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実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第97回) 

戦う相手はコロナだけじゃない!(Mana Musubi)

戦う相手はコロナだけじゃない!(Mana Musubi)

先日、ひさびさの海外出張に行ってきました。場所はハワイ。渡航にあたっての制限がずいぶんと緩和され、エアラインが増便されてもいます。出張の目的のひとつは、ある店舗の取材でした。
オアフ島のホノルルにある「Mana Musubi」(創業時の名称は「Mana Bu’s」)というちいさなおむすび屋さんです。かなりの人気ですから、その名を聞いたことのある方も多いかもしれません。ざっと説明しますね。

この「Mana Musubi」は、近年のハワイで「ムスビ・ルネサンス」の潮流のきっかけを生んだ一軒として知られています。でも、観光客を狙った店ではありません。この店のおむすびが地元で暮らす人に注目され、おむすびそのものの価値に光が当たっていったんです。
お店のある場所はワイキキビーチの中心あたりからクルマで10分ほど走ったところであり、現在に至るまで、地元客と観光客の比率は9:1程度と聞きます。

どうして、「Mana Musubi」を、私がいま現地取材したくなったのか。まず、2020年以来のコロナ禍を経ても生き延びた店舗であることです。でもそれだけではない。
大成功を収めたのち、この店の代表(日本人です)は店舗運営を第三者事業者に委託したのですが、2020年前後から売り上げが激減。それもコロナ禍のせいばかりとはいえない状況に陥ったそうです。同年夏に、代表は委託契約を解消して、自社運営に戻します。すると、みるみるうちに売り上げは急回復。現在の月次売り上げは、かつての自社運営時を超えるレベルまでになったと聞きます。

つまり、一度成功したあとに大きく失速。しかもそこにコロナ禍が襲っている状況でありながら、再びの飛躍を果たしている。これはいったいなんだ? と興味が沸いたというわけです。一度落ち込んだ事業というのは、お客さんからの信頼を失っている状態ともいえますから、それを復活させるのはたやすい話ではありませんね。しかも、売り上げを戻すばかりか、かつてを超えるほどの水準となれば、そこになにか見落とせないポイントが存在したはずです。

ここまでの経緯を、順を追ってお伝えしましょう。

2008年に「Mana Bu’s」が創業する前にも、おむすびを出す店はホノルルにありました。また、何軒ものお弁当屋さんがおむすびをラインナップに加えてもいました。ただ、創業時の「Mana Bu’s」が明らかに違ったのは、おむすびそのものの姿かたちや味でした。

ハワイでアレンジを加えたような、なんというかあらゆる意味で大胆なおむすびではありません。日本のおむすびとほぼ変わらない姿と大きさで、ご飯の握り方も具材の使い方もまた、日本のものとさほど変わらないものであったんです。スパムのおむすびはありますが、それも、ほかの具材のおむすび同様に、ご飯に包まれている形状で、しかも味つけが和風なので、私たち日本人旅行者が口にしても、なんの違和感もないほどです。

代表は日本生まれ、日本育ちの日本人です。東京の名門国立大学を卒業後、大手損保会社に就職。30代なかばで退職してハワイの大学院に留学し、顧客満足をテーマに据えて勉学に励みます。院を修了した翌年の2008年、ホノルルで「Mana Bu’s」を創業します。先ほど触れたように、観光客がまず訪れないような場所でのオープンでした。ただし、地元で暮らし、働く人たちにとっては利便性のある立地を選んでいます。

「海外での事業展開では、日本国内にもまして商圏の見極めが成否を分けます。そこにどんな消費者層が生活し、行き来しているかを深く理解することが、本当に大事なんです」

それにしても……。どうしてまた、日本人から見るとごく一般的なおむすびを、このハワイの地で、しかも地元客向けに売ろうと考えたのでしょうか。

「普通の食材で、普通につくったおむすびを出したかったんです」

普通とはなにか。代表は「東京近郊で当たり前のように売られているおむすびをつくって、ホノルルで売りたかった」のだといいます。

創業直後に、すぐ手を打つ

戦う相手はコロナだけじゃない!(Mana Musubi)

ただし、2008年の創業当初は、現在の商品ラインナップとは異なっていたそうです。いまは毎日25種類を超えるおむすびが、ちいさな店舗にずらりと並んでいますけれど、最初のころは、日本食のデリカテッセンといった趣でした。野菜中心のおかずが4割、和のスイーツが2割、そしておむすびが4割、といった比率だったらしい。

