思うわけです。藤井聡太さん効果は、そうした奮闘があった後に偶然もたらされたもの、と考えたほうがいいでしょうね。

北村 森

北村 森

商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)

PROFILE

富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。

月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。

中日新聞/東京新聞「北村森のモノめぐり」、婦人公論「女の気になるキーワード」、家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」など、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。

日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)
MM総研大賞 審査委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
特許庁 地域団体商標広報企画 ワーキンググループ委員

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