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実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第51回) 

続・中小企業でもイノベーションは起こせる!
(株式会社ハッシュ)

続・中小企業でもイノベーションは起こせる!(株式会社ハッシュ)

この連載の第1回、三星刃物の事例で、私は「中小企業でもイノベーションは起こせる」と綴りました。
ここでいう、私の考えるイノベーションとは「それまで存在しなかった商品を世に送り出して、それを手にする人の“生活や仕事の景色”を変えること」です。これは第1回の冒頭でも綴りましたね。

ではどうやって中小企業がイノベーションなど起こせるのか、という話です。重要なのは、イノベーションというのは、なにも大企業が巨額のコストをかけて獲得した凄まじい新技術のようなものが必須というわけではないのですね。すでにあるもののなかにイノベーションへのヒントが隠されていることって、結構あるんです。

先にお伝えしてしまうと、「総当たり戦をいとわない」ことが重要だったりします。簡単に表現すると、「考えうる、すべての組み合わせを愚直に試す」。そのことだけでイノベーションを生む技術をものにすることができることがあります。三星刃物のチーズナイフなどまさにそうで、刃渡り、刃の厚み、刃の付け方、この3つの組み合わせのなかで、できることをとことん試した。その結果、どんな硬いチーズも柔らかいチーズもすんなり切れるナイフができた。

第10回のバーミキュラも同じです。超高機能な鋳物ホーロー鍋を、小さな町工場が開発して大ヒットを生んだという事例ですが、鋳物にホーローがけする技術は、日本国内の大手メーカーが数十年かけても会得できない状況にありました。それをこの町工場がやってのけたのは、ただただ真っ正直に「すべての組み合わせを試したから」だと聞いています。
もちろん、簡単な話ではありませんね。時間もかかるし、根気が必要です。途中で手を止めてしまいたくなる場面もあるでしょう。でも、そこを突き抜けた先に答えが待っているかもしれない、というわけなんです。

で、今回取り上げる商品も、いま挙げた2つの事例と同様に、まさにまさに!という感があるものです。
ものは何かというと、衣類のシミ抜き剤。そのパッケージには次のような文字が躍っています。

「あきらめていた衣類のシミもスポッと取れる!」

なんだか通販商品の謳い文句のようで、ちょっと眉唾にも思えるのですが……。でも、このシミ抜き剤、値段が10ml990円もするのに、2008年に発売となって以来、累計で38万個も売り上げているヒット商品です。商品名は「スポッとる」といいます。

私がこの商品のことを今回綴りたくなったのは、もちろんその機能性に驚いたこともあります。醤油シミは簡単に取れたし、それこそずっとあきらめていたジャケットの衿裏のひどい汗ジミ(何軒ものクリーニング屋さんに頼んでも取り除くのは無理で、もう捨てるしかないと思っていた……)もあっけないほどに落ちました。
でも、それ以上に唸ったことがあったんです。それは、この「スポッとる」の開発経緯でした。もう文字どおり、「総当たり戦で臨んだ」としか言いようのない話でした。

父親から「無理するな」と…

続・中小企業でもイノベーションは起こせる!(株式会社ハッシュ)

まずお伝えしておきたいのは……。「スポッとる」を開発した株式会社ハッシュの代表はこう言います。

「これを商品化するつもりは全くなかったんです」

どういうことか。ハッシュの代表はもともと、東京・大井町で60年間続いているクリーニング屋の娘さんなんです。
彼女は家業を手伝っているなかで、しばしば、お客さんからこう言われたといいます。「丸洗いしてほしいからこの服を出すんじゃない。シミを消してほしいからですよ」と。

ところが、既存のシミ抜き剤ではうまく消えてくれない。従来のシミ抜き剤というのは、シミをこそげ取るか、色を消すという手法だったのですね。これではうまく取れなかった。
しかも既存のシミ抜き剤には、もうひとつの泣きどころがありました。口紅にはこれ、醤油にはこれ、といったように、シミの種類によって分かれていたそうです。

「でも、それは現実的じゃない。お客さんの持ってくる衣類のシミは、いつ、どこで、何がついたためのシミか、分からないものが大半ですから」

つまりは、大半のシミに有効であり、しかも衣類の生地を傷めないシミ取り剤があればいいのですが、そんなものはなかった。
それでもお客さんのためにシミをなんとかしたいと、店の中で試行錯誤を繰り返していたのですが……。

「父から叱られました。『無理するな』と」

シミを落とそうと前のめりになった挙句、強いシミ抜き剤で衣類を傷めてしまったら、お客さんに弁償しないといけないですから、お父様としては「シミが落ちなかったら、そのことを伝えて返却するしかない」」というわけですね。
でも、彼女は、父親に隠れてシミ抜きに臨み続けたそうです。父親にそれがばれてしまい、「もうシミ抜きはやるな!」と厳命されもしました。

それでも止めなかったのは?

