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実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第30回)

そもそも「どうあるべき」なのか!(伊藤漬物本舗)

そもそも「どうあるべき」なのか!(伊藤漬物本舗)

中小企業の商品開発においてはとりわけ「プロダクトアウト型」を志向することが大事なのではないかと、第2回の原稿で綴りました。

プロダクトアウトとは、誰がなんと言おうが「この商品はこうあるべき」と考え、その旗を掲げる商品づくりであると、私は解釈しています。

そもそも「どうあるべきなのか」を考えに考えるからこそ、強い訴求力を持つ商品をつくる契機を得ることができるわけですし、それが他の既存商品との明確な差異を生む源泉にもなります。その結果、たとえ価格が高くても注目される。前回の第29回も、まさにそのような事例であると思います。

で、今回の話なのですが、漬物なんです。ただの漬物ではなく、漬物を原材料にしたスナック。発売してからずっと売り上げが伸びず、低空飛行を続けたのですが、「こうあるべき」という経営者の思いを支えに粘り続け、ついにヒット商品の地位をつかんだ。そんな事例です。

その過程では、「何を変え」「何を変えないか」の峻別という、大きな決断もあったようです。
さあ、具体的にはどんな商品なのか。

ページ冒頭の画像をご覧ください。その名を「いぶりがっキー」といいます。秋田県湯沢市の伊藤漬物本舗が2009年に開発・発売し、2017年に大ブレイク。一時は、秋田空港の売店でも品薄状態が続いたほどの局地的ヒット商品に育っています。内容量は12gで販売価格450円(税別)ですから、決して安い商品ではないんです。それでも売れています。

秋田土産の泣きどころとは

そもそも「どうあるべき」なのか!(伊藤漬物本舗)

内容量がわずか12gとはどういうことか。上の画像が現物なのですが、箱の中には4つの透明袋に3gずつ、ごくごく細い、長さ15cm程度のスティックが収められています。

これ、秋田名産のいぶりがっこを細く切って、さらに乾燥をしっかりとかけたスナックです。いぶりがっこというのは、たくわんを燻したものですね。ポリッとかじると、噛み締めていくうちに、少しずつ燻蒸香やたくわんの味が滲み出てきます。オフィスの机に忍ばせておいて小腹が空いたときに口にするにもいいですし、自宅で酒の肴にするにもいい。なんといいますか、その食感といい、味わいといい、誰かに伝えたくなるようなスナックです。

伊藤漬物本舗は、湯沢市のごく小さな漬物工場です。なぜ、こんな商品を思いついたのでしょうか。

「秋田土産の欠点がずっと気になっていたからです」

欠点なんてあるのですか。秋田の名産物って、とても多いし、人気もあると思うのですが……。

「共通しているのは、『重くて大きい』ことなんですよ」

あっ、と思いましたね。確かにそうだ。日本酒、稲庭うどん、お米、そして、いぶりがっこも。

「この『重くて大きい』という泣きどころを、そのままにしておいていいのか、という一念でした」

社長の専門領域は言うまでもなく、いぶりがっこです。なので、いぶりがっこをいかに軽くて小さくするか、しかも気軽に、さらに美味しく(ここが重要)楽しんでもらえるかが勝負となります。
いぶりがっこの持つ重さや大きさという弱点からの脱却……。細く刻んで乾燥させ、スナックにするというところまでは思いつきました。ところが、それって、言うほど簡単ではなかったといいます。
それも複数の意味で。

「まず、いぶりがっこが含む旨みの成分が乾燥に向かないんです」

温度と時間を何度も変えて、試作を繰り返しました。温度が高いと焦げてしまうし、低いと乾かない。時間についても同様。半年粘った結果、高温を避けて、長い時間を使ってゆっくりと乾かす手法を編み出すことができました。

言うほど簡単ではなかった、もうひとつの意味は?

「業界内の周囲の人たちから『特産品であるいぶりがっこを、こんなふうにもてあそぶなんて』という異論が出たんです」

伝統産品をめぐる業界では、確かにありそうな話ですね。古くからのやり方から逸脱すると、どうしてもこのような声がわき上がってしまう。
それでも、社長は開発の手を止めなかったそうです。なぜか。

「お客さんが手に取ったときに『何、これ?』というふうに、クスッと笑みがこぼれちゃうものを作りたかった」

この「何、これ?」と思わせるという話は、地域から新しいものを生み出そうとする局面において、とても需要なキーワードであると、私は常々思っています。この連載でも何度かそう綴っていますね。「まだ見ぬもの」にこそ、人は惹かれるわけですから。

出した。でも売れない

そもそも「どうあるべき」なのか!(伊藤漬物本舗)

2009年、「いぶりがっキー」は新発売となりました。大反響は間違いなしと社長は踏んでいたそうですが……。

「もう、箸にも棒にも引っかからなかった」

全く売れず、という状態が続きました。秋田県内で催された土産物のコンクールに出品もしましたが、選に漏れてしまいました。それでも、社長は販売休止の判断をしていません。

