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実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第82回)

続・そもそも「どうあるべき」なのか!
(株式会社東京商工社)

続・そもそも「どうあるべき」なのか!(株式会社東京商工社)

このコラムの30で、秋田の伊藤漬物本舗が開発した「いぶりがっキー」という商品の話をしました。地元・秋田の土産物はどうあるべきか、を考え抜いたすえでのヒットでしたね。重くて大きいという秋田土産の欠点をどう解消し、なおかつ、秋田特産のいぶりがっこをそこにどう生かすかの勝負でした。

「その商品はそもそもどうあるべきか」という原点に立ち戻る作業が大事なのは、なにも地域発の商品に限ったことではありませんね。いつも私がこの連載でお伝えしているように、新製品やサービスの開発では、他社との差別化などを強く志向するより、むしろ有効な手立てであると思います。

前回も綴りましたが、差別化というのはえてして、すでに存在する他の商品を気に留めすぎるあまり、無理やりにでも違いをつくり出そうとする結果を招きがちなんです。そういう意味で言いますと、少なからぬコンサルタントや研究者が「差別化こそが大事」と語っている現状には、私は疑問を抱いています。よその商品に惑わされる前に、まず自分の強みを見直しましょうと言いたくなりますからね。差別化というのは副次的に現れる産物のようなものであり、それ自体をゴールとしてしまっては、往々にして袋小路にはまってしまうものです。

「マーケットイン」信奉をもうやめたほうがいいと私がしばしばお話しするのも、同じことです。顧客が大事なのは間違いないところですが、顧客の顕在化したニーズにばかり振り回されると、強い商品を編み出せる可能性は低くなります。これもまた、よそを見るより真っ先に自分自身を見よ、という、マーケティングの根本に関わる話です。

「誰がなんと言おうと、私はこの商品はこうあるべきであると考える」という旗を掲げると、取引先や消費者との対話がそこから始まります。こうした旗を作り手が最初に掲げてこそ、商品ヒットの素地が生まれるわけです。

で、今回取り上げたい商品です。災害に見舞われた場面であると助かる非常食がテーマ。えっ、いまさら非常食の話?と思われるかもしれませんね。ここ十数年の進化で、味もバリエーションも多岐にわたっていますし、もはや成熟商品の領域にあると表現してもいい。

非常食に関して私がことあることに伝えているのは、「普段食べ慣れているものに近い味であるべき」という考えです。もう15年ほど前、専門家に取材した折にそう指摘されて、なるほどと膝を打ちました。いつもの味がそこにあれば、被災した場面で心身ともに救われますからね。

「食べ慣れている」だけじゃない

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だから私は、牛丼の缶詰(吉野家が出しています)や、お湯を注ぐとできあがるおにぎり(尾西食品の商品)など、非常食として自宅に備蓄するには好適なのでは、と考えていました。でも……。

ここにもうひとつ、「こうあるべき」という旗をさらに掲げた企業があったんです。それは、東京に本社のある東京商工社。

「いつも食べている味に近いものを、というのは、やはり非常食では大事ですね。でも、それとは違った意味で、大切になってくる要素がまだある」

一体なんでしょうか。

「買いたい、備蓄しておきたい、という動機づけを消費者にもたらすことです」

ああ、そこですか。それは確かに間違いありませんね。言われるまで、私は気づくことができませんでしたけれど。

「近年、自然災害が多い状況にありますが、食糧を備蓄しているご家庭はまだまだ少ないと思います。いかに積極的に購入してもらえるかを、まず考えました」

その答えが出たのですね。

「はい。カレーだけを集めた非常食です」

商社だからこそ実現できたセット

続・そもそも「どうあるべき」なのか!(株式会社東京商工社)

今年(2021年)の8月に発売となった「華麗なる保存食セット」がその商品ですね。値段は3996円。生活雑貨大手である東急ハンズがすでに、取り扱いを始めています。

その名が示す通り、もうカレー尽くしのセットなんですね。カレーライス、ドライカレー、カレーうどん、さばカレー、甘口カレー、そしてカレー味のおこげ(米菓)という6つの商品はどれも、そのまま食べられるか、調理手順の少ないものばかりです。さらに、3回分の加熱袋とウエットティッシュも、箱の中に収まっています。

確かに、カレーだけの非常食セットというのは興味をそそりますし、箱の中にはなにが揃っているんだろうと手を伸ばしたくなります。つまりは「消費者の購買を促すセット」になりえている。これくらい尖った商品特性だからこそ、人は振り向いてくれるわけで、その意味では狙いは当たっていると感じさせます。

ただ、それにしても……これ、ふざけてつくったのか、真面目につくったのか。

「いや、それは大真面目に、です。そもそもこのセットって、うちだから完成できたという側面もありますし」

どういうことか。東京商工社は今年70周年を迎えたという企業ですが、メーカーと消費者をつなぐ商社という位置づけの1社であり、その草創期、戦後復興のころには、初代社長が東京・日本橋の百貨店でバケツやタワシを販売していたと聞きます。

そして、メーカーではなくて商社だから「華麗なる保存食セット」の開発が可能になった。そこが面白いところです。というのは、この商品の中に入っているカレー系商品を見ると、製造販売するメーカーが複数にわたっているんです。メーカー1社の商品だけでは、1箱でここまでのバリエーションを持たせることは難しかったでしょうね。

試食をかさねて商品をチョイス

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しかしながら、セットとして売り出すにあたって、ただ単に、カレーを集めて箱に収めればいいというわけではありませんよね。