「シミが落ちるのを期待しているお客さんの気持ちに、どうにか応えたかった」

「シロウト考え」にヒントが

続・中小企業でもイノベーションは起こせる!(株式会社ハッシュ)

ここで彼女はどう考えたのか。

「化学などの専門家でない私のシロウト考えかもしれないとは思ったのですけれど、要するに、胃液のようなシミ抜き剤があればいいんだ、と」

衣類に付くシミは食べこぼしが多いそうです。

「胃袋って、食物は消化しますが、胃袋や骨は溶かしませんよね。そういうシミ抜き剤が開発できればいいはずと思ったわけです」

すなわち、シミは落とすが服は傷めない、というものですね。彼女がシミ抜きに挑戦し始めてから、この理屈に気づくまで3年かかりました。
でも、ここからが大変ですよね。彼女には化学の知識はない。

もう、総当たり戦でした

そうなんです。今回の原稿冒頭で触れた「総当たり戦」という言葉が出てきたのは、ここでした。ああ、やっぱりそうなのか、と私は膝を打ちましたね。
具体的に、彼女はどう動いたかというと……酢酸や重曹、炭酸など、考えられる物質はすべて試したそうです。答えに出逢えたのはその1年後。つまり、彼女がシミ抜きと格闘し始めてから(しかも父親に「もうやめろ」と言われながら、です)、4年が経っていた段階でした。

総当たり戦の結果はどうだったのでしょう。彼女によると、過酸化水素をごく薄く配合するのがベスト、という結果を導き出せた。
そして、ただ単に、過酸化水素がいいと見出したわけではなかったといいます。

「私、考え違いをしていたんです」

それまで彼女は、シミ抜きに即効性を求めながらテストを繰り返していました。まあ、普通に考えればそうなりますね。物質をシミのあるところに塗って。パッとシミが取れるかどうか……。
ところが、です。それは必ずしも正しいアプローチでなかったことが分かった。

「これを塗って、24時間放置してみたら、見事なまでにシミが取れた。ああ、『時間』にカギがあったのかと、やっと見つけ出せました」

塗って24時間置いておくと、シミがばらばらに分解されるような格好で、生地から離れ、埃がはらりと落ちるように取れていく。つまり、無理にこそげ落とすのでも、色だけを消すのでもない。もし一度で取りきれなかったら、また塗って再び24時間放置した後に水で流せば、ちゃんと落ちる。

「即効性を求めていたから、どうしても強い成分に目が行きがちですが、そうなると生地を痛めてしまいます。24時間という『時間』を味方にすれば、必ずしも強い成分にこだわらなくてよくなります」

ここに気づけたのが大きかったのですね。私、思うのですが、この発見はただの偶然ではなく、彼女が数年間かけて開発を必死に続けてきたからこそもたらされたものでしょう。第46回、ミウラ折りを機械化できるまでの経緯を彷彿とさせます。

さらに11年間、成分改良を進めながら、家業であるクリーニングの現場でこれを使い続けました。で、あるとき、馴染みのお客さんからこう声をかけられたそうです。

「どうしておたくの店に限って、こんなにシミが落ちるの?」

この一言で、彼女は決断したといいます。

ああそうか。これを商品化したら、世界中の人が自分でシミ抜きできる

最初は売れなかったが…

続・中小企業でもイノベーションは起こせる!(株式会社ハッシュ)

とはいえ、2008年の「スポッとる」発売当初は、さほどのヒットではありませんでした。それでも、自分が手作りしたものが1個でも2個でも売れたことにびっくりした、と彼女は振り返ります。
では、累計38万個販売への道は、どこから始まったのか。

あるとき、東急ハンズの担当者から連絡を受けたそうです。「これ、シミが落ちますか」との問いに、彼女は「私、クリーニング屋ですから……。ちゃんと落ちますよ」と答えます。すると「だったら売れますよね。ぜひ自分で売ってみてください」と返された。

「店頭での実演販売など、やったことがありません。不安でしたが、『やりたいです』と伝えました」

それが2010年のこと。でも、1日じゅう店頭に立って、売れたのはわずか1個だけという日もあったそうです。

「ふらりと寄ってきてくれたお客さんがいても、『シミ抜き?もう持っているよ』と言って、すぐに離れていく感じでしたね」

そのときに助けてくれたのが、周囲の販売スタッフだったそうです。「この現場でシミを実際に付けて、そこから実演を始めるといいですよ。『そして24時間経った状態がこちら』というふうに」とアドバイスを受けた。
彼女はそれをすぐさま実行に移しました。2010年から東急ハンズに2年間通い、最後には1日で200個ほど売れるところまで持っていったそうです。

あきらめたら進歩がない

続・中小企業でもイノベーションは起こせる!(株式会社ハッシュ)

この「スポッとる」、実際に使ってみると分かるのですが、シミを無理やり落とすというのではなくて、先ほどお伝えしたように、シミそのものがごく自然にはらりと落ちるような感じなんです。商品化まで15年かけ、成分や使い方を精査しただけのことはある、と理解できましたね。
よくここまで粘り腰で臨みきったと思います。それを支えたのは、なんだったのでしょうか。

あきらめたら、クリーニング屋として進歩がないじゃないですか

彼女はそう笑います。そしてこうも語ってくれました。

「私、自分で集配を担当していました。お客さんの顔を常に間近に感じていたわけです。だから『できませんでした』とは言いたくなかった」

その気持ちが、開発から商品化までの15年間、そして、その後の大きな進展をも支えたということなのですね。

38万個を売り上げ、いまもヒットを続ける「スポッとる」ですが、このシミ抜き剤、実家のクリーニング屋でも引き続き、活用しているそうです。

「『これがないと商売にならない』と、いまでは家族も言っています」

北村 森

北村 森

商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)

PROFILE

富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。

月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。

中日新聞/東京新聞「北村森のモノめぐり」、婦人公論「女の気になるキーワード」、家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」など、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。

日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)
MM総研大賞 審査委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
特許庁 地域団体商標広報企画 ワーキンググループ委員

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