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実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第20回)

人任せにせず、風をみずからつかむ!(高松盆栽)

人任せにせず、風をみずからつかむ!(高松盆栽)

今年(2019年)2月、日本と欧州連合(EU)の経済連携協定(EPA)が発効しましたね。これにより、たとえば欧州のワインが、日本国内の市場で注目されています。関税が即時撤廃となって、値下げ効果がはっきりと現れたためです。
ワインって、私たちの身近な存在だけに、日欧EPA発効の象徴のように語られていますけれども、もちろん、他にも完全撤廃となった品目があります。
ちょっと渋いところで言えば、盆栽がそうなのですね。松などを姿形よく育てた、あれです。

で、今回は、その盆栽の話をお伝えしましょう。
香川県高松市は、盆栽の一大産地です。盆栽というのは、樹齢30年はザラで、なかには100年超えというものもあります。商品として世に送り出すまで気の遠くなるような時間を要するのですね。それだけに、関税撤廃になったからといって、すぐさま増産から輸出へと動けるわけではない。

ただし……高松盆栽の関係者たちは、日欧EPAの発効をまるで見越したかのように、先を読む格好で、10年ほど前から準備を進め、輸出に動いていました。

生産者が直接、動き始める

人任せにせず、風をみずからつかむ!(高松盆栽)

かねてから高松盆栽は、関東の盆栽業者が輸出に乗り出しており、高松の生産者たちはそうした業者に商品を卸していましたから、業者を介した間接的な形では輸出されてはいました。
ただ、そうした形態では、海外で実際にどのようなニーズが存在し、どのような商品を育て上げるのが賢明なのか、当の生産者にすれば情報をつかみにくいですよね。

ここで行動を起こしたのが、日本貿易振興機構(ジェトロ)香川でした。2009年に県とともに欧州市場の調査を敢行して、その結果を踏まえた形で、欧州で盆栽を扱う企業を高松まで招いたといいます。欧州から訪れたバイヤーたちを連れて、高松の生産者の許を巡った。
2012年、生産者の一部メンバーが、輸出を活発化させる任意団体を設立します。ここから、生産者が直接に輸出に携わる機運が高まっていったそうです。

なぜ、業者任せにせず、直接の輸出がいいのか。ジェトロ香川の担当者はこう言います。

中間業者が介在しないので、価格を安くできますね。そしてもうひとつ。欧州の市場動向をダイレクトにつかむことができますから、生産者のモチベーションは間違いなく上がります

輸出は容易な話ではなかった

人任せにせず、風をみずからつかむ!(高松盆栽)

とはいえ、高松盆栽の生産者すべてが輸出に動いたわけではありませんでした。
輸出に直接踏み切るには、いくつものハードルがあったからです。

まず、後継者難。先ほどもお話ししたように、盆栽というのは、一鉢を完成させるのに数十年かかることも多く、そう簡単に現金化できない。しかも日本国内の市場は厳しく、その規模は右肩下がりの状況です。このところ、観葉植物としてのニーズは出てきているとはいえ、大都市圏の住宅事情を考えると、今後、国内市場が大きく広がるとも想像しにくい。

次に、輸出作業にかかる手間です。検疫制度が厳しいんです。輸出するには、地上から50センチ以上離した棚に置き、一鉢ごとに輸出用のタグをくくりつけ、2年以上育てる必要があります。年に6回、検疫官の立ち入り調査まで受けないといけない。さらに言えば、輸出するための書類づくりだってバカにならない。ジェトロ香川の担当者は、だから、こう考えたそうです。

国内で売れないならば…

人任せにせず、風をみずからつかむ!(高松盆栽)

それでも、その十数軒の生産者は踏ん張りました。何せ、国内市場は縮小の一途です。ジェトロ香川の担当者に言わせれば「生産者がもう食べていけない状況に陥っている」らしい。だからこそ、欧州をはじめとする海外に、その活路を見出さないと、高松盆栽の文化が廃れてしまう…。生産者が直接に輸出に携わるようになって、実績も少しずつですが積み上がってきました。

「生産者あたりの輸出額はまだまだ伸ばせるはずです。今は『明日につなげる』段階です」

輸出への種蒔きから始め、生産者自身が直接輸出に関わることで、今後の布石を打つ。その時期だという話ですね。しかしながら今回の日欧EPA発効は追い風になりますし、今後、輸出可能な品種が増えれば、さらに期待が持てる。

実際、EPAによる関税撤廃はどれくらいの効果があるのでしょうか。

「欧州に運ぶコンテナ代金がまるまる賄えるくらいのコストが浮きます。これは見逃せないと思います」
では、輸出可能な品種増に関しては?