「いつかは売れるという確信があったからなんです」

どういうことか。この「いぶりがっキー」は、従来の漬物を購入してくれる消費者層とは違うところを狙っていくという方針をしっかりと意識していたといいます。

「いぶりがっこなどの漬物を買ってくださるのは、年配の方が多い。でも、この『いぶりがっキー』は若い世代を狙っています」

その存在が知られるきっかけさえつかむことができれば、食に聡い若年層が必ずや振り向いてくれるはず、という揺るぎない確信があったというのですね。

それともうひとつ。商品事態に自信があったとも聞きました。「いぶりがっキー」の原材料は、「大根、砂糖、食塩、米ぬか」、これだけです。パッケージの裏面には、2009年の発売時から今に至るまで、そう記されています。

「実は、酸味料などを使えば、『いぶりがっキー』の製法はもっとラクになるのはわかっているんです。でも、使わないと決めていた」

理由は明快でした。特に女性の消費者は、初めて目にする商品を手に取る場面で、まず「裏を見る」というのですね。どんな食材を使っているものかを確認するために。

「そのことを踏まえると、添加物は使用したくなかった」

しかしながら、です。伊藤漬物本舗には、大々的に広告宣伝をかける余力はありません。ごく小さな漬物工場ですからね。

ならば、存在を広く知ってもらうために何をなしたのか。すなわち、反転攻勢を期すために、どう動いたのか。ここは重要なポイントですね。

変えたのは一点のみだった

そもそも「どうあるべき」なのか!(伊藤漬物本舗)

さあ、社長はどうしたのでしょうか。赤字覚悟で派手なプロモーションを打った? 違います。思い切って値下げした? それも不正解。だったら、原材料や製法を変えた? いや、変更なしです。もっと言うと、小袋に3gずつ入れたのを4つという内容量もそのままです。小分けにすることで、職場や友人などにも配りやすいし、湿気にやられることなく長く保存できるというメリットもありますから、そこは変更なし。

だったら、何を変えたのでしょう。

「2016年に箱の形状を変えたんです。本当にそれだけなんです」

目先を変えることで、消費者にアピールし直したという話ですか。

「いや、そういうことではなくて、それまでの箱の欠点にようやく気付いたから」

2009年の発売以来、「いぶりがっキー」の箱は、筒型のちょっとおしゃれな感じのデザインでした。私個人的には、洒脱な感じで、人目も惹くという感想を抱いていたんですが……。

「それまでの筒型の箱だと、男性のブリーフケースにすんなり入らなかったんですね」

なるほど。そういうことですか。東京などの首都圏からの秋田出張の場合、現在では日帰りとなるケースが少なくありませんね。だから出張時にはブリーフケースひとつで秋田入りするビジネスマンが多い。2016年に採用したのは、レトルトのカレーの箱をさらに一回り小さくしたような、コンパクト、かつ、薄いものでした。これならばブリーフケースに何個も簡単に収められます。

変えたのは、これだけだったんです。ここまで説明してきた原材料も製法も、ほかには何もかも変えていません。つまり、売り上げが伸び悩む厳しい状況下にあっても、社長は「何を変えて何を変えないか」をしっかりと区別したということですね。

「いぶりがっキー」の根幹をなす部分には決して手をつけず、土産物としての欠点(そもそも、この商品の開発の出発点はそこでしたよね)だけを解消させた。そこが実にすごい判断であったと思います。普通なら浮き足立ってしまうでしょう。売れていないんですから。

ネット通販でも、新幹線でも…

そもそも「どうあるべき」なのか!(伊藤漬物本舗)

2017年、「いぶりがっキー」はブレイクを果たします。それまでの売れ行き不振からの突然の人気急上昇は、どう考えても、箱の形を変えたこと、それだけが要因でしょうね。

発売した2009年当時は1カ月で500箱の出荷だったそうです。それでも売れなかった。それが現在では、月に4000個。しかも、品薄状態が続いている。ネット通販のショップでは、一時は2倍近い価格をつけていたほどの人気急騰でした。ちなみに原材料のいぶりがっこは手づくりの自家製ですから、社長によると、これ以上の増産は無理だそうです。

ブレイクしてまもなく、JR秋田新幹線の車内販売が取り扱いを開始しました。車内販売で商品を扱ってもらうのは相当に大変な競争率と聞いていますが、社長によると、先方からのオファーであり、こちらから売り込んだわけではないそうです。この車内販売だけで1カ月に700個はさばけているといいます。

この商品のヒットからは、いくつもの教訓が得られると思います。ここまでお伝えしてきましたように、まず「土産物とはどうあるべきか」という原点から開発を立ち上げたこと。売り上げが伸び悩んでも、やみくもにリニューアルを重ねて迷走しなかったこと。そして、変えるべき部分を精査しきったこと。

さらにそこに付け加えるとするならば……。「今すでにそこにある産品」を大事にしたことではないでしょうか。いぶりがっこをより広い層に手にしてもらうにはどうするのがいいか。そこがぶれなかったことは大きいと思いますね。

北村 森

北村 森

商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)

PROFILE

富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。

月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。

中日新聞/東京新聞「北村森のモノめぐり」、婦人公論「女の気になるキーワード」、家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」など、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。

日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)
MM総研大賞 審査委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
特許庁 地域団体商標広報企画 ワーキンググループ委員

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