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実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第49回)

飲食店から、いま学ぶ!(高はし)

飲食店から、いま学ぶ!(高はし)

「事業の危機は一度ではない」という話は、第47回の家族旅館「澤の屋」の事例でもお伝えしていました。1970年代後半から新興ビジネスホテルに客を奪われて存亡が危ぶまれながら、勇気を出して外国人観光客に照準を定め、見事なまでの復活劇で人気旅館の座をつかんだ。ところが今年(2020年)のコロナ禍で第二の危機に見舞われた。さあ、そこからどうしたか、という話でしたね。

このコロナ禍で大変な業界はそれこそ、ここに綴りきれないほど存在します。そのなかのひとつが飲食業界であることは、間違いのないところかと思います。ただ、旅館「澤の屋」の例を紐解くまでもなく、飲食店が見舞われがちな危機というのは、今回のコロナ禍がもたらした問題に限りません。時代の移ろいに対してその形態がかなっているか、また、事業承継が円滑に進むか、そしてさらには、思ってもいない事態に襲われてしまわないか……。

数々の店が今も不況に立つなか、今回と次回の2回にわたって、飲食店は逆風にどう立ち向かっているのか、そんな事例をご紹介していきたいと思います。きっと、他業界の皆さんにも参考になるところがあるのではないかと考えたからです。

今回お伝えしたいのは、東京・豊洲市場の場内にある飲食店「高はし」の事例です。

この「高はし」、もともとは、豊洲に移転する前の築地市場の場内に軒を連ねていた魚料理の食堂でした。親方は三代目です。刺身、焼き魚、煮魚と、どれを食べても外れがない。ただ、同じく場内にある鮨屋などとは、ちょっと趣が異なっている面もありました。築地の時代、場内の鮨屋には一見(いちげん)の観光客が数多く列をなしていたのに対して、この「高はし」は馴染みの客が中心だったんです。市場で働く人、市場に食材を買い付けに来た人、そして一般の客ではあるけれども食に聡い人、といった客層が主であった印象です。

同じ市場の場内にありながら、どうしてそんな違いが?
おそらく、良くも悪くも通好みの渋い店だったからでしょうね。11,000円以上はザラですし、釣りもののキンキなど3,500円ほどはしましたから……。それだけのお金を投じるならば、誰にも魅力のわかりやすい鮨を、と考える観光客も多かったのでしょう。その一方で、魚好きの胃袋を築地時代の「高はし」がつかみ続けたのは、値段相応以上の価値をそこに見いだしていたからとも想像できます。焼き魚や煮魚が一皿2,000円ですとか3,000円ですとか、価格だけ見るとずいぶん高いなあと思うかもしれませんが、実際のところ、私には安いとすら感じられたんです。

これだけの上物を街場の料理店で注文したら、いったいいくら取られるんだろう、というほどの品々が、当たり前のように繰り出されていた店です。穴子を柔らかく炊いたのはご飯が進みますし、冬の時期のあんこう煮は酒をぐいぐいと引き寄せます。

市場移転で揺れに揺れ…

飲食店から、いま学ぶ!(高はし)

この「高はし」に限らず、2010年代に入って以降、当時の築地市場の場内にあった飲食店は、大変な状況に立たされました。いや、お店自体にはお客が日参しているので、そこは大丈夫だったのですが、皆さんもおわかりの通り、市場移転問題に翻弄されたのですね。数々の卸業者を直撃した移転問題でしたが、場内の飲食店にとっても、築地から豊洲に移るのか、仮に移ったとして売り上げは変わらないのかなど、心配ごとが尽きなかった。

「高はし」の親方は、早い時期からひとつの決断をしていました。店は豊洲に移転する、そして店内レイアウトを築地時代から大きく変える、というものでした。
築地場内にあった「高はし」は、カウンターに10席で、厨房はかなり奥まった位置にあり、気ぜわしく働く親方と会話を楽しむことは物理的にもまずできないつくりでした。奥の厨房から顔が見え隠れする親方に、ちょっと挨拶をするくらいの感じだったんです。

親方自身、どうもこのつくりには思うところがあったようで、せっかく移転を決めたのだから、と、移転後の新店舗では中のレイアウトを自分の目指す形にしたいと考えたといいます。そして設計を練り、工事に入ってもらい……。

ところが、です。移るはずだった新店舗の内装工事はすでに済んだ段階になって、豊洲への市場移転の時期が揺れに揺れました。コストをかけて、あとは入居するだけとなっていたのに、肝心の移転時期が定まらなくなりました。この時期の親方、心労がかなり重なっていたようです。体調を崩し、築地の店を一時期休止してもいました。