「高松盆栽の主力はクロマツなんです。ただ、欧州への輸出は認められておらず、現在はゴヨウマツの盆栽を売り込んでいます。クロマツが輸出解禁されたら、高松盆栽だけでおそらく年2000万円から1億円規模に成長するのではないでしょうか」
なるほど…。こう考えていくと、現在はまさに助走期間、とも言えますね。繰り返しになりますが、盆栽は状況が変わったからといって、すぐに商品を促成栽培できるわけではありませんから、現在から輸出に慣れておく必要があるわけです。
今、欧州で売れているのは、日本円にして、高いもので20万円くらいの盆栽。平均すると3万~5万円ほどのものだそうです。

「盆栽の生産専業で、後継者を育てるためには、1軒の生産者が収益ベースで400万円以上を確保できる状況にならねばいけません。そのためには輸出は必須と考えます」

欧州に足を運んで実感できた

人任せにせず、風をみずからつかむ!(高松盆栽)

さあ、ここからは実際の生産者にも聞いてみましょう。現在では国内販売と輸出の比率が6:4にまで来たという盆栽農家のご主人の話です。

私、欧州に行く機会が何度かあって、たまたま街を歩いていたら、家のベランダに盆栽が飾られていた。よく見たら、私が作ったものだったんです

それは嬉しかったと思いますね。
欧州の見本市に彼が足を延ばしたところ、シニア層だけでなく、子どもも若い世代も盆栽のファンになっている事実に気付いたそうです。中高年層の趣味の世界にとどまっていない。

「会場で、日本の盆栽に人だかりができていたのには、びっくりしました」
この現象を目の当たりにして、輸出への意欲は高まったのだといいます。現地の空気感をじかに知ったからこそ、「欧州の人々が盆栽にどんな気持ちを抱いているか、理解できた」というわけです。驚くほどに盆栽を愛してくれていた、とわかったのですね。

ただ、やはり輸出には苦労もつきものです。先ほどお伝えしたように、育て方に規則がありますし、書類作成も難儀です。

「それに、欧州の冬は寒いでしょう。最初のころは気温への対策もできず、大変でした」
今ではみずから説明を重ねることで、欧州側の業者も盆栽の扱いに慣れてきたそうです。
生産者として奮闘を続ける彼に、さらにこうも尋ねてみました。国内市場向けと、欧州市場向けで、盆栽の作り方は変わるのですか。

「いえ、形は変えません。輸出用ではサイズを若干小さくするくらいですね」
つまり、生産者としての流儀は輸出向けだからといって曲げない。と同時に頑なであるわけでもない。盆栽のサイズは変えるわけですから…。このあたりのさじ加減が重要なのだと思いました。欧州に向けるからといって、いたずらには樹形をいじくらないし、かといって何にも変化させないというわけでもない。

「変わった樹形にすると、買う人が限定されてしまいます。それは国内でも海外向けでも一緒ですね。誰でも抵抗なく購入できるような、あえて“特徴のない形”にすることが大事と、私は考えますね。買った人はその時点から、その盆栽を好きになっていってくれればいいわけですから、平凡でいいんです」
直接に輸出をするようになって、生産者としての意識は変わりましたか。

「『盆栽を作ること』だけに力を注ぐのではなくて、生産以外にもエネルギーを割くようになりました。ちゃんと、よその国の様子を知りたいと考えるに至った」

大事な部分ですね。これは他の分野の農家でもそうでしょうし、一次産品以外の分野でも、当然言えること。経営資源を生産に集中させるのではなく、「知ること」「売ること」にも意識を傾けるのが、今後ますます重要になってくる…。その話はまた、次回以降の本コラム連載でも、別の事例を通してお伝えしたいと考えています。

盆栽は何十年もかけて育む産品ということが、よく理解できた取材でした。そして、その盆栽の輸出プロジェクトもまた同様に、一足飛びに大きな成果を求めるのではなく。やはり育んでいこうとする気持ちが大事なのだと感じました。

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