実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第86回)
そのヒットは幸運だったから!?(カモ井加工紙株式会社)
社業を大きく進展させるような大ヒット商品は、どのようにして生まれるのか。1人の開発者がなにかピンとくる着想を得たからか、必死になって新技術をものにしたからか、時流にうまく乗れたからか……。なかには偶然の産物という話もあるでしょうね。
今回お伝えしたいのは、「偶然の幸運がもたらされてのヒット」に見えるようで、ちゃんと話を聞いてみると「実際には、幸運をみずから掴みにいったからこそのヒット」と表現できる事例です。取材を通して、私は「ああ、どんな局面でも、自分から意識をもって事に臨まないと、偶然の幸運がそこに訪れているのに気づかないままなのだなあ」と感じました。
すみません、もったいぶった言い方をしてしまいましたね。本題に入りましょう。今回のテーマは、マスキングテープです。マスキングテープというと、かつては工業用途がもっぱらでしたね。塗装の工程で使うなどの目的で企業が活用するか、あとはせいぜい一般消費者がDIYで使うかくらい。
それが、いまでは、工業用とは全く別の存在として、文具としてのマスキングテープ人気が定着しています。色とりどりの商品が多数販売されていて、購入した人は生活雑貨の装飾に使ったり、プレゼントのラッピングに使ったり、と、使い道も多岐にわたっている印象です。
これ、いつからのトレンドなのか。2008年に、岡山県のカモ井加工紙が「mt」と名づけた文具用マスキングテープ20色を、業界で初めて世に送り出したのが契機です。では、工業用一辺倒だったなかで、どうしてまた同社はこんなマスキングテープを企画・製造し、発売までこぎつけたのでしょうか。これが今回の話。
カモ井加工紙はもともと工業用マスキングテープの製造に長らく携わってきましたし、現在でも工業用と文具用の売上比率は8;2程度といいますから、工業用が主軸であるのは変わらない。でも、文具用マスキングテープ市場を切り拓いた企業だけあって、同市場でのシェアはおよそ7割にのぼっていて、しかも、2008年の第1号商品発売からここまでの累計で4000アイテムもの文具用マスキングテープを出してきたそうです。
開発の経緯を尋ねてみたら、まあ幸運といえば幸運なんです。でも、幸運をしっかりと掴んで離さなかった。それが今回のポイント。文具用マスキングテープ「mt」シリーズの開発に携わった同社の専務と、コンシューマー部の部長から聞いた話を、順番にお伝えしていきましょう。
突然の「工場見学」依頼
カモ井加工紙はなぜ、マスキングテープといえば工業用しか存在しなかった時代に、文具用である「mt」を登場させたのか。そのきっかけは同社のなかから生まれたものではなかったそうです。
「2006年に、一般女性3人のグループから『工場見学させてもらえないか』という依頼が飛び込んだんです」
同社の社員は面食らったといいます。ごく一般の消費者が、どうしてマスキングテープに興味を抱くのか、どうしてもわからなかった。それに当時は、工場見学を拒んでいた時期でもありました。技術が盗まれるのではないかという懸念が拭えなかったからです。
「いったい、なにが狙いなのか。社員みんなで悩みました。誰もが理解できなかった。で、『どの部署が断りを入れるのか』とまで議論までしましたね」
でも、無碍に断るのもためらわれたそうで、工場見学を頼んできた女性にいろいろと尋ねてみることにしました。すると……。
「思ってもいなかった話が返ってきました」
その女性たちによると、マスキングテープを日常生活で楽しく使っているという。お菓子のラッピング、あるいは、コンサートのチケットを壁に飾るときなどに、とてもいいんです、と。
「さらに詳しく聞くと、『マスキングテープの透け感が魅力です』『手で好きにちぎって貼れるし、そこに文字を書けるのも楽しい』といいます。そんなこと、私たちは考えてもいませんでしたね」
カモ井加工紙のとまどいは想像に難くありませんね。同社どころか、業界の他のメーカーだって、マスキングテープにそんな使途があるとは全く想定していなかったでしょうから。
それはマイナス要素ではない
同社は、検討に検討を重ねたのち、結局は彼女たちの工場見学を受け入れたそうです。それはなぜ?
