実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第87回)
「差別化」こそが正解なのか!?(秋田由利牛振興協議会)
この連載の第65回で、全国にその名を知られた山奥のオーベルジュ「L'évo」の話を綴りました。コラムの冒頭で私は、地域産品のブランディングをめぐってしばしば当事者から聞かれる「知名度を上げたい」「よその存在との差別化を目指したい」という考えは、実は間違っているのではないか、とお伝えしました。その折にも少し触れましたが、こう思うに至ったのには理由がありました。
経済産業省や特許庁による地域産品のブランディング事業に、私はチームメンバーとしていくつも参加してきました。現地に赴いて最初の会議に出席すると、まず決まって話が出るのが、この2つなんですね。地域産品に関わっている地元の皆さんは「有名にせねば」「差別化せねば」という言葉を繰り返します。でも、それはブランディングを進めた後の結果の話であって、そこを目指すというのはちょっと違うと思うわけです。
そもそもどんな産品なのか、なにを業界関係者や消費者に伝えきりたいのかを考え抜くことこそが大事です。とりわけ、「差別化」というのが厄介なんです。マーケティングにおいて差別化を志向するプロセスは重要と考えられていますし、コンサルタントも研究者も、「差別化できていますか」と会議の場などでよく語りますね。もちろん、よその産品との差異や優位性を踏まえることに一定の意味はありますし、そこから成果を上げられるケースも存在します。でも……。
本当に、「差別化を志向することはマーケティングの大正解」と断言までしてしまっていいでしょうか。私はそうは思いません。差別化というのは「よそを見る」行為です。みずからの強みをしっかりと掘り起こして認識する作業をないがしろにしながら差別化だけを求めるのは、結局のところ、自分の産品そのものを軽視することにつながりかねません。「よそに囚われるより、まず自分を見ましょう」という話です。
第65回の原稿で私がお伝えしたのは、「よそがどうあれ、『これが自分たちの産品の唯一無二』だと言いきる覚悟こそが大事」という指摘でした。実際に唯一無二かどうかにもまして、唯一無二と信じられるかどうか、です。
マーケティングの正解として当たり前のように捉えられている差別化理論のために、たくさんの地域産品が、なんだか、がんじがらめの状態に陥っているのではないか、と私は思います。「差別化できないとブランディングは果たせない」「うちの産品は差別化できないからブランディングは無理だ」というふうに……。
なぜ、こんなことを考えるようになったのか。私が実際に参加した地域ブランディングの現場を通しての話なんです。今回はその経緯を綴りましょう。
秋田県の由利本荘・にかほ地域で育てられている「秋田由利牛」。経済産業省の東北経済産業局は、2019〜2021年度の3年間をかける形で、そのブランディング事業を立ち上げました。で、そこに私は専門家メンバーの1人として加わりました。
「秋田由利牛」は、地域団体商標にも登録されている存在ですが、知名度が抜群かといえば、そうではありませんね。ではどこに打開策を見いだすか。ブランディング事業での会議はそこから始まりました。
ブランディングは至難の業?
専門家チームの一員として、私はひとつの不安がありました。東北とは別のある経済産業省職員が、「和牛のブランディングは本当に難しい」と漏らすのを、じかに聞いていたからです。
それはどうしてか。牛肉に関しては、特定の地域に限った話ではなく、どこもステークホルダー(利害関係者)があまりに多く、そのために議論がまとまりづらいというのですね。生産者がいて、JAがいて、自治体もいます。そして流通・小売を担う事業者もいる。それぞれの立場がありますから、結論がまとまらずにブランディングがままならないケースがしばしば、というのが、経済産業省職員の悩みでした。
ステークホルダーの多さによって事業の推進力が削がれるというのは、牛肉だけでなく、それこそ数々の地域おこしプロジェクトにありがちな現象です。私自身、何度もそうした場面を目にしてきました。ただ、それにしても、牛肉の場合は難しいかもという予感はありました。
ただし……。かといって、ステークホルダーが少数にとどまる案件であればうまくいくかといえば、そうでもないんです。私が手がけた事例でいいますと、数年前にチームリーダーを務めた別の経済産業省案件では、テーマが海産物で、会議の相手はひとつの漁協だけだったのですが、話を噛み合わせるのにかなり苦心したことを覚えています。その場で何度も繰り返されたのは、「この海産物で差別化できるか」という漁協側の声でした。「いや、差別化という前に、この地域の海産物の実力と、その活用法を掘り起こしましょう」と私は伝え続けたのですが、かなりの間、議論は平行線をたどりました。だからこそ、今回の「秋田由利牛」のブランディング事業では……。