「当時、ホノルルにあった惣菜屋さんは、ショーケースの中身が茶色かったんです。つまり、揚げ物があまりに多かった。しかも、量り売りで値段表示も不透明という店もあった。それを変えたかったんです」

ところが……。

「思わぬ現象が2つ起きました」

ひとつは、おむすびばかりが売れに売れて、開店時刻からそう経たない時間帯に、連日品切れになってしまうこと。もうひとつは、午後にはお客さんがほとんど来ないこと。創業当初は1030分オープンで18時クローズでしたが、昼すぎからは商売にならない。

「創業2カ月目に、こうした状況を理解して、手を打ちました」

まず、開店する時刻を早めたそうです。1030分だったのを10時に変え、さらには9時にした。次に、商品ラインナップを思い切っておむすび中心に切り替えた。
すると、その効果は目に見えて現れました。

「創業から4カ月ほど経ったころには、朝に行列ができるようになりました。おむすび部門を強化したのですが、それでもすぐに売り切れるようにもなった」

広告宣伝は全く展開していなかったといいますから、そこまでにクチコミが広がっていったという話ですね。

ライバルは、意外にも?

戦う相手はコロナだけじゃない!(Mana Musubi)

「実はこの時期、もうひとつ気づいたことがあったんです」

それは、日本のおむすび屋さんとは、お客さんの購入の仕方が全く異なるという点でした。女性でも1人で4個買うのは当たり前で、あるいは1人で20個も購入して職場で分けるという常連客も相次いだそうです。

開店時刻を早めても早めても、朝の行列は消えることがなく、最後は630分オープンにまでなりました。さすがにこの時刻が限界、と代表は笑います。ちなみにクローズは1230分と謳ってはいますが、平日は午前早めに売り切れてしまうので、その時点で営業終了です。現在は1日に1100個のおむすびをつくっているそうですが、それでも完売なのですね。
ここまでの人気を早期に獲得したということは、朝からおいしい軽食をテイクアウトできるお店がホノルルに当時なかったのでしょうか。

「僕にとってのライバルは、いまに至るまで変わらず、セブン-イレブンとマクドナルドです」

えっ、同じようなデリカテッセンの店ではなかったということですか。

「その朝につくられたフレッシュな食べ物を買えるとなると、僕たちの店のほかは、大手であるこの2社なんですね」

セブン-イレブンでいえばスパムむすび、マクドナルドでいうと朝のメニュー。これが競合相手であると見据えたのですね。

僕らが勝てるのは、手づくりであること、それと、あたたかであること。この2つです

ちいさな店だからこその強みを、そこに見いだしました。

後発店舗は脅威でなかった

戦う相手はコロナだけじゃない!(Mana Musubi)

当時の「Mana Bu’s」が成功してから、後発のおむすび屋さんがホノルルに増えていますね。そうした存在は気にならなかったのですか。

「少なくとも脅威ではありません」

それには理由があるようです。代表によると、そうした後発の店舗は、おむすびだけではなくお弁当や副菜も同時に売っているケースが少なくないそう。そうした商品のほうが単価は高いので、店としてはそちらに傾倒しがちになります。

「僕は『おかずトラップ』『弁当トラップ』と呼んでいます」

その意味は……おむすびだけではなく、お弁当などもつくると、お客さんから「あれも欲しい、これも欲しい」という要望が重なっていきかねません。また、おむすびとお弁当では、食材調達の手立ても、つくり方も全く違う種類のものですね。両方を店に並べ続けるとなると、お弁当に使う食材は冷凍物にしてしまおうか、となってしまうかもしれない。そうなると、どっちつかずの状態に陥り、お客さんからの評価を著しく下げることになる。

ああ、そういうことですね。当時の「Mana Bu’s」は、お客さんの購買動向を即座に感じ取り、おむすびに完全に舵を切った。そのことで、中途半端な体制となる状況から逃れた。

これは飲食関係の業界に限ったことでなく、とても教訓めいた話だと、私は思います。以前、顧客から絶大な信頼を得ている、ある直販農家から聞いたことがあります。「直販体制で野菜を売るのか、JAに卸す野菜を育てるのか。どちらがいいとか悪いとかではないんです。ただ、売り上げが厳しいからと、苦し紛れに両方を同時に手がけようとすると失敗します。同じ品目の野菜であっても、そこに求められる内容が全く違うから」。これと似たようなことでしょう。どっちつかずが一番よくない。中途半端になり、それぞれの売り先が求める商品をつくれずに終わってしまう。

