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実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第29回)

下請けの町工場が自社ブランドを構築するなら!(北瀬縫製)

下請けの町工場が自社ブランドを構築するなら!(北瀬縫製)

この画像をご覧いただければわかると思いますが、今回はバッグの話です。ただし、ただのバッグではない。
まず、外側の素材ですが、帆布です。帆布製のバッグって安定した人気を続けていますね。そして、そのサイズをお伝えしますと、左右の幅が21cmと、ちょっと小ぶり。でも、マチ(奥行き)は15cmとそこそこあります。

画像でお見せしているように、カラーバリエーションは5つです。今年(2019年)の夏から、東京の東急ハンズ新宿店がテスト販売を開始しましたが、販売価格は税別で3980円ですから、日常使いするような手軽なスタイルのバッグとしては、ちょっと強気ですね。
さあ、ここからです。この商品については、先ほど「ただのバッグではない」とお話ししましたね。だったら一体、どんなバッグなのか。
正解は「保冷バッグに全く見えない保冷バッグ」です。保冷剤を添えて、例えばお弁当なり飲み物なりを収めて携えるためのバッグなのですね。商品の名は「KURUMI(くるみ)」と言います。

保冷バッグといえば、ギラギラのアルミシートが露わになっているものが多い印象ですが、それだと、毎日の通勤通学で持ち続けるには少し抵抗感のある人は少なくないかもしれません。見た目が見た目だけに……。でも、この保冷バッグであれば、ごく自然な形で、保冷バッグとして携行できるという話です。こうした姿をした=ごく普通のバッグに見える=保冷バッグというのは、これまでまず存在しなかった。

どこが開発したのか。岐阜県の関市にある北瀬縫製という町工場です。総勢わずか13人で、ここ数年の売上高は4000万円に満たない水準の中小事業者でした。

10年前からの悲願だった

下請けの町工場が自社ブランドを構築するなら!(北瀬縫製)

縫製工場というのは通常、受託加工の仕事となります。取引先から素材が支給されて、その注文通りに加工する。そして、得られるのは工賃となります。

「あくまで、うちが行うのは『加工』に終始するわけですね」

売り上げをなす加工の工賃は、当然低く抑えられますし、利益も極めて薄い。まさに先の見えない業務と言わざるをえません。さらに昨今、取引条件はより厳しいものとなり、このままでは後継者難となるのは確実だったという状況です。これは縫製工場に限らず、下請け業務を主軸とする町工場に共通する、深刻な悩みですね。

「ただ、私たちには技術があります。熟練の手仕事と言ってもいい」

社長はそう言います。縫製の世界では、最後の工程において、人の手に負う部分が極めて大きいらしい。自動化ではまかないきれない、微細な部分(しかし、とても重要な部分)の仕上がりは、やはり手仕事による技術がものを言う、という話ですね。

では、そんな熟練の手仕事を、町工場が生かしきり、次につなげるには、どうすべきか。
これはもう、自前でブランド商品を作るしかないわけです。つまり、商品の使用決定権と価格決定権をみずから握るということですね。

「それは、ここ10年来の悲願でした」

とは言うものの、ごく小さな町工場が自社ブランド商品をものにするというのは、そんなに簡単な話ではありませんね。そもそも何を作るか、そこからの出発ですから。
北瀬縫製はどんな商品に可能性を見出そうとしたのかと言うと、それが保冷バッグだったということです。

「うちでもともと、地元スーパーマーケットから頼まれて、保冷バッグを製作して卸していたんです」

なるほど。まさに“足許にある何か”を。活用しようと考えたわけですね。私、それが自社ブランド開発では確かに大事と思います。いきなり一足飛びに、とんでもない商品が発想できることは、ごく稀ですからね。

「ただし、地元スーパーに納入していた保冷バッグは、皆さんがそれこそよくイメージされるような、ギラギラしたシートが目立つバッグだったんです。これでは何のそっけもないし、独自性もない」

で、どう動いたのか。北瀬縫製は、社長の娘が商品開発部長で、その夫が上場長です。親夫婦と娘夫婦が連携して、懸命に経営に当たっています。ここで動いたのは、娘である商品開発部長でした。

「外側に1枚、布を張るのはどうか。それでバッグらしい雰囲気を醸すことができる」

父である社長はすぐさまゴーサインを出します。

2016年秋、地元のイベントで、そんな保冷バッグを試しに販売したところ、2600円というそこそこ高めの値付けだったにもかかわらず、30個ほどが捌けました。商品開発部長は振り返ります。

「これは予想外でしたね。この田舎で2000円を超える商品というのは『高いモノ』です。それが地元だけでこれだけ売れたわけですから」

しかも、イベントでの販売は思わぬ余波を生みました。イベントが終了した後もたびたび、地元の人々から「あの保冷バッグを売って」との声が舞い込み続けたのです。
ただし、このときに販売した保冷バッグは、カゴのような形状をしていて、商品としてはまだまだ練れていなかった、ともいいます。

試作・開発をとにかく重ねた

下請けの町工場が自社ブランドを構築するなら!(北瀬縫製)

ここから試作を繰り返しました。上の画像をご覧ください。画像の左側から順に説明しますと……。まず、地元スーパーから頼まれて製作したもの。次は、そこに取っ手をつけて少量販売したもの。さらに、外側に布を初めて張ったバージョン。東急ハンズとの商談に筈冴えていった試作品。業者向けに卸した商品。2018年にサイズを小さく変えて地元で売ったもの。さらには、外に張る素材を帆布にしたバッグ。そして一番右側が「KURUMI」です。