ただでさえ、交通の便がよい築地から、アクセスの面で不安要素の多い豊洲への移転です。客がついてきてくれるかどうか、それは卸業者にとっても、また飲食店にとっても、大きな心配であったことでしょう。そこに移転をめぐる議論が百出したわけですから、当時の各事業者の気持ちは、今をもっても察するに余りあります。

移転を機に、がらりと変えた

飲食店から、いま学ぶ!(高はし)

201810月、豊洲市場が取引を開始。築地から豊洲への移転となりました。

さあ、新しい「高はし」はどのような姿で、お客を迎え入れたのか。この連載で、私はしばしば「何を変え、何を変えないのかを見極めることが大事」と綴ってきました。第30回の「いぶりがっキー」もその好事例でしたし、第37回の「湯宿さか本」の話からも、その大切さを学べました。
「高はし」は豊洲移転を機に、何を変え、何を変えなかったのかをみていきましょう。

まず変えたところ。市場内の食堂でありながら、完全予約制としたんです。朝の7時、9時、11時の3回制。そして、席数は築地時代よりも絞って、一直線にしつらえたカウンターにわずか8席としました。で、その8席のどの位置に座っていても、親方の姿がごくごく近いところに迫ってきます。訪れる客の目の前で、親方が使う魚介や野菜にまつわる会話を交わしながら調理していくという形へと一転させたということです。

完全予約制(それも市場内の店ですから、朝から午前の話ですよ)という点だけではありません。まだ驚きがありました。料理はおまかせのみ。そして値段は平日9,000円、土曜が1万円。さらにいうと、営業は火曜と土曜の週2回で、たまにそこへ木曜が加わるだけです。残りの日は、親方が仕込みに専念する、としていました。

市場場内の店として、もうすべてが異例と言いますか、語弊を恐れずに申し上げますと“変態的な一軒”に生まれ変わったと表現したくなるほどでした。
どうしてここまで思い切ったのでしょう。2018年当時に聞いた親方の言葉を振り返ります。

「いつまでも別れた恋人を想うばかりではだめ。築地を引っ張らない。やりたかったことをやるだけ」。

豊洲初日に提供された料理の流れをざっと記しますね。
まず、山形庄内産ほうれん草のおひたし。極上物とすぐわかります。続いて、帆立貝のさっと煮。親方が目の前で仕上げたのが、まさにさっと出てくる。宮城のヒラメ刺身は、腹側と背側を食べ比べ。豆皿に載せられて渡されました。もうひとつ、羅臼のブリ刺し身も、腹と、腹の二番手、そして背側をひと切れずつ。舌に感じる身肉のきめも、にじみ出す脂も違う。網走の釣りキンキもまた、煮付けができあがるまでの一部始終が眼前で進んでゆく。立派な肝を酒蒸しにしたのが添えてあります。まだ続きます。三陸の牡蠣は味噌汁仕立てになって運ばれ、締めくくりは国産レモンのスライスを三温糖に漬け込んだ可憐なひと皿。

隣の客が「これで1万円なら、ちょっと安すぎるだろ」とつぶやいたのを覚えています。私も全くの同感でした。

魚河岸料理であるのは変わらず

飲食店から、いま学ぶ!(高はし)

ただ、おまかせのコースと言っても、割烹などでよく目にする献立とは明らかに異なっています。割烹のような料理の流れと思わせながら、一皿一皿の姿をつぶさに感じ取れば、やはり、まごうことなき魚河岸料理なんですね。魚介の強さを直球勝負で表しているところなど……。
私には、ああ親方は長年これをやりたかったんだろうなあ、と想像できました。お客の顔を見ながら、最善と思える頃合いで一皿を出してゆくという形態。その一方で、築地時代から変わっていないと思わせたのは、料理人としての意地と言いますか、市場に引き続き店を構えることへの誇りなのかもしれない、とも。

で、ここからなんです。
新しくなった「高はし」は、その特異とも感じさせる営業形態で、魚好きの関心を集めました。土曜日など、3回の予約制ではお客が収まりきれず、13時の回を含めた4回制に増やしたくらいでした。たとえ1万円の値段でも、お客はちゃんとついてきたんですね。

ただし……すべてが順風満帆とまでは言えなかった。平日の予約回はかなり厳しかったといいます。確かに致し方ない側面はありますね。火曜や木曜に、午前からゆったりと過ごせる人って、そう多くはないでしょうから。