15ドルのお弁当を10個売れば150ドルの売り上げですね。それが2ドルのおむすびならば75個売って同額です。そう考えるとおむすび屋は大変と思えるかもしれませんが、僕はこっちのほうを選んだ」

この店のおむすびは11.82.2ドルが中心です。それでも、まとめ買いをしようというお客さんに応える内容のおむすびだから、ちゃんと事業が成立しているわけですね。

「なんにもスペシャルなことはしていないんです」

代表はそういいます。製法に秘密はないし、ごく普通のおむすびを普通に出している。それがホノルルに暮らす人の心に刺さったのですね。

機械を導入したがすぐやめた

戦う相手はコロナだけじゃない!(Mana Musubi)

とはいえ、この「普通」というのが難しいものです。代表の話を聞き続けるなかで、私がとりわけ注目したのは2点でした。まず、ほぼ一貫して手づくりなところです。

「実は2008年の創業まもないころ、なけなしのお金をはたいて、おむすびを握る機械を導入しました。けれども……

なにがあったのですか。

「1カ月だけ使って、すぐやめました。それ以来、全く使っていません。ご飯を攪拌するとき、それぞれの粒の表面にキズが付きますし、機械で握るためにはご飯に(油などの)混ぜ物を入れないといけません。それはやっぱりだめだ、と」

もうひとつは、創業時の屋号である「Mana Bu’s」から現在の「Mana Musubi」に至るまで、同じ場所で、1カ所のみの展開をほぼ続けてきた点です。支店を広げたり、どこかに商品を卸したり、などは考えなかったのでしょうか。

「創業2年目の2009年に、一度だけワイキキのホテルに卸したことがあります。でも、商品のコンディションを保ってくれなかった。うちのおむすびをこんな雑に扱ってほしくないと考え、こちらも1カ月でやめました」

こうして話を聞いていくとおわかりになると思います。この店は、創業わずか2カ月目でおむすび中心に大胆にシフト。機械化や商品の卸にも臨んだけれども、それらがマイナスと判断すると、即座に取りやめています。つまり、初期の段階で、臆することなくトライアンドエラーを繰り返すとともに、「普通のおむすびを普通に売る」ことに反する事柄であるとわかれば、効率化や売り上げの確保を優先することなく切り捨てているわけですね。ここは重要なポイントと感じさせます。

売り上げが9割減にしぼむ

戦う相手はコロナだけじゃない!(Mana Musubi)

創業以来、かなり順風満帆といっていい展開に思えます。このちいさな店がなぜ「ムスビ・ルネサンス」を創出できたのか、ご理解いただけたのではないでしょうか。
問題はここからでした。2016年、代表夫妻は、ご家族の事情から日本への帰国を決断します。屋号を「Mana Musubi」へと変更し、先にお話ししたように第三者に運営委託することとしました。

最初の委託先とはまず良好な関係だったようですが、契約満了となって次の委託先を探すところから事態が変わっていきます。次の業者は短期間で終わり、さらに次の委託先との契約を結んでしばらくしたところで、2020年のコロナ禍に襲われます。やはり厳しい状況だったのでしょうか。

「いえ、コロナ禍のせいばかりとは言えない状況でした。委託先が現場スタッフのケアを怠って、品質もサービスもひどく落ち込んでいたんです」

その結果、客足は目に見えて遠のき、月次の売り上げは往時の9割減にまでしぼんでしまいました。
代表はどうしたのか。常連客をほぼ失った状況になり、店を諦めるしかないのか。

「まず、日本国内からリモートでスタッフ教育に乗り出しました。と同時に、コロナ禍が深刻な時期でしたが、ハワイにも入りました」

そこで目にした光景は……。お客さんに挨拶をしないスタッフ、むだ話に興じるスタッフ。そして、味が崩れてしまったおむすびでした。具材の仕込みも、仕上げの塩もぞんざいなおむすびが、店の棚に並んでいました。

2020年夏、代表は再び、「Mana Musubi」を自社運営へと回帰させようと決めます。当時の委託先がギブアップの声を上げたこともありましたが、こうしてリモートや直接の現地入りでスタッフ教育を続けるのならば、委託運営とする意味がない、ちゃんと直接に運営するほかない、との判断でした。

立て直しを決意、すると…

戦う相手はコロナだけじゃない!(Mana Musubi)

