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実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第40回)

狙う「あなた」を見定める!
(有限会社エムズシステム)

狙う「あなた」を見定める!(有限会社エムズシステム)

万人がまんべんなく振り向く商品なんて、実際にそうあるわけではないですね。
となると、「どんな消費者を狙うか」が勝負の分かれ目になります。これ、言い換えると、「どんな消費者は狙わないか」を決める作業が大事とも表現できそうです。
例えば、第24回で取り上げたサカナイフの話を思い出してみましょう。

魚をさばくのがどんなに苦手な人でも、このナイフ一本でいともたやすくできてしまう、というのがサカナイフの謳い文句。15,000円ほどもするのに、いっときは生産が追いつかなかったほどのヒットとなっています。
このサカナイフが狙いを定めたのは、魚がさばけず、しかもそのことにコンプレックスを抱いている消費者層でした。つまり、ハナから魚をさばける人、さらには魚をさばけないけれども、それを気に病んでいない人は、サカナイフのお客ではないと、販売元ははっきりと峻別した。そして、とことん、コンプレックスが解消できるという点を訴求し続けた結果のヒットだったんです。

単に、魚をさばけない人と一括りにしなかったところが、実に大きなポイントだったのではないかと、私には思えてなりません。どんな「あなた」がお客なのか、しっかりと照準を合わせたからこその成功でしょうね。

さあ、ここからが今回の本題です。ページ冒頭の画像をご覧いただいて、なんとなくは想像がつくと思いますが、これ、スピーカーです。円筒形で、左右幅40センチの本体の両端から音が鳴るんです。

「音響工学的には、矛盾をきたす形状なんですよ」

そう笑うのは、この商品「MS1001」を製造・販売しているエムズシステムの社長です。背中合わせにスピーカーユニットを配置するという、こんな商品はまずないでしょう。理屈としては合わないらしい。
でも、実際に音を聴くと、これが面白いんです。どう面白いかは、のちほどお伝えするとして、まずは、このスピーカーは、どんな「あなた」を狙っているのか、今回いちばん大事と思うこの点から、話を進めていきましょう。

狙う「あなた」を見定める!(有限会社エムズシステム)

マニア向けじゃなかった

この「MS1001」、販売価格は税込みで141,900円です。かなり立派な値段と言いますか、ちょっと思い切らないと手を出しづらいかもしれませんよね。でも、2004年に第一号商品を登場させて以来、「MS1001」を主力とするこのシリーズはロングセラーとなっています。
そうか、音響マニアがこぞって購入しているのか。

「いや、全く違うんですよ。主たる購入層はマニアの皆さんではないとも言えます」

どういうことか。社長の見立ては、とても興味深かった。

日本に12,600万人がいて、そのうちの50万人はコアな音響マニアであり、おそらくもっと高価なスピーカーに手を伸ばすだろう、というのですね。つまり同社のお客ではない。一方、3,000万人はとにかく利便性重視。だから10万円以上のスピーカーになど、ハナから興味を抱かない。

「そして、両者の間にいる1億人弱こそが『いい音を簡単に聴きたい』消費者層にあたり、ここがうちにとっての『あなた』なんです」

そもそもが、マニア向けじゃなかったんですね。

エムズシステムの第一号商品が登場して以来、この円筒形のスピーカーは、マニア層の間で賛否両論を呼びました。本当に音質は良いのか、謳い文句通りなのか、もっと優れたスピーカーシステムはあるのではないか……。かなり辛辣な評が漏れ聞こえてもくる。

でも、同社はそうした層を取りにいかなかった。この円筒形のスピーカーは、音響機器とケーブル接続すれば、これひとつで事が済むわけです。そこにまず価値を見出す消費者が振り向いた。いくつものスピーカーが部屋を取り囲むようなシステムを組む必要はないから。
もちろん、凝りに凝ったホームシアターの構築を目指す消費者層は存在しますね。でも、同社はそこを狙わなかったということです。「いい音を簡単に」とはつまりそうした話。

もう少し具体的に尋ねてみましょう。どんなお客が購入しているのか。
一線級のシティホテルが客室に導入するなどの事例も多いとのことですが、そういった法人顧客よりも、現在は個人の消費者のほうが主流らしい。
ということは、10万円超のお金を躊躇なく支払えるような富裕層がメイン?

「いえ、そうとは限りません。ひとことで表現するなら『このスピーカーの音を聴いた人』が買ってくれている」

東京・銀座にほど近い場所に、視聴ルームを設けていて、そこで音を確認して、納得したあとに買い求める人が多いそうです。
まあ確かに、10万円台前半というところがミソなのかもしれません。無理すれば買えないことはない。

「テーラーメイドのスーツなどを買う代わりに、と考えてもらえればとの思いもあって、主力のMS1001は、この価格帯に設定しているんです」

さて、このスピーカー、どんな音がするのか。

狙う「あなた」を見定める!(有限会社エムズシステム)

時代が追いついたから?

