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実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第41回)

新規事業に取り組む出発点!(金子コード株式会社)

新規事業に取り組む出発点!(金子コード株式会社)

キャビア、召し上がったことはありますか。きっと何度かはあるかもしれないですね。では、フレッシュキャビアを召し上がったことは? 私はつい先日まで未経験でした。

そもそも、フレッシュキャビアが普通のものと何が違うか、説明せねばなりませんね。通常のキャビアは、保存性を高めるために低温殺菌を施しています。また、塩分は610%ほどの濃度としているのが大半です。私たちが口にするほぼすべてのキャビアは、そういった製法によるものでしょう。

一方のフレッシュキャビアはどうなのか。今回取り上げる商品の場合では、低温殺菌はせず、塩分濃度は高くても3%。そして冷凍保存はかけず、賞味期限は3週間以内ときわめて短く設定されています。
さらに言うと、今回のフレッシュキャビア、旬(採卵する時期)は11月から翌年3月の間に限っています。その期間だけ採卵するのが理屈にかなっているかららしい。つまりは私たちが食べられる時期も、この間だけということになりますね。せいぜい桜の花が開くころまでということ。こうなると、かなり珍しい存在と言って差し支えないキャビアになりますね。

で、その味はどうなのか。私、びっくりしましたよ。
まずはその見た目です。黒くないんです。上の画像をご覧いただければお分かりになるように、淡い色をしています。
そして、口にすると、思いのほか、奥ゆかしいんです。魚卵のやさしい旨味が伝わってきますし、食感はとてもクリーミィなものです。どこか、はかなげな……と表現したくなるようなキャビア。これまで経験してきたものとは全くの別物と言っていい。

このキャビア、どこで誰が商品にしているのか。
静岡県浜松市の中心部からクルマで2時間ほど走った山間地、春野という地区に、その拠点があります。そして、ここでチョウザメ(キャビアはチョウザメの卵です)を陸上養殖して、これほどのキャビアを作り上げているのは、東京に本社のある金子コードという企業です。社名から想像がつく通り、もともと水産業や食品加工とは無縁の会社でした。

では、どうして、この場所で、金子コードが? この後、順番にお話しして行きましょう。
このとびきりのキャビアの名は「HAL CAVIAR(ハルキャビア)」といいます。

水を探し求めた結果…

新規事業に取り組む出発点!(金子コード株式会社)

まず気になるのは、なぜ春野という山奥を選んだのか、でした。こんな辺鄙な場所をわざわざ選ばなくてもとは、正直思います。

「ポイントは水なんです」

金子コードの社長は、こう力説しました。どういうことか。

「チョウザメを育てるためのテクニカルな話よりもはるかに、育てるうえでの水が大事と考えました」

このキャビア事業をスタートさせるにあたって、全国を候補に、社長は「いい水のありか」を求め、各地を巡ったそうです。そして、ここしかないだろうと判断したのが、ここ春野でした。
キャビアを成分分析にかけると、その半分は水とのことで、もっと言えばミネラルらしい。水こそが大事という理由がわかる気がする話ですね。

チョウザメは海水でも淡水でも生きられる魚です。で、春野には、チョウザメを育てるのに格好な、美しく澄んだ水が湧き出ていました。つまり、この山奥で育てる意味がちゃんとそこにある。そうした地下水を組み上げてチョウザメを育てられる施設づくりを、この地に定めたのでした。

キャビアについて、ちょっとご説明しておきましょう。同社から教わったのですが、そもそもチョウザメの身肉が欧州で古くから珍重され、ときの権力者だけが口にできるような存在だったようです。

地元の漁民は、チョウザメを献上する際、内臓と卵は取り除いて身肉を収めていたのですが、なにしろ超高級魚です。漁民たちは、献上したあとに残ったチョウザメの卵を塩漬けにして食べていた。そんな卵の塩漬けがあることが、1400年代になって、広く知られるようになったそう。興味深いのは、まずチョウザメは身肉こそが貴重なものとして扱われてきており、キャビアの歴史のほうが相対的には浅いという話。それともうひとつ、キャビアってもともとは捨てられているようなものだったという話ですね。

こうした経緯があって、キャビアはいつしか高級品になったと同時に、しっかりと塩漬けされた保存食であることが、人々の共通認識になったわけです。
話を戻しましょう。ハルキャビアについて、さらに詳しく、社長に訪ねて行きました。

養殖であることの意義

新規事業に取り組む出発点!(金子コード株式会社)

チョウザメには天然物もありますね。キャビアの品質を考えるうえで、養殖に乗り出すメリットはあるのでしょうか。
社長は指摘します。

「キャビアに関しては、天然物より養殖物のほうが美味しいと考えています」

チョウザメを育て、成熟状態で採卵するまで、養殖であればすべてを管理下におけます。そのことが実に大きな意味をもつそうです。

「キャビアはとても繊細ですから、衛生状態から温度まで、できる限り環境を整えることが大切なんです」

ああ、確かに……。天然物の場合、チョウザメを獲ったあと、船上でうまく手当てできなければ劣化が進みますね。養殖であれば、品質をきちんとコントロールできる確率は高まります。