平易な言葉で、しかも端的に伝わるような『旗』を掲げよう
私はそう考えました。まずはステークホルダーが同じ方向を目指すことが大切であり、そのためには、分かりやすいシンボルが必要と踏まえたわけです。
銘柄牛の数は130にものぼる
最初の2年間、飼育農家を訪ね、流通・小売の声を聞き、会議を重ねました。それでもなかなか、筋道が見えてきませんでした。
当初の会議のなかで、関係者は例えば次のように語りました。
「『秋田由利牛』が大都市圏で勝負しづらいのは、ひとえに『距離』の問題だ」
これはどういうことか。銘柄牛は全国に130を超えるほど存在しますけれど、「味の違いは、実はそうない。今後はさらに均質化していくだろう」という生産関係者の意見があったんです。とするならば、大都市圏までの流通コストがかさむぶんだけ、「秋田由利牛」は不利という指摘です。でも、本当に距離だけの問題か、と私は感じました。
ある生産者はこうも話しました。
「差別化したいけれど、現状でいえるのは、自然や水に恵まれた飼育環境と、牛にやる餌の吟味くらいかもしれない」
これには私は反対意見を述べました。だって、よその銘柄牛であっても、飼育環境に細心の注意を払っているはずですし、独自の餌の研究にも余念がありません。これは養殖の魚介類にもいえることですね。しかも、どんな餌かというのは、実際のところ、消費者の心にはあまり刺さらないのではないかという、私の仮説もありました。その産品を消費者が食べてどう感じるかこそが真に重要なのであって、牛や魚になにを与えているかには関係者が期待するほどの訴求力はない、と思うからです。いくつもの産品がさんざん使ってきたアピール手法でもありますしね。
食べつくしたら答えが出た
こうした堂々めぐりの議論というのは、おそらく、多くの地域産品、いや産品に限らず、さまざまな地域おこし事業の現場で見られるものではないでしょうか。なぜ、そうなってしまうのか。途中で私は気づきました。
「差別化なんて、そもそもできっこない」
考えてみれば、生産する当事者がまさにそう語っているわけです。そして、差別化しきれない現実を前に、どう道を切り拓けばいいか、頭を悩ませてしまう。ならば……。
「食味の違いを数値で追ったり、飼育方法の微細な差を見つけ出そうと苦労したりするよりも、『秋田由利牛』がそもそもどんな牛かを考えるべき」
私はそう考え、「秋田由利牛」をただただ食べに食べました。いや、専門家メンバーに招かれた初年度からそうしていたのですが、改めてより多くの部位を体験しながら、その特質を端的に示せる、なんらかの言語化を試みようと判断しました。
そうすると……。答えは出ました。「秋田由利牛」って、食べ飽きしないんです。赤身の部位は地味深いけれど穏やかな味わいであり、脂身も優しいのです。さらにいうと、ホルモンもタンもさらさらと舌を通りすぎていくほどに上品なもので、しつこくない。精肉も内臓も、これは相当な実力派ではないか。さらには、もうひとつ感じたことがありました。
「かつての霜降り肉人気の後は、2000年代からの赤身肉ブームが来た。『秋田由利牛』は、その次の20年、30年の牛肉のありようを指し示す存在ではないか」
食べ飽きしない、ということは、脂の乗った部位から、赤身肉、そして内臓と、いいものを少しずつ口にする(でも、たくさんの部位を堪能したい)という消費者には、もうそれこそ、うってつけの存在なわけです。だからこそ、霜降りか赤身かという議論を超えた牛肉として、意義あるものとなる。
キーワードは「まるごと」だ

私は2年目途中の会議で、出席者全員にこう伝えました。
「差別化を狙うのではなくて、よその牛肉がどうあれ、自分たちはこれでいくと言いきりましょう。キーワードは『まるごと』です」
この「まるごと」という言葉は、すべての部位を楽しく食べ続けられるという意味も込められていますし、そこには別の狙いもありました。
「生産者も、JAも、流通事業者も、自治体も、経済産業省も、皆まるごと一致団結して事に当たりましょう」
そういう思いも込めました。あとひとつ、極めて大事な話があります。もう何年も前から、地元の名士たちが半ばボランティアのような形で「秋田由利牛を味わいつくす会」というイベントを続けていたんです。そんな有志の皆さんの熱意も汲み取って、「まるごと」というキーワードをここで掲げて、手を取り合いましょうという話です。
では、具体的に、まずなにをなすか。私が提案したのは、「クラウドファンディングで、『秋田由利牛』を文字通りまるごと提供しましょう」というものでした。
バラ肉も、モモも、ロースも、ヒレも、そしてタンも、レバーも、ギアラも、テールも、つまりは精肉も内臓も同時に全部提供してしまう、というクラウドファンディングの実行から、勢いをつけようと判断しました。