「彼女たちが、手製のちいさな冊子を送ってくれたんです。かなり凝ったつくりで、マスキングテープの使い道、色や透け感の特徴が綴られていました。各ページには実際にテープが貼ってあったりして、これには驚きました」
カモ井加工紙によると、工業用マスキングテープの生産を続けていながらも、当の同社自身、そこまでテープの色を意識してつくっているわけではなかったそうです。ところが彼女たちは商品ごとの色合いを感じ取っていたのですね。それともうひとつ。彼女たちはテープを手でちぎれることが面白いと話していた。
「マスキングテープというのは、和紙でつくる粘着テープです。和紙なのだから手でちぎれるのは当たり前、と私たちは思っていた。でも、彼女たちはそこがいい、と感動しているわけです」
同社はそれまでむしろ、和紙だけに、手でちぎると切れ目が不規則なギザギザとなって残ってしまうのがマスキングテープの難点と認識していたそうです。しかし、彼女たちにいわせると、それが魅力なのだとも……。
「ユーザーが違うと、ここまで評価が異なるのかとびっくりしました」
それまでの工業用途の場合、マスキングテープを使う職人などは、色のことは気にしませんし、切れ目のギザギザはマイナス要素と感じていたはずです。それが、一般消費者である彼女たちにすれば、色の透け感こそが美点であるし、ギザギザになる風合いがいいという評価に変わるわけです。
他の企業は門前払い、でも…
カモ井加工紙は、彼女たちとのそうしたやりとりを経て、工場見学を受け入れる決断をしました。
「わざわざ岡山に来てくれた彼女たちに工場の内部を案内したら、ものすごく喜んでくれました。工場の現場では『いったい何者なんだろう』と話していましたけれど」
それはそうですね。一般消費者が訪れたことなどなかったわけですから。
彼女たちの話をじっくりと聞き、同社は、それまで全く存在していなかった文具用マスキングテープの開発に着手することを決めました。
私たちの『当たり前』は、必ずしも『当たり前』ではなかったことに気づきました。そこに面白さを感じて、『ああ、新規事業としてやってみてもいいかな』と
あとになって彼女たちから聞いたのは、他のいくつものマスキングテープメーカーにも工場見学の依頼をかけていた、という話でした。でも、他社からはすべて門前払いだったそうです。なかには、断りの返答すらなかった会社もあったらしい。何度もやりとりを続け、最終的に工場見学を受け入れたのは、カモ井加工紙、この1社だけだったんです。
文具用マスキングテープの市場をゼロから開拓し、シェア7割となっている同社ですが、つまりは彼女たちの工場見学依頼に応じたことが、結果的に他社を引き離す現在の状況をもたらしたという話でしょう。普通なら、そんなの受け入れられない、で終わってしまってもおかしくないですし、実際、よその企業はそうでした。ところがカモ井加工紙だけは、彼女たちの思いや発想に意義を見出そうという姿勢を貫き、工場に迎え入れたのですね。
工場見学の依頼があったのも、そしてマスキングテープの意外なまでの使途があるという事実を知ったのも、カモ井加工紙にすれば、ひとつの幸運だったかもしれません。でも、その幸運は、同じように彼女たちの依頼を受けたよそのメーカーにも掴むチャンスはあった。それを見逃さないか見逃すか……。
カモ井加工紙の場合、彼女たちの申し出を真剣に受け止め、さらには工場見学に応じるまでに何度もやりとりを重ねていましたね。この姿勢が幸運を引き寄せる結果となったのではないかと、私は思いました。
第1号商品まで2年費やす
さあ、問題はここからです。文具用マスキングテープをつくろうという決断を下したのはいいのですが、工業用のテープを生産するのとは話がかなり違うのですね。デザインは外部の専門家の力を得ることで解決しますが、肝心の製造工程をどうするか。
工業用の場合、いってみれば少品種大量生産の態勢でいけますね。色やデザインなど問われるものではないので、あとはサイズなどの設定で済みます。ところが文具用をつくるとなると、色もデザインもさまざま取り揃える必要が生まれます。多品種少量生産に対応しないといけなくなるわけです。そんなに簡単な話ではありません。
「それでも、やり方は見つかるものなんです」
どう見つけ出したのか。それまで、マスキングテープの原材料は、色からなにからすべて製紙会社任せにしていた。それを一部切り替えることで道がひらけたそうです。簡単にいうと、ベースとなる白い和紙を製紙会社から仕入れて、色やデザインはカモ井加工紙の工場内で印刷すればいい、と考えを改めた。
「元来、ウチが持っていなかった技術ですけれど、その機器の導入を決断しました」
ここでもうひとつ、気になることがあります。全くの未知の領域といっていい文具用マスキングテープの開発に着手することに、社内から反対の声は上がらなかったのでしょうか。
「ごくごくちいさなチームで始めたんです。だからそこに異議を呈する人はいませんでしたね」
一般消費者向け商品は“水もの”であって、数字が読みにくい分野であるという認識はもちろんあったといいます。そのことを上層部も理解してくれたそう。だから、社として数値目標を掲げるのではなくて、トライアル事業という位置づけで進められたらしい。
「正式な事業計画書の提出を、上層部から求められもしませんでした。最初の開発段階で大きな数字を明示せずに済んだんです」
社内の空気は「お手並み拝見」といった感じだったようです。文具用マスキングテープの開発チームは、多品種少量生産の態勢を整えるとともに、そもそものきっかけを提供してくれた工場見学の彼女たちに、再び連絡を取ります。そして開発の協力を頼んだ。彼女たちは、テープの試作品へのコメントを返したばかりでなく、それぞれのテープの色に名前をつけてくれるなど、全面的に支えてくれたそうです。