実際に聴いてみました。実に興味深かったのは、このスピーカーが据えてある部屋のどの位置で聴いても、音が自然なかたちで耳に届くことでした。
別の言い方をすると、ある特定のリスニングポジションで、ぐんと音が良くなるわけではない。
これは同社が目指すところだったのだといいます。

「スピーカーとは『音の鳴っていた空間そのものを再現するべきもの』と考えたんです」

そうした考えを前提とすれば、確かに、リスニングポジションが厳格に定められたようなスピーカーシステムとは、開発思想そのものが異ってきますね。多くの音というのは、ある一点だけをめがけて鳴るものではないでしょうから、空間の再現を目指すとなると、そのあたりをどうするかが肝心となる。

「こうした考えを突き詰めていくと、必然的に円筒形にたどり着きました」

ここまでの話を聞いて、私が思ったことがありました。いま、大半の人にとって、音楽とはどういう形態で付き合っているかという話です。

言ってみれば、“ながら聴き”でしょう。居ずまいを正して、ここという位置に座って、心を集中させて音楽と向き合うという人、以前よりは少なくなっているのではないでしょうか。部屋のなかで何かをしながら、ときには動きながら、という感じで音を聴く人が多いはず。
リスニングポジションという概念から離れたこのスピーカーは、その意味ではちょうど按配がいいとも言えそうです。

繰り返しますが、同社の第一号商品の発売は2004年でしたね。日本では音楽配信サービスがようやく根づき始めた時期とおんなじです。このころから、人は手軽に入手出来る音源を、それまでにもまして肩肘張らずにながら聴きするようになった。そうした潮流が生まれたなかで、このスピーカーがロングセラーへの道を歩んでいったというのは、面白いところだと思います。

ネット配信の圧縮音源ではあるけれど、イヤホンだけはとびきりのものを使いたいという消費者がいま、一定に存在しますね。それと似た話で、このスピーカーも身構えずに活用できるところがいいのだとも感じさせます。
こうして順番に考えていくと、エムズシステムのスピーカーは決してマニア向けではないのだろうと、理解できる気がします。

狙う「あなた」を見定める!(有限会社エムズシステム)

形は変えず、サイズを変える

同社はさらに、よりカジュアルなスピーカーをラインアップに加えています。それが上の画像の商品。円筒形なのは同じですが、こちらの左右幅は15センチほどです。アンプを内蔵していて、スマートフォンをつなげば、それで音が鳴る。キャリングケースつきで、63,800円です。

ああなるほどな、と感じたのは、サイズや想定使用シーンを変えてきてはいるけれども、円筒形というところは変えていない点です。
規模の小さい事業者では、あれこれと商品のウイングを広げるだけの余力がないことが多いですね。シンボリックな存在となりうる商品がそれ相応に根づいたなら、それを大事に生かすのが肝要となってくる。
その意味で言っても、同社が円筒形一本やりなのは、戦術としても納得できる話ですね。

狙う「あなた」を見定める!(有限会社エムズシステム)

賛否両論を恐れない

さあ、ここまでお伝えしてきたことをまとめましょう。

価格が安くない商品であっても、コアなマニアを狙わなければ道はない、とは必ずしも限らない。
消費者が「そうそう、これ」と感じ入るポイントは、既存の商品群が追求してきたものとは別のところに潜んでいる可能性がある。
そして、もうひとつは「商品の再定義に挑む」という点ではないでしょうか。もう少しひらたく言えば、「その商品とはどうあるべきか」に立ち戻って考え直す作業ですね。

同社の社長は、こうも言っていました。

「たどり着きたかったのは『いい音』というところではない。『いい空間』なんです」

そのようなスピーカーを開発した結果、時代のニーズが追いついてきた。それは単なる偶然ではないかもしれない、とも思えます。

前述のように、マニア層から賛否両論なのは事実です。このスピーカーの設計哲学が絶対の正解ではないかもしれません。でも……。
そうした賛否両論にひるまないことがときに大切、とは、間違いなく言えるのではないでしょうか。

北村 森

北村 森

商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)

PROFILE

富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。

月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。

中日新聞/東京新聞「北村森のモノめぐり」、婦人公論「女の気になるキーワード」、家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」など、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。

日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)
MM総研大賞 審査委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
特許庁 地域団体商標広報企画 ワーキンググループ委員

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