でも、これを提案できたのは私が牛肉の素人だったからだ、とすぐにわかりました。会議に参加していた、秋田県内の大手食肉卸の社長は「常識的にはできない話なんですよ」と諭してくれました。というのは、牛肉の生肉(枝肉)部分と内臓では、流通過程が全く別物だからだそうです。よく考えてみると、どんな銘柄牛でも、精肉と内臓を一緒に売っていたりするケースは確かにあまりない。そういう話だったのですね。
「でも……」
食肉卸の社長は発言を続けました。
「わが社が牛を一頭買いして、流通経路をしっかりと確認作業すれば、『精肉と内臓、まるごと提供』という形態を取ることはできるかもしれない」
皆が少しずつの無理をした

しかし、その次の段階で、議論が立ち往生しました。じゃあ、ぜひにやりましょうという場面になったら、社長が頭を抱えたんです。
「『まるごとのセット』をクラウドファンディングのために数多く用意するのは、現実的には無理です」
なぜか。一頭の牛から取れるタンやテールはごくわずかです。希少なシャトーブリアンにしても同じですね。もし、「まるごとのセット」をクラウドファンディングにかけられる相当数用意するとなると、少ない部位の量に合わせて、おびただしい頭数の牛を仕入れる必要が生じます。そして、希少部位を確保した後の、残りの大部分の肉は、無駄になってしまいます。これではビジネスとして成立しませんね。
私はここが勝負どころと考え、ほんの少しだけ思いをめぐらせたのちに、社長にこう伝えました。
「希少部位は、早い者勝ちで構いません。例えば『タンとテールは限定先着5名様分です』『でも、この部位だったら50名様分あります』というように……。『秋田由利牛』に携わる全関係者が、クラウドファンディングを通して、それぞれの部位の数量はともかく、『内臓を含めた、まるごとの提供に挑んだ』という事実こそが大事でしょう」
これでハードルを乗り越えられました。今年(2022年)3月には、クラウドファンディングで(といいますか、既存流通も含めて)おそらく業界初となるであろう、「全部まるごと」が実現します。宣伝めいた話をするのは本意ではありませんので詳しくお伝えするのは控えますが、私の古巣である新聞社グループ系のクラウドファンディングサイトを活用する予定です。
長い3年間でした。ステークホルダーが多く、ブランディングに難儀必至と言われる牛肉の領域で一歩前進することができたのには、理由があるとも感じています。それは……。
関係者の皆が、少しずつの無理を引き受けた
これにつきると感じています。生産者たちは差別化への呪縛を乗り越えようと前向きになり、JAも積極的にそれを支えた。経済産業省や自治体はクラウドファンディングへの展開を全面サポートしてくれました。また、
専門家チームに加わっていた、地元のクリエイティブ企業の担当者は、「秋田由利牛」の新たなキャッチコピーの制作で、何度にもわたって案を出し続けました。現在、秋田由利牛振興協議会の決裁を待っている段階ですが、既存の銘柄牛によくありがちな常套句を排除し、「霜降り肉、赤身肉のブームの次は『秋田由利牛』だ」
「和牛界の刺客 秋田由利牛」
こうした取り組みが成果を上げられるか、もちろんこれからの動きにかかっていますけれど、堂々めぐりの議論に終わらずに、最初の一歩を関係者がそろって踏み出せたのは事実です。

北村 森
商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)
PROFILE
富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。
月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分
析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっ
ている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」
(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。
中日新聞/東京新聞「北村森のモノめぐり」、NTT東日本「経営力向上ラボ」、
家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地
方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」な
ど、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。
ANA国内線「北村森のふか堀り」監修
経済産業省 北海道経済産業局 地域ブランド創出支援事業 チームリーダー
特許庁 地域団体商標広報企画 ワーキンググループ委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)
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