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実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第48回)

一発芸を貫くべき場面!(株式会社トネ製作所)

一発芸を貫くべき場面!(株式会社トネ製作所)

まあ、まずは上の画像をご覧ください。今回取り上げる商品は何か。長さ15センチ弱のステンレス製のキッチン小物です。スプーンのようでいて、先端は円形状に線になった形ですから、何かをすくうことはできません。

画像にあるように、生卵を溶きほぐす、ただそれだけのための商品なんです。で、いくらかといえば、4,290円。卵を溶くためだけに4,000円超も出費する人なんているのかと思われるかもしれませんね。でも……昨年発売してすぐ、東京都内の百貨店の催事に出店したところ、わずか6日間で315本も売れたというスタートダッシュを果たしています。その後もじわりじわりと認知度を高めているとも聞いています。

その名を「ときここち」といいます。開発したのは、東京都荒川区にあるトネ製作所。この小さな町工場にとって、「ときここち」は自社ブランド商品の第一号です。

もともとは精密板金加工を得意領域としている同社。例えば、北陸新幹線の車両の扉を吊っている金具、あるいは駅のホームにある防護柵の機構部分などを手がけてきました。

要するに、うちの製品は『見えないところについている』わけです

それが今回、“見える製品”を作ったのは、どうしてなんでしょうか。

「町工場をやっていると、さまざまな波がありますね。どんな状況であっても『心の支え』になる製品を作りたかったんです」

なるほど。価格も販売戦術も自律的に決められる自社商品があれば、たとえその売り上げが微小なものであったとしても、気持ちのうえでの支えになるという話は想像に難くないですね。この連載前回の澤の屋の場合、頼みの綱である外国人観光客がいなくなったコロナ禍の状況下で、地元客が日帰り利用に訪れてくれたのがまさに心の支えになっていますし、連載第1回の三星刃物の場合でいえば、今回のトネ製作所のケースにもっと近いですね。自社ブランド製品の売上比率は同社全体のわずか5%程度といいますが、その5%に数字以上の大きな意味があったという話でした。

トネ製作所は創業から58年が経つ町工場です。10年ほど前までは年間の売上高が10億円ほどになることもあったそうですが、その後は年々減少。昨年(2019年)は3億円強でした。そういった状況下で、思い切って自社ブランド第一号を世に出したということですね。

でも、ですよ。繰り返しになりますが、生卵を溶くだけの道具に、人は4,290円の価値をどう見出すというのでしょうか。

見事なまでに溶きほぐした

一発芸を貫くべき場面!(株式会社トネ製作所)

やってみなきゃわかりませんから、私、実際に自腹で購入して、「ときここち」を使ってみました。20秒ほど溶いた結果が上の画像です。
ああ、これはすごいわ。黄身と白身がほぼ完璧と言っていいほど、美しく混ざりきりました。この状態になった卵をそのまま卵焼きにしたら、きめ細かな、思わぬほどの美味しさに仕上がってくれました。

それがどうした、と思われる方も少なくないと思います。生卵を溶く作業なんて別に大した話じゃないだろう、と……。
そういうご感想を抱く方が相応数いることもわかります。でも、料理を多少嗜まれる方であればピンときますよね。ああ、これ便利だというふうに。

この「ときここち」がきわめて面白いのは、決して万人向けの商品ではないというところです。おそらく今後も100万本超を売り上げるというところまでは到達しないかもしれません。でもきっと数万人は「これが欲しかった」と、この商品の価値をたちどころに感じ取るはず。実際、先ほどお伝えした百貨店の催事の現場では、すぐさま「これ、いいわね」と手に取った主婦層が多かったらしい。

中小企業が開発する自社ブランド商品って、メガヒットでなくとも十分な経営上の成果を上げられる可能性がありますよね。そもそもの企業規模が巨大なわけではないのですから。だったら、なおのこと、万人向けの商品を繰り出すよりも、尖った商品で、確実に「ある特定の層」の心に刺さるものを世に問うべきとも、私は思います。そうしてこそ、中小企業の矜持が反映された一作が生まれるとも。

この連載でいうならば、第2回のデアルケ200%トマトジュース、あるいは第7回のエストのマスクがそうですね。発売当時の市場を考えると、大企業ならばまず開発に踏み切らなかったでしょうけれど、どちらも中小企業の規模としては十二分なほどの成果を遂げました。それは双方の事例ともに、たとえメガヒットまでいかなくとも、社業にとっては大きな意味を持つと考えたからこその商品開発だったわけです。そして結果としては、ともに大ヒットと言っていいほどの実績になっていますね。

だから、今回のトネ製作所の「ときここち」を、あまりにニッチ(隙間市場狙い)だと一笑に付すことは決してできないと思うのです。

ステンレスの一体構造で

一発芸を貫くべき場面!(株式会社トネ製作所)

これが「ときここち」の本体です。どうでしょう、かなり美しい形状だと思いませんか、曲面の作り込みが特に……。

「本体が曲面になっているのにも意味があるんです」

そうか。キッチンにこれを置いたとき、本体がこのようにカーブしていれば。先端部が浮きますよね。生卵を溶く前も、溶いたあとも、先端部がキッチンの表面にペタッと触れない、という意味がある。
聞くと、この本体のカーブ、図面がないそうです。

「設計図に起こせないような微妙なものなんです。だから、うちの職人は、製造見本を参考にしながら、このカーブを本体につけている」

百戦錬磨の町工場であっても、それほどに加減の難しい曲面だったのですね。
そしてこの本体は、ステンレス1枚の板から成型しているとも聞きました。溶接ではないのですか。

「そうです。1枚の板から、先端部分のコンマ7ミリの円形を残すようにして形を作っています」

なぜ、わざわざ1枚の板から?