「私たちが試作段階で想定していたのと、全く違うコメントが届いて、それは驚きましたね」
同社の開発チームは派手な色合いのテープが求められるのかと考えていたら、そうではなくて、彼女たちはむしろ淡い色を望んでいた。そのほうが使いやすいという話だったんです。
「こうして彼女たちの力によって開発が進んで行ったのですが、彼女たちはビジネスベースではなく協力してくれたんです。いまも、とても感謝しています」
工場見学を受け入れたことへの返礼のようなものだったのかもしれませんね。
2008年、「mt」の第1号商品として、20色の文具用マスキングテープが発売となりました。工場見学に応じてから2年かかっているのですね。生産態勢の検討と確立、色やデザインの詰め……。やはり、これくらいの時間は必要だったのでしょう。
主力商品を変えた歴史が…
ここでちょっと別の話をしましょう。同社の歴史についてです。
そもそも、カモ井加工紙が工業用マスキングテープの生産をスタートさせたのは、1962年のことでした。それまでの創業以来の主力商品は「ハイトリ紙」(ハエ取り紙)だったんです。部屋の天井から吊るして、飛んでくるハエを粘着シートで離さなくする、あの懐かしい商品ですね。
「当時はまだまだ、ハイトリ紙は売れていたんです。でも、近い将来、この市場は縮小すると判断しました」
下水道の普及や殺虫剤の登場によって、このままではハイトリ紙は厳しい時代に突入すると踏んだということですね。ではどうするか。当時の役員が考えに考えたすえ、粘着テープという点では同じである工業用マスキングテープの開発に乗り出したのだといいます。
時代の変化をいち早く察知して主力商品を変えたという経緯が、いまから60年前の同社にあったのですね。これは私の推測ですが、そうした歴史を有する同社だからこそ、2000年代に入ったタイミングでも、文具用マスキングテープの新規開発に関しても、思い切りよく攻められたのではないでしょうか。
それにしても……。洒脱な文具用「mt」を世に送り出している同社のルーツが、ハイトリ紙にあったというのは、なかなかに味わい深い話ではありますね。時代を読むという意味では、ハイトリ紙を引っさげての創業も、工業用マスキングテープ生産に舵を切ったプロセスも、また、文具用マスキングテープに着目した発端も、そこに共通した姿勢があるとも感じられます。
慣れない営業も果敢に…
「mt」の話に戻しましょう。2008年に業界初の文具用マスキングテープとして発売となり、すぐに反応はあったのでしょうか。
「いえ、最初のころの営業では、それこそ門前払いだったことも多々ありました」
それはそうでしょうね。いまのようにブームが定着しているわけではなくて、全くの新規領域といっていい商品だったわけですし。
「これまで私たちが全く知らなかったような東京都心の雑貨セレクトショップなどを回ったのですが、苦戦しました。私たちのようなおじさんに営業に来られても、違和感を覚えたのでしょうね」
風向きが一変したのは、同年に生活雑貨の見本市「ギフトショー」に出展したあたりからだそうです。反響を呼び、メディアもこぞって取り上げた。そこからの動きは極めて順調で、現在に至っています。2010年代に入ったころには欧州市場にも進出し、販路を伸ばしました。マスキングテープの用途提案という新規性はもちろん、素材が和紙であるところも受けたようです。現在、「mt」売り上げの1割ほどが輸出部門となっています。
ここで尋ねてみたい。文具用マスキングテープがブームとなり、さらには人気定着するのを、最初から想定できていたのでしょうか。
「いえ、ここまでとは全く思っていませんでした」
大きな注目を浴びたあとも、「一過性のブームでは…」との思いは拭えなかったらしい。でも……。
「たとえ、いっときのブームが過ぎ去っても、一定のユーザーは残ってくれるはず。自分たち自身にそういい聞かせながら、生産と営業を続けました」
さあ、今回の話のまとめに入りましょう。存在していなかった市場を築き、大きなシェアを獲得し続ける……。なにがそこにあったからか、整理してみます。
まず、違和感を見逃さなかった。これは一般消費者である女性たちからの工場見学依頼を断らなかったことですね。なぜに工場見学なのか、そこをちゃんと知ろうという姿勢を崩さなかった。次には、ちいさく始めたところでしょう。大々的な設備投資せずとも、素材の調達と加工方法を精査することでなんとか生産に持ち込もうと方策を必死に練っていますね。そして最後に、工場見学に訪れた女性たちの知恵をためらうことなく得ようとした。もうひとつ加えるなら、慣れない営業も見本市への出展も、臆することなく続けた。
彼女たちからの工場見学の依頼って、他の各社にもあったわけです。つまり、スタートはどこも一緒の条件だった。でも私たちはそこから動いた
そうですね。その違いがまさに大きかった。
「あのとき、工場見学したいという一通のメールを見逃さなかった。そこから私たちなりの『気づき』を得ようとした。そこが分岐点だったと思います」
カモ井加工紙の売上高は、この18年にわたって右肩上がりを続けていると聞きました。そして、ロングセラーとなった「mt」に続く新たな一手を見つけ出そうという気運もまた、同社のなかで芽生えているそうです。
SHARE
実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則