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実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第1回)

中小企業でもイノベーションは起こせる!(三星刃物株式会社)

中小企業でもイノベーションは起こせる!(三星刃物株式会社)

「イノベーション」って、新機軸あるいは革新と訳される言葉ですね。

商品でイノベーションを起こすというとなんだか大それた話のようで、多くの中小企業の方にとっては「わが社では無理だろう」とハナから諦めているかもしれません。そんな商品をたやすく出せるはずはない、というふうに……。

私、商品におけるイノベーションとは「それまで存在しなかった商品を世に送り出して、それを手にする人の“生活や仕事の景色”を変えること」だと考えています。ますます大それた話に思えますか。

でもここで思うわけです。
「イノベーションには、未来からやって来たような凄まじい新技術が必須か」
「イノベーションには、巨額のコスト投入や多くの人員配置が必要か」
私は必ずしもそうではないと考えています。


商品でイノベーションをもたらすのは確かに簡単なことではない。でも中小企業が今ある技術をもとにして、それをなした事例というのはけっこうあるんです。
では何がそこで必要なのか。ひとつの実例から一緒に考えていきましょう。

世界で初めてのチーズナイフ

まずはこのページのトップにある画像をご覧ください。
これ、チーズナイフです。
岐阜県関市の老舗刃物メーカー、三星刃物が2017年に発売した「和(なごみ)チーズナイフ」といいます。

値段は8,640円。チーズナイフとしては少し値が張りますよね。
でも、当初計画の2倍を超えて売れているうえに新規取引先が思いのほか増え、またこのナイフを目にした北米企業が、わざわざ岐阜県の関市まで商談に訪れたというほどの存在なんです。


1本のチーズナイフがどうしてそこまで? 
 
これ、ひらたく言うと世界で初めての特徴を謳うチーズナイフなんですよ。
「どんな硬いチーズも、どんな柔らかいチーズもこの1本で切れてしまう」……。
なんだ、そんなことかと思われるかもしれません。でもそういうチーズナイフってこれまでなかった。

 
チーズを扱うプロは、複数本のチーズナイフを使うことを余儀なくされていました。
従来のナイフでは硬いチーズが切れるものだと、柔らかなチーズはひしゃげてしまう。
柔らかなチーズがうまく切れるものだと硬いチーズには歯が立たない。
それに一般の消費者にすれば、いくらチーズ好きだからといって何本もナイフを用意するというのは現実的ではない。


そう考えると三星刃物のこのチーズナイフが「それを手にする人の“生活や仕事の景色”を変える」といえることが分かっていただけるかと思います。

そもそも、これまでなかった商品を世に送り出したところが実に痛快ですしね。
私はこれは立派なイノベーションであると考えます。

OEM一辺倒から、踏み出した

三星刃物はもともと海外向けOEM(相手先ブランドのための商品製造)をもっぱら手がけていたメーカーです。長らく「OEMこそが理想のビジネスモデル」と捉えてきたそう。在庫を抱えるリスクはない、コストの回収もまず間違いないですから。

ならばなぜわざわざ自社ブランドの商品を開発し始めたのか。

ひとつは競争の激化であり、それによる利幅の減少が挙げられます。
それともうひとつ、
10年ほど前に北米企業を相手に1年かけて準備した、OEMプロジェクトが突然ひっくり返されたのがきっかけと聞きました。

ただ取りやめになっただけでなく、それまで知恵を絞って提供してきた設計図やサンプルは相手企業が持ったままで、それを別の海外OEMメーカーの手に渡ってしまったそうです。


つまりは自社を守るための自社ブランド開発だったわけですね。
2015年に第一号商品を登場させ、2016年にはチーズナイフの開発に着手します。

世界初をなしたが、新規の技術は…

中小企業でもイノベーションは起こせる!(三星刃物株式会社)
中小企業でもイノベーションは起こせる!(三星刃物株式会社)

2016年の夏、三星刃物の社長に会った折、チーズナイフを開発し始めたと聞きました。

で、社長が「どんな硬いチーズも柔らかいチーズも、それ1本で切れるナイフを作りたいんです」という。
尋ねると「フランスにも、イタリアにも、ドイツにも、もちろん日本にもないんですけれどね」とも語る。
そんなのできるのか、と思ったのを覚えています。

 
1年後……。社長から連絡が届きました。「完成しましたよ」と。
 
商品は自腹で購入するというのを旗印にしている私はすぐに購入しました。そして、東京都内のチーズ専門店にも行った。
その店で一番硬いのと一番柔らかいのを買うためです。
硬いのはパルミジャーノレジャーノの36カ月熟成もの、柔らかいのはエポワス。


