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実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第37回)

「流儀」こそが問われる瞬間!(湯宿さか本)

「流儀」こそが問われる瞬間!(湯宿さか本)

私、20代のころから、ホテルや旅館の覆面宿泊チェック(取材とは告げずに、一般客として泊まって評価する仕事)を続けてきました。ですので、「優れたホテルや旅館は?」と尋ねられたら、すぐにいくつかの名前を口にすることはできます。では「好きなホテルや旅館は?」と聞かれた場合には…。

石川県の能登半島の先っぽ、珠洲市の林の中に佇む一軒宿、「湯宿さか本」の名を、筆頭に挙げるでしょうね。

いえ、ただ個人的に好みという話にとどまらず、この一軒から学んだことが多かったということでもあります。昨年末にちょうど泊まってきましたので、今回は「湯宿さか本」をテーマに綴ってみましょう。そこから得られる教訓は、ホテル・旅館業界だけではなく、数々の業界に従事する方にとっても参考になると思ったからです。

まず、どんな宿なのかを説明しますね。客室数はわずか4つで、トイレは共同だし、冷房設備はありません。テレビはないし、アメニティグッズなどの備品も最小限。また、接遇面はごくあっさりしたものです。手厚いサービスはまず期待できません。朝夕の食事は原則として、他の客と一緒に卓を囲みます。

しかも、「1月2月は寒いのでお休みします」とあります。商売っ気があるのかないのか、本当にわからない。

それって、いわゆる民宿の範疇では? いや、そうではない。能登に根付く伝統的な木造建築の手法を生かした一軒であり、しつらいには見応えがあります。そして、後述しますが、食事が素晴らしい。参考までに申し上げますと、「ミシュランガイド富山・石川(金沢)2016特別版」で、一つ星を獲得しています(それも料理部門においてです)。ミシュランガイドの評価手法の是非には議論の余地があると思いますが、まあ、あのミシュランガイドも星を付けたという意味では、実に興味深いところです。

この「湯宿さか本」をひとことで表現すると、どうなるか。ご主人の言葉をそのまま引くのがいいかもしれません。

「いたらない、つくせない宿なんです」

う〜ん、確かに……。宿のウェブサイトのトップにも「おもてなし・なし」と綴っているほどです。

では冷徹な宿なのかといえば、それが不思議と温かみを感じさせる。そこがまた面白いところ。

大都市から訪れる常連客

「流儀」こそが問われる瞬間!(湯宿さか本)

今回、私が何を最も伝えたいのかと言いますと、家業というのは「流儀」が大事だ、ということなんです。

ここで申し上げる家業とは、自営業か法人かという形態上の区別ではなく、家業的な色彩を帯びた中堅・中小企業も含めてのことです。営む人の主義主張こそが、無二の経営資源のようになっているような事業であるところを想定しています。

そうした家業的事業において、「流儀」こそが商品の在りようを決め、そして消費者に響く響かないを決定づけるのではないかという話です。

ホテルや旅館を例にして、もう少し説明しましょう。

大規模なホテル、それもシティホテルの場合、「なくてはいけない要素」が存在します。ベルマンは荷物をきちんと運ぶか、客室にはそれ相応の設備が揃っているかなど。これはシティホテルに求める要件が社会的な共通認識として定着していることも関係しています。

一方で、個人経営あるいは小規模な法人組織である旅館の場合には、「これがないとマイナス点となる」とは言い切れないと、私は考えています。「うちの宿はスリッパひとつ用意しない姿勢です」と言われたら、ああそうなんですね、というほかない(実際、「湯宿さか本」にはスリッパがありません)。

そして、こうした「流儀」こそが、その宿の特徴となります。その流儀に違和感があるなら訪れなければいいし、流儀に共感するなら何度も泊まればいい。これは飲食店にも通じる話であると思います。

実際、「湯宿さか本」をめぐっては、私が懇意にしていた著名な作家さんなど「あそこはちょっと…」と敬遠していました。世界中のホテルや宿をめぐっている方でしたが、この一軒は好みに合わなかったそうです。これでいいと私は感じます。