「そのほうが、経年劣化に強くできるからなんですね」

なるほど、理由があるのですね。さらに尋ねると、この先端部分こそが「ときここち」の生命線らしい。
どうして生卵が見事なまでに美しく溶き上がるのか。確認したら、この先端部分の「コンマ7ミリの円形」のところに意味がありました。

「この部分で、卵白を細かく切っているんです」

そういうことだったのですね。卵白って、箸でもサジでも、あるいは泡立て器でも、つるんと滑って逃げるから混ざりにくいわけです。「ときここち」の場合、この先端部分が卵白を逃さないという話です。

今ある設備を使っているから…

一発芸を貫くべき場面!(株式会社トネ製作所)

それにしても……。経営を続けるうえでの心の支えになるから自社ブランド商品をものにしようとしたという動機はわかりました。また、商品を完成させるのに、この町工場の技術を生かしているというのも理解できました。でも、自社ブランド第一号を、しかもこの町工場逆風の時代に作り上げようというのは、ある意味で怖くはなかったのでしょうか。納入数量や価格が予め見えている、法人向けの部品製造と異なり、今度は全てが自分の会社にかかってくるわけですからね。

いえ、怖くはなかったんです

なぜか。この「ときここち」の開発や製造にあたっては、新規の投資はほとんどなかったようなのです。今ある設備を使えば、商品形まで持っていくことができるものだそうで、あとは外箱の製作依頼を外部にかけるなどといった部分が残るだけなのですね。

「そうなんです。うちの持っている技術や設備でほぼすべて完遂できる商品なわけです。この点は大きかった」

足許にすでにあるもの(職人さんの存在も含めてです)を活用しての商品開発だったから、ここまで思いきれたのですね。
いや、それでもまだ尋ねたいことはあるます。同社の技術を使って完成をみた商品であることは理解できましたが、そもそもなぜ生卵を溶きほぐすキッチン小物だったのでしょうか。

その答えは、実に単純明快なものでした。

4度の“瞬殺”を乗り越えて

一発芸を貫くべき場面!(株式会社トネ製作所)

「実は……私の妻が、卵白嫌いだったんです」

そこですか!奥様のためだったのですね。聞くと、卵焼きに少しでも白身が混ざっていないところが残っていると、奥様はそこに箸をつけないほどだったといいます。
まあ、正確に言うなら、奥様が白身嫌いであることを大きなヒントとして、同じように白身が残った状態を敬遠する方は少なくないだろうと踏んで、開発に乗り出したということなのでしょう。

ただ、実際に、奥様のインプレッションは相当に大事だったようです。

試作品をこしらえては、妻から“瞬殺”をくらうのを繰り返していました

上の画像が、お蔵入りになった試作品の歴史です。一番左が最初の試作。そこから右側に並んでいるのが、2番目の試作、3番面の試作、4番目の試作で、最も右にあるのが完成形(実際に発売したもの)です。

まず、最初の試作品で、卵の白身を切るという発想をものにはできた。でも無骨な格好で商品とは言い難い。2番目の試作では、奥様から「手が痛い」とすぐさま却下でした。3番目は「卵と指の位置が近すぎる」と、これまた瞬殺だったそう。4番目は「上部の4つの穴に、どんな意味があるの?」と……。

「結局、1年ほどかかりましたね」

5つ目の試作を奥様に見せたとき、ようやく奥様はにっこりと微笑んだそうです。

明確な「あなた」を視野に

一発芸を貫くべき場面!(株式会社トネ製作所)

こうしたプロセス、私にはとても意義あるものに感じました。

商品開発・販売をするうえで、さまざまなマーケティング理論がありますね。ペルソナ(仮想となる具体的な消費者像)を定める作業を大事に、というのもそのひとつ。

でも、そんな難しいこと、考えなくてもいいのでは、というのが私の考えです。話は単純、「どんな『あなた』に向けて商品を伝えたいのか」、もうこれで十二分、と私は確信しています。そのほうがむしろ、商品開発の担い手にとってはリアリティがあるからです。

例えば、第24回のサカナイフも、第33回のタジマモーターコーポレーションの電気自動車もまさにそうでしょう。前者は「魚がさばけないと諦めているあなた」であり、後者は「クルマに乗るのを諦める年齢になっても格好いいモビリティを使いたいあなた」が狙いです。こういうシンプルな考え方こそ、ときとして尖った商品開発につながるという話です。

大学でマーケティングを教えている私が申し上げるのもどうかとは思いますが、何もすべての局面において、体系化されたマーケティング理論に従うのが賢明とは限らない。そういうわけです。いや、マーケティングの実践論についての教鞭をとっているからこそ、そう感じると言ってもいい。

トネ製作所の場合、心の支えになる商品を作りたかった。そして、そのきっかけとなる大きなヒントを奥様という「あなた」から得られた。そして開発途上では、その「あなた」の声を大事にした。

もう、これでいいと思いますね。

北村 森

北村 森

商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)

PROFILE

富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。

月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。

中日新聞/東京新聞「北村森のモノめぐり」、婦人公論「女の気になるキーワード」、家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」など、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。

日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)
MM総研大賞 審査委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
特許庁 地域団体商標広報企画 ワーキンググループ委員

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