「そうです。災害時においしく食べられるか、そして購入への心理的ハードルを下げられるだけの内容か。この2点は最初からの大テーマですから」

具体的にはどうやって、複数メーカーに及ぶ候補商品から絞り込んでいったのでしょうか。

「これはもう、とことん試食を重ねるしかないんです」

ああ、愚直な手を取ったという話ですね。担当する社員1人ではなくて、毎回45人を集めて、5回以上は食べ比べたそうです。担当者自身の試食はもちろんそれをはるかに超える回数にのぼってもいる。

「カレー尽くしの保存食を発売する前に、ジャンルを絞らずに詰め合わせた保存食キットをまず売り出していますが、その準備段階で教訓となった話がありました」

非常食としておいしいとの評判が高かった商品を、担当者のご子息に何気なく口にしてもらったら、「やっぱりいつもの料理とは味が違う」と言われたそうです。ご子息は当時、小学6年生。遠慮なしのコメントだったんですね。

「ということは、誰もが確固たるイメージを抱いているカレーだったらなおのこと、かなり真剣に精査しないといけない、と肝に銘じました」

実際、選定の段階では、おいしさにもまして「いつもと同じか」という点を重視したといいます。カレーの風味が薄かったり、香りがほんのり程度に留まったりするものは真っ先に候補から省いていきました。

こうしたプロセスって、実に難しいものですね。とりわけ食関連の領域では、個人の感覚差もそこに現れますから。そこを同社は「『おいしいか』より『いつもと同じか』」を重視することで乗り越えていったわけです。つまりは「どうあるべきか」というテーマを最初に固めたことが、この場面で功を奏している。

メーカーも好意的な反応を…

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そうした経緯から選ばれたのが、先に記した6つのカレー系商品だったのですね。

「この6つには、明らかな共通点がありました。まず、カレーのスパイシーさが際立っていること。次に、味そのものもはっきりしていること」

これは非常食として欠かせない要素であるとも、担当者は結論づけたそうです。災害時にストレスがたまると、どうしても食欲は低下します。そうした局面で、やや強めの味であればむしろ受け入れられるのではないか、と。

災害時は、ご自身が元気でないと、周りの人を助けることが困難になりますね。そういうときにこのセットが近くにあれば、という思いもあります

ここで思うわけです。この夏に無事発売になったとはいえ、取引先である食品メーカー各社との関係は大丈夫だったのでしょうか。どこもそれ相応に力を込めて非常食を開発しているでしょうし、それを他社商品と一緒に箱に入れられるのは不本意なのでは、とも想像しますけれど。

「確かに、そこは心配でした」

実際にはどうだったのですか。

「それがありがたいことに、クレームなどは全くなかった」

それどころか、「単品で消費者に訴求するより強い」とまで、メーカーから言ってもらえたらしい。ライバル会社の商品も一緒に入っているにもかかわらず、メーカーのSNSに掲載してくれたところもあったそうです。メーカーが寛容であったというのもあるでしょうけれど、なにより防災意識に寄り添う商品特性にメーカー側も納得した結果ではないでしょうか。

「商社であることの強みを生かそうと懸命に動いた商品だけに、そうした反響にほっとすると同時に、嬉しくなった場面です」

非常食にも親しみが必要だ

続・そもそも「どうあるべき」なのか!(株式会社東京商工社)

前述しましたように、同社はカレーだけの非常食を発売する以前から、より一般的な内容のセットも発売しています。繰り返しになりますけれど、念のためもう一度尋ねますね。やっぱりカレーであることは必須だったのでしょうか。

「そもそも非常食に対して、もう少し親しみを感じてほしい、という思いがありました」

のためにどうするか、ここはカレーだ……そういう思考の流れだったわけですね、最初からカレーありきではなかった。だからこそむしろ、カレーに行き着くまでの開発原点の考えを生かせたのかもしれない、と私には感じられました。

最終的には、この商品を手にすることをきっかけに、『自分にとって防災になにが必要か』を考えて行動に移してもらいたい。そこがゴールですね

今回の話をまとめましょう。同社の担当者は、なにをおいてもまず「非常食とはどうあるべきか」を見据えた。それは味の話に留まらず、購入動機を抱いてもらうという要素にも目をつけるべきと考えた。さらには、非常食に求められる味についてしっかりと視座を定めていますね。ここもまた大きかったと、私は思います。

ギフト需要も掘り起こせるか

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担当者はさらにこうも言います。

「この商品を通して、非常食を誰かにプレゼントするというギフト需要も掘り起こしたいんです」

なるほど、その手もありますね。本人が購入するのではなく、誰かから贈られるという流れであれば、防災意識の薄い消費者にも、この商品は手にわたります。それが結果的に、より多くの人を助けるものとなれば、担当者の最初の思いは生かされることになる。

すでにあるものを生かしながら、新商品づくりで自律開発力を発揮する。メーカーでなくても強い商品を創出することができるのだ、という点でも勉強になる取材でした。

北村 森

北村 森

商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)

PROFILE

富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。

月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分
析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっ
ている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」
(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。

中日新聞/東京新聞「北村森のモノめぐり」、NTT東日本「経営力向上ラボ」、
家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地
方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」な
ど、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。

ANA国内線「北村森のふか堀り」監修

経済産業省 北海道経済産業局 地域ブランド創出支援事業 チームリーダー
特許庁 地域団体商標広報企画 ワーキンググループ委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)

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