私がこの商品を面白いと感じたポイントはいくつかあります。「保冷バッグに全く見えない保冷バッグ」というのは、大手どころの企業はまず作ってきませんでした。ニッチな商品ですし、製造するのは面倒です。そこにあえて斬り込んだところをまず評価したい。

この連載で以前に何度も綴ったように、中小企業が狙うべきなのは「万人」とは必ずしも限りませんよね。いわば「あなた」狙いでよいわけです。規模は小さくとも、そこに確実なニーズがあれば、商売として成立するからです。しかも、「あなた」狙いであれば、思い切った性格を有する尖った商品を世に出せる可能性は高まります。

もうひとつ、ここでお伝えしておきたいのは、この「KURUMI」の開発は、地元でのクチコミから始まっている部分ですね。そこがまた大事なポイントでしょう。

これも私、いつも言っていることなんですが、「地元の人が振り向かない地域産品」が大都市圏でいきなりヒットするというのは、望み薄だと思います。大手流通企業の実力派バイヤーからかつて聞いたことがあるんですが、「まずは、その地元で、たとえごく局所的にでも愛されているかどうかを注視しますね」とのこと。

そしてもうひとつ。これは商品開発部長の言葉を引きましょう。

「地元の人のなかでも、とりわけ2040代の女性層が、『何、これ?』と注目してくれたんです」

この「何、これ?」と感じさせる商品って、やっぱり強いと思いますね。消費者も、そして流通企業のバイヤーも、「まだ見ぬもの」を求めている。それは間違いないところと思います。

試作を重ねるなかで、北瀬縫製は、設備投資をします。保冷バッグをしっかりとした体制で作れるよう、1台750万円のミシンを導入したそうです。ごく小さな町工場にとって、この金額は決してバカにならないものと思いますが、これもまた「町工場が生き残るために必要なこと」と社長は話していました。

機能には「プロのプライド」を

下請けの町工場が自社ブランドを構築するなら!(北瀬縫製)

2018年秋。地元商工会が声をかけてくれ、大手どころの流通企業のバイヤーが訪れる商談会に、北瀬縫製は参加します。ここで東急ハンズのバイヤーとの出会いを得られました。

「同社のバイヤーさんも最初、『これ、どんなバッグですか』と尋ねてきました。まさか保冷バッグであるとは思わなかったようです」

試作し続け、出来上がったバッグが、あの東急ハンズのバイヤーをも驚かせる、そんな商品に仕上がっていたということですね。

さて、ここで、「KURUMI」のデザイン性だけではなく、その機能面にも触れておきたいと思います。私、実際に購入して使ってみましたが、思いのほか、保冷性能がしっかりしている印象で、ちょっとびっくりしました。
「実は……」と商品開発部長が言います。

「この『KURUMI』は保冷バッグに見えない保冷バッグであることは大事な要素ですけれど、別の意味でも、一般消費者向けの保冷バッグらしくない部分があるんです」

どういうことでしょうか。

「そもそも多くの消費者の皆さんが抱いている『保冷バッグの概念』が間違っているのではないか、という思いがあったんです」

現在、保冷バッグに関するJIS規格は定められていないそうで、その結果、一般消費者向けの商品の性能は、文字どおり千差万別といいますか、玉石混交なのが現実なのだと聞きました。
ギラギラのアルミシートが使われていさえすれば、保冷バッグと謳われている。あるいは、薄いナイロン生地を張り合わせただけも、同じく保冷バッグといわれてもいる。そんな現状に疑問を感じざるをえなかったというのですね。

「私たちは、かねてからいくつもの業務用保冷バッグを製造してきました。スーパーに卸していたのはごく一部であり、ほかにもデリバリー業者が料理の出前に使ったり、球場でアイスクリームを売る際に使ったりするボックスも作ってきました」

となると、相当にシビアな仕様が要求されますね。

「そうです。だからこそ、業務用の商品での仕様と、市場に出回っている一般消費者向けの保冷バッグの仕様に、あまりに大きな違いがありすぎることに気づいたんです」

では、北瀬縫製はどうしたのか。

「業務用と同じ、5層構造を『KURUMI』では採用しています」

なるほど、そうだったのですね。「保冷バッグらしくない保冷バッグ」である「KURUMI」は、ひとつにはそのデザイン(ごく自然な姿かたちをしている)とは別に、一般に出回っている少なからぬ保冷バッグとは異なって機能面は業務用並みに強力という面においても、「らしくない」というわけなのですね。

「本当の保冷バッグとはこういうものです、という、プロのプライドを懸けた商品仕様にしたんです」

じわじわと反響が…

下請けの町工場が自社ブランドを構築するなら!(北瀬縫製)

現時点では、東急ハンズ新宿店のみのテスト販売であり、この「KURUMI」が今後どう進展するかは、さらに見極める必要はあるかと思います。しかし、その商品設計の粋、そして大手どころのバイヤーを一発で納得させた商品の説得力については、この時点で評価していいのではないかと私は感じています。

実際、東急ハンズ新宿店でのテスト販売の現場を覗いてみると、女性層、あるいはファミリー層が興味深く手に取っている姿を何度も見かけました。
商品の自社開発を目指す中小企業は各地にあると思いますが、今回の事例は、いくつもの大きなヒントを有している気がします。「まず地元から」そして「何を武器とするか」。そこですね。

北村 森

北村 森

商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)

PROFILE

富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。

月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。

中日新聞/東京新聞「北村森のモノめぐり」、婦人公論「女の気になるキーワード」、家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」など、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。

日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)
MM総研大賞 審査委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
特許庁 地域団体商標広報企画 ワーキンググループ委員

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