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実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第35回)

きっかけは「作り手」の中にある!
(アルプス化成株式会社)

きっかけは「作り手」の中にある!(アルプス化成株式会社)

「次にどんな商品が欲しいか」を消費者に尋ねても、必ずしも答えが見つかるとは限らない。作り手の中にこそ商品ヒットの芽が潜んでいるという話は、これまで何度も綴ってきましたね。
第2回のデアルケの話など、まさにそうです。ヒットの基本は「プロダクトアウト型の思想」にあると、私は確信しています。

で、今回の話は何かというと、コインホルダーなんです。上の画像がそれです。
コインホルダーというのは、小銭をラクに持ち歩くために、本体にしっかりと固定できる(つまりジャラジャラと動いて音が鳴らない)ような商品を指しますが、日本ではなぜかさほど市民権を得ていませんね。

しかもですよ。いまはキャッシュレス時代です。クレジットカードはもとより、鉄道系などのICカード、さらにはスマホ決済が急速に普及している状況で、いまさらコインホルダーなの?といぶかしくも思います。時代に逆行しているようにも思え、そこにヒットの可能性をにわかには感じ取れませんね。

でも、20193月、コインホルダーを果敢に発売した会社があった。それも小さな町工場の話です。もっというと、この町工場にとって初めての自社ブランド商品だとも聞きます。創業してから50年間以上、もっぱら、産業用スイッチ部品といった精密プラスチック製品の下請け製造を続けてきたのですが、思い切ってみずから商品を世に送り出した。

商品の名は「CoinCA (コインカ)」といい、開発したのは東京・大田区のアルプス化成です。
どんなコインホルダーなのか。上の画像をご覧いただくとおわかりいただけるように、本体はごくごく薄いんです。しかも、クレジットカードとほぼ同じサイズ。ということは、長財布の中のカード入れに差し込んでおくこともできるし、手ぶらで動きたいときでも、ポケットにたやすく入れられます。そこがこれまでの(意外にかさばる)コインホルダーとは違うところなんですね。うまく考えたと思います。

ラインアップは3つです。「500円硬貨1枚+100円硬貨4枚」が収まるタイプ、「50円硬貨1枚+10円硬貨4枚」が収まるタイプ、そして「5円硬貨1枚+1円硬貨5枚」が収まるタイプ。まあ、全部揃えなくとも、緊急事態用と考えれば、500円硬貨が入るものをまずは手に入れておけば大丈夫かもしれませんね。値段はそれぞれ880円です。

本当に「時代遅れ」なのか

きっかけは「作り手」の中にある!(アルプス化成株式会社)

何をおいても最初に尋ねたいのは、またどうしてキャッシュレス化が進むなかで、あえてこのコインホルダーを開発し、発売までこぎつけたのか、ですね。世に出す時点ですでに時代遅れの商品と評される心配は抱かなかったのでしょうか。

いや、話は逆でしょう。むしろ、いまだからこそです

どういうことなのか。

「キャッシュレス化時代だから、余計な小銭は持ちたくないですよね。でも、いざという場面のために、全く持ち歩かないというわけにもいきません」

確かにそうですね。キャッシュレス対応してくれない店舗もまだ存在しますし、お札を出した後の小銭をどうするかという悩みもある。ポケットに裸状態で突っ込むのも格好悪いですし……。

そうか、こういう時代であっても、「最小限の小銭」は必要であり、それをどう携えるかが大事になる。だから超薄いコインホルダーを、という芽が出てくるわけなのですね。納得いきました。

「そうなんです、昔ならもっとたくさんの小銭が必要ですし、10年以上先の未来になれば小銭は全く必要なくなる。いまだからこその商品、というのはつまり、そういう意味なんですね」

また、社長はこうもいいます。

「これまでのコインホルダーって、機能重視といいますか、デザイン性に長けたものがなかった印象です。だったら自分で作ってしまおう、と」

同社にとって、プラスチック加工はそれこそ、お手のものです。当然、コインホルダーもプラスチックを使って完成させようと判断します。
ポイントは2つ。まず、限りなくコンパクトにして、使い勝手を劇的に良くすること。そしてもう1つ、話を聞いて実に面白いと思った点がありました。それは……。

小銭を本体にはめ込むとき、そして取り出すときのクリック感なんです

なるほど……。実際にこのコインホルダーを使ってみると、よく理解できます。収めるときも取るときも、指にカチッと伝わる、心地よいいい響きがあるんです。

「プラスチックの爪部分が持っているバネのような力が、このクリック感をもたらしているんです」

ここまでの話を聞いて、思いましたね。もしも社長が、消費者に「どんなプラスチック商品が欲しいか」と質問したところで、このコインホルダーの話は決して出てこなかったでしょう。社長自身が思い立ち、市場性を冷静に分析し、そして大事にするポイントを決め込んだからこそ、完成を見たといえる。

この「CoinCA」、すでに同社自身の手になる通販サイトで販売しているほか、大手生活雑貨店からの引き合いも相次いでいるそうです。

そこにある技術を活かしきる

きっかけは「作り手」の中にある!(アルプス化成株式会社)

アルプス化成の得意領域は、先に触れたように、極めて精密なスイッチ部品を作り上げられるところにありました。たとえば駅の券売機に備わるスイッチ、あるいはオーディオ機器のスイッチなど……。

「難しいものにこそチャレンジしよう、という姿勢は昔から一貫しています。うちの会社の強みですね」

工場の中には、他社にないような特別な設備があるわけでも、最先端の製造機器があるわけでもないそうです。それでも、取引先からの信頼を得てきたのは、スイッチの外部も内部もいかに精度を高めるかに注力し続けてきたからだろう、と社長は振り返ります。