では、どんな客層がこの「湯宿さか本」を訪れているのか。私が泊まるたびに興味深く感じるのは、首都圏や関西圏からクルマで来る方が多いということです。で、車種をそっと眺めると、輸入車、それもこだわりのあるモデルが多い(ランドローバー、BMWのM3、ジープラングラーといった感じ)。東京からだと、頑張って走って7時間はかかると思うのですが、それでもクルマでやってくる。

ここの宿泊料金は1泊2食で1万8000円ですから、数多の名宿と比べると、さほど高いわけではありません。でも、訪れる客層はこだわりのある人たちというのが、また面白いと思わせます。

その源泉となっているのが、この宿の「流儀」ではないかと感じるのです。

いたらない、つくせないのが流儀なのに、ではどうして、少なからぬ人を惹き寄せるのでしょうか。宿の輪郭といえる部分は先ほどお伝えしましたが、さらに詳しく見ていきましょう。

何を変え、何を変えないか

「流儀」こそが問われる瞬間!(湯宿さか本)

この宿を訪れて、まず感じ入るのが、そのしつらいであることは、前述しました。ページ冒頭や2番目の画像をご覧いただければおわかりのように、とても渋い佇まいです。

古民家を移築したわけではなく、現在のご主人が跡を継ぐにあたって建てたそうです。

「能登半島に在住する建築家にお願いに行ってから、4年半かかりました」

どういうことか。建築家からの宿題が、数々課されたそうです。

「周りの動植物を調べなさい、雪景色がどんなか持ってきなさい。というふうにです」

ご主人はその注文に粘り強く応えました。そして完成したのは、黒光りする能登瓦の美しい一軒でした。床や柱の漆黒は「ふき漆」という手法によるものだそうです。

細部に心を砕いた建物が完成し、そこからすでに数十年。常連客もしっかりと掴み、ミシュランで星を獲得し…この宿の流儀は頑なに変えてこなかったかと思ったら、実はちょっとしたところで変化をつけているともいいます。

まず、朝夕の料理です。塗り物の椀などに載って、ひと品ずつゆっくりと運ばれてくる形態です。夕食でいいますと、ここの夕食でまず決まって登場する蕎麦を目当てにする客は多いですし、朝食のひと品めにまず必ず出てくる飛竜頭(ひりょうず=がんもどきのことです)は、揚げたてで目が覚める絶品です。私が訪れ始めてからの20年、変わりないものに思えるのですが…。

「夕食の、いしるの焼きおにぎり、最近ちょっと変えたんですよ」

ああ、確かにそうだ。夕食の締めに運ばれてくる焼きおにぎりもまた、強烈な楽しみのひとつなのですが、以前よりも味が練れている感じがします。いしるとは、この地域に伝わる魚醤の一種です。

「少し前までは、炊きたてのご飯にいしるを混ぜ込んでいたんです。それを、おにぎりの表面に塗るようにしました」

そのほうが風味が際立つというのが理由だと聞きました。焼き目をつけるときに、味わいがより増すということ。

この焼きおにぎりは、少し大げさにいえば、この宿のスペシャリテのような存在です。そこに手を入れるというのは勇気が要ったと想像しますが、ためらわずに変えたのですね。

以前、この連載の第30回、いぶりがっキーの話を綴った際、に「何を変えて何を変えないのか」を峻別することが大事とお伝えしました。ごくわずかな変化をつけることが大きな商機をもたらす可能性があるという話でした。「湯宿さか本」もまた、変えるべきところと変えないところをきちんと峻別していると感じさせます。

チェックイン時刻前も自由に

「流儀」こそが問われる瞬間!(湯宿さか本)

この宿がもうひとつ変えたところがあります。

2000年代半ばのこと。母屋と50メートルほど離れた敷地内に、ちいさなゲストハウスを建てました。ここは母屋のしつらいとは好対照といっていい佇まいで、洒脱なデザインの平屋。中に入ると、池に向けてしつらえた前面のガラス窓が、林の景色を透かしています。

「うちはチェックインが15時で、チェックアウトが10時です。お客さんは、その時刻の前後いつでも、このゲストハウスでくつろいでもらっていい」

室内にはクラシックなどのCDが揃っていて、それを流しながら、ソファにもたれて好きな本をゆったり読むのに、ここはとてもいい。私の私見で申し上げますと、日本の宿「三大読書室」というのを勝手に定めています。京都「俵屋旅館」の中庭に面した小部屋、長野「岩の湯」の充実した蔵書に囲まれた読書室、そして、この「湯宿さか本」のゲストハウス。いずれも、細やかなまでの演出にあふれていて、しかも宿の流儀をそこかしこから感じ取れるのが評価点です。