そして話は、先に触れたように、そこに留まらない。製法を考えに考え抜いた。低温殺菌しないことも、塩分濃度をきわめて低くすることもそうですね。つまりは、チョウザメをみずから慎重に育てることの利点を、どこまで生かしきるかということでしょう。そこを突き詰めていったら、製法のみならず、採卵する時期までも品質を左右すると考えた。
それによって生産性は下がりますけれど、キャビアの水準は間違いなく上がるという判断ですね。ベストと考えうるキャビアをベストの状態に仕上げようとした。日本国内にチョウザメを育てる拠点はいくつか存在しますが、ここはその徹底度合いが格別なのでしょう。

ハルキャビアの生産拠点は2014年に立ち上げられ、2017年に試験的に商品供給を開始、20182019年シーズンには本格生産するところまで進展してゆきました。
その結果……。2019年には、イギリスで開催されたポロの世界大会で、エリザベス女王に献上され、大会の副賞にも採用されています。

このハルキャビア、一般販売は原則されておらず、飲食店などのプロ需要に応じる体制なのですが、現在では生産が追いつかない状態にまでなっていると聞きました。答えは出つつあるのですね。

「海外でのキャビアづくりの現場を見て回って確信したことがあります。日本人のもつ細やかさは、キャビアをつくるうえでの決め手になる」

高級食材であるキャビアをただ生産販売するだけでは、事業成功の決定打にはなりえないかもしれない。ベストオブベストを目指す体制を築くからこそ、数多の先行商品の間に割って入れ、成功する可能性を高められる……。とても理解できる部分です。
ここで恐る恐る尋ねてみたのですが、このハルキャビア、値段はどれくらいなのでしょうか。

30グラムで約2万円です」

やはり……既存のキャビアに比べても、相当に立派な値付けですね。それでもプロの料理人たちがこの春野まで足を運び、味を確かめたうえでこぞって注文するというところが、大事な話ですね。
それだけ売れるのならば、もっと増産してもいいのにとも思いますが。

「言ってみれば、ウイスキー蒸留所と似た話で、注文がたくさん来るからといって、すぐに供給量は増やせないんです」

チョウザメが成熟するには最短でも7年ほどかかるためです。そこで短期的な売り上げを狙って量産に舵を切りすぎると、品質を損なう恐れがあるので、ここで拙速に採卵頻度を高めないことが賢明なのでしょう。

どうして異分野に攻め込んだ?

新規事業に取り組む出発点!(金子コード株式会社)

ここで、もうひとつの疑問です。金子コードはどうしてキャビアの生産販売という、全くの異分野を事業化することになったのか。

同社は、もともと黒電話のコードを作っていた企業。時代の変化に対応するため、1990年代に医療用カテーテルのチューブを新事業として始めて、軌道に乗せた。でも、それもいつまで市場性があるかわからない。だから3代目の社長がゼロからの新事業を模索して、キャビアの生産に着手したそうです。で、とことん、品質を追求した。

主たる事業が元気なうちに、全くゼロ状態からでも新事業を立ち上げる、という考えだったのですね。そこだけを捉えると突飛な判断にも感じられますが、主事業をきちんと存続させたうえで、新たな起業をなす、という意識であれば、そこにはちゃんと理由は立ちますね。

この連載で以前綴ってきた事例でいいますと、たとえば、第24回のサカナイフを開発したTAPPもそうです。ナイフの開発などしたことのなかった社長が、部下の猛反対を押し切ってでも商品化を進め、結果として多くの消費者の心をつかんだ。

また別の事例では、クラフトビール醸造所を立ち上げた第13回のRISE&WINも同様ですね。ここの経営母体は、主に官公庁や食品会社を顧客にもつ衛生検査会社です。過疎地の窮状を救うためにクラフトビール分野に参入し、ただビールを醸すだけではなく、コンテストで賞を獲得するほどのビールをつくり上げ、業界筋からの高い評価を得るほどの存在となった。

必然性を踏まえること

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私、基本的には、商品展開というのは“既存の商品と隣接した領域で”というのが定石だと考えています。その事業者のもつ力を生かせる可能性が高いから。でも、すべてがそうとは限らないとも、今回の取材を通して改めて感じました。
そこに必然性を意識できるかどうか。要はそこなのかもしれません。やみくもに手を広げるわけではなく、どうしてこの新事業かをきちんと整理できていること。

金子コードの場合、かつて、黒電話のコード生産事業が時代の流れにあらがえずに衰退してゆく状況を経験しています。だから、次の時代の柱を、いち早くみずから立ち上げることの重要性を、経営者も社員も痛いほど感じていた。
新事業、それもゼロから、という意識こそが、この唯一無二の品質と言っていいであろうハルキャビアの生産を決断させたわけです。

「おいしさが、すべての思考の原点だ」

これは、チョウザメを育てる現場に掲げられていた文字でした。これこそが、新事業における“旗”であり、キャビア生産事業を展開するにあたっての必然性を常に認識できる大事な言葉となっているのでしょうね。

始めるならば、他にはない最高水準であるべきと考えた背景は、そこにあったのだと想像できます。それは、サカナイフ、RISE&WINの経営者とまさに同じような発想ともいえます。

北村 森

北村 森

商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)

PROFILE

富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。

月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分
析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっ
ている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」
(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。

中日新聞/東京新聞「北村森のモノめぐり」、NTT東日本「経営力向上ラボ」、
家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地
方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」な
ど、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。

ANA国内線「北村森のふか堀り」監修

経済産業省 北海道経済産業局 地域ブランド創出支援事業 チームリーダー
特許庁 地域団体商標広報企画 ワーキンググループ委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)

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