豊洲移転から1年が経ったところで、親方は再び決断を下しました。まず、営業日を増やし、月〜火曜、木〜土曜とした(水曜は休市日です)。そして、1万円のおまかせは土曜だけとし、平日はすべて、築地時代と同じく、定食や単品を提供する形としました。

なんだ、1年でほぼ元どおりなのか、と拍子抜けされたかもしれませんね。私もちょっと残念だなあ、と感じたのは確かです。でも……

平日に実際食べに行くと、単品の献立は、土曜のおまかせで繰り出される料理に全く引けを取らないものをずらりと取り揃えていました。むしろ、攻めに出たのではないかと驚いたほどでした。自分の好きなものを気ままに頼める気楽さがありますから、土曜のおまかせとはまた違った楽しさを創出できていた。
一皿5,000円のつぶ貝刺身は、もう言葉を発しないまま食べ終えました。6,000円するメヌキ(一般にはあまり知られていませんが、超高級魚です)の頭を煮た一品は、酒好きならたまらないはずです。こうした献立が、平日の単品メニューに当たり前のように並んでいます。

1年で営業形態を一部変えましたけれど、これを失敗と思わずに続けたい」

親方はそう語っていました。そうなんですね。プロセスのなかでのつまずきは決して失敗とは言い切れません。そこからの動き次第で、成功への序章と位置付けることだってできるわけです。
こうして「高はし」は、平日、土曜と、2つの顔をもつ店として、着実に新店舗でも進展を遂げていきました。

今春、コロナ禍が直撃した

飲食店から、いま学ぶ!(高はし)

そこに今春、コロナ禍が店を襲いました。

新生「高はし」の常連客は今や多岐にわたっていて、台湾などのアジア圏から年に何度も通う人も少なくありませんでした。都内にあるミシュランガイドの三つ星レストランと、ここ「高はし」をめぐるのを目当てに来日する海外客などもいたらしい。いや、海外に限ったことでなく、国内の地方都市からわざわざ月に何度も訪れるお客も多く存在していました。
そうした人たちが東京の豊洲まで足を運べなくなってしまった。来客数が激減しても致し方ないところです。来られる客といえばまず、豊洲市場の関係者くらいですから。

それでも「高はし」は緊急事態宣言下の数カ月をなんとか乗りきったと聞きました。場内を中心とした馴染みの客が支えてくれたんです。それはまさに、原稿冒頭でも触れた47回の「澤の屋」と似たような話です。「澤の屋」の場合は、近隣の店々のご主人たちが、苦境に立った宿を支えていましたね。

この状況下でも親方は前向きでした。話を聞くと……。

こういう厳しいときだからこそ、いつも以上に極上物の魚を仕入れられるんですよ

飲食店が逆風状態のため、豊洲市場にせっかくいい魚介が揚がっても、買い手がつきにくい。そこで、「高はし」の親方は、仲卸の支えになるという気持ちも込めて、思い切ってとびきりの質の魚を買い付けたという話です。「高はし」の親方にすれば、リスクもあったでしょうが(お客が来なければ、それだけべらぼうな魚介を買い付けても無駄になる恐れがある)、全く躊躇しなかったというのですね。そして今度は「高はし」を訪れる客の側が、果敢な姿勢を続ける親方を支えるような格好でそうした高級魚に手を伸ばした。

結果、「高はし」は逆風下をなんとか生き延びようとしています。

この店でないとという「確信」

飲食店から、いま学ぶ!(高はし)

親方はしばしば苦笑します。

日本一値段の高い食堂ですから

いえ、価格が高い以上のものをお客が得られているからこそ、客足が途絶えてしまうことがなかったのだと思います。

「高はし」が全国で最も美味しい魚料理の店かどうか。私には自信をもって答えることはできません。ちょっと冷静に考えれば、たとえ全国のどの店であったとしても、きっとそこまで言い切ることはできないでしょう。食の評論家でも、この一軒だと断言するのは難しいのでは、と私は思います。

ただし、こうなら言えます。美味しい魚を食べている、ほかのどの店にもましてそんな確信を抱ける店かもしれない。カウンター越しに親方と交わす会話、力強さがみなぎる料理、そして親方からにじみ出ている矜持……それらが重なって、「この店でなければ」という確信をしっかり持てる一軒となっているような気がします。

お客にそうした確信を抱かせる。飲食業界に限ったことではなく、それは商品開発のカギのひとつではないでしょうか。そして、お客が抱く確信は、店のスタイルが少々変わらざるをえなくなったとしても、そんな簡単に揺るがないものであるのかもしれません。

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