冒頭でも触れましたが、一度成功した事業がなんらかの事情で落ち込んだところから復活を期すというのは、ゼロから成功をつかむより難しい、と私は思います。スタッフの士気ひとつ緩んでいる状態を元に戻すのは至難の業ですし、なにより、離れてしまったお客さんに戻ってきてもらうのには、それはもう大変な困難を伴います。

ここは自分が客として来たい店か、これは買いたい商品か。そうでなくなっているなら、変えないといけません

代表はそれに臨んだわけです。2020年の夏から、なにをなしてきたのでしょうか。

「まず、おむすびの本来の実力には自信がありました。だったら、以前の姿に戻す。それに尽きます」

残ったスタッフへの指導を、代表は果敢に進めます。さらにハワイへと繰り返し入ったほか、日本国内に滞在しているときも毎日のメールを欠かしませんでした。

「伝えたのは、味のことだけではありません。接客のこと、作業効率のことも説明し続けました」

幸い、残っていたスタッフのなかには、士気のある人物もいました。「子どものころからこの店に通っていた」というスタッフが、記憶に留まっていたかつてのこの店の姿を思い出し、代表の言葉を改めて咀嚼して、周囲のスタッフのやる気をも上げてくれました。
代表がこの店に戻ってきたことが、また、以前のお客さんの気持ちを揺さぶったともいいます。

「『なんだ、店にいるじゃないか』とも、『いっときはひどい状態だったんだぞ』とも、声をかけられましたね」

そうしたお客さんたちが、「Mana Musubi」が元の状態に戻るかもしれない、と、クチコミで広げてくれた格好でした。顧客とかろうじてつながっていた細い糸が、この重要な局面でものをいった感じです。

「この地域のコミュニティには、この店に対する期待がまだ残っていることを実感しました。コロナ禍ということもあり、新規参入してきた店舗がこの間なかったこともまた幸いしていたと思います」

創業時、クチコミで行列ができ、その後には委託先の運営のまずさがまたクチコミで広がった。そして自社運営に戻すと、ここでもやはりクチコミの威力が大きかった。そういう話ですね。

なぜ、復活劇を遂げられた?

戦う相手はコロナだけじゃない!(Mana Musubi)

このちいさなおむすび屋さんの月次売り上げの変遷を、ここでお伝えしましょう。
2008年の創業当初は月8000ドル。それが2016年には月45000ドルへと成長。しかし、委託運営にしたのち、最悪の月は2016年当時の9割減にまで下落。では現在は?

コロナ禍が完全に収束していない状況でありながら、月48000ドルとなっています。つまり、以前のピークを超えた数値です。
もう少し具体的に教えてください。客足の回復はどのようになしえたのでしょうか。

「スタッフは現在20人弱ですが、まず、それぞれの立ち位置を明快に可視化しました。ちいさな組織ですが、各セクションのリーダーもきちんと決めました。次に、おむすびのレシピを改めてしっかりと構築しました。食材の量、調理時間を含めてです」

つまりは、ここでもいうなれば「組織にあるべき、お店にあるべき「普通」のことを遂行したのですね。事業回復には魔法があるわけではない。とことん、なすべきことをなし、そのうえで代表は同時に、おむすびの味とはなにか、接客とはなにかをスタッフに愚直に説き続けた。コロナ禍でも、日本から何度もホノルル入りを続け、直接にも伝えた代表の姿は、結果的にかつてのお客さんの目に触れ、それが、本来の「Mana Musubi」が復活するかも、という期待を呼び、クチコミを誘った……

スタッフは士気を取り戻し、前述のように、1日に1100個ものおむすびを手づくりで完成させられる態勢ができあがりました。そんなにたくさんのおむすびが、いま、早ければ10時、遅くとも11時ごろには売り切れるそうです。
店でひときわ高い人気なのは、シャケ、スパム、ツナマヨ。それに続くのは純和風な梅、昆布、シソわかめと聞きます。

この夏からは代表の従兄弟が「Mana Musubi」のキッチンに常駐するといいます。もともと料理人だったという従兄弟が、現場でリーダーシップをとるのですね。

2020年の最悪だった時期でも『これをやれば大丈夫』という確信はありました。諦めずに。それを実践したのみです

いまハワイは、米国本土からの旅行客で賑わっています。「Mana Musubi」の次の一手は、ホノルルに暮らす人だけでなく、そうした旅行客に向けて「旅の思い出として、帰路の機内で味わってほしい」、そんなおむすびを提供することにある、と聞きました。

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