100分の2ミリがずれると、もうダメ、という世界ですね」

そうやって培ってきた技術が、このコインホルダーにも注ぎ込まれているわけです。先にお伝えした、小銭を出し入れする場面での絶妙なまでのクリック感は、まさにその賜物でしょう。
ただし、産業用のスイッチ部品よりも素人目には簡単に思えるようなコインホルダーでも、完成までには数年を要したようです。

試行錯誤を続けたすえに…

きっかけは「作り手」の中にある!(アルプス化成株式会社)

「まず、素材に何を選ぶかからでしたね」

結果的に、社長はエストラマー樹脂を用いようと判断したそうです。ゴムのように軟らかく仕上がり、しかも、切れないおれないという利点があるから。

「でも、単価は高いんですよ、一般的な樹脂素材の2〜10倍はします」

それでもエストラマー樹脂としたのは、クレジットカード並みの薄さを実現することが、このコインホルダーの生命線と感じていたからです。薄くするには、それ相応の素材が必須となります。また、金属である小銭を何度も出し入れしても耐久性を確保できるためにも、ともいいます。

そして、クリック感の話ですね。

「うっかり試作してしまうと、小銭がうまく固定できず、本体から抜けてしまうんです」

ああ、それはそうですね。なにせ小銭はまんまるな形だから、それをきちんとはめ込める(しかも簡単に取り出せる)穴をどうこしらえるかは、思いのほか難しかったはずです。

「3Dプリンタを使って、本体の穴につける爪の構造を何度も考えました」

社長は3Dプリンタの使い手だったのですか。

「いえいえ、このコインホルダーを開発するにあたって、懸命に勉強し始めました。CAD(設計支援のシステムソフト)に関してもそうですよ。ゼロからの習得です」

ごく細部の仕様が大事だった

きっかけは「作り手」の中にある!(アルプス化成株式会社)

まさに悪戦苦闘といった感じだったのですね。そして、生み出されたのは……。

「樹脂の持つ弾力性を十二分に生かしきる、そんな爪の形状にたどり着けました」

そうか、そこがやっぱりカギだったのですね。

上の画像は左から順に、試作の第一段階からを時系列で並べたものです。ちょっとずつ形が変わっていっています。本体を作るための金型だけで3回製作したそうです。
いや、金型というのは、ひとつ作るだけで100万円を超えるコストがかかるのが相場ですよね。よくそこまで粘りました。

「最初のもの(画像左)は、非常に『工業形』ですよね。機能一辺倒という感じ。これではいけない。次からは一部を薄くしたり、本体の角を取ったりしています。そしてあとは細部を詰めていきました」

結果、どういう形状となったのか。

「とにかく長く使ってもらえるように、というのがポイントです。小銭は爪だけで支えています。小銭を収める穴は小銭より0.2ミリだけ大きく取っているんですよ」

こうすることで、心地よいクリック感を創出でき、しかも本体がすり減りにくく、小銭が穴から落ちない仕様にできたと聞きました。

下請けの限界からの脱却

きっかけは「作り手」の中にある!(アルプス化成株式会社)

「ずっと下請けで50年間以上……。近年は、下請けの限界を感じていました」

アルプス化成も、他のご多分に漏れず、いまから20年ほど前、海外に生産拠点を移すべきか、国内で粘るかの岐路に立たされたといいます。そして同社は国内に留まることを選びました。

「それは消極的な理由によるものでしたね。規模が小さいこと、それと人材不足のことを思えば、生産拠点をここ大田区に置き続けるしかない、と」

技術的な自信はあった。それでも苦戦は続きました。

「まず20年ほど前からの10年間は、プラスチック製造業界の海外移転が進んだ時期ですね。そしてその後、いまに至るまでの10年間は国内回帰の流れが生まれてきました。それでも……」

難しい技術を伴う部品は国内製造で、という機運は、ここ10年間で現れているそうなのですが、でも、完全にニーズが戻ってきたとまではいえなかった。

「たとえ製造に高度な技術を要する部品であったとしても、どうしてもコストの問題がそこに絡んでいくるから、いまや『なんでも国内の町工場に発注する』とはいかない」

アルプス化成の売上高は、この20年間で半減してしまったと聞きます。
それでも……。

「今回、この『CoinCA』の開発を完遂できたことで、いくつもの可能性が拓けました」

社内に希望の光を差したこと、また何より、自分たちの技術力を再確認できたことが大きかったといいます。
CoinCA」を自社開発したことで、自分たちの考えが世の中に受け入れられるか、しっかりと認識することができます。その販売数が着実に伸びるのはこれからかもしれませんが、それでもすでに大手流通・小売からの引き合いが続くというところまでは来ています。

答えは「作り手本人の中」にある。今回の事例を通して得られた教訓は、まさにそういうことだと思います。ごく普通のコインホルダーだったら、もはやそこに可能性は見出しにくい。でも、「自分が欲しいコインホルダーがなかったから、自分で作ろうと考えた」、その一点から、これまでにない仕様を編み出し、そして現在の消費者市場にもはまりそうな(しかも、この時代にです)商品を送り出せた。
今回も勉強になりました。

北村 森

北村 森

商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)

PROFILE

富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。

月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分
析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっ
ている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」
(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。

中日新聞/東京新聞「北村森のモノめぐり」、NTT東日本「経営力向上ラボ」、
家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地
方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」な
ど、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。

ANA国内線「北村森のふか堀り」監修

経済産業省 北海道経済産業局 地域ブランド創出支援事業 チームリーダー
特許庁 地域団体商標広報企画 ワーキンググループ委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)

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