ここ20年ほどで、旅館に読書室をしつらえるのが流行、定着しましたが、置いてある書籍の質がバラバラで統一感がなかったり、ただの休憩スペース程度の雰囲気に過ぎなかったりするところが多いのです。その点、今挙げた3つの読書室には、「こうあるべき」という静かな主張があり、それにぴたりとはまる客であれば、快適さはこの上ないものと思わせます。

正直、「湯宿さか本」のような、ごくごくちいさな宿で、ここまでのゲストハウスを作るのはコスト的にも大変だったのではないかと察します。それでも「客の都合」を優先した判断をなしたところを評価したい。ホテルや旅館でとりわけ大事になってくるのは、「客の都合と、ホテル・旅館側の都合がぶつかった場面で、ごくちいさな一歩でもいいから、客の側にいかに歩み寄れるか」であると常々思うからです。

いたらない、つくせない宿、と掲げながらも、実は客の側に寄り添っている部分が少なからずあるからこそ、この一軒はリピート客を集め続けているのでしょう。

最高の二流を目指して

「流儀」こそが問われる瞬間!(湯宿さか本)

突き詰めて表現すると、ご主人はどんな宿を目指しているのか。返ってきたのは、こんなひとことでした。

「最高の二流を目指します」

その意味は?

「うちは二流です。なんでも揃っている宿とは全然違いますからね。だからこそ、最高の二流を目指します。荷物はご自身で運んでください、アメニティグッズはありません。それでも…という話です」

流儀を大事にするとは、そういうことなのかもしれませんね。フルスペックの“一流”を目指すのは、この規模の宿では難しいでしょう。そもそもハナから目指していないでしょうし…。

ならば、たとえ万人に受けれられなくても、ここはという、譲れない流儀で勝負する。これって第33回のタジマモーターコーポレーションの話に通じるかもしれませんね。万人ではなく、特定の「あなた」を狙い、「私のための商品だ」と思わせること…。小規模事業者やベンチャー企業にとって、きわめて重要な戦術となりえます。

「格段のサービスはない。でもお客さんに『ここって、なんだかいいわ』と思ってもらえれば、それでいいと考えています」

わずか4室の小宿です。だからこそ、特定層の心へ確実に刺さるものでないといけない。第22回、ホワイトローズの話もここで思い出しました。1万5000円ほどもするビニール製の折りたたみ傘をすべての人が欲するわけではありません。でも、それを切実に求めているお客は存在する。実際に、その傘は大きな反響を呼びました。

「続くため」の次の一手

「流儀」こそが問われる瞬間!(湯宿さか本)

言い忘れました。この宿のもうひとつの魅力は、鉱泉です。緑礬泉(りょくばんせん)でうっすらと白濁しています。じわじわ、ぽかぽかと温まる泉質がいい。浴室はふたつあって、ひとつは石造り、もうひとつはなんと輪島塗の浴槽を備えています。ともに竹林を臨む向きになっていて、これがまた魅力をたたえています。すぐ上の画像は、石造りのほうの浴室です。

さて、最後にふたたび、ご主人の言葉を引いておきますね。

「続くって、大事です」

ご主人はしみじみと、こう語っていました。何を変え、何を変えないかを峻別しながら、次の一手を考える。そして宿を持続してゆく。

具体的には、足の不自由な方などが気兼ねなく滞在できるように、バリアフリーの客室を新たにしつらえたい、とのことでした。もう少し時間はかかるようですが、これもまた大切な取り組みと感じさせます。

まとめましょう。変わっていないようで、少しずつ変わってゆく。そして根本の流儀は不動。これは、冒頭でお伝えしたように、宿にとどまらず大切な話でしょうね。

北村 森

北村 森

商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)

PROFILE

富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。

月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。

中日新聞/東京新聞「北村森のモノめぐり」、婦人公論「女の気になるキーワード」、家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」など、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。

日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)
MM総研大賞 審査委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
特許庁 地域団体商標広報企画 ワーキンググループ委員

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