切ってみました。
それがこの上2枚の画像なんですけれど……あっけないほどに両方とも見事に、そして綺麗な断面を保ったままで切ることができました。

なんだこれは……。
ついでに言うと、不思議なまでに刃にチーズがこびりつかないのもありがたい。
三星刃物は目標を本当に果たしたというわけです。


すぐに社長に取材をかけました。私が聞きたかったのはただ1点だけです。
「このチーズナイフを完成させるにあたって、未来からやって来たような新技術をどこに使っているのですか」

その答えは……。
きっと皆さんもう想像がついていらっしゃるかと思いますが、ちゃんと書きますね。

「そんな新技術はたったひとつも使っていませんよ」

ならばどうして世界初が実現したのか。
社長の説明はこうです。
ナイフの変数はただ3つのみ。刃渡りを何センチにするか、歯の厚みを何ミリにするか、そして片刃にするか両刃にするか。
その組み合わせをひたすら1年間、試行錯誤したという話でした。新しい技術の採用などどこにもなかったんですね。

 
ここは極めて重要なポイントでしょう。すべての組み合わせを愚直に試すことからもイノベーションは起こせるのだという話。

それにしても、です。
なぜ「1本で切れる」ことにここまでこだわったのか。社長は言います。

「まずは世の中にないからです。そういう商品を作らないと生き延びられないし、成長はない」

なるほど……。

「そしてもうひとつは硬いチーズ用と柔らかいチーズ用の2本を作ったら、生産体制の整備や在庫面でリスクが高まります」

そうか、冷静な判断もそこにはあったのですね。

周囲からは「2本開発すればいいじゃない」との声があがったそうです。でも社長はそこは譲らなかった。

鉄則は「ゴールを決めること」

中小企業でもイノベーションは起こせる!(三星刃物株式会社)

1年かかったとはいえ、なぜ三星刃物はチーズナイフの分野にイノベーションを起こせたのか。
私が確信していることがあります。イノベーションをもたらす商品開発に必要であり、なおかつすぐにでも実践できそうなことは……。

「ゴールを最初に決めること」です。


三星刃物の場合「どんな硬いものもどんな柔らかいものも1本で切れる」と真っ先にゴールを決めていますね。
これがイノベーションを起こす商品を完成させる一番の策だと思うのです。
ハナからできっこない、無理に決まっていると思い込まないこと。


それが時にはコストの投入や開発人員の確保よりも、はるかに大事になってくるのではないかと私は感じています。
イノベーションを目標にするならゴールを真っ先に決める、という考え方はなにも三星刃物に限った話ではなく、最先端のIT系企業などでもしばしばテーマに掲げられています。
簡単なようでそうそうできないのは、
・無意識のうちに人は発想を萎縮させる傾向があること(もしこんなことを目指したいと声に出すと、そこからの仕事が大変になる)
・周囲の目が気になること(何を馬鹿なことを言っているんだと感じられがち)
が一因かもしれません。

でも「ゴールを最初に決める」を意識することは、この競争過多の時代だからこそ、極めて大切であると私には思えるのです。

そうでもしないと企業は成長できないというだけではなくて、ゴールを最初に決めるという作業は中小企業にも十分可能なことであるからです。

最後に……。
三星刃物は、なぜ諦めずにこのチーズナイフの開発を完遂しえたのか。

「自社ブランド商品が占める売上比率がわずか5%だからですよ」

と社長はいいます。
今もOEM部門が9割以上なのですね。だからこそ自社ブランド開発には焦らずに時間をかける余裕があった。
もっと正確にいえば(別の言い方をすれば)だからこそ、時間をじっくりかけないといけないと決断したということですね。


でも、この「5%」のもつ意味は実に大きいのだとも聞きました。
自社ブランド商品の存在をきっかけに新たな商談が始まってもいますし、若い人材が集まりしかも定着するようになったそうです。
つまりは自社の将来を左右する「5%」ということ。


このチーズナイフ、確かに世の中全体から見れば小さなイノベーションかもしれませんが、三星刃物にもたらした効果は絶大だったという話でしょう。

北村 森

北村 森

商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)

PROFILE

富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。

月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分
析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっ
ている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」
(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。

中日新聞/東京新聞「北村森のモノめぐり」、NTT東日本「経営力向上ラボ」、
家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地
方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」な
ど、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。

ANA国内線「北村森のふか堀り」監修

経済産業省 北海道経済産業局 地域ブランド創出支援事業 チームリーダー
特許庁 地域団体商標広報企画 ワーキンググループ委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)

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